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112 日常 先週末(ホワイトアウト)
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女性「「命!」」
………
『命!』って、なんだ?あれか?辛い物好きなコメディアンのギャグか?
香山は滑るのをやめて、キョロキョロ周りを見渡した。
何やら女性の声で『命!』と叫ぶ声が聞こえたからだ。
スキー場でTVのロケでもしているのか?と考えたが、どこにも撮影機材らしきものは見えない。
香山は一人でスキー場に来ていた。
足元は防寒ブーツ(冬用半長靴)に白のウロコ板、つまりは仕事用の冬季訓練スタイルだ。
今年赴任してきた中隊長がスキー徽章を付けている人だったので、少し前に実施された雪上訓練の折に色々指導してもらうことができた。
普段は、同期の岡部と共に、もっぱら部下である後輩たちを指導する立場だ。
もちろん先日の訓練でも指導もしたが、中隊長からもガッツリ指導をしてもらえたのは、思いの外楽しかった。
ダメ出しもたくさんあったので、忘れないうちにその復習をするために、今日は滑り倒すつもりだ。
あ、また『命!』って聞こえた。笑い声もする。
周りには普通のスキー客やボーダーが楽しそうに滑っているのが見られるが、どのグループの声だかは、特定できなかった。
まあいいか。
再び滑り出そうとしたその時、焦ったような声が響いた。
女性「あぁ~っ!」
香山「っ!」
香山の少し下で滑っていた女性スキーヤーの前ギリギリのところを、ボーダーがかなりのスピードで横切った。
直後、女性が何かに引っかかったかのように前のめりに転んだのが見えた。
ボードがスキー板に接触したのかもしれない。
あの転び方は危ない。しかも、すぐには立てそうにない様子だ。
なのに、ボーダーは止まりもせず滑って行ってしまった。マナーがなってないことにイラッとする。
香山「ちっ!」
すぐに女性のすぐ下に滑り込み、声を掛けた。
香山「怪我はありませんか?」
女性「あ、はい、何ともないです。」
おそらくスキー初心者なのだろう。
身体を谷側に向けて、足がクロスしているまま体を起こそうと慌てている。
その姿が、先日の訓練での後輩達と重なった。初心者なら誰もが通る道だよな。
香山「落ち着いて。まずは無理に起きなくていいので身体を山側に横になるように倒して。」
女性「え、は、はい。」
香山「そう、それから板を揃えて…難しいなら一度外すか?」
女性「いえ、なんとかなるかと…あ、転んだときも『命!』だったっけ。」
『命?!』いや、命って、さっきから聞こえてたのは??
驚く香山の前で、その女性はコロンと雪の上に身体を倒し、スキー板を水平に揃えると両手を広げ、ふぅっと息を吐いた。
女性「命!」
香山「ぶはっ!」
こ、これか!(笑)
確かにそんなポーズに見えなくもない。いやしかし、わざわざ声に出して言わなくても!
思わず吹き出したあとも笑いを堪えられない香山を見て、女性はやっとそのことに気づいた様子だった。
女性「は、恥ずかし~(ノД`)シ」
更にあわあわして立てないようだ。
香山は笑いを止められないまま、少し近づいて、自分のスキー板で彼女の板を固定できていることを確認する。そして彼女が支えにしていたストックを掴むと一気に引き上げる。
女性「あ、きゃ!」
香山「笑って済まない。どこも痛まないか?」
女性「は、はい。」
香山「よし。」
ようやくバランスの取れた彼女は、香山がストックから手を離してもしっかり立てていた。
そして、すぐ上にある香山の顔を見上げると…香山の眼の前で、ふわふわのウェーブがかかった長めの髪が風に靡く…その時二人のスキー板が、かちゃりと当たった。
香山「!!!」
そこで我に返った香山は気づいた。
…つい後輩のように扱った彼女が、部下でも後輩でもないということに。
そして、見ず知らずの異性との距離が近すぎることに。
香山の頭の中は真っ白だ。
訓練の復習も吹っ飛び、ただその場から早く逃げ出したかった。
最大速度で滑り降り、駆け上り(ウロコ板だから)、スキー場を後にした。
どうやって帰ったか?自分でも覚えていないくらい動揺したが、なぜ自分かそんなに動揺しているのかも訳が分からなかった。
その後暫く、香山の頭からはその出来事が離れなかった。
「命!」という彼女の声とともに…。
………
『命!』って、なんだ?あれか?辛い物好きなコメディアンのギャグか?
香山は滑るのをやめて、キョロキョロ周りを見渡した。
何やら女性の声で『命!』と叫ぶ声が聞こえたからだ。
スキー場でTVのロケでもしているのか?と考えたが、どこにも撮影機材らしきものは見えない。
香山は一人でスキー場に来ていた。
足元は防寒ブーツ(冬用半長靴)に白のウロコ板、つまりは仕事用の冬季訓練スタイルだ。
今年赴任してきた中隊長がスキー徽章を付けている人だったので、少し前に実施された雪上訓練の折に色々指導してもらうことができた。
普段は、同期の岡部と共に、もっぱら部下である後輩たちを指導する立場だ。
もちろん先日の訓練でも指導もしたが、中隊長からもガッツリ指導をしてもらえたのは、思いの外楽しかった。
ダメ出しもたくさんあったので、忘れないうちにその復習をするために、今日は滑り倒すつもりだ。
あ、また『命!』って聞こえた。笑い声もする。
周りには普通のスキー客やボーダーが楽しそうに滑っているのが見られるが、どのグループの声だかは、特定できなかった。
まあいいか。
再び滑り出そうとしたその時、焦ったような声が響いた。
女性「あぁ~っ!」
香山「っ!」
香山の少し下で滑っていた女性スキーヤーの前ギリギリのところを、ボーダーがかなりのスピードで横切った。
直後、女性が何かに引っかかったかのように前のめりに転んだのが見えた。
ボードがスキー板に接触したのかもしれない。
あの転び方は危ない。しかも、すぐには立てそうにない様子だ。
なのに、ボーダーは止まりもせず滑って行ってしまった。マナーがなってないことにイラッとする。
香山「ちっ!」
すぐに女性のすぐ下に滑り込み、声を掛けた。
香山「怪我はありませんか?」
女性「あ、はい、何ともないです。」
おそらくスキー初心者なのだろう。
身体を谷側に向けて、足がクロスしているまま体を起こそうと慌てている。
その姿が、先日の訓練での後輩達と重なった。初心者なら誰もが通る道だよな。
香山「落ち着いて。まずは無理に起きなくていいので身体を山側に横になるように倒して。」
女性「え、は、はい。」
香山「そう、それから板を揃えて…難しいなら一度外すか?」
女性「いえ、なんとかなるかと…あ、転んだときも『命!』だったっけ。」
『命?!』いや、命って、さっきから聞こえてたのは??
驚く香山の前で、その女性はコロンと雪の上に身体を倒し、スキー板を水平に揃えると両手を広げ、ふぅっと息を吐いた。
女性「命!」
香山「ぶはっ!」
こ、これか!(笑)
確かにそんなポーズに見えなくもない。いやしかし、わざわざ声に出して言わなくても!
思わず吹き出したあとも笑いを堪えられない香山を見て、女性はやっとそのことに気づいた様子だった。
女性「は、恥ずかし~(ノД`)シ」
更にあわあわして立てないようだ。
香山は笑いを止められないまま、少し近づいて、自分のスキー板で彼女の板を固定できていることを確認する。そして彼女が支えにしていたストックを掴むと一気に引き上げる。
女性「あ、きゃ!」
香山「笑って済まない。どこも痛まないか?」
女性「は、はい。」
香山「よし。」
ようやくバランスの取れた彼女は、香山がストックから手を離してもしっかり立てていた。
そして、すぐ上にある香山の顔を見上げると…香山の眼の前で、ふわふわのウェーブがかかった長めの髪が風に靡く…その時二人のスキー板が、かちゃりと当たった。
香山「!!!」
そこで我に返った香山は気づいた。
…つい後輩のように扱った彼女が、部下でも後輩でもないということに。
そして、見ず知らずの異性との距離が近すぎることに。
香山の頭の中は真っ白だ。
訓練の復習も吹っ飛び、ただその場から早く逃げ出したかった。
最大速度で滑り降り、駆け上り(ウロコ板だから)、スキー場を後にした。
どうやって帰ったか?自分でも覚えていないくらい動揺したが、なぜ自分かそんなに動揺しているのかも訳が分からなかった。
その後暫く、香山の頭からはその出来事が離れなかった。
「命!」という彼女の声とともに…。
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