追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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リア

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部屋の扉を開けようと手を伸ばす。


「待て」


鋭い声が私を止めた。不思議に思って手を引くと、強い力で後ろへ引かれた。次いで甲高い金属音が耳に入った。何が起こったのか分からなかった。それが剣戟音だと分かったのは少し遅れてのことだった。

床に調合の材料が散らかっていて、私は守られるようにエーリッヒ様の腕の中にいた。そして、ギドとエーリッヒ様が短剣を合わせている。


「おいおい、王様よ、邪魔してくれんなよ」


その口調は同じだが、声はいつもと違って重かった。どうして、と思うよりも前にエーリッヒ様って本当に強いのね、と思った。それくらい現実味がなかった。

二人が離れる。ギドの周りに悪意が満ちているのが見え、それは完全に私に向いている。

見えなかった。全く。ギドはうまく隠していたのだ。直前まで。


「どういうつもりだ」


衝撃で声の出ない私に代わってエーリッヒ様が言った。


「それはこっちの台詞だ。お嬢」


ギドの目が私に向く。ギラギラとしたそれは本気で私を殺そうとしている目だ。これまで何度も同じような目を見て来た。


「ハンナの病気が治せる?薬が作れる?なんでそれを教えてくれないんだよ」


ギドは殺意に満ちた目で、「17年前に知っていたら」と呟いた。

もしかして、と思う。ギドは家族を病気で亡くしたと言っていたはずだ。エーリッヒ様から離れようとすると、ぐっと抱き寄せられた。


「少し話がしたいだけです」


しかしエーリッヒ様は腕の力を一向に緩めない。


「あなたがそのつもりでも向こうは分からない」


ギドがくつくつと笑った。


「いいぜ、話そうぜ」


からん、と短剣が落ちる音がした。エーリッヒ様がゆっくりと離してくれる。だけど私は知っている。ギドが持っている短剣は一本ではない。ちなみに私の短剣は昨日から戻って来ていない。恐らくギドが持っているのだろう。

それでもあまり怖いとは思わない。ギドは話が通じる。


「何をそんなに怒っているのか教えてもらえるかしら?」


そう言った途端、ダン!と背中に衝撃を受けた。気が付いたら組み伏せられていた。喉元に冷やりとしたものを感じる。

頭側からすごい殺気が漂って来る。目だけでそちらを見ると、かつてないほどの怒りをあらわした目が見えた。エーリッヒ様らしくない。


「なあ、お嬢」


ギドの声は暗かった。目は悲しみをうつしている。


「嘘だって言ってくれねえ?ハンナの病気は治らないんだって。薬なんてないんだって」

「……そう信じたいのでしょうけど、薬はあるし、あの病気は治るの。救える命は救いたいわ」


胸元を押さえつけられた。息が苦しいが死ぬほどではない。ギドのことだからその辺りは計算しているはずだ。多分。


「じゃあなんでリアは救わなかった!ハンナは救うのに!」


リア?初めて聞く名前だ。ギドは自分の話を全然しないので何も知らない。それが17年前なのだろうか。


「あいつは……あいつは、良い子でいたら神様が助けてくれるって、笑ってたんだよ。でも死んだ!神様なんざいなかった……!」


ちょっとまずいかもしれない。ギドが我を失っている。このままだと殺される。……ギドが。

話せば分かると思ったが、声が出せないのじゃどうしようもない。

目だけでエーリッヒ様を見上げる。目は合わない。今にもその剣をギドに突き立てるんじゃないかと思うほどの形相だ。こんなにも感情を出しているのは初めて見た。怒っても美形。なんて、ものすごくどうでもいいことを考える。

……ああ、本当にまずい。もうこのままどちらかが死ぬしかないのだろうか。

そう思った時だった。


「リーゼロッテ様……!」


マリーの声だった。バタバタと足音がして近付いてくるのが分かる。どうしてマリーがこんなところに、と思ったが正直助かった。


「ギド!」


もう一つ、幼さの残る声。ギドが驚きに顔を上げ、手が微かに緩んだ。その隙にエーリッヒ様がギドを蹴った。急に息ができるようになり、咽せた。


「大丈夫か?」

「ええ……」


声が掠れた。エーリッヒ様の手を借りて立つ。エーリッヒ様は怒っていた。先ほどとは違う静かな怒りだ。どうもこれは私に向いているような気がする。


「リーゼロッテ様!」


マリーに抱き締められた。


「どうしてマリーがここにいるの?」

「ハンナと散歩に行こうとしたら、ギドの声が聞こえたので……」


納得。ここから階段はそう遠くない。先ほどのギドの声だったら届いただろう。ギドはだいぶ飛んだようで、少し向こうで舌打ちをしている。口から血が垂れているのは切ったのだろうか。ハンナがギドに駆け寄った。


「ギド、何してるの?リーゼロッテ様苦しそうだったよ」

「……お前には関係ない。あっち行ってろ」


ギドとハンナの間に交流があることはマリーから聞いていたが、想像以上にハンナが親しげ。

ギドの方に歩いて行こうとすると、エーリッヒ様に手を掴まれた。今殺されかけたばかりの私は何も言えない。


「ギド、17年前の私は4歳よ?八つ当たりなんてあなたらしくもないわね」


不機嫌そうなギドは何も言わない。構わず続ける。


「私は悪いとは思わないから謝らないし、目の前の命を救わないわけにもいかない」


私は見て見ぬふりなどできない。ギドだって分かっているだろう。


「だからハンナを助ける。だけど、あなたのリアは助けられない。もう、いないもの」


ここで引いてくれないとエーリッヒ様に殺される。ギドもそれを分かっているのだろう。悪意はもう見えない。

マリーとハンナが不思議そうな表情で私を見ていた。まだ二人には何も言っていない。薬ができてから言おうと思っていたのだ。こんなところで騒ぎを起こす予定もなかったし。

ギドは舌打ちをし、ふらつく足で去って行った。


「ハンナ、いらっしゃい」


追いかけようとするハンナを呼び止める。今のギドは一人にしておいた方がいい。そう思ったから。ハンナはギドが去った方を気にしながらもこちらへ来た。


「あなたの病気には薬があるの」


目線を合わせてゆっくりと言うと、ハンナが目を見開いた。マリーの息を呑む気配がする。


「私は今からそれを作るわ。一度では効かない。だけど何度も飲めばあなたの病気は治る。あなたは大人になれるのよ」


呆然とする二人に微笑む。少しするとハンナの大きな目から涙が溢れた。


「びょうきが、なおる……?」

「ええ」

「わたしが、おとなになれる?」

「ええ」

「うえぇぇぇ」


ハンナは声をあげて泣き出した。マリーも呆然としたまま私を見た。


「リーゼロッテ様、本当、なのですか……?」

「こんな趣味の悪い冗談は言わないわよ」


マリーが両手で口を押さえる。両目から涙が溢れた。マリーがハンナを抱きしめ、そのまま二人は声をあげて泣いた。


「……人間は嬉しい時も泣くって本当なのですね」


隣に立つエーリッヒ様にそう言うと、エーリッヒ様は「嬉しい時に泣いたことはないのか?」と私を見た。


「ありません」


記憶にある限りそんな経験はない。そもそもファルラニアで嬉しかったことが思い浮かばない。まあいい。


「二人とも、人が来るかもしれないから部屋に戻った方がいいわ。ギドのことはまた説明するから今は放っておいてあげてね」


そう言ってまだ泣いている二人を3階へ帰す。人が来ない場所でよかった、と胸を撫で下ろし、散らばった材料を集める。


「では、作りましょうか」


そう言うとエーリッヒ様は「待て」と私を見た。


「突っ走って殺されかけた者の説教が先だ」


あ、とも、う、ともつかない声が出た。怒っている。ものすごく怒っている。

その後、私は懇々と怒られた。静かな怒りを滲ませた声で。そしてあまりにも遅いからと様子を見に来たリヒャルトにも事情をバラされ、これまたしっかりと怒られた。

いざ薬を作ろうという時にはもうすっかり疲れていた。
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