夫より、いい男

月世

文字の大きさ
15 / 15
その後のオマケ

里子の話

しおりを挟む
 美津みたいに他の男と寝れば、解決するかもしれない。
 浅はかな考えがよぎったのは一瞬だった。
 私と美津とでは立場が違う。そんなことをしたからと言って、旦那への仕返しにはならないだろう。あの人が、嫉妬なんてするはずもない。
 あんたが浮気してるから私もやった、などと言えば、お互い様だから慰謝料は相殺だと逆に喜ばせてしまう。浮気に浮気で対抗できるのは、気持ちが残っている場合だ。私たち夫婦の関係は冷めきっている。
 そもそも私は、浮気をする母親にはなりたくない。あんな奴のために、自分が泥をかぶりたくない。旦那への当てつけで、子どもたちを傷つけるなんて絶対にしたくない。
 もう、離婚しかないのだ。
 でもしたくない。子どもが可哀想だ。父親が不倫を、しかも友達の母親となんて、絶対に知りたくないだろう。心に大きな傷を残すことになる。
 最近子どもたちは「パパのと一緒に洗濯しないで」と言うようになった。旦那に対してそっけなく、明らかに侮蔑の視線を投げることもある。
 思春期の娘の特徴だ、と旦那は笑いながら肩をすくめていた。
 はっきりと、パパ嫌いと言うこともあるが、それでも子どもたちにとってはかけがえのないただ一人の父親だ。
 クズの正体をばらすか、隠し通すか。どちらが子どもにとって幸せなのだろう。
 わからない。
 LINEの着信音が鳴った。
 画面を見た途端、もう限界だと思った。

──みんな起きてる~? 今週末BBQ行きませんか? いっしょにたのしみましょ!

 我が家とあちらの家族のグループLINEだ。あの女の名前と自撮りアイコンが、私の怒りを煽る。
 のんきな「起きてる~?」に腹が立つ。深夜の0時に近い。子どもたちへの配慮がなさすぎる。この女の、こういうところが嫌いだった。

──いいねえ、肉食おうぜ、肉!

 旦那だ。レスポンスが早すぎる。今日は会社に泊まる、徹夜かも、と言っていた。スマホを見ている暇なんてないはずだ。

──肉食ですね~(・∀・)ニヤニヤ

 間髪入れずに女の発言が現れた。
 そうか、仕事じゃなかったのだ。
 今、二人はおそらく一緒にいる。
 スマホを壁に投げつけたいのを我慢して、ダイニングテーブルをこぶしで打つ。テーブルの真ん中でティッシュケースが震え、箸立てが音を鳴らす。
 こぶしはジンジンと痺れ、鈍い痛みが尾を引いた。
 テーブルに突っ伏して、目を閉じる。
 子ども同士仲が良く、家族ぐるみで出かけることはよくあった。みんな本当の家族みたいに仲がよかったが、思い返してみれば、旦那とあの女は異様に親密だった。
 まるで、本当の夫婦のように。
 二家族合同で映画館に行ったとき、旦那のとなりにはあの女が座っていた。海へ行ったとき、旦那はあの女の水着姿を褒めた。遊園地のジェットコースターも、ファミレスの席も、いつも二人で並んでいた。
 ヒントはたくさんあったのに、私は気づきたくなかったのかもしれない。
 陰で私をあざ笑う二人。
 私はもう、ピエロを演じたくない。
 顔を上げた。
 トーク画面のテキストボックスをタップする。

──二人で行けば? 全部知ってます。今も一緒でしょ? クズ同士お幸せに

 入力したものの、送信ボタンを押せずに削除ボタンをタップする。
「ママ」
 真後ろから娘の声がした。ぎく、として振り返る。
「何、あんたまだ起きてたの?」
「それ、消さないで」
「え?」
「送っちゃいなよ」
 スマホの画面には、消し損ねた「二人で行けば? 全部知ってます」が残っている。
「あんた、知ってたの?」
「ごめん、ママ以外、みんな知ってる。あっちのパパも」
「うそ、なんで……うそでしょ?」
「言い逃れできない証拠集めたから。いつでも離婚できるよ」
 高校生になったばかりの娘。まだまだ子どもなのに、大人みたいな顔で、頼もしく微笑んでいる。 
「ママを苦しませたくなくて、黙ってた。ごめんね」
 娘が私を抱きしめた。温かい人肌。私の口から、震える呼吸が漏れた。
「パパを捨てよう」
 娘の声は、しっかりしていた。迷いのない、力強い口調。
 私を覆っていた黒く醜い感情が、消えた。
 娘の背に手を回し、慟哭する。

〈おわり〉
しおりを挟む
感想 7

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(7件)

柚の実
2023.05.14 柚の実

苦いけれど、爽やか…
個人的に、同じことやってやるよ、出来ないってなめてたよね どう?っていう主人公好きです。
私は同じところに落ちたくないって我慢パターンが多いですが、元サヤなら尚更こっちだけ我慢したって思いがずっと残りそうで。

別れるといいながらも、まだ不倫相手の前で取り繕うズルさとか居そうだなと思いました。

2023.05.15 月世

ご感想ありがとうございます。
主人公美津のこと、好きっておっしゃっていただけてうれしいです。
きれいごとだけじゃない、取り繕わない人間臭い部分、見てくださってよかったです。

解除
華火
2023.05.13 華火

浮気題材の話で別れない結末は別れる結末に対してとても少ない。
しかも浮気前より良い状態になる話は殆ど見かけない。
雨降って地固まる、ここに至る迄の心理描写・葛藤がとても良かったです。

オマケの話もそれぞれがフフッと感じる面白さ。
そんな中の里子の話。
本編に相対して真逆。
夫の状態、浮気相手の面識の有無、ダブル不倫、里子自身の心情、子供の有無。
何もかもが真逆故に里子の話を結末迄読みたいと思いました。
子供が言った決意の言葉。
あの一言を言わせる迄に至った父親。彼は子供が言った一言を知ったら、もしくは言われたらどう思うのだろうか?

2023.05.13 月世

お読みいただきありがとうございます。
不倫ものの醍醐味は不倫夫(妻)を倒すことにある気がするので、この作品はその点からズレてはいるのかもしれません。王道から外れている部分を好意的に読んでいただけてありがたいです。
オマケSSまでじっくり丁寧に読み込んでいただいたのだなとうれしく思います。
里子の夫は娘のことは大事に思っていそうなので、荒れそうですね。
里子の話の続きを読みたいという方が他にもいたので少し考えてみます。
感想いただきありがとうございました!

解除
kokekokko
2023.05.10 kokekokko

なんというのか、現実をとても素晴らしく書いているなって思いました。やるせなさ、でもやっぱり夫が好きででも許せなくて、ずるい!って気持ちもあったり、裏切られた怒りもあったり、浮気相手のあんぽんたんさが、番外での言葉になり。。なんか隅々まで、いい一作読んだなあって思いました。

イチへの心理的ざまあも、自業自得(プッ)

何度も読みに来ます。私の中では最高作トップ10入です!

2023.05.10 月世

トップ10入り!すごくうれしいです、ありがとうございます😊
気に入っていただけてよかったです。すてきな感想いただき感謝いたします!

解除

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

【完結】限界離婚

仲 奈華 (nakanaka)
大衆娯楽
もう限界だ。 「離婚してください」 丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。 丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。 丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。 広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。 出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。 平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。 信じていた家族の形が崩れていく。 倒されたのは誰のせい? 倒れた達磨は再び起き上がる。 丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。 丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。 丸田 京香…66歳。半年前に退職した。 丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。 丸田 鈴奈…33歳。 丸田 勇太…3歳。 丸田 文…82歳。専業主婦。 麗奈…広一が定期的に会っている女。 ※7月13日初回完結 ※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。 ※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。 ※7月22日第2章完結。 ※カクヨムにも投稿しています。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

『大人の恋の歩き方』

設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日 ――――――― 予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と 合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と 号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは ☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の 予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*    ☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント100万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。