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第二十七話 「暗殺者と狂戦士と魔女」
しおりを挟む「で、結局またこれか」
僕は薄暗い森を歩きながら、クロムさんに渡された小さな袋を掲げてぼやいた。
ザワザワ森の奥地から薬草を取ってくる試験である。
「これならアサトがやったことあるから、すぐに終わるってクロムが言ってた。それじゃあよろしく」
「いやよろしくって、僕に丸投げするのかよ。まあ、確かにそれならすぐに終わるかもしんないけど……」
僕が全部引き受けたら、全然試験にならなくないか?
ていうか僕が手伝うとわかっていて、なんでクロムさんはこの試験を与えてきたのだろう?
もしかして彼女に声を掛けた新人は、皆この試験を受ける決まりになっているのだろうか?
まあ、それはいいとして……
僕は隣を歩くドーラに、少し先輩風を吹かせるように言った。
「ここは僕の手を借りるより、ドーラが自分でなんとかした方がいい気がするな」
「えっ? なんで?」
「いやなんでって、僕が全部やったら試験にならないだろ。クロムさんはそれでも認めてくれるかもしれないけど、手伝う側の僕としてはなんか納得いかない。今後のためにも、ここはドーラ一人でなんとかするべきだ」
「えぇ……」
わかり切っていたことだが、ドーラはあからさまに不満そうな声を漏らす。
まあ、手伝うと言ってついて来たのに、いきなり一人でなんとかするべきだと手のひらを返されたら、それは不服に思っても当然かもしれない。
けれど、今一度考えると僕がこの闇試験に手を貸すのは、ドーラの今後のためにならないと思う。
だって、前に一度僕がクリアしてる試験なんだぞ。
というわけで、手を貸すのを拒む姿勢を取ると、ドーラは渋々といった感じで頷いた。
「まあ、別にそれでもいいけど……でもそうなると、この辺り一帯を猛毒魔法で包むことになるけど、それでもいいの?」
「やっぱちょっと待った」
前言撤回。
そういえばこいつの能力ってそういう感じでしたね。
さすがに人が寄り付きにくい森の奥地だからって、毒霧を撒き散らせるわけにはいかない。
ではどうするべきか……と改めて頭を悩ませていると、不意に後方からリスカの声が上がった。
「んっ? なんでしょうあれ?」
「えっ?」
見ると、彼女は森の彼方を眺めていた。
釣られてそちらに視線を移すと、そこには前に一度見た巨大狼の魔物たちがたむろしていた。
確かあの近くに、試験の合格に必要な違法薬物が生えているはずだ。
それを持ち帰れば闇冒険者になることができるのだが、しかしリスカが見ているのは狼でもなく薬草でもない。
さらにその横――今まさに狼たちの縄張りに踏み込もうとしている四人の人影だ。
ここからだとわかりづらいが、四人全員が何かしらの武器防具を装備している。
「ぼ、冒険者かな? なんでこんなところに……?」
「い、いえ、それよりも……あれまずくないですか?」
リスカが不安げな様子で遠方を窺う。
確かにあれだと狼魔物たちの縄張りに入り込んで襲われてしまう。
特に警戒している様子もないところを見ると、おそらく彼らは魔物たちの存在に気が付いていないのだ。
誤って森の奥地に来てしまった冒険者なのだろうか?
まあ、いったいどんな訳でここにいるのかはさておき、今はあの状況をなんとかした方が良さそうだ。
「グルァァァァァ!!!!!」
案の定、狼型の魔物たちは四人の存在に気が付いた。
対して彼らは盛大な威嚇を受けて、明らかに戸惑った様子を見せている。
急いで逃げ始めるが、しかし一人の男性が遅れて、さらには木の根に足を取られてしまった。
狼たちの魔手が男性のもとに迫る。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」
その時にはすでに、僕らも臨戦態勢に入っていた。
「ドーラ、あいつらを止めろ!」
「わかった」
速やかな僕の指示に、ドーラは無表情で応えてくれる。
背中に吊るしていた大杖を取り出すと、その先端を遠方に向けてぼそりと呟いた。
「『パラライズミスト』」
瞬間、紫の宝石が付いた杖先から、黄色い煙が噴き出して来る。
それは煙とも思えない速さで狼たちのもとまで漂うと、瞬く間に全匹を黄色い渦で包んでしまった。
見ると、狼たちは体を震わせて動きを鈍くしている。
これは一種の麻痺状態。ということは今の魔法は、麻痺毒の魔法なのだろうか。
僕としては猛毒魔法で軽い足止めをしてもらうつもりだったのだが、まさかこんな魔法まで持っていたとは。
密かにドーラに驚きを覚えていると、狼たちはいまだに男性に襲いかかろうと足を動かしていた。
ドーラの麻痺毒魔法は確かに強力だが、完全に麻痺させることはできていないらしい。
となると、もう一打必要だ。
「リスカ!」
「了解です!」
呼びかけただけで意味を察してくれたらしいリスカは、即座にこの場から走り出す。
次いで腰から二本の直剣を取り出すと、その一本を手首に当てて鋭く薙いだ。
僅かな鮮血が森の中で散る。
するとその瞬間、リスカの目が薄紅色に染まり、走る速度が急激に増した。
狂戦士が持つスキル『狂人化』。傷つけば傷つくほど力が増していく身体強化スキルだ。
「アハハ! これでも食らってください!」
そのスキルの副作用で性格ががらりと変わったリスカは、普段では考えられない台詞を吐きながら狼に特攻していった。
まずは先頭の一匹を両手の剣で斬りつける。
「グガァ!」
次いで間髪入れずにその後ろの一匹も攻撃すると、二匹は鳴き声も漏らしながら後方へと吹き飛んだ。
人の何倍も大きい魔物をあっさりと飛ばすとは、さすが狂戦士。
それに見たところ前のように狂人化しすぎて理性を飛ばしている様子もないし、上手くスキルをコントロールできているみたいだ。
ドーラに引き続いてリスカにも驚きを覚えながら、僕は遅れて倒れる男性のもとまで駆け寄った。
「早く逃げてください!」
「は、はいぃ……」
その声を受けて、彼はよろよろと頼りない足取りで逃げていく。
そんな後ろ姿を不安な感じで眺めていると、さらに遅れてドーラがやってきた。
彼女は逃げた四人たちと狼を交互に見て尋ねてくる。
「で、どうする? いったん退く?」
「いいや。このまま退けば、僕たちは難なく逃げられるかもしれないけど、そうなるとこいつらはあの冒険者たちの方を追いかけ始めるだろ。ここで討伐した方が確実だ」
あの男性冒険者らしき人の様子を見るに、森を抜けるまで相当な時間が掛かると思われるからな。
それに僕たちも闇試験の薬草採取があるし、いっそのこと邪魔になる魔物はここで倒しておいた方がいいだろう。
ちょっと強そうだけど、勝てないわけじゃないし。それに狂戦士と魔女もいるんだからなんとかなるでしょ。
なんてお気楽に思っていると、不意に隣から妙な視線を感じた。
見ると、なぜかドーラが驚いたように目を丸くして、僕のことを見つめていた。
「闇冒険者なのに、冒険者のことを助けるの?」
「はっ? なに言ってんの? この際冒険者も闇冒険者も関係ないだろ。困ってる人たちがいるんだから、助けるのが当然だ」
「……」
変なことを聞いてくるドーラに、当たり前の答えを返す。
それなのに逆に僕の方が変なことを言ったみたいに、彼女は終始不思議そうな目を貫いていた。
僕、何かおかしなこと言いましたか?
やがてドーラはいつも通りの無表情に戻ると、ふと顔を背けて何事かを呟いた気がした。
「ふぅ~ん、変なの」
次いですぐにこちらに向き直る。
「で、どうやって倒すの? あいつら、私の毒でもあんまり効かない」
「うん、そうみたいだな。ドーラの毒魔法で一掃できればそれが一番楽だったんだけど……」
ちらりと前方を窺って考え込む。
現在は狂人化したリスカが魔物たちと交戦しているけど、攻めあぐねているのが事実だ。
たとえ麻痺毒の魔法で動きが鈍っていても、数で押されては分が悪い。
となると残された手は……
「リスカがあの調子で攻撃してても、倒し切れるかどうかわからない。思った以上にタフだし、それに数も多いから。だから僕も攻撃に参加する」
「えっ、アサトも?」
割とまともな提案を出せたと思ったら、なぜかまたドーラに不思議そうな顔をされた。
何がおかしいという視線を送ると、彼女はきょとんとした表情で言う。
「アサト、ちゃんと戦えるの?」
「し、失敬な! これでも僕はリスカやドーラと同じように闇ギルドに正式にスカウトされて……って、あぁそっか、そういえばドーラにはまだ僕の天職って教えてなかったっけ?」
「……?」
色々バタバタしてここまで来たからな。
思えばドーラには僕の天職を教えていなかった。
というより、彼女の前ではまだ何も力を見せてはいない。
ならこの状況で戦うと提案するのは不思議に見えて仕方がないよな。
まあ、論より証拠。僕は言葉で示すよりも、行動で示すことにした。
「とにかく、ドーラは後方で待機して、合図があったらまた麻痺毒の魔法をお願い」
「……わ、わかった」
いまだに若干不思議そうにするドーラを尻目に、僕もリスカと同様前に出る。
そして腰裏から安いナイフを取り出すと、それを構えて狼を見た。
「さてと……」
ここに来て、久々の魔物との戦闘だ。
久しく意識を集中させる。
もともとは冒険者を志していた身なので、魔物とはそれなりに戦って来たつもりだ。
その中でも今回の狼はかなりの強さなので、こちらも手加減をせず挑むことにする。
しばし狼の姿を凝視していると、やがて敵の胸元あたりに一点の“光”が瞬いた。
「見えた」
すかさず僕は走り出す。
暗殺者が持つスキルの一つーー『死眼』。
敵の弱点を見つけることができるスキルである。
これまた暗殺用のスキルではあるが、もっぱら魔物との戦闘の時にしか使わない。
このスキルで人を見ても、大抵頭と首と心臓に光が見えるだけだからだ。
対して魔物は人と比べて頑丈で、安いナイフで倒そうとしても的確に弱点を射抜く必要がある。
「はあぁぁぁ!!!」
暗殺者の敏捷性を生かして狼の懐に潜り込むと、すかさず跳躍して胸元にナイフを突き入れた。
ずぶりと鈍い感触が手に走る。
その瞬間、威嚇をするように牙を見せていた猛獣が、ピタリと動きを硬直させて、糸の切れた人形のように無造作に倒れた。
すでに息は切れていた。
「次っ!」
すぐにもう一匹を探す。
するとその様子を見ていたドーラが、何度目かわからない驚きの目をして、僕のことをじっと見据えていた。
天職が何かわからない状態で、一撃で狼を倒したのだから、その驚きはまだ納得できる。
あとでちゃんと教えてやろうと思いながら、再びナイフを構えていると、不意に隣から一人の声が聞こえた。
「私も負けません!」
狂人化を上手くコントロールしているリスカだ。
いまだにわずかに目が赤いが、それでも理性は保たれているようだ。
この調子で二人で片付けてやる! と密かに意気込んでいると、ふと狼たちの動きに変化が生じた。
鈍かったはずの足取りが、急に素早くなり始めた。
それを見た僕は、すかさずリスカに叫ぶ。
「下がれリスカッ!」
「――っ!?」
それを受けてリスカは後退し、後ろのドーラは次の指示を察して杖を構えていた。
奴らに掛かっていた麻痺毒が切れてしまったのだ。
だから僕はすでに杖を構えているドーラに向けて、魔法の指示を飛ばした。
「ドーラ、毒!」
「『パラライズミスト』」
再び黄色い煙が奴らをぐるりと包み込む。
僕たちのもとまで煙が来ていないのは、おそらくドーラが魔法の操作をしているからだろう。
さすがは毒の申し子である魔女だな。と人知れず賞賛を送りながら狼たちの麻痺を確認すると、僕はリスカと共に前へ飛び出した。
「「はあぁぁぁぁぁ!!!」」
それから僅か数分。
初めてにしては上出来な連携で狼たちを討伐し、僕らは闇試験の課題である薬草を難なく採取したのだった。
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