追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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『罰』

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机に突っ伏して目を閉じる。ユルンへ来てひと月が立った。外には銀世界が広がっている。

ギドは私の護衛。リヒャルトはエーリッヒ様の仕事の補佐。マリーはハンナの世話係。そして最近では下働きの仕事もしているらしい。毎日忙しそうで楽しそうだ。

私はというと相変わらず何もしていない。朝起きて朝食を食べて、ぼんやりとしたりギドと話をしたりして、昼食。その後は何もしなかったり本を読んだりして夕食を食べ、深夜にエーリッヒ様の足音を聞いて寝る。

ほとんど部屋から出ず、マリーとギドとリヒャルトとしか会わない生活。数日に一度、エーリッヒ様と言葉を交わすこともあるが、大した話はしない。


「そういえばよ」


床に座ったギドが短剣を磨きながら言った。


「あの話まだ聞いてねえな」

「あの話?」


何かあっただろうか。首を傾げるとギドは忘れたのか?と続ける。


「『罰』がどうのって話だよ。マリーが戻ったらって言ったくせにうやむやになってんじゃねえか」

「そういえばそうね」


私自身あまり不自由していないから忘れていた。あれ以来暗殺者も来ないし。


「俺ちょっと王様に文句言ってくるぜ」


行ってらっしゃい、と送り出して本を開く。リヒャルトが持って来てくれたユルンの歴史書。特に変わった歴史はない。どこの国にでもあるような歴史ばかりだ。

ただ、戦が極端に少ない。やはり国境の大規模魔法があるからだろうか。あれはいつからあるのだろう。歴史書に記述はない。そして私が未だに不思議に思っている、ファルラニアからの娘の受け入れのことにも触れられていない。

もう少し色々と調べてみたい。そろそろかな、と思う。

その時、扉が勢いよく開き、ビクッとなった。


「お嬢、今日の夕食の時に話をするってさ。マリーにも伝えてくるな」

「え、ええ……」


あまりの驚きに心臓がバクバクしていた。



上座にエーリッヒ様が座る。そこからリヒャルトと私、ギトとマリーでそれぞれ向かい合う。5人が座ってもまだ食堂は広かった。

イェンスがそれぞれの前に食事を並べるのを見ながらエーリッヒ様は話す。


「遅くなってすまない。大した話ではないが国民は皆知っていることだ。食べながら話そう」


目の前に置かれたのはパンとクリームスープだ。皆がスプーンを持つ中、マリーは1人恐縮した様子で小さくなっている。

マリーはこういう場に座ったことはないだろう。ドレスも着ていないような夕食会なので緊張することはないと思うけど。


「マリー、小さくなることはないわ。ギドを見習いなさい」


そう言うとマリーは、ガツガツと食べているギドを見て苦笑した。「ギドは図々し過ぎます」と。

しかし緊張はほぐれたようだ。食事をし始めた。私もスープを一口飲む。以前と比べると最近は味も分かるし食欲が戻って来た。エーリッヒ様が口を開く。


「まず前提として、ユルンには神がいる」


なかなか鋭い切り口だった。ギドが「あ?」と不機嫌そうにエーリッヒ様を見る。


「悪いが俺は神を信じちゃいねえ。怪しい宗教もお断りだ」


ファルラニアは国全体として宗教観が薄い。地域によっては熱心な信仰をしているところもあるとは聞いているが。

エーリッヒ様は首を振った。


「信じるとか信じないとか、そんな話ではない。ユルンには神がいるのだ」


同じ言葉を繰り返すエーリッヒ様。私はなんとなく分かっていた。それが一番辻褄が合うから。


「以前教会でお会いしたあの方がそうだったのでしょうか?」

「リーゼロッテは会ったことがあったな」


あの方が神だとしたら時が止まったのも頷ける。祝福をくれたのもあの方だ。


「会ったことがある?神に?」


リヒャルトが怪訝そうに私を見た。嘘をついていると思われているのだろうか。


「ええ、信じられないほど綺麗な方だったわ。嘘じゃないわよ」

「……嘘だとは思っていないよ。妄想かとは思ったけど」

「失礼ね……!」


しかし実際に会った私も夢かと思ったくらいなので仕方ない。


「国境のあの魔法も神のものだ」


その言葉には納得した。魔法陣を描くことも、描く種類も制限された中で魔法文化が進んでいるとは思えなかったから。

エーリッヒ様が一瞬何もない空間に視線を向ける。


「……神の怒りに触れると『罰』が下る。これは怒りの程度にもよるが本人含め、近しい人間が数人死ぬ」

「神の怒りに触れることとは、何なのですか?」


リヒャルトが問う。ギドはスプーンを置いた。既に皿の中は空になっている。


「人を殺すことか?」


エーリッヒ様は静かに頷いた。


「教会で祝福を受けた者は皆『ユルンの子』となる。神は『ユルンの子』の命が奪われることを許容しない」


ふと、エーリッヒ様の口が動いた。声には出ていないが確かに「うるさい」と言った。エーリッヒ様には何かが見えて、聞こえているようだ。それが神なのだろうか。


「同じように動物の命も大事にしている。許されるのは生きるための狩りのみだ。必要以上に殺すと『罰』が下る」

「他にも条件があるのですか?」

「魔法陣の扱いだ。描いていい魔法陣、人は決まっている。それ以外の者が描くこと、許しのある魔法陣以外を描くことが禁じられている」


魔法はたくさんの命を奪うことができるからだろうか。使い方によっては残虐な行為も可能だ。実際、ファルラニアの長い歴史には何度か魔法による虐殺が行われた記録がある。


「で?王様は殺してたよな?いいの?」


確かにエーリッヒ様は迷わず暗殺者を殺していた。だけど何も起こっていない。


「王族は許されている。何をしようと『罰』が下ることはない」

「ずりー」


スープを半分ほど飲んだところでギドを見ると、ギドは何も言わずに皿を取った。一つ残ったパンもギドが食べる。手を伸ばした時だった。その手が途中で止まった。


「ファルラニアの子よ。其方にも赦しを与えよう」


覚えのある声が聞こえた。声の持ち主は先程エーリッヒ様が見ていたところに立っている。眩しいほど綺麗。

神だ。止まった時の中、私と神だけが動いている。


「誰を殺しても良い。魔法陣を描くことも許そう。なんでも好きな魔法陣を描けば良い」


ありがたい申し出だ。魔法陣を描けると生活は便利になる。


「エーリッヒを殺して王となるのも良い」


その言葉にはぎょっとした。まさかそんなことを言われるとは。驚く私をよそに神は「それがいい」と明るい声で言った。


「エーリッヒよりも其方の方が良い。王になれ」


いいえ、と答える。


「私はユルン王家の血をひいておりません」


ユルンと関係のない私が王になるなど絶対にあり得ない。だが神は「どうでもいい」と私の言葉を切り捨てた。


「血筋などどうでもいい。歴史の中で血が何度絶えたと思っている。この国では私が良いと言えばなんでも許される」


エーリッヒ様を殺すなどとんでもない。笑みを浮かべると神は不満そうに唇を結んだ。

そして時が動く。

ギドは私の皿からパンを取って食べた。エーリッヒ様は私を凝視して「何を話した」と硬い声で言う。


「分かるのですか?」


他の3人は全く気が付いていないというのに。エーリッヒ様は神が立っている方を見て「不満そうだ」と言った。


「……赦しをいただきました。誰を殺してもいいしなんの魔法陣を描いてもいい、と」


それから、と続ける。少し言うべきか迷った。


「エーリッヒ様を殺してこの国の王になれ、と」


リヒャルト、マリーが息を呑んだ。ギドはおもしろそうに笑う。エーリッヒ様は表情を変えなかった。


「あなたは何と答えた?」

「王家の血筋ではない、と」

「関係ない」


エーリッヒ様はため息とともに言った。


「あなたが私を殺して罰を受けないということは神が認めたということだ。民もそれを拒めない。あなたが望むなら殺すといい」

「い、嫌です……!」


エーリッヒ様が考えていることが分からない。咄嗟に首を振る。


「なんでだよ」


ギドは唇の端を上げて笑った。冷たいその笑みに悪意が見える。


「今まで何人も殺してきたじゃねえか。暗殺者だけじゃねえ。顔見知りも殺しただろ?」


分からない。ギドが何を考えているのか分からない。なぜ私に悪意を向けるのか分からない。


「お前が爵位を剥奪されるように仕向けた貴族たちの中には死んだ奴もいる。分かるだろ?」


やめて。言わないで。分かっているから。リヒャルトの前で、マリーの前で、エーリッヒ様の前で言わないで。

血の気が引くのを感じた。


「何人罠にかけた?何人殺した?なのに王様だけは別か?お前の手はそんなに綺麗じゃねえだろ?」

「分かっているわ」


ほとんど声にならなかった。


「教えてやろうか?お前が何人殺したか。暗殺者の数、貴族の数、子供の数。俺は全部覚えているぜ」


気がついた時には立ち上がっていた。そしてギドの後ろの壁に短剣が深く刺さっていた。避けなかったらギドは死んでいただろう。

無意識だった。投げようと思ったわけじゃない。怒りで我を忘れた。


「リ、リーゼロッテ様……」


マリーの怯えたような声が聞こえ、リヒャルトの青ざめた顔が見えた。ギドはニヤニヤと笑っている。

呆然と立ち尽くす。怖かった。この手が。自分が。

相手がギドじゃなかったらどうなっていただろうか。少し挑発されたからと言って殺そうとするなど。

手が震えた。

カタ、と椅子の音がする。エーリッヒ様が立ち上がって私を見ていた。謝らないと、と思ったが声が出ない。


「……良い。気にするな」


静かな声。全てを分かっているというような目。

ふっと意識が遠のいた。
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