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偽夫婦、肝試しを行います

4話

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 共同スペースの団らん室にゲームを繋いで、一生懸命スポーツをしている子たちに、一応事情聴取をしてみる。
 七原さんも含めて、皆この数日の怪音や物陰に脅えていた。

「最近夜になったら聞こえますよね……」

 寮生の子たちの過半数は、快音や物陰に遭遇していた。琴吹さんから聞いた通りだ。

「昼間は見ないのかな?」
「そういえば、昼間は全然見ませんね。変な音も」
「夏休みに入ってからじゃないですか?」

 ふむ。夏休みに入った途端に変な音って。
 でもおかしなことに、その中で琴吹さんだけはきょとんとした顔をしていた。

「そうなんだ? 自分、本当にその音も物陰も見たことがないんだけど」
「えー、ことぶっちゃんいいなあ……」

 うーん……琴吹さんだけ全然目撃してないっていうのも気になるけど、これどういうことなんだ?
 聞けば聞くほど、変な話だ。今年の梅雨もなかなか明けず、夏休みになった途端に雨がピタリと止み、暑いのか寒いのかはっきりしない季節から一転、暑くてとてもじゃないけれど昼間に外に出られないものに切り替わった。そこが鍵になっているとは思うんだけれど、ここからの筋立てが見当つかなかった。
 俺はわからんと思いながら、事情聴取を終えると、事務所から送られてきた食材を冷蔵庫に片付けに行くと、真剣に素子さんがなにかをセットしているのが見えた。

「あのう、素子さんなにやっているんですか?」
「夜だけ出るものなんで、もしかしてと思って、仕掛けているんです」

 そう言いながら見せてくれたのは、家風の外見の中に粘着シートをセットした、ねずみ取りだった。それに俺は「うっぷ……」と口を抑えた。

「ねずみ……ですか……」
「はい。ねずみだったら夜行性なんで、夜にうるさくしていてもおかしくないかなと」

 そうだったのか……近所でねずみを見たことのない俺は、彼女があちこちにねずみ取りをセットしている様を呆然と見ていた。

「夜になったら、ねずみが引っかかってないか見に行きましょう」
「って、夜にですか!?」
「だって朝にご飯を食べに来た子たちに、ねずみの鳴き声を聞かせながら食事を摂らせる訳にもいかないでしょう?」

 ……わからない。素子さんは幽霊は見たいし、ねずみは怖くないって……。俺は正直、どっちも見たことがない分、余計に怖いぞ。
 そこでふと気付いた。

「でも、舘向さんはどうしますか? ねずみ取りに巻き込むのも申し訳ないですし……」
「うーん……でも交流も兼ねて、一緒に肝試しを続けてもいいんじゃないですか? 彼女も訳ありでしょうし」
「そうなんですかねえ」

 肝試し好きな風変わりな彼女が、そこまで悩んでいるようには思えなかったけれど。でも大なり小なり人間だったら悩んでいるもんか。
 そう気を取り直して、俺たちはねずみ取りを青陽館のあちこちにセットすることとなったのだ。

   ****

 夕食を出し、風呂を済ませたあと、消灯時間を待つ。
 団らん室で遊んでいた子たちも、風呂の時間になったら散っていき、皆部屋に帰ったのを確認してから、俺たちも廊下へと出る。
 頼むからねずみであってくれー、幽霊じゃありませんようにー。いや、ねずみも正直触れる気がしないけど! ひとりでそう思いながら懐中電灯で照らして廊下を歩いていたら、部屋からひょっこりと出てきた。
 舘向さんだ。今日も涼し気なワンピースを着て、裸足で歩いている。

「こんばんはー」

 相変わらずのパンを千切ったような、捉えどころのない間延びした声で挨拶をされた。

「……こんばんは。今日も部屋から出てこなかったけど」
「あたし、夜生活が長いんで」
「留年してまで、なにをそこまで……?」
「映画鑑賞、ですかね」

 そう言われて拍子抜けした。本人のテンションからしてみれば、かなり健全な趣味に思える。素子さんは舘向さんに尋ねた。

「どんな映画が好きなんですか? ジャンルとか」
「古典のホラー映画が好きなんです」
「ホラー」

 ……前言撤回。いや、留年するほどもホラー映画を見るなよ。
 思わずツッコミそうになったものの、何故か幸せそうに笑っている舘向さんを見ていたら、ツッコむのは非常に野暮な気がして黙り込んだ。舘向さんは歌うように続ける。

「あたし、高校時代はそういう映画、全然見れなかったんです。小学生のときは、そういう映画が結構夜中に再放送してましたけど、高校時代は全然で。ネットで見る方法も、高校生じゃお金の支払いができませんでしたし。友達もホラー映画の幽霊とか殺人鬼とかゾンビとかを気持ち悪がったんで、見てくれなかったんですね。友達が怖がったり気持ち悪がったりしているのを、むやみやたらに誘うのも躊躇われましたし」

 まあ……苦手な子のほうが多いのかな。
 舘向さんは、昨日よりもかなり饒舌に語り出す。この辺りはオタクと一緒で、好きなものを語るときだけ、ひたすら口が回るタイプだよなあと、ぼんやりと思う。オタクと違うのは、自分が好きなジャンルに友達を巻き込まないという一点だけだ。

「友達はアイドルや俳優に夢中でしたけど、あたし全然興味なかったんです。カラオケで歌う曲も、流行っているという服も、お菓子も。全然好きじゃありませんでしたけど、むやみに怖がられるよりも合わせるほうが楽だったんですけど……地元から離れた途端にプッツンとキレちゃいました。今だったら知り合いもいないから、映画見放題だと」

 そう言いながら、彼女はワンピースのポケットに突っ込んでいたスマホを見せてくれた。健康的な化粧を施して、友達と笑っている写真は、今の青白い彼女と同一人物とは、聞かされなかったらわからなかった。

「これは……逆大学デビュー……なのかな?」
「むしろ本当の私デビューだと思いますよ」

 俺と素子さんは呆気に取られている中、スマホをワンピースにしまい直して、にこやかに舘向さんは笑った。
 世間一般に合わせ過ぎたせいで、プッツンと切れちゃったのかと思うと、どちらが幸せなのかはよくわからないけれど。ただ舘向さんはひどく満足げに笑っているものだから、幸せは人それぞれなんだよなあと思わざるを得ない。

「まあここは楽です。ホラー映画が好きでも放っておいてくれますし、たまには一緒に面白がってくれる子もいるんで。あんまり嬉しくって、映画見過ぎて単位足りなくなって留年しましたけど」

 留年した理由がそれか。
 素子さんはしみじみと言う。

「気持ちはわかりますね、同調圧力はどこにだって多かれ少なかれありますから、大学に入った途端にそれが緩むときに、趣味に走るっていうのはありますから」
「そうだったんですか……?」
「学校や勉強しているものにもよりますけどね。大学時代だけですから、好きな髪形ができて、好きな服を堂々と着ても、誰もなにも言わないって時期は」

 その辺りの感覚は、高校時代までしか全然知らない俺からは未知の感覚だった。
 中学時代から小説書いてお金をもらっていた身からしてみれば、同調圧力かけて訳のわからない因縁つけてくる奴なんて無視すればいいんじゃ、と思っていたけれど、そうでもなかったんだろうか。
 俺にとっては未知の悩みに首を捻っていたら、舘向さんはフフッと笑う。

「別になんでもかんでも同意してくれなくってもいいんですよ。ただ、好きなことをするのに放っておいてくれさえすれば」

 そんなもんなんだなと思ったけれど、それは少しだけわかるかもしれない。
 俺だって小説を書いているときに、業界のことも知らずに好き勝手言ってくる連中や、ましてや「楽して金稼いでいる」という連中に対しては軽蔑の目を向けるから。同意はいらないけれど、放置は必要だよなあと痛感している。
 結局その夜も、あちこち見回ったものの、なにも見つかることがなかった。
 でも、意外な形で次の日、ヒントは見つかったのである。
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