追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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信頼

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「と、このような感じで作ることができます」


出来上がった薬を瓶に入れ、皆に見えるように掲げるとパチパチと拍手をしてもらえた。

なんだか照れ臭い。


「嬢ちゃん、すごいな」

「ええ、ほんと、驚きました」


ルドルフ様が口々に褒めてくれた。が、2人ともすぐに落胆の表情を浮かべ、扉へと向かってしまった。


「わしらには無理じゃ」

「そうですね、身の程を知りました」


え?なぜ?調合を見たいというから見せたのに。

エーリッヒ様に視線を向けると、「作れる者が少ないという理由が分かった」とだけ言ってすぐに片付けを始めてしまった。

ポカンとする私を見てリヒャルトは呆れたように言った。


「姉さんは自分が規格外だということを自覚した方がいい」


そしてエーリッヒ様を手伝って片付け始める。もう一度言おう。見たいと言われたから見せたのに。



「無事に薬が完成しましたし、私はギドのところへ行こうと思います」


片付け後、そう言うとエーリッヒ様とリヒャルトが鋭い目で私を見て、「駄目だ」と声を揃えた。


「ついさっき殺されかけたんだろ。姉さんはもう少し危機感を持った方がいい」

「ギドは大丈夫よ。もうあんなことにはならないわ」

「……あなたはギドに信頼を寄せているのだな」


前にも同じようなことを言われた気がする。あの時はなんと答えたか。思い出せないけどきっと今と同じ。


「信用はしていますが信頼はしていません。私はギドを信じているのではなく、話が通じる相手だと知っているのです」


信頼と言うと誰のこともしていない。今まで関係が良好だったからと言って明日も同じかなど分からないのだから。


「不安ならご一緒してください、エーリッヒ様」


そう言うとエーリッヒ様は少し考えて頷いた。



外に出ると天気が良かった。どこに行ったのかと考えていると、エーリッヒ様が雪の一部を指した。


「これがギドの足跡だ」

「えっと……?」


これと言われてもたくさんの足跡がいろいろな方向に向かっていて分からない。重なっているところもある。

こっちだ、とエーリッヒ様が歩き出す。私は理解するのを諦めてただその背を追った。半信半疑だったが、それはだんだんと人気のない方向へ向かっており、最終的には一本の消えかけた足跡だけが残った。

その先にギドは立っていた。ポツンと佇むその背はいつもよりも小さく見える。

きっと私達に気が付いているだろう。それでもギドは振り向かなかった。代わりに小さな声が聞こえた。


「悪かったな」

「ええ、そうね。あなたは勘違いをしているの。あの薬は、17年前にはなかったのよ」


ギドがのろのろと振り返った。ギドは知っているはずだ。私が学生の時たまに学校へ出入りしていたのだから。その時に私が色々と研究していたこと。


「私、学生の時に色々開発してたでしょう?」


ギドが頷く。これはあまり言いたくないが仕方がない。


「あれはその中の一つなのよ」


私の名前を出さずに公表した。目立つことを避けるために。私が作った薬だと知っているのはファルラニアでも一部の人間だけだ。リヒャルトすらも知らない。


「なんだよ、それ……」


ギドが呆然と呟いた。ギドは家族を亡くし、大切なものを亡くし、暗殺者になった。だから私と出会った。

ギドがいなかったら私はきっと子供の頃に死んでいた。学生時代などなかっただろう。もしもあの時私が作らなければ、今でもできていなかった可能性もある。

つまりは、そういうこと。


「なんだよ……」


ギドの顔がくしゃりと歪んだ。


「じゃあ、リアが死ななかったら薬はできてねえんじゃねえかよ……」


絞り出すような声と共にしゃがみ込むギド。その顔は見えなくなる。

エーリッヒ様と視線を合わせ、来た道を戻る。あの男の泣き顔など見たくない。ギドはいつでも飄々と笑っていてくれなければ。

リアはギドの何だったのだろう。姉が妹か、それとも母か。もしかすると恋人だったかもしれない。


「リーゼロッテ」


隣を歩くエーリッヒ様に呼ばれて顔を上げた。


「あなたはギドのことを信じていないと言ったな」

「ええ」

「私にはそうは見えない」


なんて当たり前のことを言うのだろう、と思った。


「その程度を隠せなければ、私は死んでいたでしょうね」


人に弱みを握られないこと。自分の感情を隠すこと。生きるために身につけた中の一部だ。神のいるユルンとは違い、ファルラニアでは誰も守ってくれない。殺したいと思った人を殺す。そんな貴族が大勢いる。


「幼い頃より何度も命を狙われていると、疑心暗鬼になってしまうのですよ」


叔父は昔から私を殺そうとしていた。なぜ次期当主のリヒャルトじゃないのかというと、私が叔父の邪魔を何度もしたから。つまり、叔父は母を殺すために私を殺そうとしていた。それはそれは壮絶な日々だった。


「ではあなたは誰のことを信じているのだ?」


エーリッヒ様が足を止めた。私も立ち止まってエーリッヒ様を見る。


「誰のことも信じておりません」


そう言うと、エーリッヒ様は顔を顰めた。答えが気に入らなかったのだろうか。

侍女に毒を盛られたり、仲良くしようと近付いてきた同級生に嵌められたり、人のことを信じられるわけがない。


「弟でも、か?」

「ええ。私の叔母様、父の妹ですが、叔父様に殺されました。だけどその前に一緒になって父を殺したのですよ。血の繋がりなど信じるに値しません」


実際、エーリッヒ様だって実の兄を殺しているのだ。リヒャルトが私を殺さないなんて断言はできない。


「その割にあなたは人に対して警戒心が薄い。特にあの3人に対して」


3人。どの3人だろう。


「リヒャルトとマリーと……」


2人しか思い浮かばない。もう1人はエーリッヒ様だろうか。いや、自分の含む言い方ではなかった。


「ギドだ」


ああ、と声が出た。


「そうですね、あの3人は必要ありませんから」


そう言うとエーリッヒ様は眉を顰めた。


「それも生きるために身につけたものか?」

「えっと……それ、と言いますと?」


そう聞かれるようなところがあっただろうか。自身を思い返してみても分からない。聞くとエーリッヒ様はため息をついた。


「言葉の少ないところだ。たまにあなたの言葉の意味が分からない。もう少し詳しく話してもらいたい」


それは自覚がなかった。言葉が少ないなど言われたことがない。そう思って、ああ、と思った。


「すみません、ここ最近はヴィルヘルム様としかまともに話すことがありませんでしたので」


ヴィルヘルムとは言葉が少なくとも通じていた。というか、忙しい中でいかに効率よく会話できるかしか考えていなかった。

エーリッヒ様は目を逸らして再び歩き始めた。私もその隣に並ぶ。


「ギドは警戒しても無駄ですから」


ギドが私を殺そうと思ったら簡単だ。エーリッヒ様と一緒じゃない時を狙えばいいのだから。今回だってギドが本気だったらそれだけの話だった。


「リヒャルトとマリーは、そうですね……」


なんと言うのが一番近いだろう。なんと言えば伝わるだろう。少し考えて言葉が出た。


「あの2人になら殺されても構わないと思っております」


そう、それだ。私の心を表す言葉。思わず笑みが溢れた。そんな私を見てエーリッヒ様は「歪んでいるな」と呟いた。


「だけど分かりやすいでしょう?」


そう笑うと「そうだな」と同意が返ってきた。


「私のことは信じられないか?」


嘘をつくべきか、一瞬迷った。だけど止めた。代わりに問う。


「エーリッヒ様は私のことが信じられますか?」

「……信じたいと思っている」


それが全てだ。私とエーリッヒ様はまだ出会って数ヶ月。生まれも育ちも全く違う。そう簡単に信頼を寄せるなどできない。


「私も、エーリッヒ様のことを信じたいと思っています」


そう言うとエーリッヒ様は静かな声で「そうか」と言った。空気はどこまでも冷たかった。
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