追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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エーリッヒ様は固まっていた。立ち上がって微笑む。


「申し訳ございません。少々お席を借りておりました」


ギドは当分帰らないと言ったのに、思ったよりも早かった。エーリッヒ様は私の謝罪にはっとして「問題ない」と小さく言った。

エーリッヒ様が座れるように椅子から離れると、エーリッヒ様は机の上を見て言った。


「……初めてじゃないのか?」

「お手伝いしたのは初めてですが……。お忘れですか?私はファルラニア第一王子の文官ですよ」


冗談っぽくそう言って微笑むと、エーリッヒ様は「そうだったな」と少し笑った。


「こちらはルドルフ様。これはカール様。これがリヒャルト」


3人にそれぞれ渡すと机の上には2束残った。


「こちらがエーリッヒ様の印が必要なもので……」


エーリッヒ様は残り一つを手に取った。そして不可解そうに私を見た。


「これはなんだ?」

「そちらは少々おかしいものです」


皆が私を見る。ルドルフ様もカール様も手を止めて。もしかして分からないのだろうか。

わざわざ説明するまでもないと思ったけれど。


「例えばここはお金の流れがおかしいでしょう?こちらはここ。これはこの季節に買う理由がありません」


片っ端からおかしいところを指摘していく。


「全て人の手で改竄されたものだと思います」


早い話、横領の証拠になり得るものたちだ。消えたお金がどこへ行ったのか、調べたらすぐに分かるだろう。


「どうぞ、ご活用くださいませ」


にっこりと微笑む。ヴィルヘルムはこうして取り出した資料を有効に活用していた。エーリッヒ様にも役立つだろう。

しかし皆の反応は私が思っていたものと違った。リヒャルトを除く3人は呆然としている。

あれ?

ヴィルヘルムは「ありがとう」と受け取っていた。


「も、もしかして必要ありませんでしたか?」


それならやり直すけれど。そう思ってエーリッヒ様を見上げると、「いや」と首を振った。


「ありがたく使わせてもらおう」


しかしその表情は少し困っているようにも見える。なんだか思っていた展開と違う。


「だから言ったでしょう?姉は優秀なんです」


リヒャルトはため息をついてそう言った。そんな言い方をしたらリヒャルトが姉自慢をしているように聞こえてしまう。そんな子ではない。慌てて否定する。


「優秀なんてとんでもないわ。このくらいできないとファルラニアでは生きていけないもの」

「……それが本当だとしたらファルラニアの貴族は姉さん1人になっていただろうね」

「身内贔屓も大概にしておきなさいね」


そう言うとリヒャルトは何か言いたそうな顔をしたが、すぐに口を閉じた。エーリッヒ様が静かに私を見た。

なんですか、と言う代わりに首を傾げると、「これも悪意か」と問うた。

向こうの机でルドルフ様とカール様が頭を突き合わせて改竄された書類を覗き込んでいるのが見える。


「いいえ」


書類の中身に悪意を見たことはない。データはあくまでデータでしかない。エーリッヒ様は「そうか」と頷いた。


「それで、どうしてあなたがここにいる?」

「エーリッヒ様のお手伝いがしたいと思いまして」


はっきりとそう言うとエーリッヒ様は「あなたが?」と眉間に皺をつくった。私が手伝うと何か不都合があるのだろうか。他の3人は歓迎してくれたように見えたが。


「エーリッヒ、貴重な戦力じゃ。ありがたく手伝ってもらえ」

「ええ、言われると気付くことでも、それを見つけ出せる人は滅多にいません。ぜひお願いしてください」

「そうじゃ。お前の方から手伝ってください、と頭を下げるべきじゃろ」


ルドルフ様とカール様が横から口を挟んだ。エーリッヒ様はルドルフ様を見てほんの一瞬だけ嫌そうな顔をした。

珍しい。


「これでエーリッヒ様の文官が4人になりますね」


カール様の穏やかな声に、あ、と思う。


「申し訳ございません。エーリッヒ様の文官になることはできないのです」

「む?」


ルドルフ様は「理由を聞いても?」と私を見た。


「先ほども言った通り、私はヴィルヘルム様の文官ですから」

「国を追放されたじゃないか」


リヒャルトは不満そうに言った。短剣を隠しているところを探る。そこにそれはある。

私が取り出した物を見てエーリッヒ様は「ファルラニアから持って来たペンか」と言った。


「ええ。このペンはヴィルヘルム様付きになった時に、ヴィルヘルム様からいただいたのです」


ヴィルヘルム様は自分の臣下に目印を与える。側仕えにはネクタイやリボンを。騎士には紋章入りの剣を。文官にはペンを。


「ヴィルヘルム様はおっしゃいました。何があろうとこれを持っている限り自分の臣下だ、と」


持って来るかは最後まで迷った。迷って、迷って、そして持って来た。


「だから、私はまだヴィルヘルム様の文官なのです」


いつかこれをヴィルヘルムに返す日までは。


「申し訳ございません。エーリッヒ様の文官にはなれません。ですが、お手伝いをしたいのです」


エーリッヒ様は少し考えて顔を上げた。「そういうことなら」と右手を差し出す。


「頼むのはこちらだ。あなたの力を借りたい」


すごく嬉しかった。私は微笑み、そしてその手を握り返した。
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