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ダンジョンの入り口から帰宅する幽鬼
万事大丈夫
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「――この前の、ヘッドハガーのコスプレはどうしたんだ?」
「ははぁ……! 実は小生ここで横になっておりましたところ、本物のヘッドハガーに何度か襲われてしまいましてなぁ……なんとか撃退はしたものの、最後にはヘッドハガーのマスクが壊されてしまうという体たらく。いやはや面目ない! はっはっはっ!」
と、頭の後ろを掻いたドルトン。そのまま死ねばよかったのに。
ショコラが興味深そうに一歩前に出た。
「今日はなんのコスプレをしているんですかぁ、ドルトンさん?」
「ムムッ、先日も師匠の横におった獣人女か。おい貴様、この儂を名前で呼ぶとは馴れ馴れしいぞ、身の程を知れ」
「ええ……なんなんですか、このあからさまな態度の急変……私ショコラって言いますぅ」
ショコラが俺の後ろに隠れて名乗った。ドルトンはそれ見てフンと鼻を鳴らす。
「貴様の名前など、なんでもよいわ。名無しの権兵衛とでも名乗っておけ……師匠、ところで今日の小生の装いは、いかがでしょうか?」
奴の強烈な二面性に呆れる俺。そこに投げかけられた、意図の読めない質問。
どうって言われても、パンツ一丁で赤い風船持っているようにしか見えん……。
俺が後ろ手でショコラをツンツンとすると、彼女はうーんと唸ってから、小声で「とりあえず当たり障りなく褒めておけばいいじゃないんですかぁ……」と言った。
「――まぁ、いいんじゃないか?」
大きく煙を吐きながら発せられた俺のひと言に、ドルトンは「おお、おお」と感じ入った様子で頷いた。
「さすがはディーゼル師匠。この『ピエロの姿をした“ソレ”に、風船を渡されて喜んでいるけれど、実はその風船の中身は全部血液で、もうすぐ風船が破裂して血まみれになり、トラウマを植え付けられてしまうにもかかわらず、風船がもらえたことが嬉しくて仕方ない無垢で憐れな少年のコスプレ』の良さを、ひと目で理解していただけるとは……ご慧眼でございまする。小生、このままこの付近の寄生モンスターに食い殺されても悔いはありませんぞ」
相変わらず細かいし、そんなこと言ってない……。
振り向くと、ショコラはふるふると顔を振って俺を見上げてきた。
まぁ、分からんよな。
でもそういうモンスター、この先にいるんだよ。
俺は、ダンジョンに無垢な少年はいないぞ、という至極真っ当な指摘を飲み込んで、さっさとドルトンを追い払うべくアドバイスをひねり出した。
「……〈ポンドワイズ〉なら六〇階層以降に出現するから、そのコスプレをするなら六〇階層より深く潜った方が良いんじゃないか?」
「――はっ⁉」
俺の指摘に、仰々しく大口を開けて息を呑んだドルトン。
「やや、まったくその通りでございます! そんな基本を忘れてしまっているとは、小生、肝煎りのヘッドハガーのマスクを壊され、気が動転しておったようですな。自分の姿格好にばかり気を取られ、二度までもシチュエーションを疎かにするとは、前衛的悪夢レイヤーとしてディーゼル師匠を前に、お恥ずかしいところをお目にかけました」
「前衛的悪夢レイヤーについてもう少し詳しく……」
「もう二度に渡って師匠に貴重なアドバイスを頂いておるにもかかわらず、何もお礼を差し出せぬ、このみすぼらしい小生をお許しくださいませ……」
俺の問いを遮って額を地面にこすり付けたドルトン。ちょうどその時、後ろでガサァッと音がした。ショコラがビビったのか?
「まぁ、それは……ああ、そうだ」
タバコを吹かしながら、ふと、思いついたことを聞いてみる。
「――ドルトン、スターチェイサーという冒険者のパーティーを見かけなかったか? 大人数で行動している連中だから目立つはずだが」
「ふむ、スターチェイサー……おお、そういえば二日前に、この階層を抜けていった団体がおりましたなぁ。その頃はまだ小生のヘッドハガーもまだ健在でしてな、連中、小生が寄生されて死んでいると思い込んで遠巻きにして行きましたぞ。はっはっはっ! このドルトンのコスプレも捨てた物ではござりませぬ‼」
だいぶスターチェイサーとの距離を縮められたな。このペースなら、七〇階層前には追いつけそうだ。
「――ところで師匠。スターチェイサーに用事があるのであれば、何人かはこの先で足止めになっておるでしょう。連中が確か、〈虫下し〉の入手について話をしておったのを覚えておりますぞ」
「虫下し、か……寄生された仲間が出たか?」
ここで寄生されたとしても、この先にある階層で手に入る素材で虫下しというアイテムを作って飲ませれば、死亡を回避できる。一応の救済措置だ。一応の。
寄生虫はいつ発症するか分からないため、忘れた頃、特にデカブツと戦っている最中に発症するとチーム全体が危機に陥る。そんなことから、寄生の恐れがある冒険者は必ず虫下しを飲まなくてはならない。
虫下しの素材は五〇階層にある。
ここは四八階層。近い――。
「――それは貴重な情報だ。ご苦労だったな、ドルトン」
「! ははぁ……っ! ありがたき幸せ」
ドルトンは目を閉じ、胸に手を当てて深々と礼をした。
「それでは小生、早速六〇階層に向かいますゆえ、これにて御免‼」
そう言い残し、赤い風船を引っ張って、カサカサと森の中を走っていったドルトン。ゴキブリとウサギを足したような素早い身のこなしだった。
気味の悪い……まぁ、装備無しで六〇階層に潜れば、さすがに死ぬだろ。
偶然とはいえ、有益な情報が手に入った。
ショコラを振り返る。
「おいショコラ、急ぐぞ。五〇階層に奴らの仲間が――」
ショコラは草の上で倒れていた。
ヘッドハガーに顔を覆われて、ピクピクと手を痙攣させながら。
シュコーっと嘆息をつき、天を仰くと、タバコの灰がポトッと下に落ちた。
ドルトン……お前、見えてただろ……教えろよ……。
「まったく……」
ヘッドハガーの急所をズブリと指で突いて殺すと、ショコラの顔からベリベリ、ズルズルとそれを引き剥がす。
すると彼女の喉からズルズルーッと、涎まみれになったテラつく長いチューブが引き出されてきた。
「――か、がはッ! ゲホッ、ゲホッ! で――ぜるゲホッ! さ……ゲホッ!」
目を白黒させて涎を垂らし、呼吸に喘ぐショコラ。
……孕まされたかな?
まぁ、この先で虫下しを飲ませればいいだろ。死に戻ってやり直すと、せっかくのタバコがもったいないしな。
そんなことを考えながら、彼女の前で片膝を突く。
するとショコラは苦しそうな顔を歪めて無理に笑って見せた。
「や、やっで、やりましだ――」
そう言ってショコラが握り締めていた拳を解くと、手のひらの上には赤く萎びた何かがあった。
「――風船?」
それはドルトンが持っていた風船の、空気を入れる前のやつだった。
「ドルトンさんのパンツから盗み取ってやりましたぁ! これであの人、持っている風船が割れたら替えがなくて困っちゃうんです‼ 私をジェーンドゥって呼んだ罰です‼」
「……だから?」
それよりお前、今のままだとリアルに生むことになるぞ。
というひと言は飲み込んで、ポンポンと彼女の肩を叩き、万事大丈夫だという風に頷いて見せると、タバコの煙を彼女の泣きっ面に吹きかけてやった。
「ははぁ……! 実は小生ここで横になっておりましたところ、本物のヘッドハガーに何度か襲われてしまいましてなぁ……なんとか撃退はしたものの、最後にはヘッドハガーのマスクが壊されてしまうという体たらく。いやはや面目ない! はっはっはっ!」
と、頭の後ろを掻いたドルトン。そのまま死ねばよかったのに。
ショコラが興味深そうに一歩前に出た。
「今日はなんのコスプレをしているんですかぁ、ドルトンさん?」
「ムムッ、先日も師匠の横におった獣人女か。おい貴様、この儂を名前で呼ぶとは馴れ馴れしいぞ、身の程を知れ」
「ええ……なんなんですか、このあからさまな態度の急変……私ショコラって言いますぅ」
ショコラが俺の後ろに隠れて名乗った。ドルトンはそれ見てフンと鼻を鳴らす。
「貴様の名前など、なんでもよいわ。名無しの権兵衛とでも名乗っておけ……師匠、ところで今日の小生の装いは、いかがでしょうか?」
奴の強烈な二面性に呆れる俺。そこに投げかけられた、意図の読めない質問。
どうって言われても、パンツ一丁で赤い風船持っているようにしか見えん……。
俺が後ろ手でショコラをツンツンとすると、彼女はうーんと唸ってから、小声で「とりあえず当たり障りなく褒めておけばいいじゃないんですかぁ……」と言った。
「――まぁ、いいんじゃないか?」
大きく煙を吐きながら発せられた俺のひと言に、ドルトンは「おお、おお」と感じ入った様子で頷いた。
「さすがはディーゼル師匠。この『ピエロの姿をした“ソレ”に、風船を渡されて喜んでいるけれど、実はその風船の中身は全部血液で、もうすぐ風船が破裂して血まみれになり、トラウマを植え付けられてしまうにもかかわらず、風船がもらえたことが嬉しくて仕方ない無垢で憐れな少年のコスプレ』の良さを、ひと目で理解していただけるとは……ご慧眼でございまする。小生、このままこの付近の寄生モンスターに食い殺されても悔いはありませんぞ」
相変わらず細かいし、そんなこと言ってない……。
振り向くと、ショコラはふるふると顔を振って俺を見上げてきた。
まぁ、分からんよな。
でもそういうモンスター、この先にいるんだよ。
俺は、ダンジョンに無垢な少年はいないぞ、という至極真っ当な指摘を飲み込んで、さっさとドルトンを追い払うべくアドバイスをひねり出した。
「……〈ポンドワイズ〉なら六〇階層以降に出現するから、そのコスプレをするなら六〇階層より深く潜った方が良いんじゃないか?」
「――はっ⁉」
俺の指摘に、仰々しく大口を開けて息を呑んだドルトン。
「やや、まったくその通りでございます! そんな基本を忘れてしまっているとは、小生、肝煎りのヘッドハガーのマスクを壊され、気が動転しておったようですな。自分の姿格好にばかり気を取られ、二度までもシチュエーションを疎かにするとは、前衛的悪夢レイヤーとしてディーゼル師匠を前に、お恥ずかしいところをお目にかけました」
「前衛的悪夢レイヤーについてもう少し詳しく……」
「もう二度に渡って師匠に貴重なアドバイスを頂いておるにもかかわらず、何もお礼を差し出せぬ、このみすぼらしい小生をお許しくださいませ……」
俺の問いを遮って額を地面にこすり付けたドルトン。ちょうどその時、後ろでガサァッと音がした。ショコラがビビったのか?
「まぁ、それは……ああ、そうだ」
タバコを吹かしながら、ふと、思いついたことを聞いてみる。
「――ドルトン、スターチェイサーという冒険者のパーティーを見かけなかったか? 大人数で行動している連中だから目立つはずだが」
「ふむ、スターチェイサー……おお、そういえば二日前に、この階層を抜けていった団体がおりましたなぁ。その頃はまだ小生のヘッドハガーもまだ健在でしてな、連中、小生が寄生されて死んでいると思い込んで遠巻きにして行きましたぞ。はっはっはっ! このドルトンのコスプレも捨てた物ではござりませぬ‼」
だいぶスターチェイサーとの距離を縮められたな。このペースなら、七〇階層前には追いつけそうだ。
「――ところで師匠。スターチェイサーに用事があるのであれば、何人かはこの先で足止めになっておるでしょう。連中が確か、〈虫下し〉の入手について話をしておったのを覚えておりますぞ」
「虫下し、か……寄生された仲間が出たか?」
ここで寄生されたとしても、この先にある階層で手に入る素材で虫下しというアイテムを作って飲ませれば、死亡を回避できる。一応の救済措置だ。一応の。
寄生虫はいつ発症するか分からないため、忘れた頃、特にデカブツと戦っている最中に発症するとチーム全体が危機に陥る。そんなことから、寄生の恐れがある冒険者は必ず虫下しを飲まなくてはならない。
虫下しの素材は五〇階層にある。
ここは四八階層。近い――。
「――それは貴重な情報だ。ご苦労だったな、ドルトン」
「! ははぁ……っ! ありがたき幸せ」
ドルトンは目を閉じ、胸に手を当てて深々と礼をした。
「それでは小生、早速六〇階層に向かいますゆえ、これにて御免‼」
そう言い残し、赤い風船を引っ張って、カサカサと森の中を走っていったドルトン。ゴキブリとウサギを足したような素早い身のこなしだった。
気味の悪い……まぁ、装備無しで六〇階層に潜れば、さすがに死ぬだろ。
偶然とはいえ、有益な情報が手に入った。
ショコラを振り返る。
「おいショコラ、急ぐぞ。五〇階層に奴らの仲間が――」
ショコラは草の上で倒れていた。
ヘッドハガーに顔を覆われて、ピクピクと手を痙攣させながら。
シュコーっと嘆息をつき、天を仰くと、タバコの灰がポトッと下に落ちた。
ドルトン……お前、見えてただろ……教えろよ……。
「まったく……」
ヘッドハガーの急所をズブリと指で突いて殺すと、ショコラの顔からベリベリ、ズルズルとそれを引き剥がす。
すると彼女の喉からズルズルーッと、涎まみれになったテラつく長いチューブが引き出されてきた。
「――か、がはッ! ゲホッ、ゲホッ! で――ぜるゲホッ! さ……ゲホッ!」
目を白黒させて涎を垂らし、呼吸に喘ぐショコラ。
……孕まされたかな?
まぁ、この先で虫下しを飲ませればいいだろ。死に戻ってやり直すと、せっかくのタバコがもったいないしな。
そんなことを考えながら、彼女の前で片膝を突く。
するとショコラは苦しそうな顔を歪めて無理に笑って見せた。
「や、やっで、やりましだ――」
そう言ってショコラが握り締めていた拳を解くと、手のひらの上には赤く萎びた何かがあった。
「――風船?」
それはドルトンが持っていた風船の、空気を入れる前のやつだった。
「ドルトンさんのパンツから盗み取ってやりましたぁ! これであの人、持っている風船が割れたら替えがなくて困っちゃうんです‼ 私をジェーンドゥって呼んだ罰です‼」
「……だから?」
それよりお前、今のままだとリアルに生むことになるぞ。
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