転生ババァは見過ごせない! 元悪徳女帝の二周目ライフ

ナカノムラアヤスケ

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第7章

第四十話 過去編──見定める皇帝陛下

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「一番前で走ってる若造。あれは誰だ?」
「よりにもよって」と、校長は内心で嘆かずにはいられない。あるいはラウラリスという人間の引きの良さ。言い換えれば、あの青年あれの間の悪さであろう。

 果たしてどう答えたものかと惑う校長を、かつての鬼教官は視線を鋭くする。滲み出る威圧感に押されて背筋を振るわせると、校長は観念して口を開いた。

「あの者は些か訳ありでございまし──」
「後続がヘタれてるのに、あれだけはほとんど息を切らせていない。しかも、ずっと見ているが体幹がしゃん・・・としてる。ただの体力バカじゃない、躰の使い方がわかってる証拠だ。他の誰よりも躰を使えているから、体力の消耗が少なくて済む」

 問いかけながらも、校長の言葉を上書きして捲し立てる。それだけ強烈な興味を注がれた証左だ。目をつけて数分足らずで、しかもこの遠間でありながら、ラウラリスは瞬時に見定め分析していた。あまりの慧眼ぶりは、校長の喉を驚嘆に唸らせるほどである。

「成績は?」
「…………二年の首席です」
「なんだ、居るじゃないか、私好みのイキの良さそうなのが」

 くっくっくと、ラウラリスは愉悦に口端を釣り上げていた。寸前までの美しき貴婦人から一転した、極悪で冷酷な雰囲気変わりよう。校長の背筋に冷や汗が滝のように溢れ出す。このまま風邪をひいて寝込んでしまいたい衝動に駆られるほどだ。

「で、なぜ黙っていた? 首席ほどの成績優秀者が懲罰で走らされているというのも関係していそうだな。私に隠し事をするとは、お前も随分と偉くなったものだ。ああ、今は士官学校の校長だったな。偉いのには間違い無いのか」

 その校長に据えたのは、他ならぬ皇帝陛下ラウラリスであろうに。悪夢そのものである『教官』が顕現して、校長は泣きたくなった。



 青年はそのまま集団の中で一位を独走。他の学生らが地面にへたり込んで息も絶え絶えの中、彼だけは軽く肩を上下する程度にとどまっていた。けれども、青年を見据える生徒らの視線に尊敬や憧憬の感情は微塵も含まれず、むしろ敵愾心に近い色が強く含まれていた。

 もっとも、教官の前で殊更に荒立てることもなく、青年は他生徒たちを一瞥すると校舎の裏へと去っていった。

「ちょっと良いかい?」

 ──ラウラリスが声をかけたのは、青年が人気の無い木陰に腰を下ろしている時であった。

 彼は胡乱げに顔を上げ声の主を視界に納めた。相手が貴婦人であると確認すると、膝に手を当てて立ちあがろうとする。

「ああ良いよ。そのまま楽な状態で構わない。走り込みで疲れてんだろう」
「……見ていたんですか」
「たまたま校舎の二階からな。他の奴らをぶっちぎりだったな」
「別に……褒められたもんじゃないですよ」
「そりゃそうだ。懲罰の一環だからな」

 ここにくる前に、ラウラリスは青年と生徒たちがなぜ懲罰を受けていたかを、担当の教官から聞き及んでいた。

 別になんら珍しいものではなく、生徒同士の諍いケンカが発端である。

 血気盛んな若造が意見を──そして荒ぶり拳が飛び交うなんていうのは士官学校ではよくある話だ。目上が口で言って聞かせたところで、抑えきれない衝動を抱えるのが若者の特権。たとえ後で教官から手痛い指導せっかんが待っていようともだ。

 ここで面白いのがその構図。

 先頭を独走していたこの青年に、後続を喫していた生徒たちが一方的に絡んできたのが発端だという。切っ掛けそのものは些細なものだったようだが、結果的には青年がほとんど他生徒を圧倒し返り討ちにしたらしい。

 しかも、青年はこの手の懲罰を受けるのは一度や二度ではない。それこそ士官学校に入学してからというモノ幾度となく起こっている。どれもやはり、青年側からではなく相手側から絡まれた形だ。

 成績優秀な問題児といったテイである。

「それで、あなたのような貴族のご婦人が、俺みたいな野蛮な男にどのようなご用件で?」
「反応が一々にトゲトゲしいね。別に取って食おうって訳じゃないから安心をし」

 軽い口調のラウラリスであるものの、青年は必要最低限の礼をどうにか守っている程度。それを上回る拒絶感がヒシヒシと肌に触れていた。

「この学校の校長とは、個人的・・・な縁があってね。側仕えに良い感じの学生ガキがいたら見繕って貰おうと思ってたのさ。……ったくあの男、出し惜しみしおって」
「その口ぶりだと、あなたのお眼鏡に俺が叶ったってことですか」
「今日見た限りの中じゃ、お前さんがピカイチだったよ」

 資料を見させてもらったが、成績は他の生徒よりも明らかに飛び抜けている。特に実技──剣術や体術の面においては、既に教える側の教師にも匹敵している。おそらく三年に上がる頃には、この学校の教師でまともに相手できる者はほとんどいなくなるであろう。

「悪い話じゃないはずだよ。いつ命を落とすかわからない前線で剣を振るよりも、このおばさんの側で構えてりゃぁいい給料がもらえるんだから。ああ、私の身元が不安なら、後で校長に問い合わせりゃいい」

 実際のところは前線で剣を振るうよりも遥かに危険な仕事になるであろうが、ラウラリスはあえてそれを伏せて申し出る。なぜなら、青年が次に口にする答えが既にわかっていたからだ。

「……期待していただいて申し訳ありませんが、自分は止めておいた方がいいですよ」

 案の定、出てきたのは辞退の言葉だ。

 ラウラリスはその言葉に秘められている意味を知っている。

「取り潰された貴族の子だからか?」
「なんだ。そこまでご存知だったのですか」

 校長から話を聞き、青年の名前を聞いてようやく思い出した。

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