幽鬼のホームカミング! 〜ダンジョンを追い出された最強のラスボスとEランク冒険者が契って挑む悪夢の迷宮黙示録〜

赤だしお味噌

文字の大きさ
21 / 34
ダンジョンの入り口から帰宅する幽鬼

寄生虫にご注意

しおりを挟む
 四八階層。

 青白い霧に包まれた鬱蒼うっそうとした森だ。

 この付近の階層は、寄生系モンスターの宝庫でもある。

 そんな森をショコラが珍しく先導していた。とにかく俺の視界の外に出たくないらしく、全身が俺に見えるような位置取りを心掛けている。

「ディーゼルさん、ディーゼルさん、私から目を離さないでくださいね。身体に何か付いたらすぐに取ってくださいね。特別に尻尾触ってもセクハラで訴えませんから、全部取ってくださいね。ノミ一匹見逃しちゃ駄目ですからね。できれば私にくっつく前に、ご自慢の斧で叩き潰しちゃってくださっても誰も文句言いませんからね。あ、でも潰した虫の体液が私にかからないようにお願いしますね。私が無傷でここを通過できたらジェントレスト・ディーゼルの尊称そんしょうあげますからね。頑張ってくださいね。ちなみにジェントル、ジェントラー、ジェントレストです。今作りました」

 もうずーっと喋りっぱなしだ。何か話していないと、足がすくんでしまうのだとか。

「あ」

「ヒエッ……何……?」

 俺が漏らした声に、ショコラが肩をビクゥッっと跳ねさせて振り返った。猫耳がペタンと寝て、見ていて面白いくらいに怯えている。

「いや、部屋に置いてある加湿器の水がそのままだったな、と……もう二十日近く部屋を空けているから、帰ったら絶対に水が腐ってる。まぁ、塩素で消毒すればいいんだが、洗う時にちょっとヌルヌルして臭いのが気持ち悪いな、と思ってな」

「本気でどうでもいい……わざとですか? バッデスト・ディーゼルさん」

「あ」

 続けて上がった俺の声に、もう騙されないぞと言わんばかりのむっつり顔になるショコラ。

 そこで彼女の猫耳に付いていた芋虫を、ピッと摘まんで見せる。

「――これが今、お前の大きな耳から入り込む寸前だった〈ロイコクアイディウム〉だ。これは内耳ないじに産卵し、それが孵化うかすると、まずは、お前の眼球に寄生する」

 ゴクリ。ショコラは耳を押さえて目を丸くした。

「そうなると目がサイケデリックな色に変わるんだが、痛みがないので一人だとまず気付かない。その段階で眼球を潰して駆除できないと、やがて十分育った虫はお前の脳に移動し、再度産卵する」

 ショコラの口が戦慄わななき、目には涙が浮いた。

「脳で繁殖したロイコクアイディウムは、やがて血液脳関門を突破して、全身に虫卵をまき散らす。この段階でかゆみを伴った疱疹ほうしんという形で全身症状が出るが、もう手遅れだ」

 エグッ、エグッと小さな嗚咽おえつを上げ始めるショコラ。

「やがて脳機能を乗っ取られ、目立つように木の枝の上とか、高い場所に移動して動けなくなる。最後はお前の身体を餌にして育った成虫が、ウジ虫のようにわんさか皮膚を食い破って這い出してきて、木の上などから次の獲物を探し、こんな風に気付かれないように落っこちてきて耳に取り付く」

 つまんだ虫を掲げて見せる。

「なお、ずっと死ねないから自分の中が食い散らかされる感覚や、身体を食い破って何かが大量に外に出ていく感覚は最後まで残る。ロイコクアイディウムに寄生された冒険者の死因はなんと、餓死だ。身悶えひとつできず、穴だらけになった身体は飢えの中で死ぬ」

 ブチュリと、虫を潰して話を終えた。

 ショコラの目尻から、はらりと涙が落ちた。

「あ゛、あ゛りがどうございまずぅ、ディーゼルざぁん……」

「気にするな。ここはそんなモンスターばかりだ。抱きついてこなくていいから。お前の感謝はもう分かった。だから鼻水を拭けって、甲冑に付くだろう! さっさといくぞ!」

 ここら辺の階層は、ダンマスが過去最大級の憤怒状態の時に作られた階層で、挑戦者の心を折るという観点では序盤最凶クラスに属している。大半の冒険者はこの階層を前にして引き返す。

 この階層は、こんな具合の寄生モンスターばかりで、しかも寄生モンスター同士が常にお互い寄生し合って潰し合っているという寄生戦国ゾーンでもある。

 結果、そんな迷惑極まりない切磋琢磨の中でより強力な寄生モンスターが日々生まれているという、エンドレス蠱毒こどく状態。おかげで己の寄生術の恐ろしさを誇示できる冒険者が来ると、我先にと、ものすごい勢いで狙われる。

 ここにおける冒険者は、どうだ見たか俺の寄生術はこんなに凄いんだぞ、と見せつけるためのキャンバスでしかない。

 そんな冒険者にとって不条理かつ迷惑千万なゾーンがここ。

 俺はご覧の通り空っぽの甲冑。寄生生物など恐るるに足らず。

 だが、さすがにこのショコラの怯えっぷりは同情を禁じ得ない。

 しゃあなし、とばかりに残り少ないタバコを一本取り出す。

 パチンッと燃やして煙を吸い込み、フーッとショコラに吹きかける。

「ケホッ、ケホッ……なにするんですか、こんな時にやめてください」

 本気で嫌そうな顔つきになるショコラ。テンパっているようだ。いつもの、脳天気な余裕はこれっぽっちも残されていない。

「虫除けになる。でかいのには効かないから、油断はするなよ」

 するとショコラは表情をぱぁっと明るくし、俺の吐き出す煙の中でクルクルと回り始めた。

 それにしても――。

 ここまで逃げ腰でも引き返さない。何度死んでもへこたれない。

 この階層に至るまでの死亡数は、普通の冒険者のそれを凌駕りょうがしている。

 普通、D級以下の冒険者は十層までで攻略を諦めるものだ。ここまで来られるのは最低でもC級。

 率直に言って、ショコラの根性には恐れ入る。

 このイルバーンへの執着はなんなんだ?

 イルバーンが話題に上がると物騒なこと言うが、雰囲気を見ると、そこまで強い恨みを抱いている感じにも見えない。むしろどこか、使命感を感じさせる決然とした眼光を浮かべる時もある。はてな。

 そもそもこの女、どうして俺を怖がらないんだ? ベテランの冒険者ですら俺を目の前にすれば腰を抜かして動けなくなるというのに。ショコラはまるで平気だ。

 まさか……。

 まさか無知すぎて恐怖すら感じられないとか……? すげぇな……。

 まぁ、なんでもいいか。

 さっさと不埒ふらちな侵入者どもをぶっ殺して最奥に帰ろう。

 加湿器の話は冗談でもなんでもなく、嫌なんだ。そういうの、すごく嫌。

 この森はガスが濃く、視界が通らない。

 ショコラは、好奇心さえ押さえていれば、斥候の能力は上々。この森においては好奇心よりも、早く脱出したいという生理的な感情の方が優位に立っているからか、彼女は視界の効かない森を俺のガイドに従って、なかなかお目にかかれない集中力を発揮して先行してくれた。

 このエリアは寄生モンスターが主なので、直接的に襲われる恐れはない。気をつけてさえいれば、無傷で通過することも夢ではないのだ。この調子なら問題なく突破できるだろう。

 そんな時だった。

「――ん? ディーゼルさん……」

 ショコラが立ち止まり、俺の名を呼んだ。

 彼女の指差す先を見ると、霧の奥にぼんやりとした人影が浮いていた。

 そこには、デブが――裸のデブが、赤い風船を持って森の中で突っ立っていた。

「あの人……まさか……」

「ドルトンだな」

 先日、墓地エリアでヘッドハガーの犠牲者というマニアックなコスプレを披露していた変態ドルトン、その人だ。

 ヘッドハガーは外れている。遠目には短い金髪の、案外人相は柔和な人物だった。顔だけ見れば変態には見えない。

「っていうかあの人、なんで空中に向かってニコニコ笑ってるんですかぁ……? シンプルに怖いですぅ……っ!」

 完全同意だ。あいつ自身がモンスターと言っても通りそうなほど不気味。

 見れば、ショコラは自分の両腕に立った鳥肌を、さすさすとなだめていた。

「おい、ドルト――」

「――はっ! これは⁉」

 俺の言葉を遮って、ぐるんとこちらに頭を回したドルトン。

「ディーゼル師匠‼ 相変わらず背筋が凍るようなコスプレ・クォリティ! 先ほどから、小生しょうせいの背筋の悪寒が収まらないので奇妙だと思ってはおりましたが、まさか師匠が同じ階層に来られておられるからだったとはッッッ‼」

 ザザッと、目にも留まらぬ動きでジャンピング土下座。俺の前にひれ伏す。

 ドルトンのあまりの素早さに、小さく身体が仰け反り、吸い込み過ぎたタバコの煙が兜の隙間という隙間から漏れ出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

処理中です...