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笑顔
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「賭けはわしらの勝ちじゃな」
その言葉に振り返ると、ルドルフ様はニヤッと笑ってエーリッヒ様を見た。
「エーリッヒの一人負けじゃ」
そう言って革袋をドン、と机に置いた。じゃら、と音が鳴る。かなりの量が入っていそうだ。
「何を賭けていたのです?」
エーリッヒ様に聞くと、エーリッヒ様は顔を顰めた。負けたことを悔しがっていると言うより、なんだか不機嫌そうだ。
「……もしかして、私のせいで大損しちゃいましたか?」
状況とタイミング的になんとなく読めた。
「あなたのせいではない」
エーリッヒ様はため息をついた。まるで私の知らないエーリッヒ様がここにいるようだ。
「賭けていたのはあなたがここで働くかどうかだ。ルドルフ達は働く方、私は働かない方に賭けていた」
リヒャルトのところにも一つ革袋が飛んだ。それをキャッチするのを眺める。
……ん?
「それは、エーリッヒ様が圧倒的に有利だったのでは?」
私は手伝いたいと申し出たけど、最終的に決めたのはエーリッヒ様だ。自ら負けたようなものではないか。
「……あなたが私の文官になると言っていたら断っていただろう。だが手伝うだけなら悪くないと思った」
「ではなぜそう不機嫌そうなのです?」
そう聞くと、エーリッヒ様は少し驚いたような表情を浮かべ、いつもの顔に戻り、不機嫌さは消えた。
「賭けに負けたからではない。ルドルフの言う通りになったのが気に入らない」
思わず笑ってしまった。エーリッヒ様の違う一面を見た。
「坊、怒るでない。わしの方が上手じゃっただけじゃ」
ルドルフ様は高らかに笑った。それを見てさらに顔を顰めるエーリッヒ様。2人は仲が良いのだなと思った。
夕方、ルドルフ様とカール様は家へ帰って行った。こんな時間に帰るなどファルラニアではあり得なかった。ここはものすごく良い職場かもしれない。リヒャルトは片付けを終えて、私を見た。
「姉さん、部屋まで送るよ」
この城では入浴の時間が決まっている。なぜなら大浴場で皆が同じお湯を使うから。エーリッヒ様の好意で女性は先に入らせてもらっている。女性が私、マリー、ハンナの3人。男性がエーリッヒ様、イェンス、リヒャルト、ギドの4人。私たちは3人で一緒に入っているが、男性は手が空いたタイミングで入るらしい。
つまり、早く入浴を済ませてお風呂を空けないといけない。が、一つ聞きたいことがあった。
「ありがとう、リヒャルト。だけど大丈夫よ。エーリッヒ様にお聞きしたいことがあるから、先に戻ってちょうだい」
そう言うとリヒャルトはまた何か言いたそうな顔をしながら執務室を出た。少し待ってエーリッヒ様に向き直る。
「いつもお仕事はこの時間に終わるのですか?」
「ああ」
「では毎日深夜まで何をしているのか聞いてもよろしいですか?」
エーリッヒ様はこの質問を予想していたのか、全く表情を変えずに答えた。
「受け入れた娘をどう扱うのか、その手がかりを探している」
納得した。今のユルンにそのことを知る人はいないとエーリッヒ様は言った。誰も知らないなら焼けた書物に書いてあったのだろう。なくとも国は滅びないと神は言った。だけど今までしてきたことになんの意味もないとは思えない。
手がかりがある可能性は低い。王しか知らない内容ならなおさら。それでもエーリッヒ様は探しているのだ。ユルンのために。
「……お手伝いします」
少し迷ってそう言うとエーリッヒ様はすぐに首を振った。
「それはあなたの仕事ではない」
だけどエーリッヒ様の寝る時間は遅い。そしてきっと朝は早い。睡眠時間は少ないだろう。
休まないと倒れてしまう。人間は寝ないと死ぬのだ。
「2人で探せば2倍です。私は優秀でしょう?」
そう言って微笑むと、エーリッヒ様は難しい顔で私を見た。ヴィルヘルムの困っている時の顔に似ている。
「その代わり、わがままを言わせてください」
まだ頷かないエーリッヒ様。私は最終手段に出た。この手は使いたくなかった。
エーリッヒ様は「なんだ」と怪訝そうな顔をした。
「私がお手伝いしたら早く終わるでしょう?その時間で、その……一緒にお散歩に行ってください」
なぜなら恥ずかしいから。口実じゃない。ずっとエーリッヒ様と散歩に行きたいと思っていた。だけど忙しそうだから言えなかった。
顔が熱い。エーリッヒ様の顔を見れない。エーリッヒ様はどんな顔をしているのだろうか。少し、いや、とても気になった。
そろそろと顔を上げると、エーリッヒ様は私を凝視していた。ものすごく驚いている。
言わなければよかったかもしれない。後悔したその時、エーリッヒ様は笑った。唇を上げるだけじゃない。柔らかい笑みだった。
「それならば早く終わらせる必要があるな。あなたに手伝ってもらおう。……リーゼロッテ?」
名前を呼ばれてハッとした。
「あ、すみません。では入浴と食事の後にまたこちらでよろしいですか?」
「ああ」
では、と言って執務室を出た。
なんというか……思わず見惚れていた。
顔が赤くなっているのが分かる。手で頬を隠して早足で歩き、3階へ上がったところでもう無理だった。私は膝から崩れ落ちた。顔を手で覆う。
「お嬢?大丈夫か?」
上から聞こえた声に顔を上げずに、首を振った。大丈夫じゃない。
ギドは「王様のとこにいたんだろ?」と言う。そして私の前にしゃがむ気配がした。
「好きになったか?」
出たのは蚊の鳴くような声だった。
「そんなのではないわ」
これは恋ではない。ただ普段笑うことのないエーリッヒ様が笑ったから。それが素敵だったから。あまりにも衝撃で。
「……びっくりしたぁ」
大きな息と共に心の内を吐き出した。
その言葉に振り返ると、ルドルフ様はニヤッと笑ってエーリッヒ様を見た。
「エーリッヒの一人負けじゃ」
そう言って革袋をドン、と机に置いた。じゃら、と音が鳴る。かなりの量が入っていそうだ。
「何を賭けていたのです?」
エーリッヒ様に聞くと、エーリッヒ様は顔を顰めた。負けたことを悔しがっていると言うより、なんだか不機嫌そうだ。
「……もしかして、私のせいで大損しちゃいましたか?」
状況とタイミング的になんとなく読めた。
「あなたのせいではない」
エーリッヒ様はため息をついた。まるで私の知らないエーリッヒ様がここにいるようだ。
「賭けていたのはあなたがここで働くかどうかだ。ルドルフ達は働く方、私は働かない方に賭けていた」
リヒャルトのところにも一つ革袋が飛んだ。それをキャッチするのを眺める。
……ん?
「それは、エーリッヒ様が圧倒的に有利だったのでは?」
私は手伝いたいと申し出たけど、最終的に決めたのはエーリッヒ様だ。自ら負けたようなものではないか。
「……あなたが私の文官になると言っていたら断っていただろう。だが手伝うだけなら悪くないと思った」
「ではなぜそう不機嫌そうなのです?」
そう聞くと、エーリッヒ様は少し驚いたような表情を浮かべ、いつもの顔に戻り、不機嫌さは消えた。
「賭けに負けたからではない。ルドルフの言う通りになったのが気に入らない」
思わず笑ってしまった。エーリッヒ様の違う一面を見た。
「坊、怒るでない。わしの方が上手じゃっただけじゃ」
ルドルフ様は高らかに笑った。それを見てさらに顔を顰めるエーリッヒ様。2人は仲が良いのだなと思った。
夕方、ルドルフ様とカール様は家へ帰って行った。こんな時間に帰るなどファルラニアではあり得なかった。ここはものすごく良い職場かもしれない。リヒャルトは片付けを終えて、私を見た。
「姉さん、部屋まで送るよ」
この城では入浴の時間が決まっている。なぜなら大浴場で皆が同じお湯を使うから。エーリッヒ様の好意で女性は先に入らせてもらっている。女性が私、マリー、ハンナの3人。男性がエーリッヒ様、イェンス、リヒャルト、ギドの4人。私たちは3人で一緒に入っているが、男性は手が空いたタイミングで入るらしい。
つまり、早く入浴を済ませてお風呂を空けないといけない。が、一つ聞きたいことがあった。
「ありがとう、リヒャルト。だけど大丈夫よ。エーリッヒ様にお聞きしたいことがあるから、先に戻ってちょうだい」
そう言うとリヒャルトはまた何か言いたそうな顔をしながら執務室を出た。少し待ってエーリッヒ様に向き直る。
「いつもお仕事はこの時間に終わるのですか?」
「ああ」
「では毎日深夜まで何をしているのか聞いてもよろしいですか?」
エーリッヒ様はこの質問を予想していたのか、全く表情を変えずに答えた。
「受け入れた娘をどう扱うのか、その手がかりを探している」
納得した。今のユルンにそのことを知る人はいないとエーリッヒ様は言った。誰も知らないなら焼けた書物に書いてあったのだろう。なくとも国は滅びないと神は言った。だけど今までしてきたことになんの意味もないとは思えない。
手がかりがある可能性は低い。王しか知らない内容ならなおさら。それでもエーリッヒ様は探しているのだ。ユルンのために。
「……お手伝いします」
少し迷ってそう言うとエーリッヒ様はすぐに首を振った。
「それはあなたの仕事ではない」
だけどエーリッヒ様の寝る時間は遅い。そしてきっと朝は早い。睡眠時間は少ないだろう。
休まないと倒れてしまう。人間は寝ないと死ぬのだ。
「2人で探せば2倍です。私は優秀でしょう?」
そう言って微笑むと、エーリッヒ様は難しい顔で私を見た。ヴィルヘルムの困っている時の顔に似ている。
「その代わり、わがままを言わせてください」
まだ頷かないエーリッヒ様。私は最終手段に出た。この手は使いたくなかった。
エーリッヒ様は「なんだ」と怪訝そうな顔をした。
「私がお手伝いしたら早く終わるでしょう?その時間で、その……一緒にお散歩に行ってください」
なぜなら恥ずかしいから。口実じゃない。ずっとエーリッヒ様と散歩に行きたいと思っていた。だけど忙しそうだから言えなかった。
顔が熱い。エーリッヒ様の顔を見れない。エーリッヒ様はどんな顔をしているのだろうか。少し、いや、とても気になった。
そろそろと顔を上げると、エーリッヒ様は私を凝視していた。ものすごく驚いている。
言わなければよかったかもしれない。後悔したその時、エーリッヒ様は笑った。唇を上げるだけじゃない。柔らかい笑みだった。
「それならば早く終わらせる必要があるな。あなたに手伝ってもらおう。……リーゼロッテ?」
名前を呼ばれてハッとした。
「あ、すみません。では入浴と食事の後にまたこちらでよろしいですか?」
「ああ」
では、と言って執務室を出た。
なんというか……思わず見惚れていた。
顔が赤くなっているのが分かる。手で頬を隠して早足で歩き、3階へ上がったところでもう無理だった。私は膝から崩れ落ちた。顔を手で覆う。
「お嬢?大丈夫か?」
上から聞こえた声に顔を上げずに、首を振った。大丈夫じゃない。
ギドは「王様のとこにいたんだろ?」と言う。そして私の前にしゃがむ気配がした。
「好きになったか?」
出たのは蚊の鳴くような声だった。
「そんなのではないわ」
これは恋ではない。ただ普段笑うことのないエーリッヒ様が笑ったから。それが素敵だったから。あまりにも衝撃で。
「……びっくりしたぁ」
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