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第7章
第四十三話 過去編──概念を覆す剣戟
しおりを挟む元より士官学校に視察に来たのは、怪しい動きを見せる貴族の報告を受けたからであり、こうして隙を晒すように見せかけて、造反者の手を燻りだしたのだ。
「──とは言うが。今更になって私を狙う輩は、だいたいが報酬に釣られた馬鹿か、自信が過剰な馬鹿のどちらかだろうがねぇ」
最も活発にラウラリスが狙っていたのは、簒奪直後。酷い時には日に二度も三度も、別口に雇われた暗殺者が襲ってきたこともある。しかしながら、そうした時期があったが故に腕利きの多くはラウラリスに返り討ちにあい、賢い者は職を変えるなりあるいは帝国から身を引いたりしていた。
皇帝の地位を簒奪してからそれなりの時間が経過したが、相変わらずこの手の輩は後をたたない。前皇帝に忠義を誓う者や、あるいは即位したラウラリスの辣腕によって弊害を受けた木端貴族。先代が死んだ直後よりは落ち着きいてきているが、少し目を離すと雑草の如く生え抜いてくる。
────ヒュンッ!
青年には一瞬、貴婦人の手がブレたように見えた。そして、僅かな間を置いて「ドサリ」と、どこかで重量のある物の落下音が響いた。それが、首元を矢で貫かれた人間であり、ラウラリスが矢を投げ放ち射抜いたのだと、気がつくのにまた更に時を要した。
「やれやれ全く。この後に及んで隠れんぼで押し通そうなんぞ、無理だって分かり切ってるだろうに。逃げる気が無いならさっさと出てきな」
ラウラリスが告げると、音もなく十を超える数の人影が姿を表す。地を踏む音すら立てず、ましてや視界に収めているはずなのに存在を感じられない気配の薄さに青年の背筋が凍える。それでいて静かな『殺』の意思だけは仄かに伝わってくる。
僅か前までは慣れ親しんだ士官学校の一角が、もはや別の世界と化している。
いつの間にか完全に包囲される形となっており、未だ状況の飲み込めていない青年でも命の危機を覚えざるを得ない。ここで目の前の女性と初対面であると主張したところで、到底聞き入れられる雰囲気ではなかった。
しかし、青年が強烈な焦燥に駆られる一方で、ラウラリスは変わらず悠然と構えている。武装した者たちに囲まれる中、無手でここまで端然といられるのはどうしてなのか。
──グシャッ!
不意に音が響いたのは包囲の一部。囲いの一人がその胴から分たれ、上半身から臓腑をまき散らしながら宙を舞う瞬間であった。
腑を垂らす下半分も、目から光を失い地に落ちる上半分には目もくれず、血濡れた斧槍を担いだ男は一目散にラウラリスの元へ駆け寄る。奇妙なことにその背には、斧槍とは別に鞘に収められた大振りの剣を担いでいる。
彼は一角を崩したとはいえ以前として包囲される中、構わずにラウラリスの元にたどり着くと恭しく膝をついた。青年はその時になってようやく、斧槍の男がいつもは学生教員問わずに畏敬の念を集めている士官学校の校長であることに気が付く。
「陛下。ご無事で何より」
「状況は?」
「校舎の外に潜んでいた者については殆どを討ち取りました。内部についても今、掃討は時間の問題かと」
包囲されているにも構わずに、淡々と状況の報告を述べる校長。このような状況などまるで取るに足らんと言わんばかり。それでもなお襲撃者たちが攻め手を逸しているのは、かつての武勇を知るが故に。
戦場においては誰よりも先陣を駆け、部隊を率いて一騎当千の活躍を見せた英傑。その斧槍が翻る度に人がまるで濡れた紙のように千切れまったという。
士官学校の校長に就任し、前線から退いて久しいながら、その武威に翳りがないのは、暗殺者の一人が容易く薙ぎ払われた瞬間に伝わりきっていた。
「さすがだな。よくあれだけでこちらの意図を察したもんだ」
「潜んでいた間者の目もありましたからな。この程度もできなければ、私は今日まで生きてはおれますまい」
確かに、この『視察』は突発的なものには違いなかった。
けれども校長はラウラリスの来訪からその立ち振る舞いや素振り、言葉の端からその真意を察し、裏で暗殺部隊への迎撃体制を進めていたのである。これも切っても切れぬし切りたくても絶対に叶わない、教官と教え子だからこそである。鬼の上官の意図を読み取り先回りし、下準備を整える配慮がなせる技である。
「ご苦労だった。お前はそこで腰を抜かしている小僧のお守りをしろ」
「畏まりました。して、陛下は?」
ラウラリスが告げると、校長は頷きと共に問いを返す。
「野暮なことを聞くな。分かり切っているからこそ、『そいつ』を持ってきたんだろうに」
「……一臣下としては、あるまじきでしょうが──ご武運を」
諦めに近い息を吐くと校長は斧槍を地面に置き、背負の帯を外し恭しい所作で長剣をラウラリスに捧げる。満足げな頷きで応えると、彼女は長剣の柄を手に取った。
校長は再び斧槍を手に取ると、未だに動き出せない青年の元に近づく。
「まずはそうだな。御愁傷様とでも言っておこう」
同情を多分に含んだ眼差しを受けて、青年は意味もわからず目を瞬かせた。
「あのお方の目に留まったのを喜ぶべきか、あるいは嘆くべきか。ただ、少なくとも今この瞬間だけは瞬き一つも惜しむがいい。あのお方の背をこの間近で瞼に焼き付ける機会など、千載一遇の好機に違いはないからな」
未だ言葉を発する余裕はなく、それでも青年の耳に校長の言葉が滑り込む。
彼が貴婦人の背に目を向けた時、彼女は身の丈ほどの刃渡りを持つ長剣を鞘から抜き放っていた。一見すれば青年よりも細身の体躯でありながらも、抜いた長剣を片手で翻せば、巻き起こる旋風が青年を叩く。
「さぁ、お前らの望む首級はここにあるぞ! 命が要らぬものから掛かってこい!」
鞘を地に突き刺し、両手で長剣を構える貴婦人。威風堂々たるその姿、発せられる覇気は大気を揺さぶる。その圧迫感たるや、攻め時を測っていた暗殺者たちの正常な判断力を狂わせるほどだった。
巨獣に襲われた人間が、時として自暴自棄になるのと同じだ。およそ三人がラウラリスの圧に堪え切れず飛び出す。それぞれが得物を構えると、悠然と構える貴婦人に躍り掛かる。
「──千刃一閃」
刹那と呼ぶよりもなお早く、長剣の切先が空を走った。
瞬間、飛びかかった筈の暗殺者三人は影も形も失せ、後に残ったのは赤い霧と細かな肉片だけであった。
それが一閃の間に千の刃を翻す、概念すら超越した剣戟であると、青年にはまだ理解が及ばなかった。
ただそれでも、圧倒的な『力』を目の当たりにしたという事実だけは認識できた。
青年は側にいる校長に問いかける。
「あの人は……誰なのですか?」
「既に大方の予想はついているのだろう」
堰を切ったように次々に襲いくる暗殺者。それを貴婦人が苛烈に容赦も躊躇いもなく斬り捨て両断し薙ぎ払っていく。力の差はまさしく大人と子供──否、それ以上の格の違いを見せつける。
「あのお方こそ、このエルダヌス帝国の絶対君主にして最強。
我らが忠誠を仰ぐ尊き存在。
ラウラリス・エルダヌス皇帝陛下だ」
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