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第二章 王都金策編
第十話 クラーマーの子ども達
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「ブリっち、ボク明日から学院」
「そうだね。頑張ってね」
「だから、模擬戦」
「どうして、『だから』になるのかわからないけど、エドワルダがちゃんと学院に通うなら構わないけど」
「約束」
朝の訓練が終わると、エドワルダから模擬戦を申し込まれた。
俺に勝ったたら冒険者学校に通うと言っていたエドワルダだが、それは諦めて大人しく学院に通うようだ。
「ブリッツェン様、ぼくもお願いします」
「……まぁ、いいか」
「ありがとうございます」
カールも俺と模擬戦がやりたいようだ。
ということで、装備を身に付けて模擬戦となった。
「聖女様がいる。怪我しても大丈夫。ブリっち全力で」
「確かに腕を切り落としたりしなければ姉さんに治してもらえるけど……」
「エドワルダちゃん、あまり無理はしないでね。ブリッツェンはエドワルダちゃんに怪我をさせないように気を付けてね」
剣の刃を落としていないガチ装備のエドワルダに、俺は怪我をさせないで勝てと仰るのか。なかなか厳しい姉だ。
「それでは、僕が審判をやりますね」
「よろしくアルフレード」
「はい。では、ブリッツェン様とエドワルダの模擬戦を開始します。――はじめ!」
「行く」
「――――!」
アルフレードが模擬戦の開始を告げると、エドワルダが猛然と突っ込んで来た。
先ずは様子を伺うとかないんだな。しかも速い。
「えい」
腰溜めに剣を構えたまま接近してきたエドワルダは、剣先を下に向けるとそのまま掬い上げる様に切りかかってきた。
剣の軌道が予測できていた俺は、エドワルダの剣を受けることはせず、身体を半身にしつつ上体を仰け反らせて避けた。
「あぶねっ……」
空を切るエドワルダの剣が眼前を通り過ぎたとき、当たらないとわかっていてもなかなかの迫力があり、思わず声が漏れてしまった。
「ふんっ」
剣を回避されるのは想定済みだったのだろうか、間を置くこともなく振り抜いた剣を上段から俺目掛けて振り下ろす……と思いきや、俺の真横に振り下ろした。
何だ?!
「んっ!」
剣が俺の腰辺りまで振り下ろされると、エドワルダは強引に剣を寝かせて横薙ぎに軌道変え、俺の横っ腹を切り裂かんばかりに薙いでくる。
今から回避はできないと踏んだ俺は、若干下がりつつエドワルダの剣と自分の腰の間に剣を差し込み受け止める。
「チッ!」
思ったよりエドワルダの剣の威力は重さを感じさせ、咄嗟に差し込んだ剣で受け止めるのはキツかった。
受け止めるために踏ん張った俺だが、それは悪手だと直感し、未だ衰えぬエドワルダの剣の力も利用しながら飛ばされることにした。
「おっ」
俺を打ち飛ばしたことに気を良くしたのだろうか、無表情のエドワルダが漏らした声は喜色混じり……に感じた。
ここでもう一歩詰められたら危なかったけど、膂力があっても戦闘その物はエドワルダはまだまだだな。
上から目線でエドワルダを評しつつ、俺は体勢を整えた。
「ん? 効いてない」
俺がダメージを負っていないのが不服だったのか、無表情な半眼ながらもエドワルダの瞳に怒気が宿ったのを感じた。
横に薙いだ剣を上段へ構えようとしたエドワルダに対し、『今だ』と俺は低い姿勢でエドワルダに向かって行く。そして俺が剣の間合いに入った瞬間、エドワルダの剣は上段に振り被られていた。
「うんしょ」
掌の中で柄を四分の一程回し、何とも締まらない掛け声を口にした俺は、低い姿勢まま剣の腹でエドワルダの足を刈るように薙いだ。
「――うっ!」
くぐもった声を漏らしたエドワルダは綺麗に足を刈られ、上段に剣を構えたまま尻餅をついていた。
一応、極力ダメージを与えない様に剣を当てたつもりだが、それでも痛みはあるだろう。
「はい、これで終了」
「…………はっ! ブリッツェン様の勝利です」
尻餅をついたエドワルダに俺が剣を向けると、慌ててアルフレードが戦闘終了を告げた。
「大丈夫かエドワルダ」
「ちょっと痛い」
「姉さん、エドワルダに『聖なる癒やし』をお願いできる」
「エドワルダちゃん少し我慢しててね」
慌てるでもなくエドワルダに近付いたアンゲラは、ゆっくり詠唱を始めエドワルダを回復させた。
「ブリっち、強かった。でも、もっと戦いたかった」
「エドワルダがいきなり襲い掛かってきたし、俺も焦って勝負を急いだからね。ちょっと時間としては短かったと思う」
「だからもう、一戦」
「……う~ん、まぁいっか。もう一戦やろう」
というわけで、泣きのもう一回となった。
稽古で見ていたのでエドワルダの動きは予想できていたが、膂力に関しては予想以上だったので一戦目は焦ってしまった。しかし、一度手合わせをしたことでわかった部分もあるため、二戦目は往なしたり躱したりしつつ、時には鍔迫り合いで力比べもし、隙きがあれば指摘する、ちょっとした手解きをしながらの模擬戦となった。
「お疲れ様エドワルダ」
「お疲れ、ブリっち」
「エドワルダは膂力と速さが同年代では図抜けてるから、それに頼り切った戦い方になってるね。まぁ、自分の強みを知っているのは良いことだと思うけど、それを活かしつつ頼り切らない戦い方を身に着けたらもっと強くなると思うよ」
「分かった」
俺のアドバイスに言葉少なに応えたエドワルダだが、半眼の瞳には強い意志が宿った……ように感じた。
「ブリッツェン様、ぼくとも模擬戦お願いします」
「そうだった。よし、やろうかカール」
「はい」
商人の息子であるのにも関わらず、強さに憧れた角刈りの少年は、商人が浮かべる笑顔とは違う満面の笑みで俺と模擬戦ができることを喜んだ。
カールとの模擬戦は、結果的に模擬戦ではなく俺が稽古をつけてあげた形になったが、それでも俺の言葉を真剣に聞いて実践しようとするカールは、最後まで臆することなく挑んできた。
俺は俺で、魔法を姉達に教える際、人に教えることで自分を成長させられると教えてくれた師匠の言葉を噛み締め、動きをしっかり思い出しながら指導することができた。
「ブリッツェン様は強いだけではなく、指導もお上手なのですね」
「いや、強さも指導もまだまだだよ。だから、カールに教えながら俺も勉強してるのさ」
「ぼくもブリッツェン様のようになりたいです」
「俺なんかが目標だとアッと言う間に目標を失っちゃうよ。でも、上を目指すのは悪くないと思うから、これからも頑張るといいさ」
「はい」
汗だくになり肩で息をしながらも、疲れきった顔ではなく生き生きと会話するカールは、このまま騎士を目指したりするのも悪くないと思いつつ、内政官になりたいアルフレードがカールにフェリクス商会を継いで貰いたいのを知っているので、何ともいえない気持ちになった。
そういえば、カールが何を目指しているかは聞いたことがなかったな。せっかくだから聞いてみよう。
「カールは強さに憧れているようだけど、将来は何になりたいとか夢はあるのか?」
「ぼくは強い商人になりたいです」
「強い商人?」
「はい」
俺はカールの口から出た思いがけない言葉に、間抜けにも鸚鵡返しをしてしまった。
「フェリクス商会は兄様が継ぐので、ぼくは兄様のお手伝いがしたいです。前に父様が盗賊に襲われたのをブリッツェン様が助けてくれたと聞きました。だから、ぼくは自分で盗賊を倒せるようになって、一人でも荷物を運べる商人になりたいのです。そうすれば、危険な仕事はぼくがやって兄様を助けられます」
「……」
俺は何と言えば良いのかわからず、言葉に詰まってしまった。
「カールは騎士とかになりたいんじゃないのか?」
「兄様、ぼくは商人の息子ですよ。だから、立派な商人になりたいです」
言葉に詰まる俺を庇ったのではなく、カールの真意が聞きたかったのだろか、アルフレードがカールに問い掛けていた。
そして返ってきたのは、「立派な商人になりたい」の言葉だ。
「もし、何かの理由で僕がフェリクス商会の跡を継げなかったら、カールがフェリクス商会の会頭になれるかい?」
「フェリクス商会は兄様が跡継ぎですよ?」
「そうなのだけれど、もしかして……そうだな、例えば僕が大怪我をして動けなくなってしまい商人の仕事ができなくなったら、僕の代わりにカールがフェリクス商会を守ってくれるかい?」
「兄様が動けなくなるのは嫌です、……でも、もしそうなってしまったら、僕が兄様の代わりに頑張ります。でもでも、一番は兄様と一緒にフェリクス商会を立派にするのが夢です」
「そうか」
幼い子どもに少々ズルい質問をしていたアルフレードだったが、カールの気持ちが知れて良かったと思う。
内政官になるのは大怪我ではないが、フェリクス商会の会頭として動けなくなる。そうなったらカールがフェリクス商会を守ってくれると言うのは、アルフレードにとっては心強いだろう。
今年で上流学院を卒業するアルフレードは、年内に進路を決定しなければならないのだ。カールの言葉を聞いていなければ、苦渋の選択を迫られただろう。しかし、カールの言葉を聞いた今は、多少の後ろめたさがあったとしても、カールの真意を聞く前よりも気持ちの重石は軽くなったと思う。
ただなぁ、元気なアルフレードが商人以外の仕事がしたくて商人にならないってのは、カールにとっては嬉しくないだろうな。まぁ、俺は話は聞いてあげられても、口を出す権利もないし責任が負えないのだから無責任なことは言えない。
何が最善かわからないけど、この兄弟の未来が良い未来であって欲しいとは思うな。
「カールも今年から初等学園に通えば、ブリッツェン様に教わった剣技を更に強くできるだろう。頑張るんだよ」
「はい、兄様」
ん? 初等学園に通うって、……カールは八歳だったのか!? 小さいからてっきり五、六歳だと思っていたけど、カールもエドワルダのように小柄だったのね。
でも、エドワルダのような図抜けた力があるわけではないから、強さを身に付けるのはなかなかに厳しいかもしれないな。
アルフレードとカールの前途を思うと、少々感情が揺さぶられる俺であったが、「僕ともお手合わせ願えますか?」とアルフレードに声を掛けられ、『剣が苦手なアルフレードが模擬戦を挑むとか珍しいな』と思いつつも了承し、これまた模擬戦と言う名の稽古をつけてあげた。
「ブリッツェン様に手も足も出ないのはわかっていましたが、ここまで実力に差があったのですね」
「アルフレードは真面目だから、型通りの剣筋で動きがわかり易いんだ。商人にも定石はあるだろうけど、定石通りではなく臨機応変でなければ商人として大成できないと思う。アルフレードもそう思わない?」
「そうですね~……、はい、その通りだと思います」
「それは剣も一緒だと思うんだ。基本はあくまで基本であって、その基本を如何に自分なりに変化させられるか、それが大切だと思うんだよ」
「なるほど」
まぁ、俺は基本も知らずにアレンジを加える、料理でいえば見よう見まねで作りつつ『これ入れたら美味いんじゃね?』って感じで余計なアレンジを加えてしまうメシマズタイプだったので、偉そうなことを言える人間ではないんだけどね。
「エドワルダは基本など関係なく自分の長所だけで戦う。カールはまだ基本ができていないが上昇志向。そしてアルフレードは基本で凝り固まっている。兄弟それぞれ考え方が違って面白いよね」
「それを言えば、私達兄弟姉妹も考え方がバラバラよ」
「あ~、そうだね。でも、モリッツ兄さんとダニー兄さんは結構似てるよ?」
「そうね。あの二人はお父様にそっくりですものね」
なぜか俺とアンゲラがメルケル家の話を始めてしまい、アルフレードがふむふむと聞き入り、エドワルダは聞いているのかいないのかポケーっとし、カールはニコニコしていた。
「さて、そろそろ昼食の時間だ。食後は軽く休憩したら森で軽く狩りだね。――カールはまた留守番で悪いけど、まだ森は危険だから我慢してな」
「はい……」
留守番を言い渡されたカールは、先程までの笑顔がさっと消えてしまったが、我儘を言う子ではないので聞き入れてくれた。
「今日もなかなか順調だな」
「手応えが無い」
「私はこれくらいがいいわね」
「僕も参加したいです……」
ウサギをみつけると、エドワルダと姉さんの弓矢で必ず一羽ずつ仕留めているので、俺は暇だが探知魔法の練習はできている。なので、退屈ではあっても魔法の練習が行えているので、俺としては最低限の満足はしているつもりだ。
エドワルダは仕方なく弓を使っているので、できれば剣を振り回したいようだが、文句や愚痴などの余計なことは言わない。姉さんは概ね満足のようだが、何もしていないアルフレードは暇を持て余しているらしく、当初は嫌がっていたのに今は参加したいようだ。
「それはそうとブリッツェン様」
「なに?」
「気になっていたのですが、どうやってウサギがいる場所を探し当てているのですか?」
何、アルフレード、それ聞いちゃう?
「あ~、何と言うか、森に入って獲物を探しているとなんとなく気配がわかるようになった感じかな?」
「なぜ疑問形なのです?」
「いや、感覚なもんで、ハッキリわからないんだよね」
ベテラン冒険者などは気配で獲物がわかるというが、俺はわからないので当然魔法を使っている。しかし、魔法の存在は教えられないので、野生の勘みたいな感じを醸し出して答えているのだ。
「やはり経験ですか?」
「俺も経験豊富ではないから何とも言えないね」
「でも、ブリっちが言うこと、必ず当たってる」
「そうだったかな? メルケルではそうでもなかったから、ここは気配が分かり易い土地なのかもね」
深く追求されても面倒なので、適当にお茶を濁しておいた。
「ボクも、もう少し近付けば、何となくわかる。でも、ブリっちの方が早くて正確」
「凄いなエドワルダ」
「ん? 嫌味?」
「ち、違うよ。普通に凄いと思っただけだよ」
「そう」
魔法を使わなかったら俺は気配の察知なんてできない。それが何となくでもわかるエドワルダは凄いと本気で思う。
「さて、今日はもう帰ろう」
また余計なことを言われないように、少し早いが帰ることにした。
「今日もなかなかの収穫でしたので、また従業員の皆さんにお裾分けです」
「ありがとうございますブリッツェン様。――では、こちらが今回の換金金額です」
「今回は三十四万フェンですか。思ったより安くなっていませんね」
「そうですね。もともと高騰していましたので、現状はこれくらいの価格で推移すると思います」
前回は約三十九万フェンだったが、今回は五万フェン安の三十四万フェンだ。
高止まりから一度下がった価格は若干回復したが、この辺からまた徐々に下がるだろう。
「では、三割の十万二千フェンに端数の三千フェン、それと冒険者への支払いの一万フェンを引いた二十二万五千フェンで結構ですよ」
「冒険者への支払いはこちらで行いますの――」
「それは気にしないで下さい。今後も私が支払いますので」
「ブリッツェン様はなかなか強情ですからね。わかりました、お言葉に甘えさせて頂きます」
という訳で、今回は金貨二十二枚と銀貨五十枚の収入を得た。
「そうだね。頑張ってね」
「だから、模擬戦」
「どうして、『だから』になるのかわからないけど、エドワルダがちゃんと学院に通うなら構わないけど」
「約束」
朝の訓練が終わると、エドワルダから模擬戦を申し込まれた。
俺に勝ったたら冒険者学校に通うと言っていたエドワルダだが、それは諦めて大人しく学院に通うようだ。
「ブリッツェン様、ぼくもお願いします」
「……まぁ、いいか」
「ありがとうございます」
カールも俺と模擬戦がやりたいようだ。
ということで、装備を身に付けて模擬戦となった。
「聖女様がいる。怪我しても大丈夫。ブリっち全力で」
「確かに腕を切り落としたりしなければ姉さんに治してもらえるけど……」
「エドワルダちゃん、あまり無理はしないでね。ブリッツェンはエドワルダちゃんに怪我をさせないように気を付けてね」
剣の刃を落としていないガチ装備のエドワルダに、俺は怪我をさせないで勝てと仰るのか。なかなか厳しい姉だ。
「それでは、僕が審判をやりますね」
「よろしくアルフレード」
「はい。では、ブリッツェン様とエドワルダの模擬戦を開始します。――はじめ!」
「行く」
「――――!」
アルフレードが模擬戦の開始を告げると、エドワルダが猛然と突っ込んで来た。
先ずは様子を伺うとかないんだな。しかも速い。
「えい」
腰溜めに剣を構えたまま接近してきたエドワルダは、剣先を下に向けるとそのまま掬い上げる様に切りかかってきた。
剣の軌道が予測できていた俺は、エドワルダの剣を受けることはせず、身体を半身にしつつ上体を仰け反らせて避けた。
「あぶねっ……」
空を切るエドワルダの剣が眼前を通り過ぎたとき、当たらないとわかっていてもなかなかの迫力があり、思わず声が漏れてしまった。
「ふんっ」
剣を回避されるのは想定済みだったのだろうか、間を置くこともなく振り抜いた剣を上段から俺目掛けて振り下ろす……と思いきや、俺の真横に振り下ろした。
何だ?!
「んっ!」
剣が俺の腰辺りまで振り下ろされると、エドワルダは強引に剣を寝かせて横薙ぎに軌道変え、俺の横っ腹を切り裂かんばかりに薙いでくる。
今から回避はできないと踏んだ俺は、若干下がりつつエドワルダの剣と自分の腰の間に剣を差し込み受け止める。
「チッ!」
思ったよりエドワルダの剣の威力は重さを感じさせ、咄嗟に差し込んだ剣で受け止めるのはキツかった。
受け止めるために踏ん張った俺だが、それは悪手だと直感し、未だ衰えぬエドワルダの剣の力も利用しながら飛ばされることにした。
「おっ」
俺を打ち飛ばしたことに気を良くしたのだろうか、無表情のエドワルダが漏らした声は喜色混じり……に感じた。
ここでもう一歩詰められたら危なかったけど、膂力があっても戦闘その物はエドワルダはまだまだだな。
上から目線でエドワルダを評しつつ、俺は体勢を整えた。
「ん? 効いてない」
俺がダメージを負っていないのが不服だったのか、無表情な半眼ながらもエドワルダの瞳に怒気が宿ったのを感じた。
横に薙いだ剣を上段へ構えようとしたエドワルダに対し、『今だ』と俺は低い姿勢でエドワルダに向かって行く。そして俺が剣の間合いに入った瞬間、エドワルダの剣は上段に振り被られていた。
「うんしょ」
掌の中で柄を四分の一程回し、何とも締まらない掛け声を口にした俺は、低い姿勢まま剣の腹でエドワルダの足を刈るように薙いだ。
「――うっ!」
くぐもった声を漏らしたエドワルダは綺麗に足を刈られ、上段に剣を構えたまま尻餅をついていた。
一応、極力ダメージを与えない様に剣を当てたつもりだが、それでも痛みはあるだろう。
「はい、これで終了」
「…………はっ! ブリッツェン様の勝利です」
尻餅をついたエドワルダに俺が剣を向けると、慌ててアルフレードが戦闘終了を告げた。
「大丈夫かエドワルダ」
「ちょっと痛い」
「姉さん、エドワルダに『聖なる癒やし』をお願いできる」
「エドワルダちゃん少し我慢しててね」
慌てるでもなくエドワルダに近付いたアンゲラは、ゆっくり詠唱を始めエドワルダを回復させた。
「ブリっち、強かった。でも、もっと戦いたかった」
「エドワルダがいきなり襲い掛かってきたし、俺も焦って勝負を急いだからね。ちょっと時間としては短かったと思う」
「だからもう、一戦」
「……う~ん、まぁいっか。もう一戦やろう」
というわけで、泣きのもう一回となった。
稽古で見ていたのでエドワルダの動きは予想できていたが、膂力に関しては予想以上だったので一戦目は焦ってしまった。しかし、一度手合わせをしたことでわかった部分もあるため、二戦目は往なしたり躱したりしつつ、時には鍔迫り合いで力比べもし、隙きがあれば指摘する、ちょっとした手解きをしながらの模擬戦となった。
「お疲れ様エドワルダ」
「お疲れ、ブリっち」
「エドワルダは膂力と速さが同年代では図抜けてるから、それに頼り切った戦い方になってるね。まぁ、自分の強みを知っているのは良いことだと思うけど、それを活かしつつ頼り切らない戦い方を身に着けたらもっと強くなると思うよ」
「分かった」
俺のアドバイスに言葉少なに応えたエドワルダだが、半眼の瞳には強い意志が宿った……ように感じた。
「ブリッツェン様、ぼくとも模擬戦お願いします」
「そうだった。よし、やろうかカール」
「はい」
商人の息子であるのにも関わらず、強さに憧れた角刈りの少年は、商人が浮かべる笑顔とは違う満面の笑みで俺と模擬戦ができることを喜んだ。
カールとの模擬戦は、結果的に模擬戦ではなく俺が稽古をつけてあげた形になったが、それでも俺の言葉を真剣に聞いて実践しようとするカールは、最後まで臆することなく挑んできた。
俺は俺で、魔法を姉達に教える際、人に教えることで自分を成長させられると教えてくれた師匠の言葉を噛み締め、動きをしっかり思い出しながら指導することができた。
「ブリッツェン様は強いだけではなく、指導もお上手なのですね」
「いや、強さも指導もまだまだだよ。だから、カールに教えながら俺も勉強してるのさ」
「ぼくもブリッツェン様のようになりたいです」
「俺なんかが目標だとアッと言う間に目標を失っちゃうよ。でも、上を目指すのは悪くないと思うから、これからも頑張るといいさ」
「はい」
汗だくになり肩で息をしながらも、疲れきった顔ではなく生き生きと会話するカールは、このまま騎士を目指したりするのも悪くないと思いつつ、内政官になりたいアルフレードがカールにフェリクス商会を継いで貰いたいのを知っているので、何ともいえない気持ちになった。
そういえば、カールが何を目指しているかは聞いたことがなかったな。せっかくだから聞いてみよう。
「カールは強さに憧れているようだけど、将来は何になりたいとか夢はあるのか?」
「ぼくは強い商人になりたいです」
「強い商人?」
「はい」
俺はカールの口から出た思いがけない言葉に、間抜けにも鸚鵡返しをしてしまった。
「フェリクス商会は兄様が継ぐので、ぼくは兄様のお手伝いがしたいです。前に父様が盗賊に襲われたのをブリッツェン様が助けてくれたと聞きました。だから、ぼくは自分で盗賊を倒せるようになって、一人でも荷物を運べる商人になりたいのです。そうすれば、危険な仕事はぼくがやって兄様を助けられます」
「……」
俺は何と言えば良いのかわからず、言葉に詰まってしまった。
「カールは騎士とかになりたいんじゃないのか?」
「兄様、ぼくは商人の息子ですよ。だから、立派な商人になりたいです」
言葉に詰まる俺を庇ったのではなく、カールの真意が聞きたかったのだろか、アルフレードがカールに問い掛けていた。
そして返ってきたのは、「立派な商人になりたい」の言葉だ。
「もし、何かの理由で僕がフェリクス商会の跡を継げなかったら、カールがフェリクス商会の会頭になれるかい?」
「フェリクス商会は兄様が跡継ぎですよ?」
「そうなのだけれど、もしかして……そうだな、例えば僕が大怪我をして動けなくなってしまい商人の仕事ができなくなったら、僕の代わりにカールがフェリクス商会を守ってくれるかい?」
「兄様が動けなくなるのは嫌です、……でも、もしそうなってしまったら、僕が兄様の代わりに頑張ります。でもでも、一番は兄様と一緒にフェリクス商会を立派にするのが夢です」
「そうか」
幼い子どもに少々ズルい質問をしていたアルフレードだったが、カールの気持ちが知れて良かったと思う。
内政官になるのは大怪我ではないが、フェリクス商会の会頭として動けなくなる。そうなったらカールがフェリクス商会を守ってくれると言うのは、アルフレードにとっては心強いだろう。
今年で上流学院を卒業するアルフレードは、年内に進路を決定しなければならないのだ。カールの言葉を聞いていなければ、苦渋の選択を迫られただろう。しかし、カールの言葉を聞いた今は、多少の後ろめたさがあったとしても、カールの真意を聞く前よりも気持ちの重石は軽くなったと思う。
ただなぁ、元気なアルフレードが商人以外の仕事がしたくて商人にならないってのは、カールにとっては嬉しくないだろうな。まぁ、俺は話は聞いてあげられても、口を出す権利もないし責任が負えないのだから無責任なことは言えない。
何が最善かわからないけど、この兄弟の未来が良い未来であって欲しいとは思うな。
「カールも今年から初等学園に通えば、ブリッツェン様に教わった剣技を更に強くできるだろう。頑張るんだよ」
「はい、兄様」
ん? 初等学園に通うって、……カールは八歳だったのか!? 小さいからてっきり五、六歳だと思っていたけど、カールもエドワルダのように小柄だったのね。
でも、エドワルダのような図抜けた力があるわけではないから、強さを身に付けるのはなかなかに厳しいかもしれないな。
アルフレードとカールの前途を思うと、少々感情が揺さぶられる俺であったが、「僕ともお手合わせ願えますか?」とアルフレードに声を掛けられ、『剣が苦手なアルフレードが模擬戦を挑むとか珍しいな』と思いつつも了承し、これまた模擬戦と言う名の稽古をつけてあげた。
「ブリッツェン様に手も足も出ないのはわかっていましたが、ここまで実力に差があったのですね」
「アルフレードは真面目だから、型通りの剣筋で動きがわかり易いんだ。商人にも定石はあるだろうけど、定石通りではなく臨機応変でなければ商人として大成できないと思う。アルフレードもそう思わない?」
「そうですね~……、はい、その通りだと思います」
「それは剣も一緒だと思うんだ。基本はあくまで基本であって、その基本を如何に自分なりに変化させられるか、それが大切だと思うんだよ」
「なるほど」
まぁ、俺は基本も知らずにアレンジを加える、料理でいえば見よう見まねで作りつつ『これ入れたら美味いんじゃね?』って感じで余計なアレンジを加えてしまうメシマズタイプだったので、偉そうなことを言える人間ではないんだけどね。
「エドワルダは基本など関係なく自分の長所だけで戦う。カールはまだ基本ができていないが上昇志向。そしてアルフレードは基本で凝り固まっている。兄弟それぞれ考え方が違って面白いよね」
「それを言えば、私達兄弟姉妹も考え方がバラバラよ」
「あ~、そうだね。でも、モリッツ兄さんとダニー兄さんは結構似てるよ?」
「そうね。あの二人はお父様にそっくりですものね」
なぜか俺とアンゲラがメルケル家の話を始めてしまい、アルフレードがふむふむと聞き入り、エドワルダは聞いているのかいないのかポケーっとし、カールはニコニコしていた。
「さて、そろそろ昼食の時間だ。食後は軽く休憩したら森で軽く狩りだね。――カールはまた留守番で悪いけど、まだ森は危険だから我慢してな」
「はい……」
留守番を言い渡されたカールは、先程までの笑顔がさっと消えてしまったが、我儘を言う子ではないので聞き入れてくれた。
「今日もなかなか順調だな」
「手応えが無い」
「私はこれくらいがいいわね」
「僕も参加したいです……」
ウサギをみつけると、エドワルダと姉さんの弓矢で必ず一羽ずつ仕留めているので、俺は暇だが探知魔法の練習はできている。なので、退屈ではあっても魔法の練習が行えているので、俺としては最低限の満足はしているつもりだ。
エドワルダは仕方なく弓を使っているので、できれば剣を振り回したいようだが、文句や愚痴などの余計なことは言わない。姉さんは概ね満足のようだが、何もしていないアルフレードは暇を持て余しているらしく、当初は嫌がっていたのに今は参加したいようだ。
「それはそうとブリッツェン様」
「なに?」
「気になっていたのですが、どうやってウサギがいる場所を探し当てているのですか?」
何、アルフレード、それ聞いちゃう?
「あ~、何と言うか、森に入って獲物を探しているとなんとなく気配がわかるようになった感じかな?」
「なぜ疑問形なのです?」
「いや、感覚なもんで、ハッキリわからないんだよね」
ベテラン冒険者などは気配で獲物がわかるというが、俺はわからないので当然魔法を使っている。しかし、魔法の存在は教えられないので、野生の勘みたいな感じを醸し出して答えているのだ。
「やはり経験ですか?」
「俺も経験豊富ではないから何とも言えないね」
「でも、ブリっちが言うこと、必ず当たってる」
「そうだったかな? メルケルではそうでもなかったから、ここは気配が分かり易い土地なのかもね」
深く追求されても面倒なので、適当にお茶を濁しておいた。
「ボクも、もう少し近付けば、何となくわかる。でも、ブリっちの方が早くて正確」
「凄いなエドワルダ」
「ん? 嫌味?」
「ち、違うよ。普通に凄いと思っただけだよ」
「そう」
魔法を使わなかったら俺は気配の察知なんてできない。それが何となくでもわかるエドワルダは凄いと本気で思う。
「さて、今日はもう帰ろう」
また余計なことを言われないように、少し早いが帰ることにした。
「今日もなかなかの収穫でしたので、また従業員の皆さんにお裾分けです」
「ありがとうございますブリッツェン様。――では、こちらが今回の換金金額です」
「今回は三十四万フェンですか。思ったより安くなっていませんね」
「そうですね。もともと高騰していましたので、現状はこれくらいの価格で推移すると思います」
前回は約三十九万フェンだったが、今回は五万フェン安の三十四万フェンだ。
高止まりから一度下がった価格は若干回復したが、この辺からまた徐々に下がるだろう。
「では、三割の十万二千フェンに端数の三千フェン、それと冒険者への支払いの一万フェンを引いた二十二万五千フェンで結構ですよ」
「冒険者への支払いはこちらで行いますの――」
「それは気にしないで下さい。今後も私が支払いますので」
「ブリッツェン様はなかなか強情ですからね。わかりました、お言葉に甘えさせて頂きます」
という訳で、今回は金貨二十二枚と銀貨五十枚の収入を得た。
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ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
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曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
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エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
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疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜
みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。
…しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた!
「元気に育ってねぇクロウ」
(…クロウ…ってまさか!?)
そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム
「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ
そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが
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ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う
運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる
"バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う
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その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ
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この物語は
剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語
(自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!)
しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
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