Kの因縁とゼロの衝動─珊瑚の繋がる物語─

不来方しい

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第一章

014 夏の想い出─④

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 海の見える祭りは、地元よりも湘南を思い出した。サーフィンの大会で優勝したり、夢を抱えてやってきた地域は、零と出会って大切なものに変わった。長崎での想い出もかけがえのないものになるだろうと、確信している。
「なに食べる? 焼きそば? クレープ?」
「焼きそばにする」
 味が判らなくとも、零は変わらずに接してくれる。時間との戦いだと思い、いずれ治ると信じてあまり気にしなくなった。
「けっこう集まるものでしょ? こんな田舎なのに」
「佐賀とか福岡ナンバーまである。有名な祭りなんだな」
「都会みたくそこらじゅうに遊べるところがあるわけじゃないからね。祭りだと一気に人が集まるんだ」
 焼きそばとわたあめを買って、土手に腰を下ろした。
 やはり味覚は感じないが、鼻がきくだけ前よりはましになっている。中学生の頃は鼻も死んでいた。
「人間って食べる、寝るが基本だよなあ。俺は中学生の頃、どっちもまともにできていなかった」
「あと性欲もだよ?」
 ないとは言わせない、と言わんばかりの眼力だ。コテージ内のベッドで起こったことは、なかったことにできない。あれから日が昇るまで貪りあったのは、お互い様だ。
「……気のせいかもしれないけど、ちょっとだけソースの味を感じた」
「キミが美味しいって言って食べてくれるの、夢なんだ。いつか僕の料理も食べてくれる?」
「もちろん。ホットケーキが食べたい」
「好きなの?」
「今、思いついた。ぱっとひらめいたんだ。朝、ふたり椅子に座ってホットケーキを食べる。幸せだと思わないか?」
「思うよ。犬用のホットケーキも焼いて、みんなで食べるんだ」
 もう一つ、大きな花火が上がる。雲もなく、次々に上がる夜空の大輪たちを曇らせることはない。
 花はすべて咲き終わり、他の観客たちは次々に立ち上がる。彼方たちも帰りの波へ乗った。
「おじさんたちも観てるかな」
「窓から眺めてると思うよ。ビール飲みたいから家にいるんだ」「俺たちも二十歳になったらふたりで飲まないか?」
「彼方から未来の話を言ってくるなんてね。約束だよ」
 どちらかともなく、手を繋いだ。夜道や人の多さに紛れて、誰も気にする様子がない。
 気にせず手を繋げる環境を望む人もいるが、身の丈に合った幸せだとも思えなかった。愛しい人が側にいてくれるのに、高望みをすればすべてを失ってしまう気がした。
 家に戻ると、莉緒はスイカを切って待っていた。
 庭で採れたスイカだが、初心者が作れる野菜ではない。彼女の努力がつまった証だ。
「甘くて美味しいです。ビヨンドがよだれ垂らしてますが……」
「あげても大丈夫よ」
 ビヨンドの分を少し切ってあげると、勢いよく丸飲みした。
「散歩行けなくてごめんな。明日からはいっぱい散歩に行って、ボールで遊ぼう」
 ビヨンドは自分の寝床があるのに、当たり前のように零の部屋へついていく。するとベッドへ飛び乗った。
「ビヨンド、三人並んでは寝られないよ」
 ビヨンドは不服そうに彼方へ向かって意味ありげな視線を向けた。おいで、と言っているようだった。
「犬とも寝られる大きめのベッドを買うべきかな……」
「犬は犬用で人間用のベッドに寝かせるべきじゃないと思うぞ」
「彼方って甘ったれなこと言わないんだね」
「甘ったれって……自覚あったのか。俺たちで飼ったら絶対に犬用のベッドを飼うぞ」
「はいはい。甘やかすのはよくないもんね」
 ビヨンドは明かりと零を交互に見ている。早く消せと言っていた。



 九月の下旬、工事が終わったと秋子から連絡が入った。いつまでもここでお世話になるわけにはいかず、十月に入る前に神奈川へ戻ろうと零と決めた。
 あからさまに残念だと顔に出た莉緒とおじさんに、胸が熱くなった。
 そして今日は遠くの地域で花火大会がある。庭でバーベキューをしようということになり、零と一緒にセッティングをした。
 ビヨンドは焼いた肉を一気に平らげ、食べ足りないとまだ狙っている。
「ビヨンドとの別れが寂しいかい?」
 おじさんの問いに、素直に頷いた。
「少し君と話したい」
 零は中へ飲み物を取りに行っている。そんな中で呼んだのだから、二人きりで話したいのだろうと察した。
 縁側に座り、遠くに咲く花火を見上げる。夏の終わりはすでに始まり、秋を迎えていた。
「零の親のことは聞いた?」
「いないとは聞いてます。莉緒さんとおじさんに引き取られて長崎に来たとは」
「零の父親は私の弟なんだが、水難事故で亡くなってるんだ」
「水難事故…………」
「私たちに子供がいなかったから、すぐに零を引き取りたいって話した。場所は長崎だけど、彼は承諾してくれた」
「そうだったんですか」
「君の故郷で君と零が出会い、それまで死んだ目をしていた零は蘇った。零が生き返ったのは君のおかけだ。心から感謝している」
「俺の方がたくさん救われています。味覚がない俺にも普通に接してくれているし、っ……島で、いろいろありました」
「実はな、君のご家族と連絡を取った」
「え」
 彼方はあ然とし、頭が真っ白で動かなくなった。
「親と? どうして……」
「心配だったからだ。君の住んでいた島は同じ日本でもかけ離れた独自の文化を築いている。君と話が合わないのも、理解できる。だが君のご両親はちゃんとやっているかと心配していた」
「心配? あの人たちが?」
「そうだ。君がいなくなってから、お母さんはご飯が喉を通らなくなったそうだ。多くの人が通る道を外れれば、どれだけしんどいかを大人は知っている。人生経験が豊富だからね。だから島に戻るときには、幸せだと断言できるときに帰りなさい」
「……俺の幸せは、社会人としてちゃんと働いて、隣に零がいてくれることです」
「ありがとう」
 おじさんは本当の親のように、噛みしめ、少しだけ声が震えていた。
「君たちが高校二年の頃、零ひとりで島に行ってるんだ。聞いていないかい?」
「そんなことちっとも。今、初めて聞きました」
「島で君の置かれた現状を知った。君の友人たちに出会い、ご両親にも会い、絶望と怒りを感じていた。あれだけ怒り狂った零を見たのは初めてだったよ。初めて彼方君と出会ったとき、零の心を救ってくれた。今度は零自身が君を救うと話してくれたんだ」
「血の繋がりがなくても、こんなに思ってくれる人がいます。零と出会って長崎でもよくしてもらって、前向きになれたんです」
「君も零も、本当に優しい子だ。これからも、君たちを傷つける出来事はある。残念だがそういう人間はわんさかいるんだ。だがそれは君たちの問題じゃない。傷つける人間がそういう人だからなんだ。そんな人たちの人間性まで、君たちが受け止める必要は一切ない」
「その言葉でとても救われました。どうしたって合わない人間がいるのは、中学生の頃に知りました。誰かにそう言われたかったんだと思います」
「合わない人間といえば、学生寮にも君と同じ島出身の子がいると聞いたよ」
「海人ですね。クラスメイトだった人で、俺を虐めていた男です」
「ああ、それも聞いた。中学生の頃は悲惨な目に合ったのかもしれないが、大学生ともなれば皆が大人だ。君が思っているようなことにはならない。寮母さんも頼れるだろう? それに私たちもいる。零だって全力で守ってくれる。いざとなったら絶対に頼りなさい」
 家の中で物音がした。彼方は聞こえないふりをして、春野家の人たちに大いに甘えた。
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