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町
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城を出るとそこにはたくさんの人が歩いていた。うっすらと積もった雪が白く輝く。空からはちらちらと雪が降っている。エーリッヒ様の後ろを歩く。確かギドが皆冬支度で忙しいと言っていた。その様子が見て分かる。
「何か足らないものはないか?」
エーリッヒ様がそこにいた人に声をかけた。その人は「エーリッヒ様」と呼んですぐに答える。
「大丈夫です。エーリッヒ様のおかげでいつ雪が積もっても生活できます」
「何かあれば言うよう、皆にも言っておいてくれ」
そんな会話をしてエーリッヒ様は再び歩き始める。そしてまた足を止め、話をする。それを繰り返す。それだけでエーリッヒ様は皆に慕われていることが分かる。
言葉は少ないし表情も決して柔らかいとは言えない。それでも慕われているのはやはりエーリッヒ様の人柄だろうか。硬い表情でも思いやりが見えるのだ。
周りを見ながら無言で後ろを歩いていると、エーリッヒ様がまた足を止めた。
「ここへ入る」
そう言うと中へと入って行った。町の人たちと話をしてきたが家の中に入るのは初めてだ。着いて行っていいのかと思いながらも中へ入るとほんの少しあたたかかった。
中にいたのは女の人だった。30歳くらいに見える。質素な服を着ているが綺麗な人だ。
「あら、エーリッヒ様。いらっしゃい」
「頼んでいたものはできているか?」
女の人は「はい」と返事をして奥へと入って行った。すぐに何かを持って戻って来る。
「どうぞ」
エーリッヒ様が受け取ったのはミトン手袋だった。白くてかわいくて暖かそう。その時になって気が付いた。ここはお店だ。あまり品物が並んでいないから分からなかった。
「もう閉める時期なのにすまない」
「いいえ、何かあったらいつでも言ってください。ご用意しますので」
「感謝する」
エーリッヒ様がお金を渡すと、女の人は私の方を見た。
「エーリッヒ様の奥方ですか?」
「え?」
まさかこちらに話を振られるとも思っていなかったし、そんなふうに言われるとも思っていなかったので間の抜けた声が出た。
「だってそれエーリッヒ様の服でしょう?」
穏やかに微笑む女の人。まさか町の人たちがエーリッヒ様の服を覚えているとは思わなかった。もしかして他の人にもそう思われていたのかしら……。
ちらっとエーリッヒ様を見上げると、「そうではない」と否定した。
「彼女に失礼なのであまり言わないでくれ」
「あら?そうなのですか?手袋もこの方のでしょう?」
エーリッヒ様が言葉に詰まった。
「大事にしてられるのね」
そう言って女の人は柔らかく微笑んだ。違います、と言いたかったが言葉は出なかった。私がエーリッヒ様の服を着てきたことでこうなるとは思わなかった。
「……また何かあったら頼む」
エーリッヒ様はそう言って外へ出た。私も俯いたまま出る。エーリッヒ様に申し訳ない。私なんかと噂されるなど……。
「申し訳ありません」
「気にせずともよい」
顔を上げるとエーリッヒ様は私を見ていた。真っ直ぐな目。
「どんな服を着ていようが私と共にいたら同じように言われていた。その服が気に入っているのなら着ていればいい」
じんわりと心が温かくなる。
「謝らなければならないのはこちらだ。こうなることは少し考えれば分かることだった。あなたを連れて来るべきではなかった」
「いいえ」
考える前に言葉が出た。
「私は連れて来ていただけて嬉しいです」
エーリッヒ様が目を丸くする。言ってから少し後悔した。恥ずかしいことを言ってしまったかもしれない。
ふ、とエーリッヒ様の表情が柔らかくなった。これを、と先ほどの手袋を渡される。
「あなたの手は冷たい。着けていれば少しはマシになるだろう」
お礼を言う。本当はずっと手が痛かった。私の手は昔から冷たい。それは冬でも夏の暖かい時も変わらない。エーリッヒ様はまた歩き始めた。その背を見て思う。どうしてエーリッヒ様は私の手が冷たいことを知っているのだろう。
町を一周した頃には雪がひどくなっていた。大きな雪片が袖につく。目の高さに手を上げて目を凝らすと結晶が見えた。じっと見つめる。はらはらと降る雪が袖を飾る。一つとして同じ形の結晶はなかった。
随分と長いこと見つめていた気がする。ハッとして顔を上げるとエーリッヒ様はそこに立ってこちらを見ていた。私を待っているのは明らかだった。
「も、申し訳ありません……!」
「いや、いい」
短く答えるエーリッヒ様に怒っている様子はない。私はどのくらい立ち止まっていたのだろうか。
「面白いか?」
「……はい。雪の結晶など初めて見ました」
ファルラニアでは立ち止まって雪を見ることなどなかった。そんな余裕がなかった。時間にも気持ちにも。
「雪を美しいと思ったことは初めてです」
空を見上げる。どんよりした空から降って来る雪がこんなにも綺麗なことを知らなかった。
エーリッヒ様も同じように見上げる。
「美しい、か……。あなたの目には美しくうつるのだな」
エーリッヒ様はこれを美しいと思わないのだろうか。
……雪も日常になると美しくなるのかしら。
それはとても残念なことだ。ずっとこれを美しいと思える私でいたいと思った。
「昼を過ぎてしまったな」
城に戻るとエーリッヒ様はすまない、と私に言った。いいえ、と首を振る。私が立ち止まっていたせいで遅くなったのだ。エーリッヒ様が謝る必要はない。
3階に上がり、食堂へ入るとイェンスがいた。
「お戻りですか」
「ああ」
「どちらで召し上がりますか?」
エーリッヒ様はちらりと私を見た。そして短く答える。
「ここで」
「おや、珍しい」
皆自室で食事をとっている、とマリーもギドも言っていた。エーリッヒ様も普段はここで食べないのだろう。私もヴァルデ家の屋敷の食堂は長らく使っていなかった。
どうしてどこの食堂もこんなに広いのだろう、と思う。そして家によっては、または、代によってはこの広さが必要になるのだと気が付いた。
「リーゼロッテ様はどうされますか?」
イェンスに問われて少し考える。エーリッヒ様は既に座っている。これは食事に誘われているのだろうか。ここで食べると言うべきだろうか。
逡巡しているとエーリッヒ様がイェンスに視線を向けた。それを受けたイェンスはエーリッヒ様の向かいの椅子を引く。
「お嫌でなければエーリッヒ様とご一緒してあげてください。こう見えて寂しがりなんです」
余計なことを言うな、と不満そうにエーリッヒ様が言う。イェンスは私に微笑んだ。その笑みに後押しされて私は椅子に座った。
「何か足らないものはないか?」
エーリッヒ様がそこにいた人に声をかけた。その人は「エーリッヒ様」と呼んですぐに答える。
「大丈夫です。エーリッヒ様のおかげでいつ雪が積もっても生活できます」
「何かあれば言うよう、皆にも言っておいてくれ」
そんな会話をしてエーリッヒ様は再び歩き始める。そしてまた足を止め、話をする。それを繰り返す。それだけでエーリッヒ様は皆に慕われていることが分かる。
言葉は少ないし表情も決して柔らかいとは言えない。それでも慕われているのはやはりエーリッヒ様の人柄だろうか。硬い表情でも思いやりが見えるのだ。
周りを見ながら無言で後ろを歩いていると、エーリッヒ様がまた足を止めた。
「ここへ入る」
そう言うと中へと入って行った。町の人たちと話をしてきたが家の中に入るのは初めてだ。着いて行っていいのかと思いながらも中へ入るとほんの少しあたたかかった。
中にいたのは女の人だった。30歳くらいに見える。質素な服を着ているが綺麗な人だ。
「あら、エーリッヒ様。いらっしゃい」
「頼んでいたものはできているか?」
女の人は「はい」と返事をして奥へと入って行った。すぐに何かを持って戻って来る。
「どうぞ」
エーリッヒ様が受け取ったのはミトン手袋だった。白くてかわいくて暖かそう。その時になって気が付いた。ここはお店だ。あまり品物が並んでいないから分からなかった。
「もう閉める時期なのにすまない」
「いいえ、何かあったらいつでも言ってください。ご用意しますので」
「感謝する」
エーリッヒ様がお金を渡すと、女の人は私の方を見た。
「エーリッヒ様の奥方ですか?」
「え?」
まさかこちらに話を振られるとも思っていなかったし、そんなふうに言われるとも思っていなかったので間の抜けた声が出た。
「だってそれエーリッヒ様の服でしょう?」
穏やかに微笑む女の人。まさか町の人たちがエーリッヒ様の服を覚えているとは思わなかった。もしかして他の人にもそう思われていたのかしら……。
ちらっとエーリッヒ様を見上げると、「そうではない」と否定した。
「彼女に失礼なのであまり言わないでくれ」
「あら?そうなのですか?手袋もこの方のでしょう?」
エーリッヒ様が言葉に詰まった。
「大事にしてられるのね」
そう言って女の人は柔らかく微笑んだ。違います、と言いたかったが言葉は出なかった。私がエーリッヒ様の服を着てきたことでこうなるとは思わなかった。
「……また何かあったら頼む」
エーリッヒ様はそう言って外へ出た。私も俯いたまま出る。エーリッヒ様に申し訳ない。私なんかと噂されるなど……。
「申し訳ありません」
「気にせずともよい」
顔を上げるとエーリッヒ様は私を見ていた。真っ直ぐな目。
「どんな服を着ていようが私と共にいたら同じように言われていた。その服が気に入っているのなら着ていればいい」
じんわりと心が温かくなる。
「謝らなければならないのはこちらだ。こうなることは少し考えれば分かることだった。あなたを連れて来るべきではなかった」
「いいえ」
考える前に言葉が出た。
「私は連れて来ていただけて嬉しいです」
エーリッヒ様が目を丸くする。言ってから少し後悔した。恥ずかしいことを言ってしまったかもしれない。
ふ、とエーリッヒ様の表情が柔らかくなった。これを、と先ほどの手袋を渡される。
「あなたの手は冷たい。着けていれば少しはマシになるだろう」
お礼を言う。本当はずっと手が痛かった。私の手は昔から冷たい。それは冬でも夏の暖かい時も変わらない。エーリッヒ様はまた歩き始めた。その背を見て思う。どうしてエーリッヒ様は私の手が冷たいことを知っているのだろう。
町を一周した頃には雪がひどくなっていた。大きな雪片が袖につく。目の高さに手を上げて目を凝らすと結晶が見えた。じっと見つめる。はらはらと降る雪が袖を飾る。一つとして同じ形の結晶はなかった。
随分と長いこと見つめていた気がする。ハッとして顔を上げるとエーリッヒ様はそこに立ってこちらを見ていた。私を待っているのは明らかだった。
「も、申し訳ありません……!」
「いや、いい」
短く答えるエーリッヒ様に怒っている様子はない。私はどのくらい立ち止まっていたのだろうか。
「面白いか?」
「……はい。雪の結晶など初めて見ました」
ファルラニアでは立ち止まって雪を見ることなどなかった。そんな余裕がなかった。時間にも気持ちにも。
「雪を美しいと思ったことは初めてです」
空を見上げる。どんよりした空から降って来る雪がこんなにも綺麗なことを知らなかった。
エーリッヒ様も同じように見上げる。
「美しい、か……。あなたの目には美しくうつるのだな」
エーリッヒ様はこれを美しいと思わないのだろうか。
……雪も日常になると美しくなるのかしら。
それはとても残念なことだ。ずっとこれを美しいと思える私でいたいと思った。
「昼を過ぎてしまったな」
城に戻るとエーリッヒ様はすまない、と私に言った。いいえ、と首を振る。私が立ち止まっていたせいで遅くなったのだ。エーリッヒ様が謝る必要はない。
3階に上がり、食堂へ入るとイェンスがいた。
「お戻りですか」
「ああ」
「どちらで召し上がりますか?」
エーリッヒ様はちらりと私を見た。そして短く答える。
「ここで」
「おや、珍しい」
皆自室で食事をとっている、とマリーもギドも言っていた。エーリッヒ様も普段はここで食べないのだろう。私もヴァルデ家の屋敷の食堂は長らく使っていなかった。
どうしてどこの食堂もこんなに広いのだろう、と思う。そして家によっては、または、代によってはこの広さが必要になるのだと気が付いた。
「リーゼロッテ様はどうされますか?」
イェンスに問われて少し考える。エーリッヒ様は既に座っている。これは食事に誘われているのだろうか。ここで食べると言うべきだろうか。
逡巡しているとエーリッヒ様がイェンスに視線を向けた。それを受けたイェンスはエーリッヒ様の向かいの椅子を引く。
「お嫌でなければエーリッヒ様とご一緒してあげてください。こう見えて寂しがりなんです」
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