追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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生い立ち

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穏やかな家で穏やかな時を過ごしていた。優しい両親と5歳下の弟。私はどこにでもある幸せを享受して生きていた。世界には幸福なことしかないのだと、その時は思っていた。、

7歳の時、道で倒れていたマリーを拾った。父が死んだのは9歳の時。馬車が谷の底に落ちた。叔父の家で開かれた私とは血の繋がっていない従兄弟の誕生日パーティーの帰りだったらしい。悪意を見始めたのはその後だった。叔父の周辺に黒いモヤを見た。

そして叔父の目論見に気が付いた。叔父は婿養子だ。父の妹である私の叔母と結婚した目的。それはヴァルデ家を乗っ取ることだった。私は悪意を見て、それを避けながら生活した。

少ししてギドが私を殺しに来た。依頼主が叔父だということは分かっていた。ギドに殺されかけた時、私といることでマリーが危険な目に遭うことを知った。私はマリーを失いたくなくて何も言わずに遠ざけた。

母は家のことで忙しく滅多に会えなかった。私がしっかりしないといけない。そう思った。私が我が儘を言えば母は困る。私が泣けば母は困る。感情を抑え、常に優秀であらなければならない。だから母に会いたくても我慢したし、一人で眠れない夜も泣かなかった。暇があれば勉強をした。

時期当主はリヒャルト。誰もが言っていた。だから私はリヒャルトに厳しく接した。当主になるのだから泣いてはいけない。当主になるのだから強くならなければならない。なのにリヒャルトは泣いてばかりだった。私が涙を堪えている時でもリヒャルトは泣いて母に縋った。腹はたたなかった。私も母の愛をもらって育った。リヒャルトに厳しくするのは自分だけでいい。そう思っていた。

14歳の時、城の文官になるために学校へ入学した。成績は常にトップをキープしていた。学校を卒業すれば家の仕事を手伝うことができる。とにかく母の負担を減らしたかった。母は毅然としていた。暗殺者を恐れず、自分よりも爵位の高い貴族に恐れず、口さがない人達を気にせず、いつも背筋を伸ばしていた。私はその姿に憧れた。

それは17歳の時だった。母は私が学校へ行っている間に毒に倒れた。泣く暇はなかった。母が死んだらヴァルデ家には未成年の私とリヒャルトしかいなかった。公になればヴァルデ家は乗っ取られる。私は王の元へ行き、当主の仕事をこなすこと、卒業後は当主になることを条件にその死を隠す許可をもらった。

学校を卒業しなければ当主にはなれない。だから私は学校に通いながら、帰宅後に当主の仕事をしていた。睡眠時間はこの頃からほとんど取れていなかった。母の死を暴こうとする叔父をどうにか抑えた。ギド曰く、暗殺者は毎日来ていたらしい。

私は卒業するとヴァルデ家当主となり、城にも勤めた。当主はそう遠くない未来にリヒャルトに譲るのだから、仕事をしない選択肢はなかった。暗殺者を返り討ちにしたり、一心不乱に仕事に打ち込んでいたある日、ヴィルヘルムから声をかけられた。


「それが2年前のことで、あとはご存知の通りです」


そう締めくくる。話すことはそう多くないと思ったが、意外と長くなってしまった。エーリッヒ様は途中で口を挟まなかった。うまく伝わっているだろうか。少し不安だ。


「……壮絶な人生を送って来たのだな」

「いいえ、よくある話です。それに不幸なことばかりではありませんでした。親に愛され、衣食住を満たされていた。それだけで幸せなことです」


それすら持っていない人もいるのだ。私は幸運な方。ふっと心が翳る。


「……だけど、一つだけ気になることがあります」


両親の愛を疑ったことはない。残されたことを恨んだこともない。


「どうして母は私がいない間に食事をしたのでしょう。私がいない時は何も口にしてはいけないと言っていたのに」


いつ毒が盛られるか分からなかった。だから私が確認をしていた。その上で毒味役をつけていた。なのに母は倒れた。母だけが倒れた。


「私がいない時に毒味もせずに物を口にするなど……」


生きることに疲れ自暴自棄になったのか、少しくらい大丈夫と思ったのか、あるいは自ら毒を入れたのか。瞼が少し重い。


「考えたって仕方のないことですし、知ったところで何が変わるわけでもありませんね」


そう言って微笑むとエーリッヒ様は静かな瞳で真っ直ぐに私を見た。その唇がなぜ、と動く。


「なぜあなたは泣かない?感情を涙に変えて排出し、自分は不幸だと泣き喚けば少しは楽になるだろう?」


人よりも辛い生を送っておきながらなぜそれをしない、とエーリッヒ様は言った。カップに口をつける。鼻が慣れたのか、甘い香りは先ほどよりも弱くなった。


「不幸比べをしても誰も幸せにはなりません。誰だって何かしらを抱えて生きているんです。私だけが不幸なわけではありません」


人よりも不幸だと思ったことはない。皆傷を抱えながら生きている。私だけが痛いわけじゃない。


「入学してすぐ、人がいないところで泣いている同級生に会いました。彼は言いました。『リーゼロッテは強いな』と」


涙こそ流してはいなかったが、彼は泣いていた。一目で分かった。そして困ったように微笑んだあの顔が忘れられない。


「特段仲がいい人でもありませんでしたし、在学中に話をすることもほとんどありませんでした。だけど私は彼の期待を裏切りたくないと思っています」


それに、と思う。父も母もいない。縋れる誰かなどとうになくした。

重かった瞼がだんだん下がってくる。


「……一人で泣くと、立ち直れそうにありませんから」


言葉になったかは正直怪しかった。「眠いなら寝なさい」と言われ、体がふわりと浮いた。甘さの中にエーリッヒ様の香りがする。


「……エーリッヒ様の香り、好きです」


目を閉じてそう言ったが、返事はなかった。ベッドに下された。もう意識はほとんどなかった。その中でさら、と髪を触られた気がする。


「……私のところで泣くと良い」


そう聞こえた。
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