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8章 ひとつの時代
ひとつの時代#3
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「父さん、新年明けましておめでとうございます」
「――ああ、おまえか。よく来たな」
理月の父である唯月は、理月が声を掛ける前から眉間に皴を寄せたような表情を浮かべていた。今日も今日とてオーダーメイドのお堅いスーツを着てかっちりしている。先日話した際は少し柔らかく感じたけれど、今日はいつも通りに見える。
「本年も藤原グループのために尽力いたします。今年もどうぞよろしくお願いします」
「ああ。よろしく頼む。そちらは――」
唯月は軽く頷くとちらりと視線を昴に向けた。理月もちらりと昴に視線を向けて口を開く。
「僕の高校時代からの友人で、ピアニストをしている日向昴です。僕から山岡に進言して、本日のピアニストとして招待しました」
「理月さんのお父さん、初めまして。ただいまご紹介いただきました、ピアニストの日向昴と申します。理月さんには、高校の頃から現在まで大変お世話になっております。ささやかな演奏ですが、楽しんでいただければ嬉しく思います」
昴は畏まりつつも人好きのする柔和な笑顔を浮かべ、丁寧に挨拶をする。唯月も目を細め、よそ行きの笑顔を浮かべた。
「ああ、君の名前は知っている。演奏会も一度拝聴したことがある」
「演奏会にお越しいただいていたとは、大変光栄です。理月さんと、これからも長く親しくさせていただければ幸いです。どうぞ宜しくお願い致します」
まさか父が昴の演奏会に行ったことがあるとは知らず、理月は目を丸くした。昴も少し驚いただろうけれど、にこりと嬉しげに破顔する。
「演奏、楽しみにしている。寛いでいってくれ」
「恐縮です。ありがとうございます」
父との会話はそれだけで、軽く一礼してその場を辞した。賑やかなざわめきから離れ、壁を背にしてシャンパンを一口喉に流し込む。緊張感が抜けて、ふっと肩の力が抜けた。
「――なんか、りっちゃんからお父さんへの態度って、取引先の重役相手みたいな感じだね」
「ああ、そんな感じかも。でも、うちの家ではこれが普通なんだ。父も祖父に対してずっとこういう感じだったし」
不思議そうというか、腑に落ちないような顔で昴は首を捻る。藤原の家ではこれが普通だが、傍から見たら変だということは理月も理解している。
「そういうものかあ。はあー、緊張した。僕、ちゃんと敬語使えてた?」
「ばっちり。上品で大人らしくてカッコいい、好青年ピアニストだったよ」
少しからかう調子で返して笑みを向けると、昴は素直に照れて首の後ろに手を置いた。
「まあ、もう大人ですから。じゃあ掴みはオッケーだよね? この後の演奏も張り切って頑張ろっと」
「そうだね、もうとっくに大人だ。演奏、楽しみにしてるよ」
そうこうと話しているうちに演奏の時間となり、壁を背にしたまま昴を見送った。人混みに紛れようが、この場に居る全員の中で一番背が高いからどこに行っても目で追える。ちらっと振り返り満面の笑みを向けてきた昴に笑みを返し、ひらひらと手を振った。
それから、昴とヴァイオリニストの演奏が始まって――ピアノとヴァイオリンの音色が見事に調和し、美しいアンサンブルを奏でる。親族一同、小さな子どもでさえ静まり返って聴き入っていた。
演奏が終わった後は昴と合流して、しばらく経った頃、ぱらぱらと親族が帰り始める。人が少なった頃合いを見計らい、昴を待たせて理月ひとりで父に声を掛けた。
「父さん、折り入ってお話があるのですが――この後少し、お時間宜しいですか?」
「――ああ。では、後ほど執務室で聞こう。しばらく自室で待っていなさい。こちらの用事が済み次第、山岡を向かわせる」
緊張して話し掛けたものの、父の返事はあっさりとしたものだった。自室で待つこととなり、理月は昴と共に自室へと足を向け、片付けが始まったリビングから出て一階の廊下を歩いていく。
「――ああ、おまえか。よく来たな」
理月の父である唯月は、理月が声を掛ける前から眉間に皴を寄せたような表情を浮かべていた。今日も今日とてオーダーメイドのお堅いスーツを着てかっちりしている。先日話した際は少し柔らかく感じたけれど、今日はいつも通りに見える。
「本年も藤原グループのために尽力いたします。今年もどうぞよろしくお願いします」
「ああ。よろしく頼む。そちらは――」
唯月は軽く頷くとちらりと視線を昴に向けた。理月もちらりと昴に視線を向けて口を開く。
「僕の高校時代からの友人で、ピアニストをしている日向昴です。僕から山岡に進言して、本日のピアニストとして招待しました」
「理月さんのお父さん、初めまして。ただいまご紹介いただきました、ピアニストの日向昴と申します。理月さんには、高校の頃から現在まで大変お世話になっております。ささやかな演奏ですが、楽しんでいただければ嬉しく思います」
昴は畏まりつつも人好きのする柔和な笑顔を浮かべ、丁寧に挨拶をする。唯月も目を細め、よそ行きの笑顔を浮かべた。
「ああ、君の名前は知っている。演奏会も一度拝聴したことがある」
「演奏会にお越しいただいていたとは、大変光栄です。理月さんと、これからも長く親しくさせていただければ幸いです。どうぞ宜しくお願い致します」
まさか父が昴の演奏会に行ったことがあるとは知らず、理月は目を丸くした。昴も少し驚いただろうけれど、にこりと嬉しげに破顔する。
「演奏、楽しみにしている。寛いでいってくれ」
「恐縮です。ありがとうございます」
父との会話はそれだけで、軽く一礼してその場を辞した。賑やかなざわめきから離れ、壁を背にしてシャンパンを一口喉に流し込む。緊張感が抜けて、ふっと肩の力が抜けた。
「――なんか、りっちゃんからお父さんへの態度って、取引先の重役相手みたいな感じだね」
「ああ、そんな感じかも。でも、うちの家ではこれが普通なんだ。父も祖父に対してずっとこういう感じだったし」
不思議そうというか、腑に落ちないような顔で昴は首を捻る。藤原の家ではこれが普通だが、傍から見たら変だということは理月も理解している。
「そういうものかあ。はあー、緊張した。僕、ちゃんと敬語使えてた?」
「ばっちり。上品で大人らしくてカッコいい、好青年ピアニストだったよ」
少しからかう調子で返して笑みを向けると、昴は素直に照れて首の後ろに手を置いた。
「まあ、もう大人ですから。じゃあ掴みはオッケーだよね? この後の演奏も張り切って頑張ろっと」
「そうだね、もうとっくに大人だ。演奏、楽しみにしてるよ」
そうこうと話しているうちに演奏の時間となり、壁を背にしたまま昴を見送った。人混みに紛れようが、この場に居る全員の中で一番背が高いからどこに行っても目で追える。ちらっと振り返り満面の笑みを向けてきた昴に笑みを返し、ひらひらと手を振った。
それから、昴とヴァイオリニストの演奏が始まって――ピアノとヴァイオリンの音色が見事に調和し、美しいアンサンブルを奏でる。親族一同、小さな子どもでさえ静まり返って聴き入っていた。
演奏が終わった後は昴と合流して、しばらく経った頃、ぱらぱらと親族が帰り始める。人が少なった頃合いを見計らい、昴を待たせて理月ひとりで父に声を掛けた。
「父さん、折り入ってお話があるのですが――この後少し、お時間宜しいですか?」
「――ああ。では、後ほど執務室で聞こう。しばらく自室で待っていなさい。こちらの用事が済み次第、山岡を向かわせる」
緊張して話し掛けたものの、父の返事はあっさりとしたものだった。自室で待つこととなり、理月は昴と共に自室へと足を向け、片付けが始まったリビングから出て一階の廊下を歩いていく。
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