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怒り
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エーリッヒ様の向かいに座り、私の隣にギドが座った。昼と同じ並びだ。ギドが「さっむいな」と文句を言いながら厨房へと入って行った。それを無視してエーリッヒ様は「まず」と切り出す。
「手袋が汚れたならまた買えばいいし、上着も同じだ。あれを気に入っているなら他のものを着ればいい」
ああ、そうか、上着なら私が持って来た物もあった。すっかり忘れていた。
「薄着で外に出るなどやめなさい。ユルンでは本当に死にかねない」
「はい」
頷くとエーリッヒ様はため息を吐いた。なぜ怒っているのだろう。
「さて、詳しい経緯を教えてくれ。あなたはなぜあそこにいた?」
なぜ?それをエーリッヒ様が望んだからだ。
「町へ出た時からずっとつけられていました。ここへ帰った後も窓の外には影がありました。だから夜になっておびき出したのです」
「『だから』とは?」
その時ギドが戻って来た。手にはカップを3つ持っている。それを私たちの前に一つずつ置いた。中身はホットミルクだろう。
エーリッヒ様の前に置かれたカップに手を伸ばす。私の前に2つ並んだが、2人とも何も言わなかった。
「エーリッヒ様が望んだのでしょう?」
エーリッヒ様は不可解そうに顔を顰める。あれ?と思う。
「私があの男達の囮になって捕え、背後関係を調べたかったのではないのですか?」
「……意味がよく分からないが」
私も首を傾げた。おかしいな。なんだか前提から違う気がしてきた。
「その為に私を連れて町を歩いたのではないのですか?」
エーリッヒ様が頭を抱えた。違ったのだろうか。他に私を連れて歩く理由がないと思ったのだけど。ギドが横から口を挟む。
「王様はそんなこと考えてなかったんじゃねえの?」
確かにそんなふうに見える。もしかして私は余計なことをしてしまっただろうか。だから怒っているのかもしれない。
「……あなたの主君はあなたをそんなふうに使っていたのか?」
「ヴィルヘルム様がですか!?まさか!あの方は敵が多すぎてそんなことをしてもあまり意味がありませんでしたから」
小物だけど面倒な貴族がいた時は何度かしたことがあるけれど。ちなみに彼らは皆現行犯で捕えられた。
「……私はそんなこと望んでいない」
「だってエーリッヒ様の役に立たないとユルンへ来た意味がないではありませんか」
このままでは私はただの穀潰しだ。エーリッヒ様もせっかく私を連れて来たのに、と思うだろう。
「役に立とうとなどしなくていい。私はあなたにそのようなことは望んでいない。ましてや囮になるなど論外だ。二度とこういうことはするな」
「……はい」
静かだけど強い口調だった。怒りが滲んでいた。
「勝手なことをして申し訳ございませんでした」
完全に私の早とちりだった。俯いて謝るとエーリッヒ様は「違う」と私を見た。
「勝手なことなどとは思っていない。私はあなたが危険な真似をしたから怒っているのだ」
「……心配、してくださったのですか?」
「ああ」
視線を逸らして頷いたエーリッヒ様の眉間の皺は深かった。
ギドが「お嬢」と私を呼ぶ。
「それは王様のだろ。取るのはよくねえんじゃねえの?」
唇の端を上げて笑ったギド。目は全く笑っていない。私の前にあるホットミルクを見ている。
そうね、と答えてひとつをエーリッヒ様の前に置いた。私はもう一つを持ち上げて口へと運ぶ。その直前に腕を掴まれた。
「どういうつもりだ?」
「それは私の台詞よ、ギド。どういうつもり?」
ギドは「はっ!」と笑う。
「こうでもしねえとお前喋らないだろ」
「余計なことはしないでと言ったでしょう」
「言ってないね。お前は余計なことは言うなと言ったんだ」
イラッとした。
「人の心に土足で踏み入らないで!」
手に力を入れないと、持っているホットミルクをギドにかけてしまいそうだった。
「お前の秘密を知ったからといって王様がお前を不気味がるとでも思ってんのか?」
「そんなこと思ってないわよ!なんなのよさっきから!私とエーリッヒ様の距離を縮めようとでもしてるの?余計なお世話よ!」
こんなにも声を荒げたのは初めてかもしれない。こんなにも感情的になったのはいつぶりか。エーリッヒ様の視線を感じる。そちらを見ることができなかった。
「……いつまでも殻に閉じこもってたって仕方ないだろ。俺はお前のそんな顔は見たくねえんだよ」
その声にいつもの軽薄さはない。少し冷静になった。
「俺は今お前の敵じゃねえ。分かるだろ?お前はこれからここで生きていくんだ。その為にお前の価値を上げろ。人を信用して、人に信用されろ」
分かっている。そんなこと言われなくても分かっている。
だけどそれでエーリッヒ様が変わってしまったら?私のことを気味悪がったら?ギドの言葉を否定したけれど、その実私が恐れているところはそれだ。
「生きる為に使えるものは何でも使え。それが人智を超えた力だとしても、だ」
ギドの言うことは正しい。私は今までそうやって生きてきた。
「……嫌。嫌よ」
声が震えた。
「エーリッヒ様に嫌われたくないもの」
私のこれを知ってエーリッヒ様がどう変わるかなど分からない。
一度、これがバレたことがある。ファルラニアの下級貴族。彼は私を恐れ、不気味がった。私を恐れる傍らで利用しようと脅してきた。結局、私は彼を罠に嵌め、彼は爵位を失った。
あの時のあの目はいまだに忘れられない。私はもう誰にもこれを言わないと誓った。
「リーゼロッテ」
静かなその声はもう怒りを含んでいない。のろのろと顔を上げる。
「話したくないなら話さずとも良い。詮索もしない。だがそれを秘密にすることであなたが苦しい思いをするなら話して欲しい。何を聞いても驚かないし、あなたのことを嫌いになることはない」
真っ直ぐなその目は嘘をついていなかった。
「手袋が汚れたならまた買えばいいし、上着も同じだ。あれを気に入っているなら他のものを着ればいい」
ああ、そうか、上着なら私が持って来た物もあった。すっかり忘れていた。
「薄着で外に出るなどやめなさい。ユルンでは本当に死にかねない」
「はい」
頷くとエーリッヒ様はため息を吐いた。なぜ怒っているのだろう。
「さて、詳しい経緯を教えてくれ。あなたはなぜあそこにいた?」
なぜ?それをエーリッヒ様が望んだからだ。
「町へ出た時からずっとつけられていました。ここへ帰った後も窓の外には影がありました。だから夜になっておびき出したのです」
「『だから』とは?」
その時ギドが戻って来た。手にはカップを3つ持っている。それを私たちの前に一つずつ置いた。中身はホットミルクだろう。
エーリッヒ様の前に置かれたカップに手を伸ばす。私の前に2つ並んだが、2人とも何も言わなかった。
「エーリッヒ様が望んだのでしょう?」
エーリッヒ様は不可解そうに顔を顰める。あれ?と思う。
「私があの男達の囮になって捕え、背後関係を調べたかったのではないのですか?」
「……意味がよく分からないが」
私も首を傾げた。おかしいな。なんだか前提から違う気がしてきた。
「その為に私を連れて町を歩いたのではないのですか?」
エーリッヒ様が頭を抱えた。違ったのだろうか。他に私を連れて歩く理由がないと思ったのだけど。ギドが横から口を挟む。
「王様はそんなこと考えてなかったんじゃねえの?」
確かにそんなふうに見える。もしかして私は余計なことをしてしまっただろうか。だから怒っているのかもしれない。
「……あなたの主君はあなたをそんなふうに使っていたのか?」
「ヴィルヘルム様がですか!?まさか!あの方は敵が多すぎてそんなことをしてもあまり意味がありませんでしたから」
小物だけど面倒な貴族がいた時は何度かしたことがあるけれど。ちなみに彼らは皆現行犯で捕えられた。
「……私はそんなこと望んでいない」
「だってエーリッヒ様の役に立たないとユルンへ来た意味がないではありませんか」
このままでは私はただの穀潰しだ。エーリッヒ様もせっかく私を連れて来たのに、と思うだろう。
「役に立とうとなどしなくていい。私はあなたにそのようなことは望んでいない。ましてや囮になるなど論外だ。二度とこういうことはするな」
「……はい」
静かだけど強い口調だった。怒りが滲んでいた。
「勝手なことをして申し訳ございませんでした」
完全に私の早とちりだった。俯いて謝るとエーリッヒ様は「違う」と私を見た。
「勝手なことなどとは思っていない。私はあなたが危険な真似をしたから怒っているのだ」
「……心配、してくださったのですか?」
「ああ」
視線を逸らして頷いたエーリッヒ様の眉間の皺は深かった。
ギドが「お嬢」と私を呼ぶ。
「それは王様のだろ。取るのはよくねえんじゃねえの?」
唇の端を上げて笑ったギド。目は全く笑っていない。私の前にあるホットミルクを見ている。
そうね、と答えてひとつをエーリッヒ様の前に置いた。私はもう一つを持ち上げて口へと運ぶ。その直前に腕を掴まれた。
「どういうつもりだ?」
「それは私の台詞よ、ギド。どういうつもり?」
ギドは「はっ!」と笑う。
「こうでもしねえとお前喋らないだろ」
「余計なことはしないでと言ったでしょう」
「言ってないね。お前は余計なことは言うなと言ったんだ」
イラッとした。
「人の心に土足で踏み入らないで!」
手に力を入れないと、持っているホットミルクをギドにかけてしまいそうだった。
「お前の秘密を知ったからといって王様がお前を不気味がるとでも思ってんのか?」
「そんなこと思ってないわよ!なんなのよさっきから!私とエーリッヒ様の距離を縮めようとでもしてるの?余計なお世話よ!」
こんなにも声を荒げたのは初めてかもしれない。こんなにも感情的になったのはいつぶりか。エーリッヒ様の視線を感じる。そちらを見ることができなかった。
「……いつまでも殻に閉じこもってたって仕方ないだろ。俺はお前のそんな顔は見たくねえんだよ」
その声にいつもの軽薄さはない。少し冷静になった。
「俺は今お前の敵じゃねえ。分かるだろ?お前はこれからここで生きていくんだ。その為にお前の価値を上げろ。人を信用して、人に信用されろ」
分かっている。そんなこと言われなくても分かっている。
だけどそれでエーリッヒ様が変わってしまったら?私のことを気味悪がったら?ギドの言葉を否定したけれど、その実私が恐れているところはそれだ。
「生きる為に使えるものは何でも使え。それが人智を超えた力だとしても、だ」
ギドの言うことは正しい。私は今までそうやって生きてきた。
「……嫌。嫌よ」
声が震えた。
「エーリッヒ様に嫌われたくないもの」
私のこれを知ってエーリッヒ様がどう変わるかなど分からない。
一度、これがバレたことがある。ファルラニアの下級貴族。彼は私を恐れ、不気味がった。私を恐れる傍らで利用しようと脅してきた。結局、私は彼を罠に嵌め、彼は爵位を失った。
あの時のあの目はいまだに忘れられない。私はもう誰にもこれを言わないと誓った。
「リーゼロッテ」
静かなその声はもう怒りを含んでいない。のろのろと顔を上げる。
「話したくないなら話さずとも良い。詮索もしない。だがそれを秘密にすることであなたが苦しい思いをするなら話して欲しい。何を聞いても驚かないし、あなたのことを嫌いになることはない」
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