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動き出す時

食材が可哀想

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まあ思ったことが顔に出てしまうのであれば、逆に対応しやすいからいっか、と言う結論に至った俺は何食わぬ顔で使用人に料理を持って来るよう指示をした。

「ハーララ帝国の、特にサルメライネン伯爵領の食材はとても美味しいですから、今日をとても楽しみにしていました。私は美味しい料理目当てで大使と言う大層な任務を承っていると言っても過言ではありません」

「パレンシア侯爵の口に合えば良いのですが」

「私は貴殿を信用しているので心配はしていませんよ。余程のものが出てこない限り」

なるほど。余程の物が出てくると思ってるんだな。例えば海の死神タコとか海の死神大切なことは2回とか海の死神しつこいとか。

まあ安心してよ。貴方には・・出さないからね。

ちなみに察していると思うけど、パレンシア侯爵とはパロメロ皇国大使のことね。侯爵なのに他国に駐在しても良いのか……?と思ったけど、他にやりたがる人間がいないんじゃ仕方ないよね。癖が強いから左遷させられた感が否めないけど。

そんな会話をしていると、料理が運ばれて来た。パレンシア侯爵の前にはサーモンの、そして俺の前には海の死神タコのマリネが出された。

パレンシア侯爵は自分に出された料理がまともなことに満足気に頷いたが、俺の前に出された料理に瞠目した。そして凝視する。

「どうかされましたか?パレンシア侯爵」

「……いえ、私と貴殿とで料理が違うのですね」

「お互い、口に合う料理を食べた方が良いでしょう?」

「……まあ確かにそうですが。同じ食事をとって、美味しさを共有するのもよろしいかと思います」

「今からでも私と同じ料理を出しましょうか?」

「……いえ、そこまでしてもらうことはありません」

パレンシア侯爵は『なんでそっちの料理に合わせんだよ、普通こっちの料理に合わせるだろ』みないなことを視線で訴えながらも、苦い表情で引き下がった。俺はそれに気づいていないフリをして、フォークを手に取る。俺がこのタコ料理を食べるのは決定事項だからね!譲らないよ!

パレンシア侯爵は恨めしげにこちらを睨みつけながらも、料理を一口食べた。するとみるみるうちに不機嫌さが消え去り、目をキラキラさせながら味を噛み締めるようにゆっくりと口を動かす。料理が美味しくてめちゃくちゃ喜んでるのがひと目でわかるな。何だよ面倒くさそ……ゲフンゲフン、偏屈そうな表情して感情と表情は直通かよ幼児か。

俺は呆れながらも表情に出さないよう微笑んで、海の死神タコを咀嚼する。その様子をパレンシア侯爵はサーモンを口に入れる直前で止まってじっと見つめてきた。いや、先にそのサーモン食べようよ。口も半開きだし。

「……どうしました?」

「……いいえ、変わったものを食べられているなと思っただけです」

「そうですか?私はよく食べますよ」

「……本当ですか……?」

パレンシア侯爵は疑わしげに眉を顰めた。見目はちょっとグロテスクかもしれないけど、そこまで怪しむ必要はあるのか?食べず嫌いちょっと違うは良くないぞ??

そんな会話を挟みながらも食事は続いていく。パレンシア侯爵は俺の前に海の死神タコ料理が出る度に瞠目して俺の食事姿を凝視してくるから、ちょっと居心地が悪い。いや、皇帝父上に見せつけて来いと言われたから、任務は着実に遂行してるんだけどね。穴が開きそうなぐらい見られると食べずらい。

て言うか料理どころか俺のことまでゲテモノを見る目で見ないでくれない?確かに海の死神タコゲテモノ(当世界比)だけどさ!心外だな!

まあでもそんなこと直接言う訳にもいかないので、俺は少しストレスを感じながらも食事を続け、食後のデザートに差し掛かった。流石にデザートまで海の死神タコにすることは出来なかったらしく、レモンのシャーベットが出てきた。食後はさっぱりお口直し。ウーノさん献立発案者、グッジョブ。

「……流石にデザートはアレではないのか……」

「どうしました?」

「あっ、いえ。……皇子の料理は特定の食材を使ったフルコースでしたが、その、お味の程はいかがでしたか?」

「美味しかったですよ。大満足です」

パレンシア侯爵が何かを我慢するようにモゾモゾとした表情で料理の感想を聞いてきたので、俺は笑顔で答えた。これは本心である。普通こう言うひとつの食材を使ったフルコースって途中で飽きてしまうけど、今回のは全然飽きなかった。流石ウーノさんと宮殿料理人さん。

するとパレンシア侯爵は何かが切れたように顔を真っ赤にし、ガタンッと音を立てながら立ち上がった。

「ナンセンス!それは食に対する冒涜だ!」

いきなり怒鳴られて俺はキョトンとする。側で護衛をしていたヴァイナモが剣に手を添えて臨戦態勢をとった。

「美味しくない物を美味しいと言って食べるのは、食材への侮辱を見て見ぬふりをするようなもの!それは味を調理によって汚された食材が可哀想だ!我々は!美味しければ美味しいと!不味ければ不味いと!言わないと!調理と言う名の暴力を振るわれた食材が報われない!」

パレンシア侯爵はバンっと机を叩いた。……ん?なんでそんな話になるんだ?別に俺は不味いとは思ってないんだけど。美味しいから美味しいって言ったんだけどなあ。

俺がクエスチョンマークを飛ばしているのに気づかないパレンシア侯爵は、激昂したまま言葉を続けた。

「ああ!可哀想な食材たち!調味料たちよ!愚かな料理人のせいで!海の死神などと言うゲテモノと一緒に料理されて!本来の誇り高き味を貶された!しかもそれを周りは無視をする!何もしないは侮辱と同罪だ!貴殿は声を上げなければならなかった!食材を辱めるなと!食材たちは声も出せぬ!抵抗も出来ない!そんな彼らに変わって、料理人を非難する義務が!貴殿にはあったのだ!」

パレンシア侯爵はビシッと俺を指差して非難した。ヴァイナモがギロッとパレンシア侯爵を睨みつけて、その指を払い除ける。パレンシア侯爵は瞠目した後、ヴァイナモに抗議しようとしたが、ヴァイナモのあまりの迫力殺意に怖気付いて口をモゾモゾとさせた。

俺はもう色んな意味で開いた口が塞がらなかった。いや確かにパレンシア侯爵の言い分もわかるよ?美味しく食べられない調理をしたら、その食材が可哀想だって俺も思うもん。

俺は前世のテレビ番組とかでよくあった、大食いとか激辛チャレンジとかあまり好きじゃなかったりする。いや、デカ盛りや激辛にしても美味しく食べてくれるなら構わないけどさ。それをしんどそうな顔で食べてるのを見せられても、食材が可哀想としか思えないんだよね。特に俺ん家シングルマザーで経済的な余裕がなかったから、そんな嫌そうな顔して食べて、食べ切れなかったら捨てちゃうぐらいならそんな料理作るなよ、その食材くれよって思っちゃう。

まあそれはそれとして、俺はちゃんとパレンシア侯爵の誤解を解かないと。それこそ食材タコが可哀想だ。

「……お言葉ですが、私は本当に、心から美味しかった、と思っていますよ」
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