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第7章
第四十五話 囚われのババァ
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微睡の中で生じた『痛み』に、ラウラリスの意識は浮上した。
随分と、懐かしい夢を見ていた。
己に最も深く長く付き従い、命を失うその刹那まで忠義を貫き通した腹心との出会い。
あの頃はまだ、世界征服を抱くよりも前だった。
ただひたすらに、先代からそれより以前の皇帝たちが腐らせていた国の改善に奔走していた。
慌ただしくはあったがどこか充実感があった日々。
新しき臣下を迎え入れてからも、不謹慎ではあるもののどこか楽しくもあった。
──久しく思い出す事もなかったかつての記憶が、どうして垣間見たのか。
「ここ……は……?」
懐古に身を委ねながらも、仄かにラウラリスの瞼が開いた。
未だに微睡の中から覚めぬ中、ラウラリスは掠れた視界で辺りを探る。薄暗い空間の中にあって、鉄の格子と硬い地面。
体勢を立て直して改めて見渡そうと左腕を動かしたところで、再び激痛が走った。
「────ッッッ、ぁぁぁああああっ!? 忘れてたぁ!」
痛みに悶え、目尻に涙を浮かべ、今度こそラウラリスは完全に覚醒した。
記憶の最後に残っているのは、アイゼン率いる近衛騎士隊を相手に大立ち回りをしたところまで。途中からほどんど無意識レベルで暴れ回ったが、最後の最後は体力が完全に失って気絶したようだ。
目尻に涙を浮かべつつも左腕を見れば服は破かれており、血まみれではあるものの包帯が巻かれている。
「お気に入りだったんだけどねぇ、この服」
あの重傷のままだと出血多量で死にかねなかった為、応急処置はされたようだ。
最低限の治療はされても、ほっと胸を撫で下ろせる状況ではない。
包帯の巻かれた腕からその先。手首の辺りからはガッチリと右手と一緒に『枷』で固定されている。ご丁寧に鉄で頑強に補強されている。これを素の腕力で壊すのは苦戦しそうだ。ましてや、左腕を抉られている今であれば到底無理だった。
しかも、ただの頑強な枷でもないようだ。
「ここでも『呪具』か。阻害の類じゃぁなさそうだが」
一般人よりも確かに呪具への造詣はあるものの、やはり専門ではない。刻まれた呪具の紋様はラウラリスの知識には無いものであった。
「やれやれ、私も焼きが回ったもんだ──ぐっ……ッ」
痛みに堪えながら地面に手を付き、躰を起こして辺りを確認する。
大方の察しはついていたが、石畳に石組みの壁。正面には鉄の格子。光源は、壁の一部に開いた小さな穴がいくつか。
どこからどう見ても牢屋であった。
「落ちるところまで来ちまったって感じだな」
憤りや焦りは、不思議と湧いてこない。
あるのは諦観に近しい感情だった。
神に功績を認められ転生を果たしたものの、ラウラリスの胸中には前世の罪が変わらずに重たく存在していた。成した事への後悔は無くとも、罪悪感を抱くかどうかはまた別だ。
漠然とではあるが、覚悟していたのだ。
いつの日か、重ねた罪を精算する時が来るのではないかと。
であれば、たとえ仮初であろうとも、神から賜った貴重な時間を存分に楽しもうと。
その果てで、牢に繋がれたのであれば、甘んじてその罰を受け入れるまでだ。
「……いや、精算するにはまだ気が早いか」
珍しく気弱になる心を叱咤するラウラリス。
罪の代償を支払う覚悟はあるが、今はまだその時では無い。
ラウラリスにはまだ知らなければならないことがある。
あの懐かしい夢を見た理由も分かっている。
前世の腹心にして忠義の男──烈火のグランバルド。
血色こそ悪かったが、鎧の騎士の持つ顔と瓜二つ。生き別れの双子と言われても信じられるほど酷似していた。
少なくとも、ラウラリスが知る限りでグランバルドの血筋は他に存在し得ない。
グランバルドの生家については、彼を除き皇帝が全て断罪している。配下として迎え入れてからも、色恋沙汰とはまるで無縁。時折に気立の良さそうな娘を紹介しようにも「陛下のお相手で手一杯ですので」とすげなく断られる始末。
稀に、ラウラリスのお節介に観念し、女性と交際することもあったが、長続きしたことはなかった。
「枯れすぎてなかったか、あいつ。……人のことを言えた義理じゃぁ無いが」
ラウラリスも皇帝になるより以前は、燃え上がる恋に身を焦がしはしたものの、最終的には完全に焦げ付き、以降はキッパリと色恋沙汰からは遠かった。
とにかく、グランバルドはラウラリスへの忠義を貫き死ぬその時まで独り身であったはず。であればやはり、血縁者が他にいるはずもない。
ましてや、これらは全て三百年前もの昔。仮に血縁がいたところで、どれほどに血が薄まっていることか。であれば流行り、他人の空似と考えれば自然だ。
「あれで全身連帯駆動を使ってなきゃ、それで納得できたんだがねぇ」
抉られた左腕から断続的に痛みが走るも、呼吸を整えて押し殺し思考を重ねる。
アイゼンが使っていたのは間違いなく全身連帯駆動・壱式。しかも、その練度は獣殺しの刃総長であるシドウかそれ以上に匹敵していた。当世において、ラウラリスがこれまで出会ってきた継承者たちの中で、最も完成に近しい形であった。
それは言い換えれば、継承者の中で限りなく初伝に近い完成度であると言うこと。壱式の初伝とはつまり、グランバルドに他ならない。
つまりは、たまたまグランバルドに瓜二つの顔を持った男が、たまたまその技術を有していた、と。これらをただの偶然と片付けられるほど、ラウラリスも楽観的ではなかった。
アイゼンは戦いの最中にこう言ったのだ。
――この身は三百年前、かの悪逆肯定に仕えていた戦士のものである。
それがどのような意味を成しているのか。
全ての答えに繋がる鍵を持っている人物はすでに分かっている。
「私の人を見る目が曇ったのか、あるいは……」
疑問は多くあれど、それらが明かされるのはそう遠く無い先であると、ラウラリスは予感せずにはいられない。
果たしてそれが本当に正しいかまでを見通すには至らなかった。
随分と、懐かしい夢を見ていた。
己に最も深く長く付き従い、命を失うその刹那まで忠義を貫き通した腹心との出会い。
あの頃はまだ、世界征服を抱くよりも前だった。
ただひたすらに、先代からそれより以前の皇帝たちが腐らせていた国の改善に奔走していた。
慌ただしくはあったがどこか充実感があった日々。
新しき臣下を迎え入れてからも、不謹慎ではあるもののどこか楽しくもあった。
──久しく思い出す事もなかったかつての記憶が、どうして垣間見たのか。
「ここ……は……?」
懐古に身を委ねながらも、仄かにラウラリスの瞼が開いた。
未だに微睡の中から覚めぬ中、ラウラリスは掠れた視界で辺りを探る。薄暗い空間の中にあって、鉄の格子と硬い地面。
体勢を立て直して改めて見渡そうと左腕を動かしたところで、再び激痛が走った。
「────ッッッ、ぁぁぁああああっ!? 忘れてたぁ!」
痛みに悶え、目尻に涙を浮かべ、今度こそラウラリスは完全に覚醒した。
記憶の最後に残っているのは、アイゼン率いる近衛騎士隊を相手に大立ち回りをしたところまで。途中からほどんど無意識レベルで暴れ回ったが、最後の最後は体力が完全に失って気絶したようだ。
目尻に涙を浮かべつつも左腕を見れば服は破かれており、血まみれではあるものの包帯が巻かれている。
「お気に入りだったんだけどねぇ、この服」
あの重傷のままだと出血多量で死にかねなかった為、応急処置はされたようだ。
最低限の治療はされても、ほっと胸を撫で下ろせる状況ではない。
包帯の巻かれた腕からその先。手首の辺りからはガッチリと右手と一緒に『枷』で固定されている。ご丁寧に鉄で頑強に補強されている。これを素の腕力で壊すのは苦戦しそうだ。ましてや、左腕を抉られている今であれば到底無理だった。
しかも、ただの頑強な枷でもないようだ。
「ここでも『呪具』か。阻害の類じゃぁなさそうだが」
一般人よりも確かに呪具への造詣はあるものの、やはり専門ではない。刻まれた呪具の紋様はラウラリスの知識には無いものであった。
「やれやれ、私も焼きが回ったもんだ──ぐっ……ッ」
痛みに堪えながら地面に手を付き、躰を起こして辺りを確認する。
大方の察しはついていたが、石畳に石組みの壁。正面には鉄の格子。光源は、壁の一部に開いた小さな穴がいくつか。
どこからどう見ても牢屋であった。
「落ちるところまで来ちまったって感じだな」
憤りや焦りは、不思議と湧いてこない。
あるのは諦観に近しい感情だった。
神に功績を認められ転生を果たしたものの、ラウラリスの胸中には前世の罪が変わらずに重たく存在していた。成した事への後悔は無くとも、罪悪感を抱くかどうかはまた別だ。
漠然とではあるが、覚悟していたのだ。
いつの日か、重ねた罪を精算する時が来るのではないかと。
であれば、たとえ仮初であろうとも、神から賜った貴重な時間を存分に楽しもうと。
その果てで、牢に繋がれたのであれば、甘んじてその罰を受け入れるまでだ。
「……いや、精算するにはまだ気が早いか」
珍しく気弱になる心を叱咤するラウラリス。
罪の代償を支払う覚悟はあるが、今はまだその時では無い。
ラウラリスにはまだ知らなければならないことがある。
あの懐かしい夢を見た理由も分かっている。
前世の腹心にして忠義の男──烈火のグランバルド。
血色こそ悪かったが、鎧の騎士の持つ顔と瓜二つ。生き別れの双子と言われても信じられるほど酷似していた。
少なくとも、ラウラリスが知る限りでグランバルドの血筋は他に存在し得ない。
グランバルドの生家については、彼を除き皇帝が全て断罪している。配下として迎え入れてからも、色恋沙汰とはまるで無縁。時折に気立の良さそうな娘を紹介しようにも「陛下のお相手で手一杯ですので」とすげなく断られる始末。
稀に、ラウラリスのお節介に観念し、女性と交際することもあったが、長続きしたことはなかった。
「枯れすぎてなかったか、あいつ。……人のことを言えた義理じゃぁ無いが」
ラウラリスも皇帝になるより以前は、燃え上がる恋に身を焦がしはしたものの、最終的には完全に焦げ付き、以降はキッパリと色恋沙汰からは遠かった。
とにかく、グランバルドはラウラリスへの忠義を貫き死ぬその時まで独り身であったはず。であればやはり、血縁者が他にいるはずもない。
ましてや、これらは全て三百年前もの昔。仮に血縁がいたところで、どれほどに血が薄まっていることか。であれば流行り、他人の空似と考えれば自然だ。
「あれで全身連帯駆動を使ってなきゃ、それで納得できたんだがねぇ」
抉られた左腕から断続的に痛みが走るも、呼吸を整えて押し殺し思考を重ねる。
アイゼンが使っていたのは間違いなく全身連帯駆動・壱式。しかも、その練度は獣殺しの刃総長であるシドウかそれ以上に匹敵していた。当世において、ラウラリスがこれまで出会ってきた継承者たちの中で、最も完成に近しい形であった。
それは言い換えれば、継承者の中で限りなく初伝に近い完成度であると言うこと。壱式の初伝とはつまり、グランバルドに他ならない。
つまりは、たまたまグランバルドに瓜二つの顔を持った男が、たまたまその技術を有していた、と。これらをただの偶然と片付けられるほど、ラウラリスも楽観的ではなかった。
アイゼンは戦いの最中にこう言ったのだ。
――この身は三百年前、かの悪逆肯定に仕えていた戦士のものである。
それがどのような意味を成しているのか。
全ての答えに繋がる鍵を持っている人物はすでに分かっている。
「私の人を見る目が曇ったのか、あるいは……」
疑問は多くあれど、それらが明かされるのはそう遠く無い先であると、ラウラリスは予感せずにはいられない。
果たしてそれが本当に正しいかまでを見通すには至らなかった。
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