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第7章
第四十一話 過去編──青年の自責
しおりを挟む彼の生家の取り潰しを計らったのは、他ならぬ皇帝ラウラリスであったからだ。
罪状は、帝国法に抵触する重度の犯罪に長年にわたって関わっていた容疑。
当主とその妻、及びに犯罪に深く加担していた者は軒並みに『処刑』。他にも加担していた者は連座で遠い地に流刑の罰に処されている。
「俺はまだ子供だったことで罪には問われず、縁もゆかりもない貴族の養子に出されました。そこでの扱いは悪いものではなく、むしろこんな俺にも非常によくしてくれました」
それについてもラウラリスは覚えがあった。養子縁談の組んだのも彼女だからだ。
里親となる貴族には、残された子が良からぬ企てを抱いているようであれば逐一報告し、そうでなければなるべく実子と分け隔てなく接しよと。
今の今までラウラリスが彼の存在を忘れていたのは、その貴族から報告が長らく届いていなかったからだ。最後に届いた時は確か「物憂げな所はあれど、健常に育っている」とある程度であった。
「他の生徒に絡まれてるのはそこら辺が原因か」
「自ら喧伝したわけではないんですが。どこからか漏れたのでしょうね」
この学校に通う生徒の大半は、尊顔を直接仰いだことのない皇帝陛下に忠誠を誓っている。そんな彼らからすれば、皇帝陛下の反感を買った家の子ともなればまさしく反逆者にも等しい。しかもそこに学年首席の点も加われば、妬みも相まって絡まれるのは当然の帰結であろう。
「しかし、だったら疑問だね。ご両親を殺した皇帝に、さぞや恨み辛みがあろうに。どうして士官学校に入ったんだい? それ以前に、生家のことがあるなら士官学校でいい思いをしないってのは分かり切ってただろ」
「皇帝に過激な信奉をする生徒が聞いたら、騒ぎになりそうな言い様ですね」
士官学校を卒業すれば、その先の帝国軍ほぼ一択。つまりは、皇帝に忠誠を誓い、剣を振るう立場になる。更に言えば、その進路を青年の希望進路は最前線送り。多くの生徒が指揮官の道を歩んだりあるいは後方勤務を選ぶ中では明らかに異色であった。
「陛下に怨讐を抱く道理はありませんよ。むしろ、罪人の子で連座に処されるところ、お目溢しいただいたのですから」
青年はまるで自嘲するかのように小さく笑い、首を横にふる。
「自分の生家が皇帝陛下の反感を買ったという事実は、おそらく死ぬまでついてくるでしょう。このまま養父たちの庇護下にあれば、間違いなく彼らに迷惑を掛ける。他にも色々と選択肢はありましたが、その中では士官学校に入るのが一番マシだと考えたんですよ」
少なくともラウラリスの耳に、青年が己を見据えるその目に、嘘偽りは感じられない。
語る皇帝への憎悪の気配はなく、けれどもどうしようもない『悔恨』が滲み出ていた。
──まるで、己こそが罪人であると言わんばかりだ。
あの件について、当時のラウラリスには最後まで分からなかったことがあった。
その貴族の粛清に至ったのは、奇跡的に皇帝の元に届いた手紙であった。
本来であれば幾千の書物に埋もれて消えてもなんら不思議ではなかった一通の文が、なんの因果か手違いかは不明だが、ラウラリスの目に届いたのだ。
内容はまさしく内部告発。
貴族は、表では領内において善政を敷いて住人からの信頼を得ていた。
けれどもその恩恵を享受できていたのはほんの一部。裏では違法な金利での貸付や、借金の抵当に財産や住居の没収。それでも足りなければ半ば人身売買に近しい事までも行なっていた。
長らく露見していなかったのは、その取引相手が先代皇帝の域が掛かった者であり、ラウラリスが座を簒奪してからも巧妙に隠蔽していたのである。
手紙に目を通してから、ラウラリスは部下に命じて徹底的に調査を開始。そしたら書かれていた他にも余罪が出てくる出てくる。早急に証拠を集め、現場も押さえて貴族を断罪したのである。
しかし、手紙の差出人はついぞ不明のままであった。
記憶の彼方に風化しかけていた穴の空いた謎。時を経て出会った青年の言葉と様を目に、ようやく最後の真実を見出した。
「そうか……両親の罪を告発したのはお前だったのか」
「──ッ、どうしてそれを!?」
あまりにも不意打ちであり、確信的な指摘に青年は驚愕し声を張り上げた。だが、己が反射的に認めてしまった事実を認識し、口元を押さえる。
ここに至って、ラウラリスは出来上がった真実に確信を得る。
「帝国軍には伝手があってね。まぁ色々と情報通なんだ。あの件は一通の手紙が切っ掛けだったって」
記憶を探れば、ラウラリスの手元にたどり着いた手紙は非常に質の良い紙であり、インクも相応に上等なモノであった。綴られた文字についても、正当な教育を受けた者によって書かれたものだと分かる。
「想像もしなかったよ。あの手紙を認めたのが、まだ年端もいかない子供だったなんてね」
まさか、こんな初対面の貴婦人に長年にわたって秘めた事実を突き止められるとは思っても見なかったのだろう。青年は驚愕に身をこわばらせていたが、やがて諦観の溜息を漏らす。
「……だったらお分かりになるでしょう。自分は罪人の子供であるのと同時に、親を売った外道です」
「外道ってぇのは、少しばかり卑下が過ぎると思うがね
ラウラリスにしてみれば、むしろ青年に対しては同情しかない。
青年はおそらく、なんらかの切っ掛けで両親が──そして生家が領民に対して被人道的な行いをしているのを知ってしまった。しかし、当時の彼はその親に庇護される子供の立場でしかなかった。けれども、苦境にある領民をどうしても見過ごすことができず、一縷の望みをかけて皇帝へと手紙を綴ったのである。
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