幽鬼のホームカミング! 〜ダンジョンを追い出された最強のラスボスとEランク冒険者が契って挑む悪夢の迷宮黙示録〜

赤だしお味噌

文字の大きさ
20 / 34
ダンジョンの入り口から帰宅する幽鬼

タバコは身体に毒ですよ

しおりを挟む
 険しい山腹で繰り広げられる、俺の重量級の図体からは想像もつかないような曲芸的戦闘――。

 ここは正規の攻略ルートではない。

 だからダンジョン側の妨害にも一切の容赦がない。本気で殺しに来る。

 俺も本気だ。急いでいる。

「ひええええええええええええええ」

 顔面蒼白のショコラを脇に抱え、真っ赤に輝く〈溶鉄ガーゴイル〉を十匹以上同時に相手取る。

「落とさないでディーゼルさん落とさないでディーゼルさん落とさないでディーゼルさん落とさないでディーゼルさん落とさないでディーゼルさん――」

 すごく落とさないで欲しがるショコラ。

 何故ならここは絶賛噴火中の火山。ぐつぐつと沸き立つ溶岩流の真上だからだ。

 ぴょんぴょんと小さな岩場を渡り、立ち上る陽炎の向こうから飛び掛かってくる真っ赤なガーゴイルを大戦斧で打ち落として、また跳ぶ。その繰り返し。

 着地と同時に〈闇黒に絶る大瀑布アカシック・クリーバー〉を片手で振り抜く。空間に滑らかな黒刃こくじんの円弧が描き出されると同時に、ガコォ……という硬い手応えがあった。

 残り十二匹。

 多いな……。

 こんなに執拗にガーゴイルを置かなくても、そもそも、ここは溶岩地帯だから冒険者は通らない。通ろうという発想にすら至らないはず。

 それでも念には念を入れる、ダンマスの偏執的な一面だ。

 溶岩流程度の地形トラップだけであれば、ショコラの身軽さならば突破できたかも知れないが、このガーゴイルどものせいで無理だ。

 奴らに捕まると、高く持ち上げられて、地上で潰れたスイカにされるか、あるいは溶岩でジュッ……される恐れがある。

「落とさないでディーゼルさん落とさないでディーゼルさん落とさないでディーゼルさん落とさないでディーゼルさん落とさないでディーゼルさん――」

「少し黙ってろ。舌を噛むぞ」

 死体がないと、全滅していなかったとしても、復活の際に装備品を供物くもつとして要求される。しかも、先のアンカーポイントで復活させた場合、装備を取りに“戻る”という無駄な手間まで発生してしまう。

 ショコラの装備は既にズボンと靴、下着、髪飾りと指環だけだ。これ以上装備を落とさせたくはない。彼女の装備を補給している暇が惜しい。

 だからこうして、彼女を小脇に抱え、ガーゴイルの魔の手から守りつつ強引に突破中なのだった。面倒くさいったらありゃしない。

「――ひぎッ! あっっつーーーーーーい‼」

 見れば、彼女の尻尾の先がジュッ……となって煙を上げていた。

「――ふんッ!」

 無視して大戦斧を振り抜き、飛びかかってきたガーゴイルの頭部を砕いた。

「よし、道が開けた。一気に駆け抜けるぞ――ッ⁉」

 突如として視界の端から急降下してくる影があった。

 岩の影からガーゴイルの体当たり気味の急襲だ。

 その程度では俺の甲冑〈枯朽する曙光ダイイング・サン〉には傷ひとつ付かないが、バランスを崩して溶岩に落とされる危険がある。

 慌てて身をひねってかわしたが、ガーゴイルの爪が甲冑をかすめていった。

 腰からブツッという音が聞こえたのは、その時だった。

「あ……」

 俺の見つめる先で、溶岩流に向かって転げ落ちていくタバコ袋。

「しまっっっ――ッ!」

 考えるよりも先に身体が動いた。

 岩場から急いで駆け下りる。

「ああっ⁉ あっっぶなあああああい‼ そしてあっっつうううううい‼」

 溶岩流の表面に近づいて腕を伸ばす。至近距離で赤い放射熱に炙られたショコラの切迫した悲鳴が火山に木霊した。

「――チッ……くっそ……」

 半分溶岩に飲まれたタバコ袋を持ち上げたものの、時既に遅し。袋は無残に炎上していた。

「溶岩から離れてくださぁい! 早くぅぅぅ‼ ディーゼルさんの鎧って熱伝導率が凄くいいんですからッ‼ まるで鉄製のお鍋でジュッてされているようなものなんですからッ‼ 早く溶岩からはなれてくださあああああああああああい‼ 私、カリッと美味しそうに焼けちゃいまああああああああすッッッ‼」

 悲鳴とは裏腹に、まだまだ余裕がありそうなショコラを無視して、焼ける袋の中から慌ててタバコを取り出す。

 無事だったのは数本だけだった。

「――ぉぉぉおんんのれらああああああああ‼」

 大切なタバコをやられた俺は、怒りに身を任せて岩場に跳び上がった。

「頭に来た! もう勘弁ならんっ‼ 全員まとめてかかってこい‼ 俺が何者か、そのつまらん岩の体躯に刻み込んでくれるわッ‼ 身の程を知れッ‼」

 俺の挑発にあおられたのか、ガーゴイルが一斉に殺到してくる。

 腰だめに大戦斧を構え、気合いを込めて水平に振り抜く――、

「ぬぉおおおおおおおおおお‼」

「きゃああああああああああ‼」

 〈虚空切りアカシック・スライサー〉――大戦斧の一閃が幅広な黒刃を広範囲の空間に描き出し、殺到してくる溶鉄ガーゴイルをまとめてで切りにした。

 ガーゴイルどもの首が一斉にね飛んだ。

 運良く残った一匹も、足と翼をもがれて岩場の上でジタバタするばかり。行き場のない怒りを込めて脚甲で踏み抜き、その脳天を砕いて溶岩に沈めた。内部からは血液のかわりに溶岩が飛び散って俺の甲冑を赤々と汚した。

「ふうううううぅぅ……」

「――つ、つめたあああああああああい‼ ディーゼルさんッ! 鎧からすっごく冷たい空気が漏れてますよおぉぉぉ……あ、でもちょうど良いかも……」

 俺の甲冑から漏れ出した瘴気しょうきに当てられて、至福の表情を浮かべたショコラ。

「――クソボケ石人形どもがッ‼ 上司の顔くらい覚えておけ‼ これだから最近の若い連中は……ッ‼」

 いきどおりの文句を残し、ペースを上げて溶岩地帯を突破した。

 ようやく山の逆側に出れば、気温は急激に下がり、高原とも言うべき爽快な気候に早変わりする。

 これで三階層を一気にスキップできたことになる。

「――少し休憩だ。アンカーポイントはもうすぐそこだが、一服する」

 ショコラを下ろし、倒木にどっかと腰掛けてタバコを兜に突っ込んだ。

 鎧から漏れ出す瘴気が収まらない。いったん落ち着かなくては。

 俺の瘴気は基本的に生物に対して猛毒だ。ショコラに吸わせ続けると、許容量を超えたあるとき突然、真なる死が訪れる。そしてそれは、同じパーティメンバーの俺にも、真なる死が訪れる可能性があるということだ。

 これがあるのでショコラの隣にいる時は本気を出さないようにしている。りきむと、どうしても鎧から瘴気が漏れてしまうからだ。

 瘴気耐性の装備をつけさせたいんだが、あれ、まだ先なんだよな……。

 パチンと指を鳴らしてタバコに火を着けると、ショコラも同じように俺の隣に腰をかけた。

 形の良い口を、なにやら猫めいたωの形に歪めながら、にょほほ……と俺を見上げてくる。

「うふふふー……私も真似しちゃお~っと!」

 そう言って彼女が懐から取り出したのは――タバコだ。

「お」

 俺の興味深げな声に、「えへへ」と笑ってショコラがそれを口に突っ込んだ。

「なんだ、お前も吸うのか……火はあるのか? ほれ、口を出せ」

 スモーカーはスモーカーに優しい。

 俺が指を伸ばしてやると、ショコラは口に咥えていたタバコを器用にベロで巻き込んでパクリ。

 モグモグ――。

「……人の趣味をとやかく言うつもりはないが、タバコはそのまま食べると凄く身体に悪いぞ。中毒で死ぬ恐れがある」

「――ぷっ……あっははははっ!」

 堪えきれず、といった具合に吹き出したショコラ。

「ぶっぶー。これはタバコではありませ~ん!」

「――何?」

 いぶかしげな俺の声に、ショコラが舌をべーっと突き出してみせる。

 その綺麗なピンク色の上には、溶けかけたタバコの茶色がどろり。

「タバコ型のチョコでした~」

 シュコーッと嘆息が漏れる。

「好物なんです。これならたくさん持ってますよ? ヤニ切れで禁断症状が出たら困りますし、ディーゼルさんにも分けてあげますね」

「……俺は幽鬼アブザードだ。固形物は食えん」

 まぁまぁ面白かったからか、揶揄からかわれても特に不快な感じにはならなかった。

「ははぁ~、そういう設定だったんですね? じゃあそのタバコが、ディーゼルさんが食事しない秘密ってことなんですか? どんな味するんですか? 煙でお腹いっぱいになるんですか? 仙人なんですか? 面白そう! 私にもください!」

「あ、おい――」

 その目を猫さながらに丸く、好奇心に輝かせたショコラが、あっという間に俺の兜からタバコを抜き取った。

 吸いかけのタバコを咥え、スーッと胸を膨らませる。

「んきゅぅぅ」

 ショコラは目を回して倒れた。

 そっと首の脈をみる。

 死んでいる。

「お前は……なんでそうやって……」

 呆れ果てた俺の呻き声。

 俺のタバコは特別製だ。幽鬼にも効く、超キツいやつ。

 一般的に言うと、強毒だ。ショコラがつけている〈対毒の指環+〉を貫通するほどの。直接、しかも肺一杯に吸ったら当然こうなる。

 ちなみに俺が吐き出す副流煙は、なんと無毒。

 俺が成分を全部吸収してしまうからだ。

 前からずっとそう言ってるのに……分煙などと……ダンマスめ……。

「……まぁ、今回は死体があるからいいか」

 白目を剥いたショコラのまぶたをそっと閉じてやり、彼女の口からタバコを取り返した。

 溶岩で熱せられた甲冑に冷たい高原の風がぶつかり、結露して小さな水玉を作っていく。

 高原で吸うタバコは、ひと味違う。湧き水で入れたコーヒーが美味しいという説と似ている。俺はコーヒーは飲めないが、シャレオツなクラリスがそう言っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

処理中です...