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蘇鉄は見た目だけでなく、愛もでかくて重めだった。現世でのように他にセフレを作るのはやめてくれと懇願されたし、職務で他の獄卒と話していると睨まれる。しまいには、働かなくて良いから家にいてくれと言われる始末。それは俺の幸せじゃない、と返してなんとか理解してもらった。
仕事でたまに会う閻魔大王は蘇鉄に呆れていた。
「服で隠れない場所に痕を付けるのはやめてやれ」
「嫌です。こうして家の外に出るのを許しているだけでも俺は偉いと思います」
「拗らせてるな。そんなに愛しいのか」
「平賀源内の『根無し草』のように閻魔大王まで惚れるのは許しませんよ」
「そうはならんから安心しろ」
「それはそれで複雑だ……綾芽はこんなに可愛いのに」
「難儀なやつよ……ところで花遊。本当の愛とやらは教えてもらえたか」
「ええ、おそらくは」
「おそらく、か? まだ足りぬか?」
「蘇鉄、落ち着けって」
俺と違って蘇鉄は週5で8時間きっちり働いているのに、夜は週3位の頻度で求められるし、求めているのは体だけではない、と言って料理もよく作ってくれる。俺なんて週3でしか働いていないゆるふわ勤務なのに、至れり尽くせりだ。少しでも何か返せるように、家事を頑張れば、蘇鉄は不満そうな顔をする。一体どうしたらいいのか俺は少し困っている。しょうもない俺の多少の付加価値が家事だったのに。
「付き合いきれんな。儂は忙しいのだ。聞きたいことはもう聞けたからここらで切り上げるとしよう。ではな」
閻魔大王が去っていく様子を見送ると、自然と俺らは視線が合って、ふふっと笑った。こう言うとところが、本当の愛っぽいな、と思った。
蘇鉄は、ことあるごとに俺の願望を聞いてくる。顔色を伺うなとも言われた。「なんでわかったんだ」と聞けば、「現世での生き方を見たからわかる」と返された。200歳以上も年上だし、そういうもんか。
それでも俺は顔色を伺うのはやめられなかった。蘇鉄に嫌われたくないから。
時折、いつか蘇鉄に捨てられるんじゃないかと極度の不安に陥ることがある。蘇鉄は色男だし本をたくさん読む賢い奴な上に細かい気配りができて、女性人気が高い。一方で俺は、現世では遊び歩いていただけのしょうもない人間だった。だからせめて蘇鉄の望む相手でいたかった。
終わりのない世界で、少しでも一緒にいられるように。
地獄で働き始めて1か月経った頃。
蘇鉄はよく噂話にのぼった。やれ次期閻魔大王秘書だの、やれエリート街道まっしぐらだの、やれ愛人が5人いるだの。
「愛人が5人!?」
思わず大きな声で聞き返してしまった。すぐにはっとして口を閉じた。寡黙な蘇鉄が何も言わないから、皆は蘇鉄と俺が付き合っているなんて知らない。その噂を口にした獄卒は、「ただの噂よ」と笑っていたけど、俺にとっては笑い事じゃすまされない。
俺が遊び歩いていた時だって最高は3人だ。それが5人だって? どうりで最近、帰りが遅いと思ってた。俺にはセフレをつくるななんて言ってきたくせに。実際、他にセフレをつくる余裕がなくなるほど毎回抱きつぶされていた。俺は蘇鉄だけで満足してた。でも蘇鉄は足りなかった?
その日、久々に早く帰ってきた蘇鉄に詰め寄りたい気持ちもあったけど、すんでのところで飲み込んだ。散々遊んでいた俺に、人のことをとやかく言う権利なんてない。悲しむ権利もない。なのに、帰ってきた蘇鉄を見ると無性に泣きたくなった。こらえきれず、涙はとめどなく流れてきた。
「どうした綾芽!? どこか痛むのか? それとも誰かからいじめられたのか?」
首を横に振ることしかできなかった。わたわたと部屋をうろうろする蘇鉄から、困惑がひしひしと伝わってくる。そして思い出したかのように、俺のもとに寄ってきて、背中をさすりながらこう言った。
「話してくれねば、何も分からぬ」
でかい図体をしおしおとしぼませて、へたりと座り込んだ。
俺は自身の唇を噛んだ。言いたい。けど、何も言えない。俺の少ない語彙がぐるぐると頭を駆け巡ったあと、ようやく俺は口を開いた。
「…………もう俺はいらなくなった?」
蘇鉄は首がもげるんじゃないかと不安になるくらいの勢いで首を横に振った。
「そんなわけ無かろう。ここ最近、帰りの遅くなることが続いて不安にさせてしまったな」
蘇鉄の大きな体に包み込まれる。蘇鉄の着物をぎゅっと握りしめて、ぶつけるわけにはいかない不安と焦燥をやり過ごした。
「通常業務と、秘書業務の引継ぎで忙しかったんだ。それでも少しでも早く帰ろうとしていたんだが……」
「噂、本当だったんだ」
「噂?」
「閻魔大王の秘書候補でエリート街道まっしぐらって話」
「噂になってたのか」
まさかエリート街道まっしぐらなのに1Kに住み続けるなんて思いもしなかったから、眉唾物だと思ってた。もしかして、愛人が5人いるという話も本当なんだろうか。火のない所に煙は立たぬというし。
「なあ、蘇鉄。次の休みの日、俺のことめちゃくちゃに抱いて」
「な、急にどうした」
しょうもない俺には、体を差し出すことしかできないし、思い浮かばない。それだけで世間を渡ってきたから。体と引き換えに住む場所を貰って、体と引き換えにお金を貰った。
ただ抱くだけで満足していないというのなら、めちゃくちゃにしてくれと言うほかない。
仕事でたまに会う閻魔大王は蘇鉄に呆れていた。
「服で隠れない場所に痕を付けるのはやめてやれ」
「嫌です。こうして家の外に出るのを許しているだけでも俺は偉いと思います」
「拗らせてるな。そんなに愛しいのか」
「平賀源内の『根無し草』のように閻魔大王まで惚れるのは許しませんよ」
「そうはならんから安心しろ」
「それはそれで複雑だ……綾芽はこんなに可愛いのに」
「難儀なやつよ……ところで花遊。本当の愛とやらは教えてもらえたか」
「ええ、おそらくは」
「おそらく、か? まだ足りぬか?」
「蘇鉄、落ち着けって」
俺と違って蘇鉄は週5で8時間きっちり働いているのに、夜は週3位の頻度で求められるし、求めているのは体だけではない、と言って料理もよく作ってくれる。俺なんて週3でしか働いていないゆるふわ勤務なのに、至れり尽くせりだ。少しでも何か返せるように、家事を頑張れば、蘇鉄は不満そうな顔をする。一体どうしたらいいのか俺は少し困っている。しょうもない俺の多少の付加価値が家事だったのに。
「付き合いきれんな。儂は忙しいのだ。聞きたいことはもう聞けたからここらで切り上げるとしよう。ではな」
閻魔大王が去っていく様子を見送ると、自然と俺らは視線が合って、ふふっと笑った。こう言うとところが、本当の愛っぽいな、と思った。
蘇鉄は、ことあるごとに俺の願望を聞いてくる。顔色を伺うなとも言われた。「なんでわかったんだ」と聞けば、「現世での生き方を見たからわかる」と返された。200歳以上も年上だし、そういうもんか。
それでも俺は顔色を伺うのはやめられなかった。蘇鉄に嫌われたくないから。
時折、いつか蘇鉄に捨てられるんじゃないかと極度の不安に陥ることがある。蘇鉄は色男だし本をたくさん読む賢い奴な上に細かい気配りができて、女性人気が高い。一方で俺は、現世では遊び歩いていただけのしょうもない人間だった。だからせめて蘇鉄の望む相手でいたかった。
終わりのない世界で、少しでも一緒にいられるように。
地獄で働き始めて1か月経った頃。
蘇鉄はよく噂話にのぼった。やれ次期閻魔大王秘書だの、やれエリート街道まっしぐらだの、やれ愛人が5人いるだの。
「愛人が5人!?」
思わず大きな声で聞き返してしまった。すぐにはっとして口を閉じた。寡黙な蘇鉄が何も言わないから、皆は蘇鉄と俺が付き合っているなんて知らない。その噂を口にした獄卒は、「ただの噂よ」と笑っていたけど、俺にとっては笑い事じゃすまされない。
俺が遊び歩いていた時だって最高は3人だ。それが5人だって? どうりで最近、帰りが遅いと思ってた。俺にはセフレをつくるななんて言ってきたくせに。実際、他にセフレをつくる余裕がなくなるほど毎回抱きつぶされていた。俺は蘇鉄だけで満足してた。でも蘇鉄は足りなかった?
その日、久々に早く帰ってきた蘇鉄に詰め寄りたい気持ちもあったけど、すんでのところで飲み込んだ。散々遊んでいた俺に、人のことをとやかく言う権利なんてない。悲しむ権利もない。なのに、帰ってきた蘇鉄を見ると無性に泣きたくなった。こらえきれず、涙はとめどなく流れてきた。
「どうした綾芽!? どこか痛むのか? それとも誰かからいじめられたのか?」
首を横に振ることしかできなかった。わたわたと部屋をうろうろする蘇鉄から、困惑がひしひしと伝わってくる。そして思い出したかのように、俺のもとに寄ってきて、背中をさすりながらこう言った。
「話してくれねば、何も分からぬ」
でかい図体をしおしおとしぼませて、へたりと座り込んだ。
俺は自身の唇を噛んだ。言いたい。けど、何も言えない。俺の少ない語彙がぐるぐると頭を駆け巡ったあと、ようやく俺は口を開いた。
「…………もう俺はいらなくなった?」
蘇鉄は首がもげるんじゃないかと不安になるくらいの勢いで首を横に振った。
「そんなわけ無かろう。ここ最近、帰りの遅くなることが続いて不安にさせてしまったな」
蘇鉄の大きな体に包み込まれる。蘇鉄の着物をぎゅっと握りしめて、ぶつけるわけにはいかない不安と焦燥をやり過ごした。
「通常業務と、秘書業務の引継ぎで忙しかったんだ。それでも少しでも早く帰ろうとしていたんだが……」
「噂、本当だったんだ」
「噂?」
「閻魔大王の秘書候補でエリート街道まっしぐらって話」
「噂になってたのか」
まさかエリート街道まっしぐらなのに1Kに住み続けるなんて思いもしなかったから、眉唾物だと思ってた。もしかして、愛人が5人いるという話も本当なんだろうか。火のない所に煙は立たぬというし。
「なあ、蘇鉄。次の休みの日、俺のことめちゃくちゃに抱いて」
「な、急にどうした」
しょうもない俺には、体を差し出すことしかできないし、思い浮かばない。それだけで世間を渡ってきたから。体と引き換えに住む場所を貰って、体と引き換えにお金を貰った。
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