追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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休みの朝

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翌朝もエーリッヒ様の香りに包まれて起きた。横になったまま息を吸い込むと微かに花の甘さも残っていた。ころんと寝返りを打って昨日と同じく隣で眠るエーリッヒ様を眺める。

意識を手放す直前、この人はなんと言ったのだろう。……いや、私とエーリッヒ様は特別な仲じゃない。きっと聞き間違いだ。

丹精な顔立ち。均整のとれた体。低くて落ち着く声。察しが良くて優しい。『少しデリカリーにはかける』けれど。

寝ているエーリッヒ様の手を取る。力の入っていない手はそれでも温かい。大きな手。少しの間触って、もう一度エーリッヒ様の顔を見た。すると目が合った。

いつから起きていたのだろう。起きたなら声をかけてくれたらいいのに。慌てて手を離す。


「す、すみません……!」

「……面白いか?」


横になったまま目を合わせ、エーリッヒ様が言う。私も横になったままエーリッヒ様を見る。


「ゴツゴツして、硬くて、あたたかくて、男の人の手だなあって思いました」


当たり前なことを言うとエーリッヒ様はふっと笑った。


「あなたの手は細くて、だけど柔らかくて冷たい」


ふふっと笑う。エーリッヒ様が起き上がる。


「よく眠れたか?」


ええ、と答えながら私もベッドから出た。昨夜は一度も目が覚めることなく、悪夢も見ることなく眠った。恐らく寝た時間もいつもより早かった。だからだろうか。頭がすっきりしている。


「昨夜はすみませんでした。お話の途中で寝てしまって」


あんなにも早く寝る予定ではなかった。もう少し話したかった。紅茶もほとんど飲んでいない。眠くなったのは花の蜜のせいか、この部屋のせいか。

昨日と同じように椅子に腰掛けるとエーリッヒ様は「良い」と言う。


「……今日は仕事はしない。あなたが嫌でなければ共に過ごそう」

「よろしいのですか?」


確かに最近はそう忙しくない。一日くらい休んでも大丈夫だろう。だけどその貴重な休みを私なんかと過ごしていいのだろうか。


「ルドルフ達も定期的に休んでいる。たまには私達も休んでいいだろう」


エーリッヒ様は私の言葉を少し違って受け取ったようだが、何も言わなかった。素直に嬉しい。頬が緩んだ。


「行きたいところはあるか?」

「あります」


だけどこれは許されるだろうか。余所者の私が見てもいいのだろうか。どこだ、と言うエーリッヒ様に思い切って伝えた。


「魔石の採れる場所が見たいです」


エーリッヒ様は拍子抜けするほどあっさりと頷いた。


「朝食が終わったら行こう」


魔石はユルンの唯一といっていいほどの特産品だ。それの採れる場所を私が見ていいのだろうか。私が驚いているとエーリッヒ様は言った。


「あなたがファルラニアに戻ったら、きっと良い関係が築けると思っている。だから隠すようなものはない」


頭を殴られたような衝撃だった。

私がファルラニアに戻ったら?エーリッヒ様はいつか私をファルラニアに戻すの?私はずっとユルンで生きていくつもりだった。ファルラニアに帰るなど考えたことがない。

呆然とする私に気が付いていないのか、エーリッヒ様は続けた。


「第一王子が王となり、あなたが王妃となればいい。ファルラニアは安泰だ」


ヴィルヘルムと私が?ファルラニアの王と王妃?

声が、言葉が出なかった。エーリッヒ様がそれを言うのか。たった今まで一緒に寝ていたエーリッヒ様が。


「……私は、ファルラニアの王妃になる予定はありません」


俯いたまま絞り出した声は掠れていた。エーリッヒ様の視線を感じる。顔を上げずに机だけを見つめていると、扉が音を立てて開いた。ビクッとした。


「おーっす、朝メシの時間だぜ」


ギドはそう言ってズカズカと入って来ると、どかっと空いた椅子に座った。代わりに立ち上がったのはエーリッヒ様だ。ため息をついて部屋を出て行った。


「……朝ごはん持っていないじゃないの」


そう呟くと、ギドは「でも助かっただろ?」と笑った。正直に言うと助かった。あの微妙な雰囲気はとりあえずなくなったから。


「あなたが聞いていると思ったら迂闊なことは言えないわね」


そう嫌味を言うと、ギドはニヤッと笑った。


「だいじょーぶ、王様は気付いてたから」

「ああそう」


それなら言ってくれたらいいのに。


「じゃ、俺一人で食うから」


ギドは立ち上がり、「マリーのことは任せろ」と部屋を出て行った。一人になった部屋で訳もなくため息が溢れた。

……エーリッヒ様は私がファルラニアに帰ることを望んでいる。

私はどうするべきか。考えたところでなるようにしかならない。もうひとつため息が落ちた。


「待たせた」


エーリッヒ様が戻って来た。両手にお盆を持っている。目の前に置かれたそれを見て「ありがとうございます」と言う。不思議なくらい自然だったと思う。ギドのおかげかもしれない。


「ギドが外にいることに気が付いていたのですか?」


食べながらそう聞くと、エーリッヒ様は「ギドの気配はうるさい」と言った。なんとなく分からなくもない。だけどギドが気配を消そうとしたら私には全く分からない。エーリッヒ様には分かるのか。


「本当にお強いのですね」


そう言うとエーリッヒ様は微妙な顔をした。少なくとも喜んでいるようには見えない。


「……私が強くとも兄の残した借金が無くなるわけでもなければ、民が幸せになるわけでもない」

「それは少し違います。エーリッヒ様が暗殺者の刃に倒れなければ民を幸せにすることができるでしょう?」


エーリッヒ様が強くなければ享楽にふける前王に代われなかったかもしれない。


「できないよりできるに越したことはありませんからね」


そう言うとエーリッヒ様は「そうだな」と頬を緩めた。
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