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国興し

57 耕作者への尊厳

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 鹿島の運転する新型駆動車の乗務者は、後部座席にいるゴールドル領主とその息子リルドラだけである。
新型駆動車は碁盤目状に区画された耕作畑地帯を、エンジン音のない静かさで快走していた。

 新型駆動車の動力源は、C-002号と兎亜人によるゼットエンジン式試作品からの副産物らしい。
現在地周りの正確な地図作成においてドローンの製作は急がれていて、燃焼エンジンの製造は品質の粗悪が随所に見られたために、
魔石に電気を溜めてプロペラを回転させる案がC-002号から兎亜人方出された。

 ドローン実験機は順調に飛行したが、兎亜人全員が首を傾げた。
「C-002号、プロペラとは、空気を下に押し下げて上昇するのだな。」
「ですね。」
「なら、もっと効率の良い、プロペラ音のしない静かな方法があるぞ。」
「どのような方法でしょうか。」
「風魔法で、ドローンを浮かし飛ばすことの方が、構造的にはよっぽど簡単だろう。」
と、すました顔で風魔法効果を説明しだした。

 風魔法を使う構造内容を聞き取ったC-002号はすぐに設計変更に取り掛かると、ゼットエンジン式の全方向噴射口を立案して、ドローン実験二号機の重量を半分にした。
「あれ?今度の機体には歯車もモーターもないのか。」
とできた設計図を見た兎亜人は微笑んだ。
「こんな簡単な構造だと、大量生産はすぐに可能だな。」
「白い森の繭糸を固めた機体なら、さらに省エネにもなる。俺の知識には、炭素繊維の知識があるので、それの応用です。」
と何気にC-002号は発言したが、一人の兎亜人の悪感琴線に触れたようである
「ドローン実験一号機の軸を回転させた様なエンジンや、電気モーターなど非効率なものでなく、軸を回すだけなら、風魔法を円形筒の中で起こすと、無限に回り続けることが出来るだろうに。なんでわざわざエンジンや、電気モーターなど非効率なものを考えたのだ?」
と、一人の兎亜人が小ばかにした顔で発言をした。
感情のないC-002号は、そんな小ばか顔で発言された事など気にしないですぐに反応した。
「詳しく知りたい。」

 小ばか顔で発言をした兎亜人は、軸に羽をつけた絵をかき、軸を中心に置いた絵図の周りに渦巻きを描いた。
さらに、空気の流れを拡散させない為に、軸を取り巻くように円形筒をも描いた。
「これなら、最初に高回転の竜巻を起こし、持続的に魔石から魔力を送り続けたなら、羽は永遠に回り続ける。」
「軸も回り続ける。て、ことだな。」
とC-002号は燃焼エンジンと、電気モーターを捨て去り、運動エネルギーを風魔法に変革転換する事で、新しい連続回転モーターを生産出来ると確信した。

 その大変革のもとは魔石であった。

 燃焼エンジン無用の大変革により製作された、鹿島の魔力による魔石風魔法のモーターを搭載した試験車が、鹿島の運転する新型駆動車であった。
新型駆動車は念力で始動する為に、アクセルもブレーキもさらにエンジンも取り付けていなかった。
ただ将来的には、誰もが運転出来る魔石搭載の駆動車には、アクセルもブレーキもつける必要があるらしいので、一般向け構造はまだ設計段階であった。

 新型駆動車の車体クッション機能は快調で、座席の心地よい感触はみんなに疲れを感じさせないでいた。

 耕作畑では水牛と人による土の掘り起こしが行なわれていた。
ゴールドル領主は、農夫が大型鍬を水牛に引かせて畑の土を掘り返している光景に見入っていた。
「鎮守聖陛下。あの水牛を手なずけて、農作業を手伝いさせているのも、魔法でしょうか?」
「あれは単なる、耕作者による飼いならして飼育している結果だ。」
「飼いならして飼育していると?」
「動物も愛情をもって接すれば、なついて協力してくれる。」
「鎮守聖国では、一人当たりの耕作面積が広い原因が理解できた。」
「来年は無理だろうが、二、三年後には、馬や水牛による土起こしや畝造りが行える様になるでしょう。」
「だから、順次耕作量が増えるのか。」

「お館様~。」
と遠くのスイカ畑にいる農夫が鹿島達に手を振っていた。
「お、カンベーか~。」
と言って、鹿島はスイカ畑にいる農夫方へ向かった。

「今年の甘さはどうだ!」
とスイカ畑の道路わきに駆動車を停車させた。
農夫は両手で二個のスイカを抱いてきた。
「今年は雨が少なく好天に恵まれたので、かなりの甘さです。」
と言って、腰に差した鎌で一個のスイカを四等分にした。

 四等分したスイカを、三人はそれぞれ受け取るとかぶりついた。
「おう。今年も甘いぞ。」
「お館様。今年はもっと甘いと言ってくれよ。」
「いやいや、毎年おいしいスイカをご馳走していただいている身とすれば、努力の味を染み込ませた結晶をいただくとの感謝の表現だ。」
「相変らず、口下手な言葉だな~。」
と言ってカンベーは残りのスイカにかぶりつき、
「今年のスイカはめっぽう、うまいぞ!」
と満面笑顔で叫んだ後で、もう一個のスイカをリルドラに抱かせた。
唖然としているリルドラを無視して、
「ご馳走さまでした。また来年来ます。」
と言って鹿島は駆動車に乗り込んでスイカ畑を後にした。

 広大な耕作地いっぱいにスイカを植えた畑では、スイカを収穫している夫婦がいた。
駆動車が差し掛かると、
「おい!素通りすんじゃね~よ!」
と、収穫中の老齢農夫が怒鳴った。

 ゴールドル領主とその息子リルドラは農夫の剣幕に驚いた。
「無礼な奴だ。」
とリルドラが剣の柄に手をかけると、
「ジジ~、まだ生きてやがったのか!」
と満面笑顔の鹿島も怒鳴った。
「女神様に救われた命を、むざむざ亡くすか!カンベーの所には寄っていたのに、まさか俺の前を、素通りなどしないだろうな。」
と怒り顔の後ろから、やはり老齢の農婦が微笑みながら大きなスイカを抱えてきた。
「あんた。これが一番大きいよ。」
「おお、さすが我が伴侶様。気が利く。」
とスイカを受取り駆動車の脇に来て、背中にさした鎌で八等分にするとスイカ畑に戻り、スイカをたたきながら選別を始めた。

 農婦は分け切った一切れを順次配ると、鹿島のかぶりつきをにこやかな顔で眺めていた。

 鹿島達がスイカを食べている最中、駆動車の後部荷台スペースに、老齢農夫が次々と選別し終えたスイカを積みこみだした。
「おい、ジジ!そんなに食えないぞ!」
「お館様の分だけでなく、チンジュ女神様やサニー大精霊様に、サクラ精霊様たちの分も載せているのだ。届けてください。」
「今年のスイカは、本当に出来がいいのです。お願いします。」
と言って農婦が頭を下げた。
「鎮守様は、霞しか食しないので、ほかのみんなに配ります。」
と、鹿島は丁寧に頭を下げた。
「やっぱり、食事をしないし、眠らないとの噂は本当なのですね。」
「ま、必要がないらしいので。」
と真顔で返事した。

 鹿島達三人が切り分けたスイカを食べ終えると、農夫はさらにもう一つのスイカを切り分けようとしだした。
「おい爺さん、もう食べきれない。」
それでも、農夫は切り分けたいのか、スイカをまわして切り場所を探している。
「本当に、もう食べきれないのだ。本当に今年一番のおいしさだった、ご馳走様でした。」
鹿島は頭を下げた。
「そうか、、、、。」
とまだスイカを見つめながら、切り分けたい衝動に駆られていた。
「じゃ~、しゃ~ね~。後ろに置いとくわ。」
と言って、残念そうに切るのをあきらめて荷台に積み込んだ。
「じゃ~、ごちそうさまでした。」
「来年も来てくれよ。」
「それまで体を大事にしてろよ。」
と言って手を振りながら、駆動車を前進させた。

 ゴールドル領主は最初のスイカを食べた以降、何故か無口になっていたが、意を決しったのか、堰を切ったように、
「鎮守聖陛下は、あの無礼な農夫どもに怒りを感じないのですか?目上に対する無礼は罪にならないのですか?」
とまくし立てた
「互いに尊敬し合っていれば、ことばのやり取りに気遣いは無用だと思っている。」
「では、指導者の尊厳は?」
「無礼な言葉があったとしても、互いの尊厳は損なわれない。」
「互いの?」
「形だけの敬いに、満足するなら、別だろうが。」
「鎮守聖陛下はあんな態度をされて、敬いされていると感じるのですか?」
「彼らと初めて会った時には、彼らの集落は瘴気病にかかっていて、死の寸前であったが、鎮守様の知識と薬師精霊によって製造された薬で助かったのだ。その関係上、集落から逃れて最果て村での開墾を行い、俺達は共に星空の下で寝起きした仲間なのだ。開墾のさなか、たがいが言葉に気を遣う余裕などなく、互いに信頼しし合いながら必死に開墾を進めたのだ。」
「だから、無礼講だと?」
「そのことで、個人の尊厳が定着したし、互いの職業をうらやむことなく尊敬しあえた。」

 それまで無口だったリルドラが口を開いた。
「彼らの目は、農奴や奴隷と違い、真剣さに輝いていました。」
「そうだね。だから生産に意欲を持てるのだろう。」
と、ゴールドル領主は我が身を恥じる態度である。
「父上様、是非に、農業専門官を派遣していただき、指導を受けるべきだと今回の視察で知らされました。」
「お前も天秤の秤の位置は、マリー側になったと?」
「マリーの言っていることを理解しました。大きなうねりが起きるなら、そのうねりに乗ってみたいです。」
「国を相手にして、戦っても良いと聞こえたが?」
「鎮守聖陛下と大精霊猊下の力を確認したのです。オハラ王族のアクコー王子に後れを取るとは思えません。」
「アクコー王子が王の座に座ったら、最悪だろうな。だが、一晩考えよう。」
といって目をつぶり黙りだした。
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