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出来上がった魔法薬

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 私は大量の薬草に、ワインを見て途方に暮れた顔になった。
 惚れ薬を大量生産して、どうするつもりなんだろう。そもそもクリストハルト様みたいに、人格にまで影響を及ぼすようになったものをつくって、大丈夫なんだろうか。
 私が固まっている中、「ああ、そうだ」と思いついたように、ナイフを向けられた。
 ……刺される。そう思って強張っていたら、「ああ、勘違いするなよ」と言われて、私の噛まされていた猿ぐつわを引き裂いた。口元はベトベトして気持ち悪いけれど、息はようやくきちんとできるようになって、私は胸を反らせてゲホゲホと咳をした。

「殺しはしないさ……お嬢さんほどの腕の魔法薬調剤なんて、宮廷魔術師にでもならない限り存在しないんだからねえ……?」

 そうねっとりと言われた。私はようやく喉の奥に貼り付いた唾を全部咳と一緒に吐き出してから「月の位置を……」と声を上げた。

「月の位置を教えていただけますか?」
「あん?」
「……薬はつくります。つくりますけど、この薬は材料だけでなく、時間をきちんと計らないとつくれません。あと、月の光……今晩は雲ひとつなく冴え渡っていますから大丈夫でしょうが、月の光なくしてつくることはできません」

 私の言葉に、「そうなのか?」と振り返りはじめた。
 その辺りの会話を聞きながら、なんとなく察した。この人たち、多分クリストハルト様と揉めている貴族なんだと思う。私も授業の単位が足りないから魔法薬調剤を取っているけれど、王立学園卒業していても、魔法薬の基礎中の基礎の時間を計ることまでは思い至らないケースが多い。でも魔法薬調剤の上手い下手自体は存在しているとなったら、私がクリストハルト様にうっかりと盛ったものを見たことがあるんだろう。
 ……私がかける予定だった富豪男子が頭をよぎった。この経路か。この経路で私がつくった薬の詳細まではわからないでも、私が薬をつくったところまでは割れたか。
 私がそこまで考えている間に、私の腕をふん縛っていた麻縄は結び直された。逃げられないように麻縄自体は手首に括り付けられているものの、片手だけになった。これで薬自体はつくることができる。
 私は怖々と、私を誘拐した人たちに尋ねた。

「あのう……この薬草の量を量りたいんですけれど、天秤はありますか?」
「ある」
「……材料の量が本当に多いんですけれど、どれだけつくればいいんですか?」
「十人分は」

 ……十人は相当多いなあ。私がたじろいでいる中、私の麻縄を括り直した人が、私の首筋にピタッとナイフを当ててきた。ひんやりとしていて気持ちいい……訳あるかい。むっちゃ怖い。むっちゃ怖い。少し動いたらもう首パックリ切れるじゃない。そりゃクリストハルト様の薬が切れたら、私の首を差し上げる予定はあるものの、今ここで首を差し出したい訳ではない。
 私がダラダラ冷や汗を掻いている中、その人は「おい」と言った。

「薬をつくる材料も場所も、道具も全て手配してやる。ここで少しでもおかしな真似をして……たとえば薬の調合をわざと間違えるとか……そんなのをして失敗作をつくってみろ。お前の首は簡単に落とせるからな」

 私の首の落としどころくらい、私で決めさせてくれよ。私の首を好き勝手していいのはクリストハルト様だけであって、こんなところで落としてたまるか。
 私は内心そう思いながらも口にする元気はなく……というより、これ言ったら不敬罪でしょっ引かれると思うの、クリストハルト様だって私の首なんぞいらんだろうし……「はい」としおらしく言ってから、誘拐犯たちに見守られながら場所を移動し、薬をつくりはじめた。
 私が寮内には持ち込めないほどに大きな鍋に、ジャブジャブワインを入れ、天秤できっちり計り直した薬草を入れて、火を点けて煮ていく。
 誘拐された場所は、どこの廃墟かは知らないけれど、窓の外から見える石畳はところどころ割れていて、外も森が広がっているようだった。月明かりが照らし出す姿は、ひたすら殺風景だ。
 私、誘拐されてからどれだけ時間が経っているんだろう。
 昨日寝た直後に誘拐だったら、今は夜って訳ないだろうし。出された木じゃくしで、鍋の中を焦げ付かないように掻き回しながらも、私はひたすら首を捻っていた。月の光をよく当てておく。新月は惚れ薬づくりには適さない。
 やがて、私が真珠を加えたら、匂いも色も真珠に吸い取られて消えていく。もうこれは無味無臭のものにしかならなくなった。
 ……これで合ってるのよねえ。私は薬の材料を「濾したいんですけれど」と言うと、麻布をくれた。この誘拐犯たち、中途半端に知識だけはあるってことは、やっぱり全員どれだけの身分があるのかはわからないけれど、貴族階級なのは間違いなさそうだなあ。
 私はそう思いながら、「重い、重い……」と言いつつ、鍋の中身を麻布で濾して、小瓶に少しずつ入れていった。
 ずっと鍋の世話をしていた上に、これだけの量をつくったことが一度もない。木じゃくしを落とさないように腕はパンパンに張っているし、中腰になっていたせいで、腰もズキズキ痛んで早く眠りたい。

「これで、薬……できましたよ」
「ああ……! これで早速……! 早く捕らえた者たちに使え!」
「はっ!!」

 そう言いながら走っていく様を、私はただ首を傾げて眺めていた。
 ……捕まえた人に惚れ薬を飲ませるって、なんか私は婚約破棄騒動にでも巻き込まれているの? さすがにこの場にいる人たちが、王太子殿下を誘拐できるとは考えにくい。あれだけ太陽オーラ溢れる人だったら、誘拐される前に犯人が太陽オーラに照らされて見つかるから、誘拐不成立だ。
 私は薬をつくったから休めるのかと思ったら、また別の人たちが薬草とワインを持ってきた。

「もうつくれませんよ」
「なんだと!? 逆らうのか!?」
「違います。もう月の光を当てる時間が規定量より足りないからです」

 私が空を指差していった。月が完全に空に隠れてしまったら、もう月の光を薬に当てようがない。薬をつくるときは、時間と計量を正確にが、メイベル先生の口癖だ。
 私がそう説明したら、別の人は「ちっ」と言って、私の縛っている麻紐を引いていった。どうも個室にはなっているらしいものの、私の麻縄の端は、ベッドに括り付けられてしまった。

「ここにいろ。ここから逃げようとしたら、すぐにでも殺すからな」
「……わかりました」

 その人は言いたいことを言って立ち去ってしまった。
 ベッドに腰掛けると、ギチギチギチッと壊れたベッドの音を立てて、私は思わず立ち上がる。このベッド、私が寝返りを打ち過ぎたら壊れるんじゃないか。
 部屋の中は殺風景で、外から見えた廃墟の景色といい、どこぞの没落貴族のうち捨てた屋敷を、この人たちが活用しているんだろうと思い至る。でもここ、王都からどれだけ離れているか、外を見ても森以外本当になんにも見えないからわからない。木々の影からして、自領の森じゃないこと以外わからない……そもそも自領には一週間かけないと着かないから、うちじゃないことだけはたしかだ。
 ひとりにされた途端に、寂しさは迫ってくるものの、不思議と怖さはなかった。気分は嵐前で、むしろ気分はいい。
 嵐の前は、ただ屋敷の中に閉じこもって、静かにやり過ごすのがいい。どれだけドタンドタンと音がしても、ミチミチと軋んだ音がしても、嵐はいつかは過ぎ去るのだ。外がどれだけ荒れたとしても、人の命が失われるよりはどんなことよりもマシ。
 そう考えたら、そのまんまベッドに転がって眠れるだけの図太さは持っていた。
 ……シャルロッテさんが心配して食事の喉が通らなくなってないといいけれど。でも困ったときにはアウレリア様がいるから問題ないわね。
 私ひとりが誘拐されたことで、騎士団が動く訳ないしなあ……下級貴族の娘が誘拐されたとしても、国が動くことなんてない。その間にクリストハルト様の薬が切れるといいなあ。
 ……もし切れたときに、私がいなくなっていたとして、ほんの少しだけ憐憫をくれたら、もう私はそれで満足だ。

****

 翌日、私は食事当番らしき人に、カッチンコッチンの黒パンとスープを差し出された。本当にびっくりするほどのカッチンコッチンで、スープで拭ってからでなければとてもじゃないけれど食べることができず、この黒パン久々に見たなと思いながら、私はスープに浸しながらもぞもぞと食べていたときだった。

「おい! 話が違うぞ!」

 ドタドタと私の部屋に人が走ってきて、キョトンとした。昨日私に薬をつくらせた人が、私の胸ぐらを掴む。

「なにをつくったんだ、貴様は……!」
「クリス……第二王子殿下に盛った薬ですよねえ? 私、たしかにつくりましたよぉ……!」
「効果が全然違うじゃないか! あれを盛った人間はどうなったと思う!?」
「はい……?」

 惚れ薬でキャラ豹変したのの、そんなに気持ちが悪かったのか? そりゃクリストハルト様にかけたら、キャラ変更をし過ぎて、未だに私も気持ちが追いついてないけれど。そこまで嫌だったんだろうか。
 その人は私のスープに唾がペッペと入るのを気にする素振りもなく、声を荒げた。

「あれを盛った人間はなあ! 盛った人間に惚れて、適当なことを言い出して使い物にならなくなったんだぞ!?」
「……合ってますよねえ、薬の効能として」
「合ってないだろう!? 第二王子に盛ったものはこんなもんではなかったはずだ」
「ええ? 第二王子殿下に盛ったものも、キャラ崩壊が過ぎて、絶賛黒歴史生産途中ですけれど……?」

 どうも噛み合ってない。
 待って。前々から私がつくった惚れ薬は得体の知れないものになっていて、私自身も「なんで??」となっていたけれど、それをご所望じゃなかったのか? てっきり誘拐してきた人に盛る予定だったんだとばかりに。
 その人は痺れを切らしたのか、とうとうボチャボチャと、透明な小瓶を丸々一本私が飲んでいたスープにかけてしまった。

「ああ……!」
「飲め」
「…………っ!?」
「いいから飲め! なにがなんでも吐かせてやる! いったい貴様はなにをつくったんだ!?」
「嫌ですよぉ……!!」

 そりゃ私は悪いことをしたとは思っている。
 惚れ薬をつくって、それを富豪男子にかけるところをうっかりクリストハルト様にかけてしまい、キャラを完全崩壊させてしまった。
 毎日毎日、愛言葉を垂れ流してくるけれど、私はそれを受け入れることができなかった。
 だって、薬が切れたら全部黒歴史になっちゃうし。なかったことにされちゃうし。なによりもキャラ崩壊し過ぎて、私の好きだったクリストハルト様じゃなくなっちゃったし。
 下級貴族が王族好きだなんて思うことが罪だとしたら、王族好きな気持ちを上書きされるのが罰なのか。
 でも。見ず知らずの人を好きになるくらいだったら、私は……!

「……舌噛みますよぉ。私が舌噛んだら、もう薬はつくれませんからね! 薬飲むのだけは、絶対に嫌!!」
「なっ!? おい馬鹿やめろ!?」

 私が舌を噛み切るより前に、口に手を突っ込まれて阻まれてしまった。その人の指を噛んで追い払おうとしたら、無理矢理指を引っこ抜かれて、代わりにハンカチを突っ込まれて、まともに舌を噛むことすらできなくなってしまった。
 私は再び手首を、麻紐で跡がつくほど縛り上げられてしまう。

「この馬鹿をこのまま転がしておけ!」
「しかし……! 薬は……!」
「なにもかも滅茶苦茶だ! いったい誰だ、あの薬を……!」

 だから、なんでそんな惚れ薬が欲しかったの。聞きたくてもハンカチが喉の奥にまで入ってしまって苦しくて口をこれ以上動かせない。
 舌を噛み切らせてもくれず、問いただしたくてもできず。
 誘拐されても、見ず知らずの場所に置き去りにされても不安にならなかったのに、体が不自由になった途端につらくなって、泣き出したくなってしまう。
 もう、なんの説明もなく、ただ罵倒されるなんてたくさん。もう……いい加減にしてよ。
 私がそう思った途端。

「なんだ!?」
「とうとう王立近衛騎士団が!!」

 見張りらしき人の悲鳴が響いた。
 ええ? 王立近衛騎士団って……王族直属のじゃない。クリストハルト様が使いに出していた男の子が頭に浮かんだ。
 そういえば。私は首元を揺らした。あの真珠のネックレスは、未だに付けっぱなしだった。ここにいる人たちは本当に魔法音痴らしくって、魔法薬の知識はもちろんのこと、このネックレスに宮廷魔術師が魔法を施していることに気付かなかったようで、外していなかったらしい。
 剣戟やなにかを壊す音。それに私は体を伏せてどうにか聞き流しているところで、バタンッと大きな音を立てて扉が開かれた。
 汗のにおい、血のにおい。白い服を着て、息を切らしてクリストハルト様が立っていた。

「……イルザ……!!」

 そのまま小走りに走ってくると、私を抱き締めてきた。私が「もごっもごっ」とおかしな声を上げるので、ようやっと私の口にハンカチが詰め込まれていることに気付き、それを取り出してくれた。

「……クリストハルト様。私」
「無事でよかった……すまない、本当にすまない」
「あの……私なんで誘拐されたんでしょうか? 本当になにもかもわからなくって」
「あー……お取り込み中すまんな、殿下。うちのアホ弟子が本当にすまん」

 その声に、私は驚いてクリストハルト様の向こうを見た。
 まだ一週間過ぎてなかったと思うけれど、その向こうに立っていた人を見て、思わずポカンと口を開いた。

「まさかこんなところで再会するとは思わなかったんだがなあ、イルザ」
「メイベル先生!?」

 一週間王城で仕事と言っていたメイベル先生が、なぜか私の誘拐先に立っていた。
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