追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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文官

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エーリッヒ様の執務室の前で深呼吸をする。なんとなく緊張する。

突然後ろから声が掛けられた。


「お嬢何してんの?」


驚いて振り返ると、そこにはニヤニヤしたギドが立っていた。その顔を見ただけで腹が立った。無視をして扉に向き直ると、ギドは笑いながら言った。


「おいおい、まだ怒ってんのか?もう先週の話だろ」

「何週間経っても何ヶ月経っても忘れないわ。絶対に許さない」


半分は怒り。だけど半分は意地だった。大きく息を吸い、背筋を伸ばす。ノックをし、扉を開けた。


「失礼します」


そこにエーリッヒ様はいなかった。代わりにリヒャルトが顔を上げて私を見た。


「姉さん。エーリッヒ様に用事?」


少し拍子抜けだ。入れていた気合いが少し飛んでいった。


「今出掛けているよ。もう少しで戻られると思うけど」

「それなら出直し……」

「ここで待っておるといい」


私の言葉に重ねて誰かが言った。声の聞こえた方を見るとそこには60歳はとうに過ぎているであろう男性がいた。


「嬢ちゃん、あのヴァルデ家の当主なんじゃろう?」


突然の言葉に目を丸くする。しかしすぐに微笑みを浮かべて言った。


「今は違いますわ。ここにいるのはもはやファルラニアの貴族ですらないリーゼロッテです」


そう言うとご老人は「ほお」と感心したように私を見た。


「聞いていた話とは随分違うようじゃな、リヒャルト」

「ルドルフ様、そのことは」


リヒャルトが顔を顰めた。このご老人はルドルフ様と言うのか。


「どのようなお話をお聞きになられたのですか?」


リヒャルトの言葉を遮って微笑みを浮かべたままそう尋ねると、今度はルドルフ様が口を開く前に遮られた。


「姉さん、大した話じゃないから」


私に聞かせられない話か、と思ったが、別に悪意はなさそうだ。


「それより、エーリッヒ様が戻るまで手伝う気はない?」

「それはいい考えですね」


今度はルドルフ様ではなかった。反対を見る。そこにいるのは40代くらいの紳士そうな人。穏やかな笑みを浮かべている。


「私はカールです。よろしくお願いしますね、リーゼロッテ嬢」

「よろしくお願いします、カール様」


執務室の中には他は誰もいない。この2人がエーリッヒ様の文官なのだろうか。……リヒャルトもそうなのかな。


「ギド、エーリッヒ様はどこに?知っているでしょう?」


私の後ろにつまらなさそうに立つギドを見ると、ギドはやはりつまらなさそうに言った。


「王様なら町だぜ。今日は晴れたから様子を見に行くって言って出て行ったが、喧嘩の仲裁をさせられてた。あの分じゃ当分帰って来れねえんじゃねえの?」

「そう。じゃあ私は当分ここにいるからギドは好きにしていいわよ」


そう言うとギドは部屋の中をぐるっと見て、「じゃあ俺も喧嘩に参加して来るぜ」と嬉しそうに出て行った。

咄嗟に「やりすぎちゃ駄目よ」と言った。言ってから後悔した。「庭にいる暗殺者をボコって来るぜ」と言う時と同じ返しをしてしまった。今のは絶対に違う。

冗談だったらいいけれど、ギドの場合冗談じゃなさそうだから怖い。

ふと気が付くとルドルフ様もカール様も可笑しそうに笑っていた。リヒャルトはため息をついた。


「今のは止めるべきだよ、姉さん」

「やっぱりそうかしら?私も間違えたかとは思ったのよ」

「エーリッヒが止めるじゃろ。問題ない」


ルドルフ様はまだ少し笑いを残した表情で言った。エーリッヒ様を呼び捨てにするとは、ルドルフ様はエーリッヒ様と親しいのだろうか。


「リーゼロッテ嬢、よければあちらへお座りください」


そう言ってカール様が指し示したのは部屋の正面、エーリッヒ様の椅子だった。私がそこに座るなどとんでもない!

固辞するが、カール様は微笑んだまま言う。


「ご覧ください。この部屋は時期によっては仕事に埋もれます。ですので余分なものは置いていないのです」


その言葉にリヒャルトすばやく椅子に座った。あまりの速さに驚いたくらいだ。


「他に椅子も空いておりません」


……リヒャルトがエーリッヒ様の椅子に座って、私がリヒャルトの椅子を借りればいいと思ったのに。

私が言おうとしたことを察したのか。賢いが、素直に喜べない。


「王の椅子に座るなどとてもできませんわ」

「何も玉座に座れと言うとるわけではない。エーリッヒは細かいことなど気にせん」


ではルドルフ様がお座りになってくださいませ。

喉まで言葉が出かかった。ここがファルラニアなら、相手が敵対する貴族だったら言っていた。


「……ではエーリッヒ様がお帰りになるまでお借りします」


エーリッヒ様はこんなことでは怒らない。他の人の椅子を取るわけにもいかないし。

椅子に腰掛けると、リヒャルトが書類の束を私の前に置いた。その説明を聞いて頷く。書類の中身に目を通して、それを管轄の人ごとに分ける。ファルラニアでもしていたことだ。

しかし……


「このような大事な書類を私が見てもよろしいのですか?」


置かれた書類はどれも国の重要なものだ。他国の、臣下でもない私が見てもいいものではない。

するとリヒャルトは言った。


「姉さんもエーリッヒ様を手伝いたくて来たんだろ。どうせこの先で見る書類だ」

「……どうして分かったの?」


その通りだった。エーリッヒ様の力になりたいと思ってここへ来た。だけどそのことは誰にも言っていない。驚きを隠せずにリヒャルトを見ると、リヒャルトは「姉さんのことだからね」と肩をすくめた。

ルドルフ様もカール様も笑みを浮かべているだけ。誰も駄目だと言わない。それならいいか、と私は手元に視線を落とした。


最後の一枚を分け終わった時、扉が開いた。この部屋にノックをせずに入るのは1人しかいない。

顔を上げると目が合った。そしてエーリッヒ様は心底驚いた顔で私を見た。
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