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ハンナ
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3日後の昼過ぎにマリーは帰って来た。部屋でゆっくりしていると突然顔を出したのだ。
「ただいま戻りました」
「……!驚いたわ!おかえりなさい。疲れたでしょう?お部屋で休んでちょうだい」
マリーが無事に帰って来たことに心底ほっとした。馬車の旅は疲れる。マリーの顔には疲労の色が濃く出ていた。
「ありがとうございます。だけどハンナのお部屋を整えてあげないと」
ハンナと言うとマリーが迎えに行った子だろうか。部屋は確か少し先に用意してあるはずだ。
「私がしておくわ。マリーは気にしないで。休まないと倒れてしまうもの」
「リーゼロッテ様にそんなことさせられません……!私は大丈夫ですから」
そう言って意地でも休もうとしないマリー。どう説得しようかと考えていると部屋の扉が開いた。
「おう、帰ったか」
ギドが我が物顔で入って来た。マリーはギドを睨んだ。
「図々しくリーゼロッテ様のお部屋に入って来ないで。せめてノックくらいしなさいよ!」
「はいはい。お前は相変わらず口うるさいな」
「あんたは相変わらず礼儀がなってないわね」
2人の言い合いを聞いていると面白い。だがこの間ハンナは放置されているのだろう。椅子から立ち上がって扉を開けるとそこに女の子が1人立っていた。
「あなたがハンナ?」
ハンナは小さく頷いた。
「何歳か聞いてもいい?」
「……7歳です」
か細い声。可愛い子だ。髪はパサパサだし、栄養状態も決していいとは言えない。だけどきちんとお風呂に入って食事を取れば見違えるだろう。
ハンナはじっと私を見て言った。
「リーゼロッテ様、ですか?」
「ええ。マリーに聞いたの?」
こくりと頷く。私が知っている子供と全然違う。ファルラニアの貴族の子供は7歳と言うと礼儀は身についていた。だけど嫌な感じはない。こっちの方が自然な気がする。
「エーリッヒ様にはご挨拶したかしら?」
ハンナは首をふるふると横に振った。
「じゃあ一緒に行きましょう」
部屋の中でまだ言い合っている2人を見る。楽しそうだ。
「エーリッヒ様のところは行って来るわ。マリーは休みなさいね」
「おー、2階の突き当たりの部屋な」
私はギドに頷いて歩き出した。後ろからマリーの呼ぶ声が聞こえたが無視。5日も馬車に乗っていたのだ。これ以上働かされない。
ハンナに合わせてゆっくりと歩き、エーリッヒ様の執務室についた。初めて来た。少し緊張したがハンナに気付かれないよう、深呼吸してノックした。
「入れ」
短く答える声。扉を開くと正面にエーリッヒ様が座っていた。会うのはあの日の食堂以来だ。エーリッヒ様は私を見ると驚いたような表情を浮かべた。なぜここに、と言いたそうな顔だ。実際言いかけていたと思う。
「ハンナが到着しました」
執務室の中には他の人もいる。皆が私とハンナを見ていた。エーリッヒ様は言葉を飲み込んで立ち上がった。
「部屋に案内する」
そう言ったエーリッヒ様を笑顔で止める。
「大丈夫です。エーリッヒ様にそこまでしていただく必要はありません。ご挨拶に来ただけです」
エーリッヒ様はハンナに視線を向けた。少し考え、「ゆっくり休むといい」とだけ言った。ハンナはこくりと頷いた。
失礼します、と部屋を出る。
「難しいお顔をされてるけれど、優しいお方なのよ。誤解しないでね」
ハンナは小さな声で「はい」と頷いた。3階に戻るとギドがいた。
「部屋は使えるぜ」
「ありがとう」
ハンナの部屋は私達に与えられた部屋よりも少し狭かった。あるのは最低限の家具と質素な着替えのみ。これは意地悪なんかではないことは分かる。
王が平民を城に置くだけでもとんでもないことなのに、それにお金をかけるなど論外だ。しかも彼女は犯罪者の娘。下手したら暴動が起きかねない。
「あなたのお父さんが迎えに来るまでここでゆっくりしてたらいいわ」
ハンナはどこまで聞いているだろう。父親がエーリッヒ様に毒を盛ったことも知っているのだろうか。何も知らなければいいなと思った。
「ここまでよく頑張ったわね。疲れたでしょう?少し休まなさい」
ふとんに入れるとハンナはすぐに眠りに落ちた。子供の体には負担が大きかっただろう。しかも病気の子だ。
「そういえばあの子は何の病気なのかしら?」
部屋を出てギドに聞くと、さあな、と返された。
「治らない病気なんだろ。お嬢は必要以上に関わらない方がいいぜ」
ギドは何を言っているのだろう。感染らない病気だって聞いたのに。
その夜、いつもよりも早い時間にエーリッヒ様の足音が聞こえた。こんなに早い時間は初めてだ。仕事が一段落したのかな。なんて考えていると足音は私の部屋の前で止まった。
ぎょっとする。足音からエーリッヒ様であることはまず間違いない。こんな夜に何の用だろう。髪を手櫛で整えた。ノックの音が響き、だらしない格好をしていないかドキドキしながら「どうぞ」と答えた。
扉を開けたエーリッヒ様は申し訳なさそうな顔で、一歩も部屋に入らない。
「すまない、本当は日中に来ようと思っていたのだが」
「いいえ、大丈夫です」
この時間に起きていることを知られている。私の生活はエーリッヒ様に完全に把握されているようだ。なんだか恥ずかしい。少しギドを恨む。
中へ入る気は全くなさそうなので、立ち上がってエーリッヒ様の前に立つ。エーリッヒ様は視線を逸らした。
「……やはり出直すことにする」
寝衣は本来なら人に見せるべきではない。父親や兄弟にすら。
見せてもいいのは旦那様だけ。つまり、結婚したいほど好いた相手以外には見せてはならない、と教えられた。ユルンでも共通なのだろうか。
「大丈夫ですよ。夜の散歩をした仲ではありませんか」
そう言うとエーリッヒ様は「今更か」と呟いた。
……ユルンでは寝衣を見せることに特別な意味はないらしい。
ファルラニアの貴族にとっては一度見たことがあるからと言って見ていいものではない。女性側も今更だ、と見せることはない。
エーリッヒ様は寝衣は人に見せるべきでないということは知っている。だけどそれの意味は知らない。こんなところをマリーが見たら発狂してしまうかもしれない。そう思うと可笑しくなった。
くすくすと笑う私をエーリッヒ様は訝しげに見ていた。
「いいえ、なんでも。ご用事は何ですか?」
「リヒャルトとマリーのことだ」
リヒャルトとマリー?あの2人のことで私に話があるの?
部屋は近い。声が届かないようにトーンを落とす。
「2人に何か問題がありましたか?」
「問題はない。リヒャルトが今日、私の仕事を手伝いたいと申し出て来た」
へえ、と思う。リヒャルトが何をして過ごしているのか私は何も知らない。一日に一度顔を見る程度だから。
「ご迷惑でしたか?」
「迷惑ではない。だが彼を働かせていいのかあなたに確認したかった」
「エーリッヒ様のご迷惑でないのならリヒャルトの望み通りにさせてください。実務経験はありませんが真面目な子です」
リヒャルトならきっと役に立てるだろう。真面目故に何も出来ていない今の生活に苦しんでいるかもしれない。リヒャルトが手伝いたいと思い、エーリッヒ様がそれを受け入れてもいいのなら私の言うことは何もない。
エーリッヒ様は「検討しよう」と言った。
「マリーも仕事のことで?」
「ああ、彼女にはハンナの世話を頼みたいと思っている」
それはいい。マリーはハンナを可愛がっているし、ハンナもマリーに懐いているようだった。
「彼女をあなたから取り上げるような形になってしまうので申し訳ないが……」
「いいえ、マリーは元々私のものではありませんから。そういうつもりで連れて来た訳でもありませんし」
ただ一緒に来て欲しかったから連れて来た。私の世話をしてもらおうなんて思っていない。
「だけど一応伺ってもよろしいですか?」
「ああ」
「どうしてマリーなのですか?」
エーリッヒ様は最初他の人をつけるつもりだったはずだ。それが今になってどうしてマリーなのだろう。
「この3階にあなたの信用できない人間を出入りさせるべきではないかと思ったのだ」
なんだ、そんなこと。
「大丈夫ですよ。悪意のある人は見たら分かりますから」
そう言うとエーリッヒ様はそうだったな、と呟いた。どうやら忘れていたようだ。視線が彷徨う。何か理由を探しているように見えた。
「……マリーは自分にできる仕事を探しているようでした。エーリッヒ様の申し出は彼女も喜ぶことだと思います」
明日私から打診してみましょう、と言うと、エーリッヒ様はホッとしたように頷いた。
「ただいま戻りました」
「……!驚いたわ!おかえりなさい。疲れたでしょう?お部屋で休んでちょうだい」
マリーが無事に帰って来たことに心底ほっとした。馬車の旅は疲れる。マリーの顔には疲労の色が濃く出ていた。
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「あなたがハンナ?」
ハンナは小さく頷いた。
「何歳か聞いてもいい?」
「……7歳です」
か細い声。可愛い子だ。髪はパサパサだし、栄養状態も決していいとは言えない。だけどきちんとお風呂に入って食事を取れば見違えるだろう。
ハンナはじっと私を見て言った。
「リーゼロッテ様、ですか?」
「ええ。マリーに聞いたの?」
こくりと頷く。私が知っている子供と全然違う。ファルラニアの貴族の子供は7歳と言うと礼儀は身についていた。だけど嫌な感じはない。こっちの方が自然な気がする。
「エーリッヒ様にはご挨拶したかしら?」
ハンナは首をふるふると横に振った。
「じゃあ一緒に行きましょう」
部屋の中でまだ言い合っている2人を見る。楽しそうだ。
「エーリッヒ様のところは行って来るわ。マリーは休みなさいね」
「おー、2階の突き当たりの部屋な」
私はギドに頷いて歩き出した。後ろからマリーの呼ぶ声が聞こえたが無視。5日も馬車に乗っていたのだ。これ以上働かされない。
ハンナに合わせてゆっくりと歩き、エーリッヒ様の執務室についた。初めて来た。少し緊張したがハンナに気付かれないよう、深呼吸してノックした。
「入れ」
短く答える声。扉を開くと正面にエーリッヒ様が座っていた。会うのはあの日の食堂以来だ。エーリッヒ様は私を見ると驚いたような表情を浮かべた。なぜここに、と言いたそうな顔だ。実際言いかけていたと思う。
「ハンナが到着しました」
執務室の中には他の人もいる。皆が私とハンナを見ていた。エーリッヒ様は言葉を飲み込んで立ち上がった。
「部屋に案内する」
そう言ったエーリッヒ様を笑顔で止める。
「大丈夫です。エーリッヒ様にそこまでしていただく必要はありません。ご挨拶に来ただけです」
エーリッヒ様はハンナに視線を向けた。少し考え、「ゆっくり休むといい」とだけ言った。ハンナはこくりと頷いた。
失礼します、と部屋を出る。
「難しいお顔をされてるけれど、優しいお方なのよ。誤解しないでね」
ハンナは小さな声で「はい」と頷いた。3階に戻るとギドがいた。
「部屋は使えるぜ」
「ありがとう」
ハンナの部屋は私達に与えられた部屋よりも少し狭かった。あるのは最低限の家具と質素な着替えのみ。これは意地悪なんかではないことは分かる。
王が平民を城に置くだけでもとんでもないことなのに、それにお金をかけるなど論外だ。しかも彼女は犯罪者の娘。下手したら暴動が起きかねない。
「あなたのお父さんが迎えに来るまでここでゆっくりしてたらいいわ」
ハンナはどこまで聞いているだろう。父親がエーリッヒ様に毒を盛ったことも知っているのだろうか。何も知らなければいいなと思った。
「ここまでよく頑張ったわね。疲れたでしょう?少し休まなさい」
ふとんに入れるとハンナはすぐに眠りに落ちた。子供の体には負担が大きかっただろう。しかも病気の子だ。
「そういえばあの子は何の病気なのかしら?」
部屋を出てギドに聞くと、さあな、と返された。
「治らない病気なんだろ。お嬢は必要以上に関わらない方がいいぜ」
ギドは何を言っているのだろう。感染らない病気だって聞いたのに。
その夜、いつもよりも早い時間にエーリッヒ様の足音が聞こえた。こんなに早い時間は初めてだ。仕事が一段落したのかな。なんて考えていると足音は私の部屋の前で止まった。
ぎょっとする。足音からエーリッヒ様であることはまず間違いない。こんな夜に何の用だろう。髪を手櫛で整えた。ノックの音が響き、だらしない格好をしていないかドキドキしながら「どうぞ」と答えた。
扉を開けたエーリッヒ様は申し訳なさそうな顔で、一歩も部屋に入らない。
「すまない、本当は日中に来ようと思っていたのだが」
「いいえ、大丈夫です」
この時間に起きていることを知られている。私の生活はエーリッヒ様に完全に把握されているようだ。なんだか恥ずかしい。少しギドを恨む。
中へ入る気は全くなさそうなので、立ち上がってエーリッヒ様の前に立つ。エーリッヒ様は視線を逸らした。
「……やはり出直すことにする」
寝衣は本来なら人に見せるべきではない。父親や兄弟にすら。
見せてもいいのは旦那様だけ。つまり、結婚したいほど好いた相手以外には見せてはならない、と教えられた。ユルンでも共通なのだろうか。
「大丈夫ですよ。夜の散歩をした仲ではありませんか」
そう言うとエーリッヒ様は「今更か」と呟いた。
……ユルンでは寝衣を見せることに特別な意味はないらしい。
ファルラニアの貴族にとっては一度見たことがあるからと言って見ていいものではない。女性側も今更だ、と見せることはない。
エーリッヒ様は寝衣は人に見せるべきでないということは知っている。だけどそれの意味は知らない。こんなところをマリーが見たら発狂してしまうかもしれない。そう思うと可笑しくなった。
くすくすと笑う私をエーリッヒ様は訝しげに見ていた。
「いいえ、なんでも。ご用事は何ですか?」
「リヒャルトとマリーのことだ」
リヒャルトとマリー?あの2人のことで私に話があるの?
部屋は近い。声が届かないようにトーンを落とす。
「2人に何か問題がありましたか?」
「問題はない。リヒャルトが今日、私の仕事を手伝いたいと申し出て来た」
へえ、と思う。リヒャルトが何をして過ごしているのか私は何も知らない。一日に一度顔を見る程度だから。
「ご迷惑でしたか?」
「迷惑ではない。だが彼を働かせていいのかあなたに確認したかった」
「エーリッヒ様のご迷惑でないのならリヒャルトの望み通りにさせてください。実務経験はありませんが真面目な子です」
リヒャルトならきっと役に立てるだろう。真面目故に何も出来ていない今の生活に苦しんでいるかもしれない。リヒャルトが手伝いたいと思い、エーリッヒ様がそれを受け入れてもいいのなら私の言うことは何もない。
エーリッヒ様は「検討しよう」と言った。
「マリーも仕事のことで?」
「ああ、彼女にはハンナの世話を頼みたいと思っている」
それはいい。マリーはハンナを可愛がっているし、ハンナもマリーに懐いているようだった。
「彼女をあなたから取り上げるような形になってしまうので申し訳ないが……」
「いいえ、マリーは元々私のものではありませんから。そういうつもりで連れて来た訳でもありませんし」
ただ一緒に来て欲しかったから連れて来た。私の世話をしてもらおうなんて思っていない。
「だけど一応伺ってもよろしいですか?」
「ああ」
「どうしてマリーなのですか?」
エーリッヒ様は最初他の人をつけるつもりだったはずだ。それが今になってどうしてマリーなのだろう。
「この3階にあなたの信用できない人間を出入りさせるべきではないかと思ったのだ」
なんだ、そんなこと。
「大丈夫ですよ。悪意のある人は見たら分かりますから」
そう言うとエーリッヒ様はそうだったな、と呟いた。どうやら忘れていたようだ。視線が彷徨う。何か理由を探しているように見えた。
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