追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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優しさ

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「外は寒かったでしょう?」


イェンスがスープとパンを私の前に置いた。湯気をあげるスープは野菜や腸詰めが入っている。エーリッヒ様の前にも同じ物が置かれた。

イェンスの「どうぞ」という言葉に感謝を述べる。食欲はない。手がスプーンに伸びない。


「食べないのか?」


既に食べ始めているエーリッヒ様が怪訝そうに私を見た。やっぱり部屋で食べればよかった、と後悔した。スプーンを持つ手が震えた。エーリッヒ様はああ、と納得したようにイェンスを呼んだ。


「毒味をしてくれ」

「……!必要ありません」


慌てて止める。毒など恐れていない。イェンスが、エーリッヒ様が私に毒を盛るなど思ったこともない。

スープを口に運ぶ。味がしない。それ以上食べる気にもならずに俯くと、スプーンを置く音が聞こえた。


「……食べていないとは聞いていたが」


びくっとした。誰が言ったのかなど考える必要もない。ギドだ。ギドの今の雇い主はエーリッヒ様だから。


「申し訳、ありません」


絞り出すように謝ると、すぐに言葉が返って来た。


「謝る必要はない。無理に食べろとも言わない。だが食べなければ生きることもできない」


その通りだ。分かっている。だから今まで無理やり食べてきた。完食はできなくともできるだけ食べるようにしてきた。手をぎゅっと握る。何故だろう。エーリッヒ様の前では取り繕うこともできない。


「食べたい物があれば言うといい。私にでもイェンスにでも。出来るだけ準備するようにしよう」


涙が出そうになった。自分が情けなくて。まるでわがままな子供のようだ。

その時、背後で扉が開いた。


「お?王様がお嬢を泣かせてるぞ」


その場に似つかわしくない明るい声。隣の椅子が引かれ、そこにギドが座った。顔を上げると、ギドは私の皿からパンを一つとってかじった。イェンスがすぐにギドの分の皿を並べた。ギドはスープを飲んで「美味えな」と呟く。エーリッヒ様も再びスプーンを持って食べ始めた。

カチャカチャと食器の音が響く。私はただそこに座っていた。食事をする2人を眺める。私も前までは美味しく食べることができた。

仕事が忙しくて食事の回数が減り、毒を盛られることも増え、いつの間にか何の味もしなくなった。そうなると食べることが苦痛になった。最低限の栄養を摂るためだけに咀嚼して嚥下していた。

前までは何とも思わなかったのに、ここでは食べられないことが物凄く恥ずかしかった。


「お嬢、いらねえならもらうぜ」


ギドが自分の分を食べ終え、当たり前のように私の皿を取った。エーリッヒ様が顔を顰めるのが見えたが、見なかったふりをした。ほっと息を吐く。ギドが来て助かった。エーリッヒ様が立ち上がる。


「暴くような真似をしてすまなかった」


静かにそう言うと出て行った。わがままだと思われただろうか。面倒臭いと思われただろうか。嫌われてしまっただろうか。

そう考えるとまた涙が出そうになった。


「泣くな」


ピシャリと言われ、唇を噛む。


「リーゼロッテ・ヴァルデはそんな女じゃなねえ。男に涙を見せるような安い女じゃねえ」


目を閉じて息を深く吸って吐いた。目を開ける。涙は出ない。さすがギドは私のことをよく知っている。


「リーゼロッテ様、申し訳ありません。ああ見えてエーリッヒ様は心配されてるのです」

「……分かっています。優しい方ですもの」


テーブルの端に置いた手袋を見る。エーリッヒ様は優しい人だ。心配をしてくれているだけ。きっと面倒だなんて思っていない。そんな人じゃない。

立ち上がり部屋へ戻ると、ギドも当然のように着いてきた。椅子に座って、扉のそばに立ったままのギドを見る。


「……来てくれてありがとう」


ギドはきっと全部見ていたのだろうと思う。町にいた時もたまに気配を感じた。先ほども頃合いを見て出てきてくれたのだと思う。


「王様は少しデリカシーにかける」


思わず笑ってしまった。ギドが『デリカシー』だなんて。私の寝室には入るし、平気で着替えを見ていたギドが。


「ちゃんと助けてやっただろ」


そう言ったギドは不満そうに「あんま笑うともう助けてやらねぇ」と私を見た。笑いを抑える。


「ごめんなさい。だけど、本当に助かったわ」


ギドがああ、と頷いた。


「無理はするな。するのは死なない程度の無理だけでいい」


死なない程度の無理。それなら少し得意。


「……思えば、あなたは私を本気で殺そうとする時以外は優しかったわね」


ここまで生きてきたのもギドのおかげ。この男はなんだかんだで12年も近くにいる。


「だから言っただろ。俺は優しいんだよ」

「だけどいつか私を殺すでしょう?」


ギドが唇の端を上げた。


「分かるか?」


ふとした時に感じる鋭い視線には殺気が混ざっている。わざとだろうけど。

ため息を吐く。


「安心しろ。別に今殺そうとしているわけじゃない。いつか、だ」

「……その辺の暗殺者に殺されるくらいならあなたに殺された方が楽でしょうね」


ギドは笑った。


「ああ、苦しまずに眠るように殺してやるぜ。俺は優しいからな」


そこには悪意など欠片もなかった。
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