あの夏をもう一度─大正時代の想ひ出と恋文─

不来方しい

文字の大きさ
11 / 34
第一章 想ひ出

011 隠

しおりを挟む
 昨日の夜に話した内容を柏尾に告げると、彼は興奮気味に何度も頷いた。
「俺たちで解決しようぜ。放課後に先輩がいた校舎へ行こう」
「三年の教室へか? その前にお前は部活動があるだろう」
「う…………」
「俺たちで聞き回るから、お前は野球に集中してくれ」
「進展があったら教えてくれよ」
「もちろんだ」
 授業を受けている間、窓から見える校庭を眺めた。
 事件が跡形もなくなったようで、校庭で体育の授業もしている。
 そう、跡形もないのだ。これがひどく悲しかった。
 人は簡単に死ぬし、生きた痕跡さえ消されていく。
「…………痕跡?」
「本田? どうした?」
「いえ、なんでもありません」
 教師に名前を呼ばれ、いらぬ注目を浴びてしまった。
 授業に集中しつつ、もう一度小屋を見やる。授業の終わりが近づき、生徒が片づけを行っている。
 現場検証はとうに終え、すべてが闇に葬られようとしていた。
「何かあったのか? 先生がお前のことをずっと見ていたぞ」
 気づけば、とっくに授業は終わっていた。
 幸一は心配そうに顔を覗き込んでくる。
「いや、とくに…………お前に嘘をついても仕方がないな。亡くなった生徒は無念だったろうなと思っていただけだ」
「無念を晴らすためにも俺たちで謎に挑もう」
「疑いが晴れたとはいえ、八重澤は当事者でもあるもんな」
 松葉杖が手放せない八重澤は、徐々に良くなってきているとはいえ痛々しい。
「ちょっと提案なんだが、三年の教室へ行くのと故人の部屋へ行くのと手分けしないか?」
「良い提案だと思うよ。どう分ける?」
「俺が三年の教室へ行く。本田は寄宿舎へ向かってくれ」
「了解」
 一番良い分け方だろう。人の心に入り込める幸一は三年相手に動き回れる。
「身体に気をつけてな」
「ああ、そっちも」
 自分よりも他人の心配をする幸一は相変わらずだ。
 幸一は松葉杖もうまく使いこなせるようになり、彼を見届けてから寄宿舎へ向かう。
 寄宿舎は一年から三年までそれぞれ別れており、基本的に部屋は変わらない。三年が卒業すると、彼らが使っていた部屋は新入生が使うことになる。これは入学するまで知らなかった事実だ。よほどのことがない限り三年間、幸一と共に過ごすことになる。
 玄関広間で管理人に許可をもらい、中へ入らせてもらった。
 亡くなった生徒の家族がすでに荷物を引き取りにきたためか、入学当初のようにきっちりと片づいている。
 残っているものは箪笥や机などだ。床には塵はまったくない。
 警察もこと細かに調べた後であり、望み薄だが、虎臣は一番下から箪笥を開けた。
 下着一つすら残っていない。念のため箪笥の裏も見るが、何もなかった。
 机の引き出しも同じだが、真ん中の引き出しを開けたとき、何かが擦れる音が鳴った。もう一度と引いてみると、紙の擦れる音だと判った。
 引き出しを抜いてひっくり返してみると、紙切れが貼られていた。
──窓の下。
 虎臣は窓を開け、地面をのぞき込む。
 土の一部に草が生えていない。直感的に掘り起こした跡だと感じた。
 ひと通り確認した後、虎臣は寄宿舎を出て裏口へ回る。
 土に触れてみると、草の生えている場所よりも柔らかい。
 手ですくって穴を広げていくと、柔らかい何かに触れた。
 袋だった。中には手帳が入っている。
 背中は発汗し、こめかみから汗が流れ落ちる。
 これは絶対に見つかってはならないものだ。死者が残した最後の足掻き。
 土を元に戻し、虎臣は踵を返し早歩きでその場を去った。

 部屋を施錠し、布団へ腰を下ろす。
 虎臣はまず幸一の話を聞くことにした。
「仲の良かった生徒が数人いて、いろいろ話してくれた。亡くなった管野進には、悩んでいたことが二つあったらしい。一つが将来について。もう一つが恋愛について。後者はよく判らなかったが」
「将来ってのは、就職か大学へ行くかの話か?」
「親の希望では高校を卒業したら働いてほしかったらしい。本人の希望では、大学を望んでいた」
「それが拗れて事件に繋がるなんて考えられないな。自死ならともかく。もう一つの恋愛っていうのは?」
「付き合っていた人がいたらしい。本人がそうほのめかしていたが、相手は絶対に明かさなかったと。休みの日に出かける様子もなく、本当に恋人がいたのか謎だと言っていた」
「言えない相手……」
 ふと、虎臣は幸一を見た。
 彼を人に紹介するなら、同じ高校に通う友人だと言うだろう。
 それ以外は、言えない。
 張り巡らされた糸が一本に繋がる。もし、彼も同じ立場でいたのなら。言えない相手、でも幸せを少しでも回りの人間に判ってほしい。だから中途半端に友人に漏らしたのだとしたら──。
「ねんごろな相手がいたとすれば、休みの日に会いに行かなくてもいい人ってことになる」
「同じ高校……か?」
「毎日会っているのなら、出かける必要はないからな。俺なら想う相手がいれば、少しでも話したくて手紙を出しにいくだろう。同室の人にも聞いたが、彼が手紙を書いているところは一度も見たことがないそうだ」
「っ………じゃあ、彼が嘘をついたかこの学校に相手がいるか……ってことか」
「友人にも言えない事情は、俺ならよく判る」
 幸一の手が伸びてきた。手のひらは怪我をした頬を撫で、離れていく。
 この学校には、男子しかいない。
「休日も部屋から出る様子はなく、勉強するか本を読むかだったそうだ。ってことは、同じ学年の可能性が高い」
「そうなるよな……。同室の人の可能性は?」
「嘘をついている感じではなかったし、恋人という様子でもなかった。近しい人が殺されたことに頭を抱えていて、彼もまた疑われているらしい」
 同室であるなら、なおさら警察官の監視は厳しくなるだろう。
「警察ごっこをするならさっさと解決しろ、と投げやりな態度だった。同室の人が死んで悲しんでいるよりは、犯人扱いは勘弁してくれという感じだった。警察官だけでなく、親や教師にも同じ話ばかりさせられてうんざりしていたな」
 疑われて助けてほしいと、藁にもすがる思いだったのだろう。
「ところで、それはなんだ?」
 幸一は虎臣の手の中にある袋を指差す。
「八重澤の話を聞いてから確認しようと思っていたんだ」
 虎臣も今日一日あった出来事を話した。
「故人が土に埋めた手帳か……開けてみよう」
 手帳の中身を見て、亡くなった管野進のものと思えなかった。それは幸一も同じく感じていた。
 前半は授業の日程、後半は走り書きで予定が書かれている。
──××月××日、Sと一階トイレ。
──××月××日、Sの体育。
──明日、Sに話す。
「S……? もしかして管野進のことか?」
「だろうな。名前も伏せなければいけなくて全学年の日程が体育ばかりなのは……」
 そこまで言いかけて、幸一は押し黙った。口にするのも禁忌な気がしているのは、虎臣も同じだ。
 ここから先は、慎重にならなければならなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

処理中です...