追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

文字の大きさ
19 / 53

月夜の花

しおりを挟む
布団の中で目を閉じる。眠気は一向に襲って来なかった。深夜、ベッドから降りる。こうして布団を出るのは今日で何回目だろう、とため息をついた。

マリーは今朝発って行った。私は相変わらず一日を何もせずに過ごした。ただただ時間を消費しているだけ。違ったことと言えばマリーの変わりにギドがよく部屋に来たことだ。食事の時間には「お嬢、飯だぜ」と2人分のご飯を持って来て、一緒に食べた。

リヒャルトも午前と午後に一度ずつ顔を出した。2人とも私に色々と話しかけては出て行く。何度も出入りされたことで心配されているのだ、と気が付いた。

マリーがいなくなったことでこうも2人が代わる代わる来るとは思わなかった。マリーもギドもリヒャルトも、私がこの部屋から出ることを望んでいるようだ。

窓の方を少し見る。外は当たり前に暗い。

……少しだけ出てみようかしら。

今なら誰もいないだろう。そう思った。ちょうどその時廊下から足音が聞こえた。この時間にこの足音。エーリッヒ様だ。

外に出てもいいか聞いてみよう。そう思ってそっと扉を開くと、足音が止まった。扉の影から出ると怪訝そうな表情のエーリッヒ様がいた。

少し外に出てもいいでしょうか。そう言おうとしたが言葉が出なかった。駄目だと言われたら、と思うと声が出なかった。

エーリッヒ様は忙しい。仕事が溜まっている時のヴィルヘルムと同じ顔をしているから分かる。私が時間をとってはいけない。世界はもう寝静まっている。エーリッヒ様ももう寝るところだ。そう思ったが声は出なければ足も動かなかった。


「……今夜は月が明るい。嫌でなければ散歩に行かないか」


え、と思ってエーリッヒ様の顔を見る。変わらない表情。聞き間違いかと思った。だがその可能性はすぐに消えた。


「来なさい」


そう言って階段の方へ向かう背中を呆然と見つめる。少し遅れて追いかけると、エーリッヒ様は階段の手前で待ってくれていた。

ゆっくりと歩き出す。エーリッヒ様に会ったのはここへ来た日以来初めて。ゆったりとした足音と小さな足音が響く。城の中には他に誰もいない。

ここには穏やかな時間が流れている。ファルラニアにいた時のような息苦しさがない。先に出るように促され、エーリッヒ様の開けてくれた扉をくぐるとすぐに冷たい空気に包まれた。吐く息が白くなる。


「ファルラニアではまだ夏の終わりだが、ここは直に雪に閉ざされる」


静まり返った世界で低い静かな声が言った。空気が肌を刺す。キンと張り詰めたような空気。寒さで痛いほど。だけどやはり嫌な感じは全くない。

それでも体は震えた。何か上に着て来ればよかった。今からでも取りに行くか、と考えているとパサリと肩に何か掛けられた。


「すまない。そのような格好で出るものではなかったな」


見るとエーリッヒ様が着ていた上着だった。


「特別な毛皮を使っている。それ一枚で十分に暖かいだろう」


確かに暖かい。エーリッヒ様の温もりも残っている。しかし今度はエーリッヒ様が薄着になってしまった。


「私は慣れている。あなたが嫌でなければ着ていなさい」


表情ひとつ変えずにそう言うエーリッヒ様は全く寒そうではない。本当に寒くないのかは分からないが、好意を無駄にするのも悪い。


「ありがとうございます」


はー、と息を吐く。それは白くなってやがて消えた。

エーリッヒ様は「こちらだ」と言うと迷わずに歩き出した。城の裏から続く細い道。月の明かりで足元はちゃんと見える。ゆっくりと歩くその背中をゆっくりと追った。

エーリッヒ様は決して急かさなかった。始めて見る木が気になって足を止めた時も、月を見上げた時も、ただ黙って歩き続けた。そして2人の間に距離ができた時だけ立ち止まって静かに待ってくれた。

それはとても心地良い時間だった。

道の先、向こうの方に何かが見えた。明るい。なんだろう、と思ったが少し近付いて分かった。何かが光っている。たくさんの光る何かが地面を埋め尽くしている。しゃがみ込んでよく見るとそれは花だった。


「光る花……?」

「ああ、この時期の月が明るい夜のみ咲く」


まさか光る花があるなんて思ってもいなかった。国が変わるとこんなにも常識が違うのか。

手を伸ばすとひんやりとした花弁が触れた。普通の花とは感触も違う。


「不思議な花ですね。月の光を受けて発光しているのでしょうか?」

「この花は古来からユルンで存在するが、誰も解き明かすことはできていない」


それはそれでとても魅力的だなと思う。自然の不思議は不思議なままでいいのだ。人間がずかずかと土足で入っていいところではない。

エーリッヒ様は花の中へと足を踏み入れた。私も花を踏まないようそろそろと入った。


「朝が来たらしぼみ、また月の明るい夜に開く。小さな頃から私はこの花が見たくてこのような夜には城を抜け出していた」


私がエーリッヒ様の立場だったとしてもきっと抜け出していただろうと思った。

歩くたびにサクサクと音が立つ。まるで地面が凍っているようだ。いや、この寒さだ。もしかしたら本当に凍っているのかもしれない。

エーリッヒ様は何を思って私をこの場所に連れて来てくれたのだろう。どういうつもりで私をこの国へ連れて来たのだろう。

……この人は私に何を望んでいるのだろうか。

振り向いて見つめると彼も私を見つめた。


「……どうして私をここへ?」


エーリッヒ様は視線を逸らさずに言った。


「あそこでは眠れないのだろう?」


眠れない。そう、ずっと眠れない。母が死んでから。ヴァルデ家の当主になってから。ヴィルヘルムの文官になってから。

ずっと、眠れなかった。


「ここへ来て眠れるのならそれがいいと思った」


エーリッヒ様の『ここ』はどこを指しているのだろう。光る花畑か、冷たく澄んだ国か。

先に目を逸らしたのは私だった。全てを見透かすようなその静かな目を見つめていられなかった。


「……今なら眠れそうです」

「城へ戻ろう」


来た道を反対に歩く。ゆっくりと進むその道は行きよりも短い気がした。

あっという間に城に着き、エーリッヒ様は私を部屋の前まで送ってくれた。


「この国は穏やかな人間が多い。だが高貴な花を散らしたいと思う人間もいる。夜の散歩は私かギドがいる時だけにしなさい」


はい、と答える。エーリッヒ様は少し表情を和らげた。


「ゆっくりと眠るといい」

「おやすみなさい」


そう言って部屋に入ると、コツコツと足音が遠ざかって行った。そして扉の閉まる音が聞こえた。

そこで気が付いた。借りた上着を返していない。返しに行くかと少し迷い、もう少し借りておくことにした。エーリッヒ様によく似合う色のゆったりとした大きな上着。

形が崩れないように丁寧にかける。布団に入るとあたたかさに包まれ、すぐに眠りに落ちた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙冬可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

〖完結〗聖女の力を隠して生きて来たのに、妹に利用されました。このまま利用されたくないので、家を出て楽しく暮らします。

藍川みいな
恋愛
公爵令嬢のサンドラは、生まれた時から王太子であるエヴァンの婚約者だった。 サンドラの母は、魔力が強いとされる小国の王族で、サンドラを生んですぐに亡くなった。 サンドラの父はその後再婚し、妹のアンナが生まれた。 魔力が強い事を前提に、エヴァンの婚約者になったサンドラだったが、6歳までほとんど魔力がなかった。 父親からは役立たずと言われ、婚約者には見た目が気味悪いと言われ続けていたある日、聖女の力が覚醒する。だが、婚約者を好きになれず、国の道具になりたくなかったサンドラは、力を隠して生きていた。 力を隠して8年が経ったある日、妹のアンナが聖女だという噂が流れた。 そして、エヴァンから婚約を破棄すると言われ…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 ストックを全部出してしまったので、次からは1日1話投稿になります。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです

有賀冬馬
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」 そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。 社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。 そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。 過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。 そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。 「君が隣にいない宮廷は退屈だ」 これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。

拾った指輪で公爵様の妻になりました

奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。 とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。 この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……? 「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」 公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。

処理中です...