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王子様の純愛 おまけ
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〈倉知編〉
「今日、付き合わせてごめんな」
辻家からの帰り道、加賀さんが言った。もう外は暗い。
付き合わせた、というより俺が行きたくて勝手についてきただけなのだが、加賀さんは何故か変に恐縮していた。
辻の家から俺の家まで、それなりに距離がある。歩くと三十分以上はかかる。バスに乗るとか、タクシーを呼ぶとか、してもよかったが、加賀さんがたまには散歩しようと提案した。
裏道だから、閑散として人通りがない。たまに民家からテレビの音が聞こえるくらいで、本当に静かだ。
「妹さん、いい子ですよね」
「んー、そうかな。まあ、昔はもっと手がつけられないわがままな奴だったけど。成長してくれてよかった」
小学生の頃は、性別も年齢も関係なく遊ぶことがよくあった。辻の妹とは面識があったらしいがお互いに覚えていなかった。当たり前だ。辻に兄弟がいる、ということもおぼろげだったくらいだ。
俺に姉がいることを覚えていた辻は記憶力がいいと思う。
「久しぶりに辻と話せたんで、よかったです。子ども、もうすぐ産まれるんですね」
「そう、信じられないけど、あれで父親なんだよな」
「いい親になりますよ、きっと」
加賀さんが息をついてから、「うん」と静かに同意した。
それきり、喋らなくなった。何か考えている。あんまりよくないことを。
そういうのがわかるようになってきた。
車も人も、通らない、街灯もほとんどない薄暗い道だ。俺は無言で加賀さんの手をつかんだ。
加賀さんは俺の手を握り返し、顔を空に向けた。
「月」
ぽつりと言った。空には半月が、浮かんでいた。
「綺麗ですね」
「うん」
「俺は、加賀さんとずっと一緒にいられるのが何より幸せだし、他に何もいりません」
今まで考えなかったわけじゃない。両親を見ていると、自分もいずれこうなるのだろうか、と漠然と将来を考えたことはあった。
夫婦仲が良くて、子どもがいて、楽しくて賑やかで明るい家庭。父のポジションに自分を当てはめて、いずれ親になることを想像したこともある。
でも、それは加賀さんと出会う前の話。それに、別にそうなりたい、と願ったわけじゃない。
「お前もいい父親になるだろうな、と思ったんだけど」
加賀さんが言った。その手のことを考えているとは思ったが、口に出されると焦りが生まれた。よくわからない反論が止まらなくなりそうで、俺は黙って加賀さんの横顔を見た。
「駄目だわ」
前を見たまま、加賀さんが短くため息を吐いた。
「……駄目? って?」
怖くなって握っていた手に自然と力が入る。
「ん、仮に俺がお前の子どもを産んだとする」
「えっ」
突拍子もない仮定だ。加賀さんは真顔だ。別にふざけているわけでもなさそうだ。
「お前は多分、すごい可愛がるよな。子煩悩でいい父親になる。お前のお父さんみたいに」
肯定も否定もできない。心臓が速くなるのが抑えられない。
「あー、やっぱ無理だ。俺には無理だわ」
「加賀さん、俺、子どもなんて」
慌てて加賀さんの肩を掴む。他の誰も、俺には必要じゃない、というのをどう言ったら理解して貰えるのか、一生懸命考えていると、加賀さんが眉を下げて笑った。
「そういう話じゃなくて」
腹に軽いパンチを入れられる。
「俺はお前を独占したいから、無理だって言ってんの」
「え?」
「お前が他の誰かを可愛がるとか、俺以外の奴に愛情注ぐのとか、やなんだよ」
膝が揺れた。ガクガクする俺に気づいて、加賀さんが声を上げて笑う。
「横暴で傲慢で最低だな。ごめんね?」
なんて可愛い人なんだ。
「加賀さん」
「うん」
「今すぐ、抱きたい」
「お、おう。ここではちょっと。通報されるよ」
キョロキョロと辺りを見回した。人が来る気配はない。
「我慢できません。ホテル行きましょう」
加賀さんの体を抱き上げると、走り出した。
「ちょ、え? 本気で?」
「俺の家じゃ何もできないし、加賀さんのアパートまで、絶対我慢できない」
走りながら答えると、加賀さんが俺の首にしがみついてきた。笑っている。俺もつられて、笑い出した。
「倉知君、下ろして」
「イヤです」
「俺もすげえしたくなってきた」
首筋に顔をうずめてそう言うと、生温かい舌の感触がヌルヌルと這い上がってくる。思わず声を上げて、その場にしゃがみこんだ。
加賀さんが俺から飛び降りて、手を差し伸べてくる。
「二人で走ったほうが速いよ」
その手を取って、駆け出した。
夜道を疾走する二人。何にも縛られない。囚われない。
俺にはこの人が、すべてだ。
〈おわり〉
「今日、付き合わせてごめんな」
辻家からの帰り道、加賀さんが言った。もう外は暗い。
付き合わせた、というより俺が行きたくて勝手についてきただけなのだが、加賀さんは何故か変に恐縮していた。
辻の家から俺の家まで、それなりに距離がある。歩くと三十分以上はかかる。バスに乗るとか、タクシーを呼ぶとか、してもよかったが、加賀さんがたまには散歩しようと提案した。
裏道だから、閑散として人通りがない。たまに民家からテレビの音が聞こえるくらいで、本当に静かだ。
「妹さん、いい子ですよね」
「んー、そうかな。まあ、昔はもっと手がつけられないわがままな奴だったけど。成長してくれてよかった」
小学生の頃は、性別も年齢も関係なく遊ぶことがよくあった。辻の妹とは面識があったらしいがお互いに覚えていなかった。当たり前だ。辻に兄弟がいる、ということもおぼろげだったくらいだ。
俺に姉がいることを覚えていた辻は記憶力がいいと思う。
「久しぶりに辻と話せたんで、よかったです。子ども、もうすぐ産まれるんですね」
「そう、信じられないけど、あれで父親なんだよな」
「いい親になりますよ、きっと」
加賀さんが息をついてから、「うん」と静かに同意した。
それきり、喋らなくなった。何か考えている。あんまりよくないことを。
そういうのがわかるようになってきた。
車も人も、通らない、街灯もほとんどない薄暗い道だ。俺は無言で加賀さんの手をつかんだ。
加賀さんは俺の手を握り返し、顔を空に向けた。
「月」
ぽつりと言った。空には半月が、浮かんでいた。
「綺麗ですね」
「うん」
「俺は、加賀さんとずっと一緒にいられるのが何より幸せだし、他に何もいりません」
今まで考えなかったわけじゃない。両親を見ていると、自分もいずれこうなるのだろうか、と漠然と将来を考えたことはあった。
夫婦仲が良くて、子どもがいて、楽しくて賑やかで明るい家庭。父のポジションに自分を当てはめて、いずれ親になることを想像したこともある。
でも、それは加賀さんと出会う前の話。それに、別にそうなりたい、と願ったわけじゃない。
「お前もいい父親になるだろうな、と思ったんだけど」
加賀さんが言った。その手のことを考えているとは思ったが、口に出されると焦りが生まれた。よくわからない反論が止まらなくなりそうで、俺は黙って加賀さんの横顔を見た。
「駄目だわ」
前を見たまま、加賀さんが短くため息を吐いた。
「……駄目? って?」
怖くなって握っていた手に自然と力が入る。
「ん、仮に俺がお前の子どもを産んだとする」
「えっ」
突拍子もない仮定だ。加賀さんは真顔だ。別にふざけているわけでもなさそうだ。
「お前は多分、すごい可愛がるよな。子煩悩でいい父親になる。お前のお父さんみたいに」
肯定も否定もできない。心臓が速くなるのが抑えられない。
「あー、やっぱ無理だ。俺には無理だわ」
「加賀さん、俺、子どもなんて」
慌てて加賀さんの肩を掴む。他の誰も、俺には必要じゃない、というのをどう言ったら理解して貰えるのか、一生懸命考えていると、加賀さんが眉を下げて笑った。
「そういう話じゃなくて」
腹に軽いパンチを入れられる。
「俺はお前を独占したいから、無理だって言ってんの」
「え?」
「お前が他の誰かを可愛がるとか、俺以外の奴に愛情注ぐのとか、やなんだよ」
膝が揺れた。ガクガクする俺に気づいて、加賀さんが声を上げて笑う。
「横暴で傲慢で最低だな。ごめんね?」
なんて可愛い人なんだ。
「加賀さん」
「うん」
「今すぐ、抱きたい」
「お、おう。ここではちょっと。通報されるよ」
キョロキョロと辺りを見回した。人が来る気配はない。
「我慢できません。ホテル行きましょう」
加賀さんの体を抱き上げると、走り出した。
「ちょ、え? 本気で?」
「俺の家じゃ何もできないし、加賀さんのアパートまで、絶対我慢できない」
走りながら答えると、加賀さんが俺の首にしがみついてきた。笑っている。俺もつられて、笑い出した。
「倉知君、下ろして」
「イヤです」
「俺もすげえしたくなってきた」
首筋に顔をうずめてそう言うと、生温かい舌の感触がヌルヌルと這い上がってくる。思わず声を上げて、その場にしゃがみこんだ。
加賀さんが俺から飛び降りて、手を差し伸べてくる。
「二人で走ったほうが速いよ」
その手を取って、駆け出した。
夜道を疾走する二人。何にも縛られない。囚われない。
俺にはこの人が、すべてだ。
〈おわり〉
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