幽鬼のホームカミング! 〜ダンジョンを追い出された最強のラスボスとEランク冒険者が契って挑む悪夢の迷宮黙示録〜

赤だしお味噌

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ダンジョンの入り口から帰宅する幽鬼

沼地にて

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 三十階層。

 正面から飛び掛かってきた巨大なピラニアを手刀で切り飛ばし、ひと息つく。

 この辺りは湖沼こしょうゾーンとなっており、水生モンスターが豊富だ。細い陸地を歩いて行けば、ひっきりなしに右から左から飛び掛かられる。

「魚って、チョップでさばけるんですね……」

 真っ二つになった巨大ピラニアをうへぇ……みたいな顔になって見るショコラ。

「その魚は美味いらしいぞ」

「へー。絶対に食べません」

「そうか? 俺は平気だが、ショコラには食事が必要だろう」

「う……」

 幽鬼アブザードの食事は霊魂れいこんだ。それも、俺くらいになると別に数年食べなくてもぜんぜん平気。甲冑の中に溜め込んだ瘴気の量が違う。むしろ最近ちょっと肥満気味なのはダンマスには絶対にバレたくない秘密だ。

「そろそろ糧秣レーションが切れてきたんじゃないか? 現地調達を考えた方が良いぞ」

 ショコラはひっきりなしにチョコを食っている。あれが彼女の携帯食なのだろうが、不健康もはなはだしい。もしダンマスがそんなことを初めたら、徹底抗戦の上でやめさせる事案だ。

「……ねぇねぇ、ディーゼルさーん。お化けになりきってるからって、ご飯食べないフリはもう止めましょうよぉ~? いい加減に一緒に食事しましょう? 一人で食べるご飯は味気ないですぅ……」

「ご飯食べないフリってなんだよ……コスプレに命賭け過ぎだろう……」

 兜から呻き声が漏れた。

 ふと、まさかと思って立ち止まり、確認する。

「――なぁ、ショコラ。薄々は気付いてるんだよな?」

 と聞くと、ショコラはにっこりと微笑んだ。

「はい。悪夢教団に所属していない、凄腕のはぐれレイヤーさんなんですよね? 生粋の悪夢崇拝者ヘンタイにすらおがみ倒されるレベルの」

 頭に言いようのない重みを感じて項垂うなだれた。

 そうこうしながら、水面みなもの隙間を縫うようにして伸びるわずかな土の上を歩いて行くと、ちょうど良いまとまった更地に出た。

「む、野営の跡か」

「くんくん……くんくん……あ、これスターチェイサーの夜営跡ですよきっと!」

「お前は犬か? まぁだが――」

 膝を突き、野営後を調べる。

「そうだな、十人以上が野営した跡だ。火は完全に枯れているし、食べ滓の腐り方からして、数日前だ」

 焚き火跡が、五カ所ある。

 分隊構成だ。

 スターチェイサーは十五人を、五隊に分けている。

 ――連中、できるぞ。

 分隊構成。それは、複数の少人数パーティが集まって、共同でダンジョンを攻略する方法。随分と昔に冒険者達によって開発されたのだが、最近はあまり見かけなくなった攻略形態だ。

 絆の深淵においては、パーティーメンバーは多ければ多いほど進むのが楽になる。

 例えば、誰か一人でも生き延びて次のアンカーポイントまで到達すれば、他のメンバーもその場で復活できる。たとえ仲間の死体がない場合でも、全滅時と同じように、その仲間の装備をひとつ供物として置き去りにすれば復活させられる。進む上では人数が多いほど良い。

 物資だって大人数で運んだ方が有利だ。

 また当然のことだが、同じ敵を相手にするにあたっては、大人数で囲めば俄然がぜん有利になる。

 あるいは少人数では通過不可能な敵の海を、数に物を言わせて強引に突破するという力業ちからわざも使えるようになる。

 そのかわりに、絆の深淵で組まれたパーティーのメンバーは、リーダーから遠く離れると死ぬ。

 そういう強力な呪いがかかる。だからパーティーはバラバラには動けない。必ず全員揃って行動しなければならない。

 また同時に、何度も言っているが、誰かメンバーの一人が真なる死を迎えた時は、全員に真なる死が訪れる。

 大人数は大人数の難しさがある。

 このリスクを分散させるのが分隊構成だ。

 複数の少人数パーティーが一緒に進む形なので、それらのチーム同士は独立して離れて活動できるし、どこかのチームで真なる死を迎えたメンバーがいても、それによって死滅するのはそのチームだけ。残りのチームは生き残る。

 デカブツと戦う時などは、一堂に会して戦うことで戦闘の難易度を下げ、どこかのチームが全滅しそうになったら、そのチームを後ろに庇いながら他のチームが次のアンカーポイントまで引っ張っていく。

 そんな共同戦線を張ることで、少人数構成と、大人数構成のいいとこ取りをする攻略方法。それが分隊構成だ。

 もちろんデメリットもある。

 攻略で得られる報酬が少なくなるという、決定的なデメリットだ。

 宝箱は、それを開けたパーティーの人数分しかアイテムが出てこない。

 十五人いても、宝箱を空けたチームが三人だと、三つしかアイテムが出ないのだ。これだとダンジョン攻略のうま味が薄くなる。最奥に眠る秘宝もまたしかり。

 苦労して最奥に辿り着いても財が手に入らないのであれば、いったいなんのために命までかけて、という話になる。

 また、リーダーが複数いるというのも地味に問題で、パーティー間の不和が原因で途中で解散になったり、あるいは、もっと酷いのだと価値あるアイテムが出現した時点で血みどろの仲間割れが始まる危険性もある。

 だから近頃は、分隊構成はすたれていたはずだったのだが……。

「へぇ~。ディーゼルさんって、こんな可愛い女の子にメスガキとか、犬とか言っちゃうような、デリカシーのない腕っ節だけの脳筋かと思ったんですけど、そんな事もできるんですね?」

 笑顔を張り付かせたショコラが、残骸を調べる俺を覗き込んできた。ただし、彼女の目は笑ってない。こういう表情を浮かべる時は、毒を吐く気満々の時だ。

「……まぁ、昔取った杵柄きねづかというやつだな。まだまだダンジョンが小さかった頃は、こうやって侵入者を追尾して、トラップ地獄に追い立てるなどの涙ぐましい努力をしてダンマスをまもっていた時期もあったということだ」

 そんな貧しい下積み時代があったおかげで、侵入者の動向を探ったり、追いかけたりする狩人じみた追跡能力だけはある。

 あの頃から俺はこんなにも成長したのに、ダンマスはなんにも成長していない。せぬ。

「おお……そんな昔のストーリーから決めてるんですね? よっ! さすが設定厨! ひょっとしてダンマスの出会いとか、自分がモンスターになる前とかの話もノートに書いてあったりするんですかぁ? いったい何年かけて考えたのかは知りませんけど、尊敬します!」

「一度、お前をS級冒険者ですらトラウマを患うトラップ地獄に放り込んでやっても、いいんだからな?」

「ど、どうどう……」

 ギギギ……と首を鳴らして振り返った俺に、両手でなだめるポーズをとったショコラが、引きつった笑いを浮かべた。

 彼女はそのまま後じさり、その場に転がっていた丸太につまづくように腰掛けた。

 太い丸太に見えていたそれは、クロコダイル系モンスターの胴体だった。

 しかも超でかいやつ。

 ショコラもお尻の感触でさっしたのか、背筋をぴんと反らし、尻尾もピンと立てて、青ざめた顔を汗だくにしている。

「お、おい……動かなければ――」

 ワニは背中を噛めない。そんな俺のアドバイスは間に合わなかった。

「ぴぅ」

 お決まりの変な声を上げて、ショコラが駆け出したが間に合わなかった。

 下半身に噛みつかれて、デスロールされる。

「ぎゃー」

 すかさず大戦斧を抜き打ちざまに振り下ろして、クロコダイルを輪切りにした。

 しかし、時既に遅し。ショコラは血だるま。

「うう……」

 下半身を噛みつかれたままのショコラ。

 俺がその横でがっくりと片膝を突く。

「ショコラ」

 彼女の上半身を抱き上げると、血まみれのショコラが朦朧もうろうと薄目を開けて唇を震わせた。

「ディーゼルさん……私……死ぬんですか?」

「……ああ」

 俺の悲痛な肯定に、彼女の頬に一滴の涙がツツーッと筋を引いた。

「……ディーゼルさん、私の死体こと、絶対に忘れないでくださいね?」

「ああ、任せておけ……俺たちは最奥さいごまで一緒だ」

 ショコラが震える手を俺の兜に添えた。ヌルッと血で滑る感触があった。

「はい……私、ディーゼルさんと一緒に旅ができてしあわせゴフッ……で、した――」

 ニコッと微笑みを浮かべて、がっくりと息絶えたショコラ。

 パタリと土の上に落ちた彼女の腕。

 静かに死体を土の上に横たえ、立ち上がる。

 こいつ……死に慣れてきたのか、最後は余裕あったな……。

 苦しまないようにタバコを吸わせてやろうと思って近寄ったのに、彼女の妙なノリに感化されて合わせてしまった。

 ショコラの死体をワニの口からズルズルと引っ張り出し、ふと気が付く。

「さっき、帽子がすっ飛んでいったな……」

 ワニのデスロールでぐるんぐるん回された時に、ショコラのテンガロンハットが飛んでいったのが見えた。キョロキョロと首を回すと、すぐにそれは見つかった。沼の上に浮かんでいる。

 あれを放っていくと、またショコラがへそを曲げて頑固地蔵になる。あれ一時間くらい動かなくなるんだよな……拾っていくか……。

 とにかく重い俺にとって、沼は不利な地形だ。

 なにせここは全部底なし沼。沼地に張られた不安定な木の通路を進まなくてはならない。この通路上で敵に襲われると極めて動きにくい。

 ゴトゴトと音を立てて木の通路を進んだ。

 腕を伸ばせば帽子まで手が届くギリギリのところまで来ると、しゃがみ込み、テンガロンハットにぐーっと手甲を伸ばす。

 ベキョッ。

 腐りかけの木の通路は、俺の重量に耐えられなかった。

 ドポンッという音と共に一気に下半身まで沈み込んだ漆黒の甲冑。

「しまっ……! おいショコラ! ロープを……」

 視線を投げると、彼女の安らかな死に顔と目が合った。

 俺は無言で天を仰いだ。

 急ぎタバコを取り出すと、パチンッと指を鳴らして火を付ける。

 ズブズブとよどんだ沼に沈んでいく甲冑。

 兜の隙間から悄然しょうぜんと漏れ出す白い煙。

 ジュッという音がした。

 五〇回目となる記念の全滅は、こういう流れだった。
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