Kの因縁とゼロの衝動─珊瑚の繋がる物語─

不来方しい

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第一章

013 夏の想い出─③

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 イルカ島への道は九州からフェリーへ渡る。天候や波の状態により、予約をしていても突然中止になることもある。
 小さな島の中にカフェやコテージも建設されていて、観光客が楽しめる設備が整えられていた。
「予約した春野です」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
 予約したのは莉緒でありため、彼方は「春野」と口にした。
「なんか、照れる」
「なんで?」
「春野」
「そりゃあ……うん、だよな」
 彼方自身も、もし零が「倉本です」と言えば、こっぱずかしくなるだろう。
 背中に頭をぐりぐりしてくる零をどうどうと頭をぽんぽんし、ロビーで鍵を受け取った。
 近くでイルカの鳴き声が聞こえた。誘われるようにふらふらと海へ近寄ると、一頭のイルカが高くジャンプし、水しぶきを上げた。
「今のイルカ、絶対俺と目が合った!」
「……彼方ってさ、アイドルのコンサートでも、アイドルが俺に手を振った、とか思っちゃうタイプ?」
「違う、俺はそんな自惚れじゃない。でもイルカは俺のこと見てた!」
「はいはい」
 今度は零が彼方の背中をどーどーと落ち着け、とさすった。
 名残惜しくもコテージに向かい、まずは荷物を置いた。
 それほど広くはないが、バスルームとトイレは別でベットルームも別にある。
 夕食はバーベキューで、明日の朝食はパンケーキやサンドイッチなど洋食だ。
「イルカと一緒に泳げるなんて、夢みたいだね」
「俺は楽しみだけど、零は興味あったか? ここに来て今さらだけど」
「生き物は好きだよ。正直言うとどこでもいいんだ。キミと出かけられるなら」
「俺ばっか楽しんでないか?」
「そんなことないよ。いつも沈んだ顔をしてるキミが、長崎へ来てからずっと笑顔だから。僕は嬉しい」
「俺も、いつもお前が側で笑っててくれて嬉しい」
「将来も隣で笑っていてほしいくらいに?」
 零は茶目っ気たっぷりに唇を突き出した。
「あー、まー、そうだな」
「ふふ、弱虫君は卒業かな。そろそろ行こう。イルカが待ってるよ」



 シャワーを浴び終えた零はベッドに倒れ、低いうなり声を上げた。
「どうしよう……明日は絶対に筋肉痛だ」
「マッサージするか?」
 返事を待たず、彼方は零が寝るベッドへ潜り込んだ。
 かく言う彼方も身体が悲鳴を上げている。
「イルカのポテンシャルを舐めすぎた。あいつらに筋肉痛の概念はない」
「やっぱり人間は陸で生活するようにできてるんだよ」
「それは少し思った」
 陸より海が好きなのは変わらないが、人間の身体はそうできていない。
「どこが痛い?」
「首と背中と腕と足かな」
「全部だな。OK」
 うつ伏せの零に乗り、首に指を添え、力を入れていく。
「んっ…………」
「痛い?」
「平気」
 背中、腕と揉んでいき、太股に手を伸ばした。
「んん……いたい…………ん? なに?」
 マッサージを止めると、零が顔を上げる。
「お前さ……そんな声出すなよ」
「そんな声? どんな声?」
「その、やらしい感じの」
「…………うわ、やらしい」
「やらしいのはそっちだろ」
「えっちなことで頭がいっぱいなんだ。だからすぐそういう考えになるんだよ」
「っ……そうだよ、悪いか」
「ふふ……悪いだなんて言ってないよ。マッサージありがとう」
 自分のベッドに戻ろうか悩んでいると、零が足を絡めてきた。
 大きめの枕に顔をうめ、彼方は身体の力を抜いて横になる。
「俺さ、ここに来られて良かった。お前とふたりで出かけられたのも嬉しいし、将来について広がった気がする」
 イルカと戯れたあと、イルカの生態についての勉強会に参加した。参加者は彼方と零だけ。食べている魚の種類や体調管理の方法など、大学で学んだこともあるし、新しく蓄えた知識もある。
「海洋生物学科だって言ってたら、すごく食いついてたよね。人手が足りないとかなんとか」
「こういう仕事で空きがあるのは珍しいんだけどな。水族館とか、だいたいは狭き門だし」
「場所が場所だからね。田舎だし。ちょっと考えてみたら?」
「そうだな。田舎について来てって言ったら、一緒に来てくれるか?」
「一緒にいるよ。ずっと」
 零の目はきれいだ。月明かりに照らされると、異国の血が混じった彼の目は宝石のように輝く。
 何度か唇に吸いついて離れると、零の身体の力が抜けた。
 一度起きてシャツを脱ぐと、零はズボンに手をかけた。
 生まれたためらいを後回しにするほど、望みは逃げていく。
 零の服を脱がせて自身も全裸になり、震える身体を抱き寄せた。
「ローションとか持ってる?」
「……………………」
 夢は粉々に砕け散った。
 零の横に再び転がり、盛大に嘆息を漏らした。こればかりは気持ちだけで乗り越えられない。
「触りっこしよ?」
 零は手を伸ばした。細い指は冷たく、彼方は体を大きく揺らす。
 全身があまりの悦びに熱を上げている。余裕はとうになくなり、無我夢中で腰を揺らした。
 愛欲は解き放たれ、零の綺麗な手を濡らした。少し遅れて零もか細い声を上げる。
 天使と例えるならば、彼のことだ。世の中にはこんな美しい人が存在していたのかと、ただただ驚愕した。
「ニジクラゲみたいに綺麗だ」
「……ちょっと、なにそのたとえ。ニジクラゲ?」
「綺麗なんだぞ? 見たことないか?」
「綺麗って例えるなら、もう少し例え方があるんじゃない?」
 零が笑うと、ベッドが小刻みに揺れた。
「いや、天使とも思ったけどさ、人間が考えた都合の良いものに例えるより、実際に存在している生物に例えるべきだと思って」
「キミにとってはニジクラゲが美しいものなんだね」
「ウミウシの方が良かったか?」
「彼方の美的感覚がどんなものがよく判ったよ」
 さらに大きくベッドが揺れる。
「ウミウシって飼えるの?」
「一応飼えるけど、難易度はかなり高いな。ただの海水じゃなく、珊瑚が棲めるような環境が必要なんだ」
「人生のすべてを費やすみたいな?」
「そうだな。どの生き物でもそうだろうけど、それくらいの覚悟は必要になる」
「犬とウミウシならどっちが飼いたい?」
「それは犬。ウミウシはペットというより、俺にとっては研究対象だから」
「あ、そうか」
 窓の外が光り、続いて心臓に直接響く重低音が鳴った。花火だ。
「今日と明日、祭りがあるんだよ。一緒に行こう」
「行く。花火なんて久々だな」
「前に遠い未来の約束はできないって話したよね。未来とも向かい合って、一緒に歩んでくれることが何より嬉しい」
 二発目の花火が打ち上がった。光に照らされる零は誰よりも綺麗で、切なくなった。
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