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第7章
第四十二話 過去編──逸材は得てして野に転がっている
真実を知った身としては、ラウラリスはむしろ彼は最善を尽くしたと言ってやりたい。
「肉親であったとはいえ、子供がどうこうできる範疇を超えていたんだ。皇帝を頼ったのは悪くない選択肢だったと思うがね」
「ですがそれは、言い換えれば責任の全てを皇帝陛下に押し付けたのと同じです」
守るべき民草を虐げる家族を野放しにはできなかった。だが、自分には止める力も勇気もなかった。あるいは、己が成長し領地を受け継ぐその日になれば、一族郎党が犯してきた罪を公的手段で明かすこともできただろう。
けれども、それが果たして何年後になるか。それまでの間、領民が苦しみ続ける事になる。今この瞬間にも苦難を味わっている領民を、黙って見過ごせるのか。
自責の念に耐えきれなかった少年は、名も明かさず秘密裏に皇帝に願ったのだ。悪逆貴族の暴虐を止めてほしいと。
そして奇跡は起こり、皇帝陛下は見事にその願いを聞き届けてくれた。
──そして、両親は処刑された。
「死刑台に引き摺られていく両親の叫ぶ姿が、まだ瞼の裏に残っています」
「おいおい、まさか──」
「自分から頼んだのです。両親の最後の姿を見せてほしいと」
一時的に保護されていた彼は、担当していた軍人に頼み込み、密かに両親の処刑を遠目で見据えていたのだ。それが、罪を犯したとはいえ実の家族を告発した己の最後の責任であると。
「壇上に上がる最中、あの人たちは皇帝陛下に向けてずっと呪詛を吐き出し続けていました。本来は俺が受けるべきであったのに。でも、あの時の俺にはそれを正直に告げる勇気もなかった」
ラウラリスは額に手を当てる。
「子供の癖に責任感が強過ぎというか、肝が座り過ぎというか……難儀な性分を持っちまってるな、お前さん」
事件当時、彼はまだ齢が十にも届かないほどだ。その気質はおそらく、成長過程で得た者ではなく、生まれついたモノだ。
「……じゃぁ、軍属の道を選んだのは」
「家族を止めるのは自分の役目でした。しかし無力で卑怯者の俺は、皇帝陛下にその全てを押し付けてしまった。そのことに報いる為です」
「今の皇帝がどうやって今の地位となったのか、お前さんも知らないわけじゃないだろ。今更恨みつらみが一つ増えたところで、あまり気にしないだろうさ」
ラウラリスが先代皇帝を殺し皇位を簒奪した話はあまりにも有名だ。以降も大鉈を迷わずに振るう改革を断行してきており、一般市民にまで冷血無情の皇帝として知れ渡っている。
「あのお方がどれほどに恐れられていようとも、俺の願いを聞き届けてくれた事実に違いはありません。自分ができることは、あの方のために身命を賭して戦うことしかありません。……他の役職だと、先ほど話した通り面倒な事情が付きまとうでしょうし」
長らく秘めていた心情を吐露して気持ちが軽くなったのか。語る青年はどこか冗談めいた余裕があった。あるいは嘆きとも諦めとも取れる自暴自棄も何処かにあったのかもしれない。
「事情はお分かりになっていただけたと思います。ありがたいお話ではありましたが──」
「──面白い、実に面白いじゃないか」
「…………え?」
青年の目に映ったのは、貴婦人の笑みであった。一見すれば穏やかではありながら、されど滲み出る重圧はその印象をガラリと変容させる。
まさしく、寸前と直後では別人と見紛うほど。
ラウラリスは貴婦人の仮面をいよいよ被っていられず、皇帝としての顔が覗きだしていた。それほどまでに、目の前の青年が『逸材』であると確信していたからだ。
「校長に頼みはしたものの、駄目で元々だったが……実に鍛えがいのありそうな逸材に会えたもんだ。これも日頃の行いか」
生まれながらに備えた義憤。非道を見れば家族であろうと、断罪を決意する意思。そして、己の信念に準ずる覚悟。ここに、飛び抜けた『素質』が加わったとあらば、もはや考える余地は無かった。
「……何を言っているんですか? 自分は──」
先の展望を抱いて愉悦に浸るラウラリスに、青年は戦慄する。
ここでようやく、目の前の貴婦人がただならぬ者であると察し始めた。
ただの女性が纏うにはあまりにも強烈過ぎる『覇』の圧力。
──その予感に解答を得るより早くに、事態は動きだした。
「あ、あなたは一体……」
「その質問に答えるよりも、客の相手が先だな」
まるで世間話の受け答えとも取れる穏やかさ。けれどもその声の向かう先は誰もいないはずの虚空である。
「この私が、ただの護衛の一つもつけずに、ただのお忍びで視察に来たと本気で思っていたのか。だったら、お前らの『大元』は本当におめでたい頭をしているようだな」
彼女の声に対して返ってきたのは、矢の一閃。空を切り裂いて飛来した一射を、ラウラリスは掴み取った。
そのあまりに自然体で何気ない動きに、青年は目を見開く。
突如として矢が飛んできた事実もそうだが、貴婦人がそれを視線すら向けず無造作に。まるで最初からそこに矢が来ると分かりきっていたかのような流れ。
しかしながら、矢尻の鋒は、紛れもなく彼女の頭蓋を示しており、込められていた殺意は紛れもなく本物であった。
「最近の暗殺者ってのも質が落ちたもんだ。狙う直前に気配を漏らすなんぞ、ド三流の手際だ」
あまりにも安い挑発を吐き出せば、辺り一面に静かな殺気が満ち始める。
「この程度で揺らいでる時点で、自ら三流を証明していると気がつけ」
クスッと、貴婦人が忍び笑いを溢した。
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