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2章 月に焦がれるきらきら星
月に焦がれるきらきら星#7
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「――あ。りっちゃん、おかえり。お仕事お疲れさま」
がらりとリビングの扉が開く。帰ってきた理月に向けて昴が笑い掛けると、理月はキッチンに立つ昴を見てぱちぱちと目を瞬かせた。
「あれ、昴、料理してるの? ただいま」
「うん、イタリア滞在中に食べて美味しかった料理だよ。すっごく美味しかったから、りっちゃんにも食べてほしいなと思って作ってみました」
数時間前に『ごめん、トラブル対応でやっぱり遅くなる』と理月から連絡が入ったから『デリ買っておくね』とだけ返し、サプライズで用意させてもらった。料理の上手さは理月の圧勝だから、普段昴が作るのは簡単な朝食程度だけれど、たまには頑張って凝ったものを作ったって良いだろう。いつもいつも子供扱いされてしまうから、ピアノ以外でも成長したなと思わせたい。
今回はお酒が好きな理月に合わせて、イタリアのバーでよく出る料理を作ってみた。本日のメニューはトマトとモッツァレラチーズとバジルで彩ったカプレーゼサラダ、パプリカやナスやズッキーニをスライスしてグリルで焼きハーブと漬けたマリネ、ご飯の中にモッツァレラチーズを入れて卵にくぐらせパン粉をまぶして揚げたアランチーニ、玉ねぎや人参やズッキーニなどの野菜と豆をトマトベースで煮込んだミネストローネ、それからお酒にはアペロールとプロセッコにソーダ水を混ぜてオレンジスライスを飾ったスプリッツを。
「もう出来るから座って待っててね」と着席を促し、理月が帰宅してから揚げようと思っていたアランチーニをカラッと揚げて、食卓に全部運んで向かい合って席に着く。
「いただきます」
とお互い口にする。理月がマリネを口に運び、少しドキドキしながら表情を対面から窺っていると視線が交わった。ぱっと花が咲いたような笑顔が目に映る。
「すごく美味しい。ありがとう」
「でしょ? イタリアで自炊の腕も磨いてきました。ね、これからたまに僕も作って良いかな? りっちゃんの手料理大好きだから、りっちゃんの手料理も食べたいんだけどさ」
「うん、嬉しい。昴、たまに自炊の写真SNSに載せてたもんね。頑張ってるなって思ってたよ」
心底嬉しいと思ってくれているような綻んだ表情で返されて胸がきゅんとする。ニコニコと和やかに食事を続けて食べ終えた頃、ちょうど良い時間に沸くよう予約していた風呂が沸いたことを知らせる音が鳴った。
「りっちゃん、先に入っておいで」と促して、その間に食べ終えた食器を片付ける。理月が風呂を上がった頃合いを見はからって脱衣室へと向かった。コンコンとドアをノックして「入っていい?」と声を掛けると「どうぞ」と返され、脱衣室の戸を開ける。
「昴もお風呂入る? すぐ退くから、ちょっと待って」
バスローブに身を包んで黒髪から水が滴る姿にグッと来てしまうけれど、邪な視線で見てしまわないようにどうにか堪えて笑顔を作る。
「や、りっちゃんにドライヤーしたいなーと思って。乾かしても良い?」
きょとんと目を丸くして不思議そうに「良いけど……」と小首を傾げられたけれど、まあ断られなければ上々だ。ドライヤーのスイッチを押して、ブラシで髪を梳かしながら丁寧に髪を乾かしていく。一度も染めていない黒髪は傷みもなく、艶やかで綺麗だ。
「なんでドライヤーしてくれるの?」
「家から追い出されないために、役に立つところ見せようかなーって。全自動ドライヤー便利だよってアピール」
「こんなことしなくても、追い出したりなんかしないって。昴も早くお風呂入っちゃいなよ。上がったら、お返しに僕も昴の髪の毛乾かしてあげるから」
「やった。乾かし終わったらすぐ入る」
思わず昴が声を弾ませると、理月はくすっと小さく笑った。便利ですよアピールをしようと思ったのに、理月にも髪を乾かし返してもらっては便利ではないのではないか。とも思ったけれど、髪を乾かしてもらいたい欲が勝つ。結局理月の髪を乾かし終えた後、昴もそのまま風呂に入り、上がった後は理月にドライヤーで丁寧に髪を乾かしてもらった。
「昴の髪は、ふわふわしてて気持ち良いね。犬みたいでさ」
「人間だけど、りっちゃんの飼い犬になったら幸せそうだな。りっちゃんに撫でてもらうの、気持ち良くて好き。大きくなってからは、人に撫でてもらうなんてこと無いし」
まだ少し濡れているものの殆ど乾いた昴の髪に正面からドライヤーを当て手で撫でとかしながら、理月はふっと目を細める。昴もふにゃっと笑い返した。理月の手付きは優しくて、触られると心地よく思う。
「僕も、撫でてもらえるのって、結構嬉しいかも。僕はちっちゃい頃も、撫でてもらった記憶って全く無いから」
「じゃあ、いっぱい撫でてあげる。りっちゃん偉い偉い」
「撫でながら撫でられるって妙な感じだな……」
昴が理月の頭を撫でると理月は片眉をつり上げて呆れたような表情を浮かべた。けれど、撫でる昴の手を拒むことはなく、大人しくされるがままになっている。
「はい、終わり」
髪を乾かし終わったらしく理月はドライヤーのスイッチを切り、最後にポンと昴の頭を軽く叩いて手を離す。
「ありがとー。りっちゃん、大好き」
「はいはい。僕、明日早いからもう寝るね」
昴は柔らかく笑い、理月の頭をよしよしと撫でて手を離した。この程度のスキンシップも『好き』の言葉もいつものことだからさらっと流されてしまうけれど、昴は一回一回本気で言っている。
「じゃあ、おやすみ、昴」
「あ、りっちゃん、待って。こっち向いて」
洗面所から二人で廊下に出たところで、昴は自室に向かおうとする理月の手をパッと掴んだ。
「りっちゃん、おやすみ。良い夢を」
手を掴んだまま、理月の額にちゅっと軽くキスを落として笑みを向ける。欲は上手に隠して、あくまで親愛のふりをして。
「……おやすみのキス? 昴、イタリアに染まっちゃったの?」
理月に小首を傾げられ、昴は眉尻を下げ目を細めて苦笑する。
「うん。おやすみのキスだよ。イタリアで一回り成長して帰ってきたから、成長したところ見てほしいなー」
「へえ、そっか。まあ、半年行ってたもんね。どう成長したのか、楽しみだな」
切れ長の目を優しく細め、理月は柔らかく微笑んだ。
「昴、ちょっと屈んで」
理月に見上げて言われ、昴は素直に少し膝を曲げて屈む。理月は昴の両肩に手を置いて、ちゅ、と昴の額に口づけた。
「僕からも、おやすみのキスのお返し」
口唇を離して、理月は口角を上げ綺麗に弧を描いた悪戯な笑顔を向ける。きょとんとして口唇を結んで固まってしまった昴に、理月は「おやすみ、昴。良い夢を」と続け、昴の髪をくしゃっと撫でた。固まってしまった昴を廊下に残したまま自室へと入ってしまう。
ひとり立ち尽くした昴も少し遅れて自室に入り、扉を閉めた。その場にずるずるとしゃがみ込んで額に手を当てる。
熱でも出たみたいに、口づけられた額が熱い。自分からやる分には良いけれど、理月から返されるとどうにも弱い。いくら告白しても伝わらないし応えてもらえないのに、思わせぶりなことばかりしてくるものだからたちが悪いと思う。
星を搔き集めたって月の光には敵わないことは分かってる。けれど、月を手に入れたくて仕方ない。理月は昔からずっと、昴にとって恋い焦がれて仕方がないお月様だ。
「……どうしたって、りっちゃんには敵わないなぁ~」
ぽつりと呟き、苦笑する。石の上にも三年――いや、十二年待ったけれど。既に十二年待ったのだから、あともう少しくらい耐えられる。待てば甘露の日和ありだ。
月までの距離は約三十八万キロらしい。そう聞くと遠く感じるけれど、十二年で割れば一年につき約三万キロになる。イタリアと日本の距離がおよそ一万キロと考えれば、果てしないような距離じゃない。月まで届くように愚直に積んで、三十八万キロ分重ねたつもりだ。
きっともう月まではそう遠くない、と信じたい。
がらりとリビングの扉が開く。帰ってきた理月に向けて昴が笑い掛けると、理月はキッチンに立つ昴を見てぱちぱちと目を瞬かせた。
「あれ、昴、料理してるの? ただいま」
「うん、イタリア滞在中に食べて美味しかった料理だよ。すっごく美味しかったから、りっちゃんにも食べてほしいなと思って作ってみました」
数時間前に『ごめん、トラブル対応でやっぱり遅くなる』と理月から連絡が入ったから『デリ買っておくね』とだけ返し、サプライズで用意させてもらった。料理の上手さは理月の圧勝だから、普段昴が作るのは簡単な朝食程度だけれど、たまには頑張って凝ったものを作ったって良いだろう。いつもいつも子供扱いされてしまうから、ピアノ以外でも成長したなと思わせたい。
今回はお酒が好きな理月に合わせて、イタリアのバーでよく出る料理を作ってみた。本日のメニューはトマトとモッツァレラチーズとバジルで彩ったカプレーゼサラダ、パプリカやナスやズッキーニをスライスしてグリルで焼きハーブと漬けたマリネ、ご飯の中にモッツァレラチーズを入れて卵にくぐらせパン粉をまぶして揚げたアランチーニ、玉ねぎや人参やズッキーニなどの野菜と豆をトマトベースで煮込んだミネストローネ、それからお酒にはアペロールとプロセッコにソーダ水を混ぜてオレンジスライスを飾ったスプリッツを。
「もう出来るから座って待っててね」と着席を促し、理月が帰宅してから揚げようと思っていたアランチーニをカラッと揚げて、食卓に全部運んで向かい合って席に着く。
「いただきます」
とお互い口にする。理月がマリネを口に運び、少しドキドキしながら表情を対面から窺っていると視線が交わった。ぱっと花が咲いたような笑顔が目に映る。
「すごく美味しい。ありがとう」
「でしょ? イタリアで自炊の腕も磨いてきました。ね、これからたまに僕も作って良いかな? りっちゃんの手料理大好きだから、りっちゃんの手料理も食べたいんだけどさ」
「うん、嬉しい。昴、たまに自炊の写真SNSに載せてたもんね。頑張ってるなって思ってたよ」
心底嬉しいと思ってくれているような綻んだ表情で返されて胸がきゅんとする。ニコニコと和やかに食事を続けて食べ終えた頃、ちょうど良い時間に沸くよう予約していた風呂が沸いたことを知らせる音が鳴った。
「りっちゃん、先に入っておいで」と促して、その間に食べ終えた食器を片付ける。理月が風呂を上がった頃合いを見はからって脱衣室へと向かった。コンコンとドアをノックして「入っていい?」と声を掛けると「どうぞ」と返され、脱衣室の戸を開ける。
「昴もお風呂入る? すぐ退くから、ちょっと待って」
バスローブに身を包んで黒髪から水が滴る姿にグッと来てしまうけれど、邪な視線で見てしまわないようにどうにか堪えて笑顔を作る。
「や、りっちゃんにドライヤーしたいなーと思って。乾かしても良い?」
きょとんと目を丸くして不思議そうに「良いけど……」と小首を傾げられたけれど、まあ断られなければ上々だ。ドライヤーのスイッチを押して、ブラシで髪を梳かしながら丁寧に髪を乾かしていく。一度も染めていない黒髪は傷みもなく、艶やかで綺麗だ。
「なんでドライヤーしてくれるの?」
「家から追い出されないために、役に立つところ見せようかなーって。全自動ドライヤー便利だよってアピール」
「こんなことしなくても、追い出したりなんかしないって。昴も早くお風呂入っちゃいなよ。上がったら、お返しに僕も昴の髪の毛乾かしてあげるから」
「やった。乾かし終わったらすぐ入る」
思わず昴が声を弾ませると、理月はくすっと小さく笑った。便利ですよアピールをしようと思ったのに、理月にも髪を乾かし返してもらっては便利ではないのではないか。とも思ったけれど、髪を乾かしてもらいたい欲が勝つ。結局理月の髪を乾かし終えた後、昴もそのまま風呂に入り、上がった後は理月にドライヤーで丁寧に髪を乾かしてもらった。
「昴の髪は、ふわふわしてて気持ち良いね。犬みたいでさ」
「人間だけど、りっちゃんの飼い犬になったら幸せそうだな。りっちゃんに撫でてもらうの、気持ち良くて好き。大きくなってからは、人に撫でてもらうなんてこと無いし」
まだ少し濡れているものの殆ど乾いた昴の髪に正面からドライヤーを当て手で撫でとかしながら、理月はふっと目を細める。昴もふにゃっと笑い返した。理月の手付きは優しくて、触られると心地よく思う。
「僕も、撫でてもらえるのって、結構嬉しいかも。僕はちっちゃい頃も、撫でてもらった記憶って全く無いから」
「じゃあ、いっぱい撫でてあげる。りっちゃん偉い偉い」
「撫でながら撫でられるって妙な感じだな……」
昴が理月の頭を撫でると理月は片眉をつり上げて呆れたような表情を浮かべた。けれど、撫でる昴の手を拒むことはなく、大人しくされるがままになっている。
「はい、終わり」
髪を乾かし終わったらしく理月はドライヤーのスイッチを切り、最後にポンと昴の頭を軽く叩いて手を離す。
「ありがとー。りっちゃん、大好き」
「はいはい。僕、明日早いからもう寝るね」
昴は柔らかく笑い、理月の頭をよしよしと撫でて手を離した。この程度のスキンシップも『好き』の言葉もいつものことだからさらっと流されてしまうけれど、昴は一回一回本気で言っている。
「じゃあ、おやすみ、昴」
「あ、りっちゃん、待って。こっち向いて」
洗面所から二人で廊下に出たところで、昴は自室に向かおうとする理月の手をパッと掴んだ。
「りっちゃん、おやすみ。良い夢を」
手を掴んだまま、理月の額にちゅっと軽くキスを落として笑みを向ける。欲は上手に隠して、あくまで親愛のふりをして。
「……おやすみのキス? 昴、イタリアに染まっちゃったの?」
理月に小首を傾げられ、昴は眉尻を下げ目を細めて苦笑する。
「うん。おやすみのキスだよ。イタリアで一回り成長して帰ってきたから、成長したところ見てほしいなー」
「へえ、そっか。まあ、半年行ってたもんね。どう成長したのか、楽しみだな」
切れ長の目を優しく細め、理月は柔らかく微笑んだ。
「昴、ちょっと屈んで」
理月に見上げて言われ、昴は素直に少し膝を曲げて屈む。理月は昴の両肩に手を置いて、ちゅ、と昴の額に口づけた。
「僕からも、おやすみのキスのお返し」
口唇を離して、理月は口角を上げ綺麗に弧を描いた悪戯な笑顔を向ける。きょとんとして口唇を結んで固まってしまった昴に、理月は「おやすみ、昴。良い夢を」と続け、昴の髪をくしゃっと撫でた。固まってしまった昴を廊下に残したまま自室へと入ってしまう。
ひとり立ち尽くした昴も少し遅れて自室に入り、扉を閉めた。その場にずるずるとしゃがみ込んで額に手を当てる。
熱でも出たみたいに、口づけられた額が熱い。自分からやる分には良いけれど、理月から返されるとどうにも弱い。いくら告白しても伝わらないし応えてもらえないのに、思わせぶりなことばかりしてくるものだからたちが悪いと思う。
星を搔き集めたって月の光には敵わないことは分かってる。けれど、月を手に入れたくて仕方ない。理月は昔からずっと、昴にとって恋い焦がれて仕方がないお月様だ。
「……どうしたって、りっちゃんには敵わないなぁ~」
ぽつりと呟き、苦笑する。石の上にも三年――いや、十二年待ったけれど。既に十二年待ったのだから、あともう少しくらい耐えられる。待てば甘露の日和ありだ。
月までの距離は約三十八万キロらしい。そう聞くと遠く感じるけれど、十二年で割れば一年につき約三万キロになる。イタリアと日本の距離がおよそ一万キロと考えれば、果てしないような距離じゃない。月まで届くように愚直に積んで、三十八万キロ分重ねたつもりだ。
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