5 / 17
【第5話】空から降ってきた女(26)
しおりを挟むリュンヌは酒蔵のある丘を下り、新鮮な果物が実った果樹園をも走り抜けた。
低い柵を軽い身のこなしで何個も飛び越え、道の終わり、村の端っこにある村長の邸宅へと駆け込んだ。
中に帰るや否や、リュンヌはすぐさまドアを閉めた。
鍵穴に目を近づけて外を見る。
静かに揺れる庭の草木。そのいつも通りの風景を数分ながめ、心を落ち着かせた。
(良かった……追ってきてない……)
胸を撫で下ろすと、リュンヌは階段を駆け上がり、父親の自室へと向かうのだった。
「おとーさん!! なんなのあの人!! ありえないんだけど!!」
父親は机で書き物をしていた。
窓から差し込む陽射しが、眼鏡を掛けた彼の顔を照らしている。
「まだ仕事中だ。急にどうした?」
「あの新人家政婦! 私の足を舐めようとしたの!!」
「君が舐めさせようとしたからだろう」
「確かにそーだけど……え? なんでそんか冷静なわけ?」
「日頃の行いかな」
「……あの人ヘンタイだよ! 今すぐクビにして!」
父親は驚き、ようやく顔を上げた。
「それは興味深い。今まで八人の家政婦を雇ったが、皆泣きながら退職願を出してきた」
「みんな“普通”だったからじゃん?」
「それなら新しい試みになるな。さっそく初めての事態だ。リュンヌからクビを懇願するなんて」
彼は席を立ち、窓から外を眺めた。
すると、庭をキョロキョロと見回すキノーの姿が見えた。
「ひっ!?」
リュンヌも彼女の姿を見つけ、思わず父親の背中に隠れる。
「すぐ!! ねえお願い!! おとーさん!! 今すぐクビにしてよ!!」
「まあ落ち着きなさい」
カーテンをそっと閉め、今にも泣き出しそうな娘の頭に優しく手を添えた。
「大丈夫、彼女は決して悪い人じゃない」
リュンヌの父は、昨日の出来事を語り始めた。
「あれは村に帰る途中、砂嵐に巻き込まれた時だ……」
◇◇◇◇◇
二十時間前。
強い陽射しを背に、一台の馬車が道なき荒野を駆けていた。
「あ~、フォマロー様。砂嵐ですよぉ」
御者の声に、客車にいた眼鏡の中年男は顔を上げた。
窓から外を眺める。
砂埃が巨大な渦となり、馬車の方へ近づいて来るのが見えた。
「またか……ツイてないな」
「全くですよぉ。いま作動させますね」
溜息を吐きながら、御者は鞍から伸びるアームの先に視線を移した。
そこには手のひらサイズの薄い板が収まっており、彼が手をかざすと表面にいくつもの小さな画像が浮かび上がった。
「【防壁の魔法】を、っと」
指先で画像をタッチした直後、板が淡い光を放つ。そして板からアーム、鞍へと光が伸びて行き、やがて馬車全体を包み込んだ。
「これでバッチリですよぉ」
「ありがとう。使用料はまだ大丈夫かい?」
「ええ、まぁなんとか。まだカミさんに怒られない程度ですよぉ」
そう言いつつ、御者は板を操作し【今月の魔法使用料】を確認すると乾いた笑い声を上げた。
「そろそろ……流行りの定額制に乗り替え時ですかねぇ」
砂嵐が馬車を飲み込む。
舞い上がった砂と、暴風による轟音。
しかし防壁魔法を張った馬車には何処吹く風。何事もなく走り続けた。
そんな時だった。
「あ!? なんだありゃあ~!」
驚く御者の声とともに、突如、馬も嘶いた。
「人だぁ!?」
(野盗か!?)
フォマローは素早く足元のクロスボウを手に持った。
砂嵐に紛れて馬車を襲う……視界が悪い状況を利用した犯行は、決して珍しい事ではなかった。
「女だぁ!?」
(ん、女盗賊か?)
珍しいが、油断はしない。
「こっちに飛んで来るぅ……!」
(え???)
防壁の魔法を張らずに飲まれたのか?
気になり、フォマローは馬車から身を乗り出した。
直後。
「危なあああぁぁぁぁ……っ」
ごんっ。
女は声を上げながら、馬車の周囲に張られた光の壁に勢いよくぶつかった。
「ああああああぁぁぁぁい……!!」
そして声を上げたまま、再び飛ばされて行った。
御者とフォマローは唖然とした表情で、しばらく女の飛んでいった先を見つめた。
「フォマロー様ぁ……おれ、しっかりと見ちまいました……。
ほらぁ、砂嵐んなか進むってんで【暗視ゴーグル】着けてたからさぁ……」
御者はそう言いながら、淡く光るゴーグルを着けた顔をゆっくりとフォマローの方へ向けた。
「あの女……あんなスピードでぶつかったのに……傷一つ付いてなかったんですよ……!」
「何かしらの魔法を使っていたのでは?」
「それがぁ! 光ってなかったんですよぉ!
普通光るでしょう!? 魔法使ってたらぁ!!
生身だったんですよぉ!!」
「……」
そうこうしていると、馬車は砂嵐を抜けた。
再び陽射しが降り注ぐ。
開けた視界に、御者も【暗視ゴーグル】を外した。
「全く……変なもん見ちまいましたよぉ。
この仕事も五年やってるんですけど、こんなの初めて……」
御者が突如、言葉を詰まらせた。
フォマローも彼の目線の先を見る。
地面に倒れ込む、先ほどの女の姿があった。
0
あなたにおすすめの小説
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした
夏見ナイ
ファンタジー
支援術師ルインは【状態異常無効】という地味なスキルしか持たないことから、パーティを追放され、生きては帰れない『魔瘴の森』に捨てられてしまう。
しかし、彼にとってそこは楽園だった!致死性の毒沼は極上の温泉に、呪いの果実は栄養満点の美味に。唯一無二のスキルで死の土地を快適な拠点に変え、自由気ままなスローライフを満喫する。
やがて呪いで石化したエルフの少女を救い、もふもふの神獣を仲間に加え、彼の楽園はさらに賑やかになっていく。
一方、ルインを捨てた元パーティは崩壊寸前で……。
これは、追放された青年が、意図せず世界を救う拠点を作り上げてしまう、勘違い無自覚スローライフ・ファンタジー!
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる