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王妃の手紙
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夜、エーリッヒ様の部屋をノックすると、すぐに扉が開いた。
あの後、城に戻るとエーリッヒ様が言ったのだ。「あなたともう少し話がしたい。今晩いいか?」と。断る理由は特になかったから私は頷いた。
促されて中に入り、椅子に腰掛けると、エーリッヒ様も向かいに座って言った。
「昼の話だが、あなたは第一王子のことも信じていないのか?」
「ヴィルヘルム様ですか?」
意外な名前に聞き返してしまった。エーリッヒ様が頷いた時、ノックが響き、イェンスがお茶を持って来た。にこやかなその顔を眺める。やっぱり戦う姿が想像できない。
お茶が並ぶとイェンスは出て行った。
「……あの方は少し特殊なんです」
「特殊?特別ではなくて?」
ええ、と頷きながら、どこから特別が出て来たのだろうと思う。だけど特別でもあるかも。
「信じるとか信じないとか、それ以前の話で、」
それに気が付いた時は驚いたなんてものじゃない。本当に人間なのか疑ったくらいだ。
「ヴィルヘルム様は、悪意を抱かないんです。少なくとも、私は彼の方の悪意を一度も目にしたことはありません」
エーリッヒ様が明らかな疑いの眼差しで私を見ている。でも本当のことだ。
「悪意を隠すことはできます。だけど、私とヴィルヘルム様は一日の半分以上の時間を共に過ごしていました。そんなにも長い間隠すことなんて不可能です」
「……悪意を抱かない人間などいないだろう」
私だって思った。目を皿のようにしてヴィルヘルムの悪意を探したこともある。だけどないのだ。
「もちろん怒るし、文句も言うし、人を嫌うこともあります。だけど、そこに悪意はないのです」
よく言えば清らか、悪く言えば無関心なのだと思う。その点だけで言えばヴィルヘルムは驚くほどに冷たい。
「……だから特殊か」
「ええ。信じているか信じていないかで言うと、信じているのでしょうけどね」
例えば、信じている人を一人を挙げろと言われたらヴィルヘルムだと答えるだろう。
「そうか」
エーリッヒ様は納得したように頷いた。そして少し逡巡したように見えた。
「……先日王妃より手紙が来た」
思わぬ単語に一瞬思考が停止した。王妃?
「……!エーリッヒ様、ご結婚されていたのですか!すみません、勝手に独身だと思っておりました」
知らなかった。そうか、城にいないからと言って結婚していないと決めつけるのは尚早だった。エーリッヒ様の奥様はどこか遠方にいるのだ。
なのに私ときたらエーリッヒ様の服を着たり、手を繋いだり、同じベッドで寝たり……。自分の行いを思い出して血の気が引いた。
エーリッヒ様が「は?」と不可解そうな顔した。
「いえ、すみません。つい失礼なことを言ってしまいました。王妃がいらっしゃるのでしたらこんな時間に私が一緒にいるのはよくありませんね……!」
立ち上がると椅子が音を立てた。ああ、失敗続きだ。少し凹む。すぐに部屋を出ようとする私の手首を、エーリッヒ様は慌てた表情で掴んだ。
「ちょっと待て、私は独身だ……!」
「へ?」
間の抜けた声が出てしまった。
「あなたが思っていた通り、私は独身で間違いない。ユルンに王妃はいない。手紙が来たのはファルラニアの王妃だ」
エーリッヒ様は一気にそう言った。何故だろう。少しホッとした。
「そうですか。そっちでしたか」
「ああ、余計なことは気にしなくていいから座り直しなさい」
はい、と椅子に再び座る。本当にどうしようかと思った。
「すみません、動揺しました。だけどよかったです」
そう言うとエーリッヒ様はピクリと反応した。
「ファルラニアの王子を誑かして追放されたのに、今度はユルンの王を誘惑したとかで打首になるかと思いました」
安心しました。そう言うとエーリッヒ様は、
「面白い冗談だな」
ちっとも面白くなさそうに言った。ええ、私も面白くない。本当に笑えない。
「それで、王妃様はなんと?」
「ファルラニア王よりあなたに伝言だそうだ」
エーリッヒ様は一通の手紙を机の上に置いた。宛名はエーリッヒ様ではなく私になっている。だがもう封が開いている。
「すまないが先に中を読ませてもらった」
「ええ、それは構いませんが……」
手を伸ばすのを一瞬躊躇った。ファルラニアのことなど私にはもう関係ない。ユルンに来て幸せだ。なのに王から私への伝言など……。これを読めばまたあちらに戻らなければならないのだろうか。胃が痛い。
「読みたくなければ読まずとも良い」
エーリッヒ様はそう言った。だけどそれが優しさからではないのは表情を見たら分かる。試されているのかな、と思った。
「私がこれを読まなければどうなりますか?」
エーリッヒ様はいつもと変わらない表情で言った。
「ファルラニアが攻めて来る」
そしてこれまた淡々と続ける。
「その場合起こるのは戦争ではない。虐殺だ。ユルンの民はファルラニアの兵に虐殺され、その後ファルラニアは滅びる」
なんとなく予想できたことではある。だがそう言葉にされると衝撃がある。
「可能性の話だ」
だけどその可能性は限りなく高いのだろう。冷や汗が出た。ため息が我慢できなかった。
「私は追放されたというのに……」
王妃様からの手紙など欲しくなかった。
あの後、城に戻るとエーリッヒ様が言ったのだ。「あなたともう少し話がしたい。今晩いいか?」と。断る理由は特になかったから私は頷いた。
促されて中に入り、椅子に腰掛けると、エーリッヒ様も向かいに座って言った。
「昼の話だが、あなたは第一王子のことも信じていないのか?」
「ヴィルヘルム様ですか?」
意外な名前に聞き返してしまった。エーリッヒ様が頷いた時、ノックが響き、イェンスがお茶を持って来た。にこやかなその顔を眺める。やっぱり戦う姿が想像できない。
お茶が並ぶとイェンスは出て行った。
「……あの方は少し特殊なんです」
「特殊?特別ではなくて?」
ええ、と頷きながら、どこから特別が出て来たのだろうと思う。だけど特別でもあるかも。
「信じるとか信じないとか、それ以前の話で、」
それに気が付いた時は驚いたなんてものじゃない。本当に人間なのか疑ったくらいだ。
「ヴィルヘルム様は、悪意を抱かないんです。少なくとも、私は彼の方の悪意を一度も目にしたことはありません」
エーリッヒ様が明らかな疑いの眼差しで私を見ている。でも本当のことだ。
「悪意を隠すことはできます。だけど、私とヴィルヘルム様は一日の半分以上の時間を共に過ごしていました。そんなにも長い間隠すことなんて不可能です」
「……悪意を抱かない人間などいないだろう」
私だって思った。目を皿のようにしてヴィルヘルムの悪意を探したこともある。だけどないのだ。
「もちろん怒るし、文句も言うし、人を嫌うこともあります。だけど、そこに悪意はないのです」
よく言えば清らか、悪く言えば無関心なのだと思う。その点だけで言えばヴィルヘルムは驚くほどに冷たい。
「……だから特殊か」
「ええ。信じているか信じていないかで言うと、信じているのでしょうけどね」
例えば、信じている人を一人を挙げろと言われたらヴィルヘルムだと答えるだろう。
「そうか」
エーリッヒ様は納得したように頷いた。そして少し逡巡したように見えた。
「……先日王妃より手紙が来た」
思わぬ単語に一瞬思考が停止した。王妃?
「……!エーリッヒ様、ご結婚されていたのですか!すみません、勝手に独身だと思っておりました」
知らなかった。そうか、城にいないからと言って結婚していないと決めつけるのは尚早だった。エーリッヒ様の奥様はどこか遠方にいるのだ。
なのに私ときたらエーリッヒ様の服を着たり、手を繋いだり、同じベッドで寝たり……。自分の行いを思い出して血の気が引いた。
エーリッヒ様が「は?」と不可解そうな顔した。
「いえ、すみません。つい失礼なことを言ってしまいました。王妃がいらっしゃるのでしたらこんな時間に私が一緒にいるのはよくありませんね……!」
立ち上がると椅子が音を立てた。ああ、失敗続きだ。少し凹む。すぐに部屋を出ようとする私の手首を、エーリッヒ様は慌てた表情で掴んだ。
「ちょっと待て、私は独身だ……!」
「へ?」
間の抜けた声が出てしまった。
「あなたが思っていた通り、私は独身で間違いない。ユルンに王妃はいない。手紙が来たのはファルラニアの王妃だ」
エーリッヒ様は一気にそう言った。何故だろう。少しホッとした。
「そうですか。そっちでしたか」
「ああ、余計なことは気にしなくていいから座り直しなさい」
はい、と椅子に再び座る。本当にどうしようかと思った。
「すみません、動揺しました。だけどよかったです」
そう言うとエーリッヒ様はピクリと反応した。
「ファルラニアの王子を誑かして追放されたのに、今度はユルンの王を誘惑したとかで打首になるかと思いました」
安心しました。そう言うとエーリッヒ様は、
「面白い冗談だな」
ちっとも面白くなさそうに言った。ええ、私も面白くない。本当に笑えない。
「それで、王妃様はなんと?」
「ファルラニア王よりあなたに伝言だそうだ」
エーリッヒ様は一通の手紙を机の上に置いた。宛名はエーリッヒ様ではなく私になっている。だがもう封が開いている。
「すまないが先に中を読ませてもらった」
「ええ、それは構いませんが……」
手を伸ばすのを一瞬躊躇った。ファルラニアのことなど私にはもう関係ない。ユルンに来て幸せだ。なのに王から私への伝言など……。これを読めばまたあちらに戻らなければならないのだろうか。胃が痛い。
「読みたくなければ読まずとも良い」
エーリッヒ様はそう言った。だけどそれが優しさからではないのは表情を見たら分かる。試されているのかな、と思った。
「私がこれを読まなければどうなりますか?」
エーリッヒ様はいつもと変わらない表情で言った。
「ファルラニアが攻めて来る」
そしてこれまた淡々と続ける。
「その場合起こるのは戦争ではない。虐殺だ。ユルンの民はファルラニアの兵に虐殺され、その後ファルラニアは滅びる」
なんとなく予想できたことではある。だがそう言葉にされると衝撃がある。
「可能性の話だ」
だけどその可能性は限りなく高いのだろう。冷や汗が出た。ため息が我慢できなかった。
「私は追放されたというのに……」
王妃様からの手紙など欲しくなかった。
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