8 / 60
2章 月に焦がれるきらきら星
月に焦がれるきらきら星#4
しおりを挟む
――そんな経緯があって、その日から昴は昼休みや音楽室が部活で使われていない放課後は理月と一緒にピアノを弾いて過ごすようになった。
実際の理月がどんな人なのかを昴が知ったのは、それからすぐのことだ。
まずは、長野の山奥育ちの昴でもその名くらいは知っているあの藤原グループの跡取り息子だということ。名前が嫌いだと言った理月の話に、何となしに合点がいった。
試験ではいつも満点しか取らないほど頭が良く、運動も得意で、何でも難なく熟してしまうこと。持って生まれた才能もあるだろうが、日々たゆまぬ努力をしているらしいことも近くで過ごしていればすぐに分かった。
それから、決まった友達は居らず、囲まれるのもあまり好きではないらしくて、休み時間は読書や勉強をして静かに過ごしているらしい。いくらここが金持ちばかりの学校とは言え、理月は桁が違う御曹司だ。パッと見冷たく見える顔立ちも近寄り難さを助長しているのだろう。才色兼備の高嶺の花であり、男子校である彗上学園の孤高の王子様だ。
諸々腑に落ちたけれど、意外でもあった。昴が知っている理月は、笑顔が可愛らしい、優しい人だから。
そりゃあ、誰より綺麗で可愛いひとだと思ったし、所作のひとつひとつが上品で、良いところのお坊ちゃまなのだろうと一目惚れした時点で予想は付いていた。しかし初恋がここまで桁違いの身の程を弁えない恋になるとは思ってもみなかった。まだ若い星屑のひとつが月を手にしたいだなんて、身の程知らずだということはよく理解る。
けれどそんな雲の上のような存在の初恋の君は、出会ったばかりの昴にあれこれと良くしてくれた。
「――あ、そろそろバイト行かないと。初出勤、緊張するなあ」
「昴なら絶対平気だよ。僕が紹介したのに見に行ってやれなくて残念だけど、頑張って」
放課後音楽室でピアノを弾いた後、指定の黒い通学鞄を手に持ち理月と共に音楽室を後にする。現在家にアップライトピアノしか置けていない昴のために、理月が親の会社の系列ホテル内にある高級レストランを紹介してくれて、昴はピアニストのバイトとして雇ってもらえることとなった。週末の夜になるとピアニストによるグランドピアノでの生演奏が楽しめるレストランだ。田舎者の昴にはハードルが高かったけれど、ホテルの高級レストランで働いても平気なように服装や髪型を理月が整えてくれて、無事勤務出来ることとなった。グランドピアノが弾けるというだけではなく、場慣れのためにもレストランで弾けることは有難かった。
かつて理月が師事していたというピアノ講師のことも紹介してくれて、五月頃から門下生として週に一度レッスンを受けられるようにもなった。理月は昴を天才だと持て囃してくれるけれど、講師の目はやっぱり厳しい。レッスンの初日はレベルチェックでショパン、モーツァルト、ベートーヴェン等々諸々弾かされて、褒めてもくれたけれど、解釈が甘いとダメ出しをされたり細部の細かいチェックが入った。特にショパンだとかは独特のリズム感があるから結構なダメ出しを食らった。
講師の二条先生からは『藤原くんも勿論才能溢れる子だったから、プロの道を諦めたことは残念だと思ってたんだ。藤原くん、門下生を辞めるって言った時沈んでたから、友達に指導してやってほしいって弾んだ声で電話が来た時は驚いたよ。実際、日向くんの才能は特別あるから、大学四年頃に国際コンクールに出られるように頑張ろう』と鼓舞された。五年に一度の国際コンクールで、次の開催は来年だけど、流石に来年には準備が間に合わないだろうという話。理月がプロの道を諦めたなんてことはその時初めて知って、驚いた。
そんなこと、理月の演奏を聴いているのだから、聞かなくたって分かったはずだ。門下生『だった』ということからも分かるはずだった。けれど初めての恋に浮かれて眩んだ昴には気付けなかった。
「――りっちゃんって、元はプロピアニスト志望だったの?」
理月がピアノの道を諦めたと知った翌日の昼休み、音楽室で理月に訊いた。
「ああ、いや……こんなことを言ったら、プロ志望の昴は怒るかもしれないけど。本気で目指してたわけじゃない。コンクールとかに出てたのは中学三年生が最後で……今は、趣味で弾いてるだけ」
訊かれた理月は少し目を丸くしたけれど、淡々とそう言った。
『本気で目指してたわけじゃない』
そんなの、嘘だろうと思った。淡々と口にした言葉の音が寂しげだったから。
「怒らないよ。だってそれ、嘘でしょ。答えるの嫌だったら言わなくて良いけど……どうして?」
昴に何が分かるんだと言われるかもしれない。また無神経だと言われるかもしれない。まだ出会ってひと月ばかりの昴にズカズカ土足で心に踏み込まれたくないかもしれない。だけど、どうしても聞きたかった。
知り合ったばかりの昴に世話を焼いてくれる理由も、何もかも全部、詰まっている気がしたから。
「嘘ってわけじゃない。僕はあらかじめ、こういう人になりなさい、っていうレールの上で生かされてる。そのレールから外れることは許されないし、ピアニストには当然なれない。だから、父から中学でピアノは辞めろって言われてさ。だけど学校の中なら父の目が届かないから、たまに弾いてて……未練がましいだろ」
昴は思わず大きな声で「そんなことない」と口にした。淡々と話したあと、自嘲するように苦笑した理月の顔があんまり寂しそうだったから。理月は昴の大声にきょとんと目を丸くした後、柔らかく微笑んだ。
「もう過ぎた話だし――生まれた時から、分かってたことだから。僕は衛星なんだよ」
以前にも同じような話を聞いたなと思い返す。
『僕の名前に付いている『月』は、衛星って意味として付けられていて……良い意味じゃない』
確か理月はそう言っていた。
「前もそれ言ってたけど……衛星って、どういう意味?」
昴が訊ねると、理月は苦笑した。おそらく昴にあまり気を遣わせないようにだろう、軽い口調で話し始める。
実際の理月がどんな人なのかを昴が知ったのは、それからすぐのことだ。
まずは、長野の山奥育ちの昴でもその名くらいは知っているあの藤原グループの跡取り息子だということ。名前が嫌いだと言った理月の話に、何となしに合点がいった。
試験ではいつも満点しか取らないほど頭が良く、運動も得意で、何でも難なく熟してしまうこと。持って生まれた才能もあるだろうが、日々たゆまぬ努力をしているらしいことも近くで過ごしていればすぐに分かった。
それから、決まった友達は居らず、囲まれるのもあまり好きではないらしくて、休み時間は読書や勉強をして静かに過ごしているらしい。いくらここが金持ちばかりの学校とは言え、理月は桁が違う御曹司だ。パッと見冷たく見える顔立ちも近寄り難さを助長しているのだろう。才色兼備の高嶺の花であり、男子校である彗上学園の孤高の王子様だ。
諸々腑に落ちたけれど、意外でもあった。昴が知っている理月は、笑顔が可愛らしい、優しい人だから。
そりゃあ、誰より綺麗で可愛いひとだと思ったし、所作のひとつひとつが上品で、良いところのお坊ちゃまなのだろうと一目惚れした時点で予想は付いていた。しかし初恋がここまで桁違いの身の程を弁えない恋になるとは思ってもみなかった。まだ若い星屑のひとつが月を手にしたいだなんて、身の程知らずだということはよく理解る。
けれどそんな雲の上のような存在の初恋の君は、出会ったばかりの昴にあれこれと良くしてくれた。
「――あ、そろそろバイト行かないと。初出勤、緊張するなあ」
「昴なら絶対平気だよ。僕が紹介したのに見に行ってやれなくて残念だけど、頑張って」
放課後音楽室でピアノを弾いた後、指定の黒い通学鞄を手に持ち理月と共に音楽室を後にする。現在家にアップライトピアノしか置けていない昴のために、理月が親の会社の系列ホテル内にある高級レストランを紹介してくれて、昴はピアニストのバイトとして雇ってもらえることとなった。週末の夜になるとピアニストによるグランドピアノでの生演奏が楽しめるレストランだ。田舎者の昴にはハードルが高かったけれど、ホテルの高級レストランで働いても平気なように服装や髪型を理月が整えてくれて、無事勤務出来ることとなった。グランドピアノが弾けるというだけではなく、場慣れのためにもレストランで弾けることは有難かった。
かつて理月が師事していたというピアノ講師のことも紹介してくれて、五月頃から門下生として週に一度レッスンを受けられるようにもなった。理月は昴を天才だと持て囃してくれるけれど、講師の目はやっぱり厳しい。レッスンの初日はレベルチェックでショパン、モーツァルト、ベートーヴェン等々諸々弾かされて、褒めてもくれたけれど、解釈が甘いとダメ出しをされたり細部の細かいチェックが入った。特にショパンだとかは独特のリズム感があるから結構なダメ出しを食らった。
講師の二条先生からは『藤原くんも勿論才能溢れる子だったから、プロの道を諦めたことは残念だと思ってたんだ。藤原くん、門下生を辞めるって言った時沈んでたから、友達に指導してやってほしいって弾んだ声で電話が来た時は驚いたよ。実際、日向くんの才能は特別あるから、大学四年頃に国際コンクールに出られるように頑張ろう』と鼓舞された。五年に一度の国際コンクールで、次の開催は来年だけど、流石に来年には準備が間に合わないだろうという話。理月がプロの道を諦めたなんてことはその時初めて知って、驚いた。
そんなこと、理月の演奏を聴いているのだから、聞かなくたって分かったはずだ。門下生『だった』ということからも分かるはずだった。けれど初めての恋に浮かれて眩んだ昴には気付けなかった。
「――りっちゃんって、元はプロピアニスト志望だったの?」
理月がピアノの道を諦めたと知った翌日の昼休み、音楽室で理月に訊いた。
「ああ、いや……こんなことを言ったら、プロ志望の昴は怒るかもしれないけど。本気で目指してたわけじゃない。コンクールとかに出てたのは中学三年生が最後で……今は、趣味で弾いてるだけ」
訊かれた理月は少し目を丸くしたけれど、淡々とそう言った。
『本気で目指してたわけじゃない』
そんなの、嘘だろうと思った。淡々と口にした言葉の音が寂しげだったから。
「怒らないよ。だってそれ、嘘でしょ。答えるの嫌だったら言わなくて良いけど……どうして?」
昴に何が分かるんだと言われるかもしれない。また無神経だと言われるかもしれない。まだ出会ってひと月ばかりの昴にズカズカ土足で心に踏み込まれたくないかもしれない。だけど、どうしても聞きたかった。
知り合ったばかりの昴に世話を焼いてくれる理由も、何もかも全部、詰まっている気がしたから。
「嘘ってわけじゃない。僕はあらかじめ、こういう人になりなさい、っていうレールの上で生かされてる。そのレールから外れることは許されないし、ピアニストには当然なれない。だから、父から中学でピアノは辞めろって言われてさ。だけど学校の中なら父の目が届かないから、たまに弾いてて……未練がましいだろ」
昴は思わず大きな声で「そんなことない」と口にした。淡々と話したあと、自嘲するように苦笑した理月の顔があんまり寂しそうだったから。理月は昴の大声にきょとんと目を丸くした後、柔らかく微笑んだ。
「もう過ぎた話だし――生まれた時から、分かってたことだから。僕は衛星なんだよ」
以前にも同じような話を聞いたなと思い返す。
『僕の名前に付いている『月』は、衛星って意味として付けられていて……良い意味じゃない』
確か理月はそう言っていた。
「前もそれ言ってたけど……衛星って、どういう意味?」
昴が訊ねると、理月は苦笑した。おそらく昴にあまり気を遣わせないようにだろう、軽い口調で話し始める。
0
あなたにおすすめの小説
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18+BL】空に月が輝く時
hosimure
BL
仕事が終わり、アパートへ戻ると、部屋の扉の前に誰かがいた。
そこにいたのは8年前、俺を最悪な形でフッた兄貴の親友だった。
告白した俺に、「大キライだ」と言っておいて、今更何の用なんだか…。
★BL小説&R18です。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる