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第一章 ダンジョンを作った魔法使いと、魔王となった少年

第8話 ダンジョンボス 「イナダ イクミ」

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「ゲートが開く気配を、嗅ぎつけてきたか」

 キバガミさんが、ライフルを構える。

 ゲートをうかつに開けられない最大の原因が、これだ。

 こちらが開けたゲートの気配を、魔物は敏感に感じ取る。
 ゲートに人間が集まることを、魔物は知っているのだ。
 
 弱い魔物ばかりだが、それでも戦う力のない市民からすると脅威である。

「くそ。こんなところまで!」

 キバガミさんたちが住民を守りつつ、銃撃で魔物たちを追い払う。

「くそが! バケモノどもめ!」

 冒険者たちが、手当たり次第にライフルを乱射する。

 魔物にも当たっているが、逃げ惑う住民にも当たりそうになっていた。
 子どもに銃弾が当たりそうになるのを、母親が覆いかぶさって守っている。だが、銃撃が地面に跳ね返って、怯えていた。
 
「よせ、撃つな! 住民の避難を優先しろ!」

 隊員に、キバガミさんが指示を出す。

 興奮していても、隊員たちにはわかっている。だが、キバガミさんの指令どおりに動けない。どうしても、殲滅が優先される。やらないと、自分たちが殺されてしまうからだ。

「ぎゃああああ!」

 冒険者の一人が、魔物たちに囲まれて、食われてしまった。
 このままでは、防衛ラインを突破されてしまう。

 どうにかして、魔物を引き離さないと。
 
「ダンヌさん! 魔物だけに、ヘイトコントロールってできる?」

「おう、できるお。わかったお!」

 ボクは、【ヘイトコントロール】のスキルを発動した。
 隊員たちを刺激せずに、すべての魔物はボクに攻撃を集中させるはず。

「モンスターめ! こっちだ!」

 テントから離れて、モンスターを引き付ける。

 
「一人では危険だ、菜音ナオトくん!」

「すぐに追いつきます! いいから、キバガミさんは急いでください!」

「しかし!」

「このままじゃ、テントの避難民だって全滅しちゃうでしょうが!」
 
「くっ! 絶対に生きていてくれ!」 

 キバガミさんに先をいかせて、ボクは魔物の誘導を優先した。
 ボクは、ダンヌさんの力を継承している。足の速さも、人間を超えていた。

                                      *

 
 稲田イナダ 育美イクミは、闘技場と化したイベント会場にて、クラスメイトとモンスターを戦わせていた。
 もちろん、魔物側による一方的な虐殺ショーだ。
 観客は、自分ひとり。
 ステージに用意した特等席の玉座で、イクミは制服姿で足を組んでいる。ときどき、おさげの髪を弄びながら。

 魔物から逃げている連中は、自分をいじめていた奴らである。

 ウルフが、デブメガネの頭を食べている。 
 いい気味だと、イクミは感じていた。このデブに、どれだけ殴られたか。さすがの受動技も、統率の取れた魔物の群れには無力だったらしい。

 デブが指を食いちぎられた時点で、イクミに勝敗は見えた。

「ひいいい! 稲田! 助けてくれ!」

 戦う力のない彼らは、魔物を前にして逃げ惑うだけだ。
 ウルフやオークが、いじめっ子共を食べている。

 いじめっ子ごときに、異世界転移・転生小説のような奇跡は起きない。

 その恩恵は、自分にこそ起きたのだから。

「なんの見返りもなしに、誰が助けてやるもんか。ワタシの個人情報を流したやつを白状すれば、助けてやると言っただろうが!」

「お前の個人情報なんて、お前んちのオヤジを通してダダ漏れなんだよ! オレたちじゃない! 時間の問題だった!」

 いじめっ子のリーダー格が、必死で訴えた。
 
 イクミの父親であるタスクは、暴露系YouTuberである。
 世話をしてやった芸能人が自分を無碍に扱ったので、その仕返しとしてタレントたちの情報を世間に流した。
 事実だけを公表したはずなのに、虚偽の情報があったと訴訟を起こされたのだ。
 そのせいで父は失脚した。

 娘であるイクミも、いじめの標的に。


 いじめの首謀者は、「情報漏洩は、父の不正を許さない正義マンのせいだ」と主張する。
 
 しかし、イクミは聞く耳を持たない。

「そうだぜ! 暴露系インフルエンサーの息子なんて、そんなもんだろうが! 個人情報流されてなんぼだろ!」

「キミたちいじめる側の個人情報は、流されていないのにか? それで、平等だと言えるのか?」

 イクミの一言で、いじめっ子たちは黙り込む。

「もういい。死ねよ」

 残ったいじめっ子たちを、スライムに閉じ込めた。ゆっくりと、溶かしてやる。

 スライムの内側から、いじめっ子共がもがいていた。
 しかし、苦悶の顔をしながら溺死していく。

「ワタシをバカにした連中は、ひとり残らず殺してやる。全部父親のせいなのに、ワタシをからかいやがって!」

 だからこそ父を殺し、【デヴァステーション・ファイブ】の座を奪った。
 今は、自分こそがこのダンジョンの支配者だ。

 あとは、いじめっ子のリーダーだけである。


                                      *


 
 キバガミさんのいたキャンプの方角へ、振り返る。

 ようやく、住民たち全員はゲートの外へ避難できたようだ。

 しかし、緋依さんもついてきている。
 
「緋依さん、あなたはキバガミさんと行くんだ!」

「ダメよ。あなたを置いてなんて、いけないわ」

 緋依さんを引き離そうとしても、あちらの方が早い。
 ボクも結構、スピードが上がっているはずなんだけど。
 
「もっと離れられないかな? こんなに狭いと、戦えない」

「あそこを見て」
 
 駐車場だった場所を、緋依さんが指さした。

「いいね。ここで戦う!」

 ボクはヘイトコントロールを解除する。

 我に返ったモンスターが、こちらの戦力を分析して言うようだ。
 半数は逃げ帰り、強い個体を含んだ半数は残った。

「なんか、新技はないかな?」

 未だにボクは、自分のスキルを確認できていない。

 単体戦闘用のスキルは、ものすごい数が手に入っている。
 だけど、たくさんの魔物を相手にするようなスキルは見当たらなかった。

「めぼしいスキルは、まだなさそうだね」

「これだけの魔物を相手にするなら、【ウォークライ】ってのがあるお」

 低レベルの敵を震え上がらせる、精神攻撃系のスキルである。
 
「それだな! いくよ。【ウォークライ】! ガアアアア!」

 ボクは、マーモットのような叫び声を上げた。
 魔物たちが、足をすくませる。

 弱いモンスターを、叫びで怯ませるスキルだ。

 一瞬しか効果はないが、充分である。
 
 魔物たちが怯み状態から回復する頃には、緋依さんが首を跳ね飛ばしていた。
 緋依さんのスピードなら、弱い魔物たちなど敵ではない。


  ほかは、割と強めな魔物だけが残った。

 まずは女の上半身にクモの下半身を持つ魔物、【アラクネ】を相手にする。
 アラクネが、ボクを踏みつけようとした。
 
「アラクネは素早いけど、糸を凍らされると弱いわ」
 
「よし。【アイスシールド】!」

 緋依さんからアドバイスをもらって、ボクは氷の盾を腕に喚び出す。鋭い足による踏みつけを、氷の盾で防ぐ。

 足が盾に着弾しただけで、アラクネが凍りついた。
 
 ダンヌさんの力だけを、頼ってもいいだろう。しかし、できるだけ自分でモンスターを倒す力を養わないと。

 腕が丸太になっている木の巨人が、ボクを叩き潰そうとする。

「トレントよ。炎攻撃に弱いわ」

「わかった。【ファイアボール】!」
 

「ずいぶんと、離れちゃった」

 キバガミさんに追いつかないといけないのに。

「いいものがあるわよ」
 
 乗り捨てられていたバイクを見つける。

「エンジンは、かかるみたい」

 ボクは、エンジンを噴かせた。

「乗れるの?」

「一応は。二人乗りもできるよ」

 ヘルメットはあったが、中身も入っていた。こんなのは、使う気がしない。

「ゴーカートのアトラクションが、近くにあったよね?」

 そこまで戻って、ヘルメットを手に入れた。
 レンタル代として、お金を置いていく。預かってくれる人が、いたらいいけど。

 目的地に向けて、バイクを走らせた。
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