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4章 星降る夜に
星降る夜に#6
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「ん……」
布団の中の温度が少し下がった心地がする。ごそごそと微かに物音が聞こえてきて、理月は瞼を擦りながら上体を起こした。起き抜けだからか、それとも酒がまだ残っているのか、若干ふわふわした心地だ。
「あ、起こしちゃった? ごめんね」
「おはよう……。昴はちゃんと寝られた? もう観測時間?」
「りっちゃんが寝落ちた後、ちょっとしてから寝たよー。今二十三時半。零時半くらいから観測のつもりだから、ささっとお風呂入っちゃおうかなって思ったんだけど、りっちゃん先に入る?」
部屋の中は常夜灯が点いていて、昴は暗い中でタオルを用意していたところらしかった。手にはバスタオルを抱えている。
「昴が先で良い……っていうか、一緒に入る? 交互に入るよりゆっくり浸かれるし」
暗い中でも鳩が豆鉄砲を食らったような表情を昴が浮かべたことがうかがえて「あ、嫌だったら」と言ったところで、食い気味に「全然嫌じゃない。折角だから、一緒に入ろ」と被せられた。
「じゃあ早く入っちゃおう。部屋の電気点ける?」
「や……、暗さに目を慣らしておきたいし、このままで。どうせ後で明かり点けなきゃだけど」
暗い部屋の中ではっきりとは見えなかったけれど、眉を下げた昴の表情はなんだか複雑な面持ちだ。理月はベッドから足を下ろし、浴衣をはらりと脱いでいく。先に浴衣を脱ぎ終えて「僕、先に入ってるね」と昴に言い、テラスに向かった。
テラスのシャワーブースは立って使うタイプのひとつだけだ。涼しいところも多かったが、それでも真夏に一日歩き回ったことで少し汗をかいた。髪と身体をざっと洗うと、さっぱりして気持ち良い。暫くして昴がやってきたから背中でも流してやろうかと思ったけれど、立ったまま背中を流すというのも何だか変だなと思い止めておく。
「僕、シャワー終わったから先に入ってるね」
「うん、分かった」
明るいシャワーブースの中、視線を泳がせている昴にシャワーヘッドを手渡して、一足早く露天風呂にちゃぽんと浸かる。部屋の明かりは消灯したけれど、テラスとシャワーブースに明かりが点いているから、屋根の隙間から夜空を見上げてもしっかりとは星が見えない。けれど明かりを全部消せば、湯に浸かりながらでもよく見えそうだ。
シャワーブースの明かりがぱちんと消えて、遅れて昴がやってくる。テラスの明かりも消され、足元にぽつぽつと置かれているぼんやりとしたガーデンライトの暖色の明かりだけが昴の足元をぼんやり照らす。ちょっと暗すぎて危ないから、ヒノキ風呂の横に置いてあったLEDのランタンを点けた。昴が湯に浸かり、少し離れた隣に座ったところでランタンの明かりを消す。
「全部消しちゃうと、ちょっと暗すぎるね。でも、星はよく見える」
「うん。雲も無いし、綺麗に見えるね。暫くすれば目が慣れてもっとよく見えると思うけど、あんまり長く浸かるとのぼせちゃうかな。りっちゃん、まだお酒残ってそうだし」
「平気だよ。しっかり寝たら、だいぶスッキリした」
左半分が欠けた半月がまだ南西の方角に出ていて、夜空をぼんやりと照らしている。けれど殆ど真っ暗闇だ。泊まっている客室はテラスから見て西側に建っていて、ここからは北、東、南の空が見えている。
本館から離れて建つ離れは静かなものだった。耳を澄ますと、虫の鳴く声がよく聞こえた。それから静かな木々のざわめき。身体を少し動かす度に、ちゃぷん、と湯の音が鳴る。
「……まだ月が出てて、綺麗だね。今夜は上弦の月だ」
昴が夜空を見上げて呟き、言葉を続ける。
「そう言えば、半月って弓張月とも言うよね。リヅキ、って入ってるから、りっちゃんっぽい。上弦の月ってこれから満ちるって感じで、パワーが貰える気がするし、そういうところもりっちゃんみたい」
「昴は本当、僕の名前をよく褒めるよね。じゃ、理月の理の方は?」
「理なんて良い意味ばっかりじゃん。自然の理、とかの『ことわり』とか。原理。道理。綺麗で整って真っ直ぐな印象があるよ。理月の理の字も、りっちゃんにぴったり。本当に、名は体を表すってやつ」
そよ風が吹き、肌を撫でる。高原の夜風は真夏だということを忘れるほど冷たく、温かい温泉で熱くなった頬をひやりと冷やして気持ち良い。理月は昴の方に顔を向けてみたけれど、至近距離に居ても弓張月の月明り程度の明かりしか無い中、昴の顔は影を落としていて表情までは読み取れない。
「そんなに褒めても何も出ないよ?」
「いつもめちゃくちゃお世話してくれてるじゃん。甘やかしてほしくて言ってる訳じゃないけど……いや、りっちゃんに甘やかしてもらうの、好きなんだけどさ」
「どっちだよ」
「まあ、はっきり言って甘やかしてほしい」
昴の甘えた発言に理月は肩を揺らして笑う。またちゃぷんと湯が跳ねる。
「でも、りっちゃんも僕にたくさん甘えて欲しいな。いっぱい甘やかす準備万端だよ」
「他人への甘え方って、よく分からないな。昴は甘え上手だよね。誰にでも愛されるし」
「うーん、ちょっとワガママ言ったりとか? 僕にしてほしいこととか、あれば言って欲しいなーと思うけど」
「昴にして欲しいことか……」
他人に甘えるということを、理月はこの方してきた覚えがない。気付かないうち、無意識で昴に甘えていることは多々あるだろうけれど。
小首を傾げ、少し悩んだ。昴にずっとピアノを弾いていてほしい。自分には出来ない夢を叶えてほしい。有名になってほしい。一緒に星を観たい。
だんだん目が慣れてきて、見上げた夜空に星がはっきりと見えてくる。
「――あ、流れ星。一個目だ」
北東のまだ低い位置、ペルセウス座の方向に流れ星が見え、ふっと気が逸れて理月はそう口にする。
「今日は多分、一時間に五十個くらい見られるはずだよ。だからお願いごとしないとね。でも、僕に叶えられるようなことだったら、流れ星じゃなくて僕にお願いして」
「……昴に、お願いしたいこと」
あれこれと頭の中で思い描いてみる。じっと眺めていると、星が本当によく見えた。星空を写した写真ほどではないけれど、普段見ている星空とは全く違い、普段見えない小さな星の光まで目に届く。悩んで答えあぐねていると、昴が話し始めた。
布団の中の温度が少し下がった心地がする。ごそごそと微かに物音が聞こえてきて、理月は瞼を擦りながら上体を起こした。起き抜けだからか、それとも酒がまだ残っているのか、若干ふわふわした心地だ。
「あ、起こしちゃった? ごめんね」
「おはよう……。昴はちゃんと寝られた? もう観測時間?」
「りっちゃんが寝落ちた後、ちょっとしてから寝たよー。今二十三時半。零時半くらいから観測のつもりだから、ささっとお風呂入っちゃおうかなって思ったんだけど、りっちゃん先に入る?」
部屋の中は常夜灯が点いていて、昴は暗い中でタオルを用意していたところらしかった。手にはバスタオルを抱えている。
「昴が先で良い……っていうか、一緒に入る? 交互に入るよりゆっくり浸かれるし」
暗い中でも鳩が豆鉄砲を食らったような表情を昴が浮かべたことがうかがえて「あ、嫌だったら」と言ったところで、食い気味に「全然嫌じゃない。折角だから、一緒に入ろ」と被せられた。
「じゃあ早く入っちゃおう。部屋の電気点ける?」
「や……、暗さに目を慣らしておきたいし、このままで。どうせ後で明かり点けなきゃだけど」
暗い部屋の中ではっきりとは見えなかったけれど、眉を下げた昴の表情はなんだか複雑な面持ちだ。理月はベッドから足を下ろし、浴衣をはらりと脱いでいく。先に浴衣を脱ぎ終えて「僕、先に入ってるね」と昴に言い、テラスに向かった。
テラスのシャワーブースは立って使うタイプのひとつだけだ。涼しいところも多かったが、それでも真夏に一日歩き回ったことで少し汗をかいた。髪と身体をざっと洗うと、さっぱりして気持ち良い。暫くして昴がやってきたから背中でも流してやろうかと思ったけれど、立ったまま背中を流すというのも何だか変だなと思い止めておく。
「僕、シャワー終わったから先に入ってるね」
「うん、分かった」
明るいシャワーブースの中、視線を泳がせている昴にシャワーヘッドを手渡して、一足早く露天風呂にちゃぽんと浸かる。部屋の明かりは消灯したけれど、テラスとシャワーブースに明かりが点いているから、屋根の隙間から夜空を見上げてもしっかりとは星が見えない。けれど明かりを全部消せば、湯に浸かりながらでもよく見えそうだ。
シャワーブースの明かりがぱちんと消えて、遅れて昴がやってくる。テラスの明かりも消され、足元にぽつぽつと置かれているぼんやりとしたガーデンライトの暖色の明かりだけが昴の足元をぼんやり照らす。ちょっと暗すぎて危ないから、ヒノキ風呂の横に置いてあったLEDのランタンを点けた。昴が湯に浸かり、少し離れた隣に座ったところでランタンの明かりを消す。
「全部消しちゃうと、ちょっと暗すぎるね。でも、星はよく見える」
「うん。雲も無いし、綺麗に見えるね。暫くすれば目が慣れてもっとよく見えると思うけど、あんまり長く浸かるとのぼせちゃうかな。りっちゃん、まだお酒残ってそうだし」
「平気だよ。しっかり寝たら、だいぶスッキリした」
左半分が欠けた半月がまだ南西の方角に出ていて、夜空をぼんやりと照らしている。けれど殆ど真っ暗闇だ。泊まっている客室はテラスから見て西側に建っていて、ここからは北、東、南の空が見えている。
本館から離れて建つ離れは静かなものだった。耳を澄ますと、虫の鳴く声がよく聞こえた。それから静かな木々のざわめき。身体を少し動かす度に、ちゃぷん、と湯の音が鳴る。
「……まだ月が出てて、綺麗だね。今夜は上弦の月だ」
昴が夜空を見上げて呟き、言葉を続ける。
「そう言えば、半月って弓張月とも言うよね。リヅキ、って入ってるから、りっちゃんっぽい。上弦の月ってこれから満ちるって感じで、パワーが貰える気がするし、そういうところもりっちゃんみたい」
「昴は本当、僕の名前をよく褒めるよね。じゃ、理月の理の方は?」
「理なんて良い意味ばっかりじゃん。自然の理、とかの『ことわり』とか。原理。道理。綺麗で整って真っ直ぐな印象があるよ。理月の理の字も、りっちゃんにぴったり。本当に、名は体を表すってやつ」
そよ風が吹き、肌を撫でる。高原の夜風は真夏だということを忘れるほど冷たく、温かい温泉で熱くなった頬をひやりと冷やして気持ち良い。理月は昴の方に顔を向けてみたけれど、至近距離に居ても弓張月の月明り程度の明かりしか無い中、昴の顔は影を落としていて表情までは読み取れない。
「そんなに褒めても何も出ないよ?」
「いつもめちゃくちゃお世話してくれてるじゃん。甘やかしてほしくて言ってる訳じゃないけど……いや、りっちゃんに甘やかしてもらうの、好きなんだけどさ」
「どっちだよ」
「まあ、はっきり言って甘やかしてほしい」
昴の甘えた発言に理月は肩を揺らして笑う。またちゃぷんと湯が跳ねる。
「でも、りっちゃんも僕にたくさん甘えて欲しいな。いっぱい甘やかす準備万端だよ」
「他人への甘え方って、よく分からないな。昴は甘え上手だよね。誰にでも愛されるし」
「うーん、ちょっとワガママ言ったりとか? 僕にしてほしいこととか、あれば言って欲しいなーと思うけど」
「昴にして欲しいことか……」
他人に甘えるということを、理月はこの方してきた覚えがない。気付かないうち、無意識で昴に甘えていることは多々あるだろうけれど。
小首を傾げ、少し悩んだ。昴にずっとピアノを弾いていてほしい。自分には出来ない夢を叶えてほしい。有名になってほしい。一緒に星を観たい。
だんだん目が慣れてきて、見上げた夜空に星がはっきりと見えてくる。
「――あ、流れ星。一個目だ」
北東のまだ低い位置、ペルセウス座の方向に流れ星が見え、ふっと気が逸れて理月はそう口にする。
「今日は多分、一時間に五十個くらい見られるはずだよ。だからお願いごとしないとね。でも、僕に叶えられるようなことだったら、流れ星じゃなくて僕にお願いして」
「……昴に、お願いしたいこと」
あれこれと頭の中で思い描いてみる。じっと眺めていると、星が本当によく見えた。星空を写した写真ほどではないけれど、普段見ている星空とは全く違い、普段見えない小さな星の光まで目に届く。悩んで答えあぐねていると、昴が話し始めた。
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