転生ババァは見過ごせない! 元悪徳女帝の二周目ライフ

ナカノムラアヤスケ

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第7章

第四十四話 過去編──それは【烈火】に至る種火

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「久方の運動にしては、丁度良かったか」

 一面が亡骸と血に塗れる中、佇むラウラリス・エルダヌスは擦り傷どころか返り血ひとつも浴びていなかった。ましてや息を乱すこともなく、そこだけ情景を切り取れば辺りの惨状など存在しないかのようである。

「最後に戦うお姿を拝見した時よりも、随分と剣に凄みが増しておりますな」
「実戦の機会は減ったが、鍛錬は欠かしていないからな。お前こそ、校長の座に甘んじて鈍ってないだろうな?」
「い、いえいえそんな滅相も。わたくしめも、日々精進を心がけております故」
「ならいい。甘っちょろいようだったら、久々に性根を叩き直してやろうと思ったが」
「は、ははははは……」

 寸前の修羅場などまるで感じさせない、皇帝と校長の他愛もない会話やりとり。二人にとって戦場と呼ぶにあまりにも足りない。この程度の荒場はちょっとした諍い範疇に収まってしまうほどの激戦を、幾度も繰り返してきた証左であった。

 穏やか(?)な会話を間近で聞かされながらも、青年は未だに現実味を失っていた。

 学生の時点では稀有な優秀であろうと、新兵にすら至っていない若者が突如として実戦の場に放り込まれれば怖気が付いても仕方がない。

 ただ、青年の心にはそれ以上の『憧憬』が芽生えていた。

 青年は咄嗟に己の胸を──心臓の鼓動を手で押さえた。

 かの皇帝が目の前にある事実。初めて拝む尊顔に加えて、彼女が見せつけた圧倒的な力。校長の言葉通り、その所作を指先一つの動きすら決して見逃さんと。きっと人生でこれほどまでに集中したことなどないと断言できるだろう。

 ラウラリスは、青年が恐怖以上の高揚を抱いていることに気がつく。

「いいじゃないか。実にいい面構えをしてる」

 大概の者は、ラウラリスが戦う様を見ると恐れ慄くか意気消沈するかのどちらかだ。

 既成概念を覆す荒々しい剣の中に、徹底的な理詰めが含まれている矛盾。この世のものとは思えない強さに、理解の及ばぬ恐怖とそこに至れぬと諦めを抱く。

 なのに、青年が抱いているのは希望とも呼べる、高みへの憧れだ。

「では、やはり」
「ああ。こいつは──」

 ラウラリスが告げようとした時。

 血の海に沈んでいた亡骸の一つが蠢いた。

 ラウラリスの刃を受けながら、辛うじて即死を免れた一人であった。

 深々と穿たれた傷は紛れもなく致命傷。けれども、冥府に至るにはまだ僅かばかりの時間を要するに留まっていた。

 それは、死に際とは思えないほど俊敏に駆け出し、皇帝に刃を向ける。

 校長は、生き残りがいるのを察した時点で即座に斧槍を構え、迎撃の構えをとる。

 ところが、それを制したのは他ならぬラウラリス・エルダヌスであった。

 自身を制する手に驚きを示す校長であったが、皇帝は笑みを浮かべたまま。

 ──その傍らを駆け抜ける姿があった。


 

 思考よりも先に心が。

 心よりも深い魂が。

 そうしなければならないと。

 動かなければならないと、胸の奥から生じた小さな火花が、四肢を燃やすように。火傷しそうなほど強烈な衝動が、自然と躰を突き動かす。気がついた時には突き動かされるように飛び出していた。

 駆けながら咄嗟に掴んだのは、地面に転がる剣は暗殺者の誰かが手放したもの。

 無我夢中とはも無くまるで夢の中の心境。

 全ての雑念が消え去った極限の集中力。

 故に放たれるのは、肉体と心に染みついた動きのみ。

 青年の放った無我の一閃は、皇帝を狙う狼藉を断ち切っていた。

 ………………………………。

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……──」

 意識の焦点を取り戻すと、青年は返り血に濡れる剣の握手にぎりてを見据える。

 自身の手で初めて命を切り捨てた感触に、青年は息を荒くするも、心は不思議と落ち着いていた。無我夢中であったのもそうだが、成すべきを成したという気持ちが一番強くあった。

「見事であった」

 拍手と共に投げかけられた声に、青年はラウラリスへ向き直った。

「今はまだか細い種火に過ぎんが、その炎を絶え間なく燃やし続ければ、いずれは帝国に並ぶもの無き使い手となり得るであろう」

 ただの一振り。されどもそこに込められているのは、青年がこれまで懺悔に苛まれながらも歩いてきた道の全て。無心に放たれた剣であればこそ、刃にその人間の業が如実に現れる。

 始まりは悔いであろうとも、そこから始まった覚悟が偽らざる本物であると、ラウラリスに伝わるには十分すぎるものであった。

「そして心して聞くがいい」

 皇帝は、長剣の切先を青年に突きつける。

「私の成すことの全ては、この私自身が負うべき責務だ」
「──ッ」
「たかが十年足らずの若造が負い目を感じるなど、あるまじき不遜と知るがいい」

 両親の処刑は青年の密告が契機であったのは確かだ。けれども、手を下すと決めたのはラウラリス自身の意思に他ならない。青年の抱いていた悔やみや負い目は、ひいては皇帝陛下の決断に意を唱えるのと同罪である。

「それを身命に刻んでなお、このラウラリス・エルダヌスに仕える覚悟があるのならば」

 振りかざした長剣を地面に突き刺し、皇帝は告げる。

「我が元で、見事に使い果たしてみせよ」

 かの皇帝が目の前にある事実と、彼女が示した言葉。それは、両親が処刑されてから凍りついた青年の心を溶かし、焼け付くような火を灯すのには余りあるものであった。

 これほどまでの言葉を賜り、躊躇う道理は皆無に等しい。

 胸中から溢れでる喜びと共に、青年はエルダヌス帝国皇帝の前で膝を付く。

「ラウラリス皇帝陛下。我が身は御身のために。これより貴方様の為に忠義を働けること、この上ない喜びでございます」
「ならば、其方そなたの悔いも罪も覚悟も、この私が全て貰い受ける。私が授けし新しい名と共に、存分に刃を振るうが良い」

 青年の胸中に残る僅かばかり悔いをも背負うと。

 主君から賜る言葉の中ではおよそ最上のものに違いない。彼女からの声を聞く都度に、胸の奥に宿った炎が轟々と燃え盛り、四肢に力が漲っていく。

「ありがたき幸せ。この身が朽ち果てるその瞬間まで、あなた様に尽くす所存です」

 ──青年は生まれの名を捨て、この時より『グランバルド』の名を授かる。

 今より戦が絶えなかった過去の帝国において、まさしく一騎当千の武勇を馳せた英傑の名。

 この更に後に、ラウラリスの腹心となる四天魔将の筆頭『烈火のグランバルド』となる。

  
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