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王の頼み
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国外にいる私を頼らなければならないほどにファルラニアは困っているのだろうか。手紙を手に取り、中身を取り出すと王妃様の綺麗な手跡が並んでいた。さっと目を通す。
またため息が出た。
「どうするかはあなたが決めるといい。必要なら私の手も貸そう」
「……ありがとうございます」
手紙を封筒に戻す。
ファルラニアは今やバルテル侯爵の手の中にあるらしい。王が幽閉され、王妃も行動が制限され、ヴィルヘルムはまだ操られている。表に出る政務をしているのはフリッツ様。だけど実権はバルテル侯爵だ。
ヴィルヘルム派の貴族たちの声は抑制され、中立だった貴族たちもフリッツ派に流れている。ヴィルヘルム派の重要ポストにいた人たちの中にはありもしない罪で投獄された人もいるらしい。
そして雪が溶けたらユルンへ侵略する予定。とのこと。
「ファルラニア王は第一王子を正気に戻すことをあなたに望んでいるようだが、それで全て解決するのか?」
「……全てが解決するとは言えませんが、大体のことは解決するでしょうね」
「なぜ?」
それはバルテル侯爵もフリッツ様もおそらく知らないだろう。もしも彼らに伝われば切り札はなくなる。エーリッヒ様に言っても大丈夫なのかと考える。エーリッヒ様がファルラニアの誰かと繋がっている可能性。大いにある。
唇を結び、エーリッヒ様を見る。エーリッヒ様も真っ直ぐに私を見ていた。
「エーリッヒ様。ファルラニアに知り合いはありますか?」
「前の訪問で顔を合わせた貴族くらいだ」
「私が言ったことを誰かに伝えますか?」
「誰にも。イェンスにも言わないでおこう」
「……信じても、いいですか?」
心臓が早鐘を打っている。口の中がカラカラだ。別に言う必要はない。言えないと言え。やめておけ、と心が言っている。
それでもこの人を信じてみたいと思っている。エーリッヒ様は静かに頷いた。
「私はファルラニアの次の王が第一王子でも第二王子でもどちらでも構わない。ただあなたの味方でありたいだけだ」
嘘ではない。エーリッヒ様の目を見たら分かる。口を開く。吐き気がした。
「フリッツ様を投獄するに値する証拠を、ヴィルヘルム様が持っています」
声は掠れていた。胃の中のものが出てしまわないよう、手で口元を抑える。
「リーゼロッテ」
エーリッヒ様が私を呼ぶ。心配そうな声音に少し安心した。
「大丈夫か?」
頷く。まだ吐き気がする。
「……人を信じることとは、こんなにも難しいのですね」
無理して笑うと、エーリッヒ様は「笑わずとも良い」と言った。
「私の前で無理に笑う必要はない。辛いなら辛いと言いなさい。私はあなたを苦しめたいわけではない」
だけど私は笑う以外に感情を隠す方法を知らない。心を守る方法を知らない。もう一度笑みを浮かべるとエーリッヒ様は何か言いたそうな顔をしたが、何も言わなかった。
「……第一王子は無事なようだが、あなたは最初からそれを分かっていたな。理由を聞いてもいいか?」
お茶を一口飲む。爽やかな香りが鼻に抜けた。少し吐き気が落ち着く。
「ファルラニアの法の中に、王の他に成人の王族が2名以上いないといけない、というものがあります。これは現在、王と、王妃様、ヴィルヘルム様で条件が満たされています」
ふむ、とエーリッヒ様が頷く。
「もしもこれが崩れてしまったら、王族から除名された人を戻さなければなりせん。今で言うと現在公爵になっている王弟が戻ることとなります。王弟の継承位は王の子よりも上です。そして王弟はフリッツ様のことを嫌っておいでです。もしも王に不幸があった場合、王となるのは現在の王弟。あのお方は王となるとすぐさまフリッツ様を除名するでしょう」
「そんなことができるのか?」
静かな、だけど驚きを含んだ声だ。私もその気持ちはわかる。ファルラニアとユルンは在り方が違いすぎる。私はユルンに来て驚いた。
「王は未成年の王族の除名を行うことができます。今の王がそれをしない理由は聞かなければ分かりませんが、必要ないからかもしれませんね」
王は実力を重視している。ヴィルヘルムとフリッツ様が争い、勝った方が王になればいいと思っている。愚かな方は負ける。それだけ。
「フリッツ様は素直で単純で経験不足で交戦的、それからヴィルヘルム様への強い劣等感を抱いています。そこをバルテル侯爵に利用されているのでしょう」
ヴィルヘルムは優秀だ。幼い頃から彼と比べられて育ったフリッツ様はどんなに辛い思いをしただろう。
「一度王に伺ったことがあります。フリッツ様がバルテル侯爵を利用できるようになる日が来れば、次の王にはフリッツ様を指名すると」
「第一王子ではないのか」
「ええ、ヴィルヘルム様は、」
そこで言葉が止まった。どうして気が付かなかったのだろう。
「リーゼロッテ?」
不自然に言葉を切った私を、エーリッヒ様は怪訝そうに見る。
「……ヴィルヘルム様は、王となることを望んでいませんから」
声が震えた。そう、ヴィルヘルムは望んでいない。王になりたいなど思っていない。私が助けに行かないのは、王となるヴィルヘルムは自力でどうにかしないといけないことだと思っているから。
だけどヴィルヘルムが王とならないなら?それなら私がヴィルヘルムを助けに行かない理由はない。むしろヴィルヘルムはそれを望んでいるのだろうか。私はどう動くべきなのか。
固まってしまった私を見て、エーリッヒ様は言った。
「ゆっくり考えるといい。雪が溶けなければこちらも動けない。時間はまだある」
そう言うと同時に机の上に小瓶が置かれた。
「必要ならあげよう」
この話が終わるのを待っていたのだろう。途中で寝てしまってはいけないから。甘い香りの魅惑的な蜜。それを含めば一夜だけは楽になれる。
心が揺れたが、首を横に振った。
「とても魅力的なものですが、その香りはあまり好きではありません」
「それならせめて横になりなさい。顔色が悪い」
自覚はある。また倒れたらリヒャルトに怒られる。立ち上がると眩暈がした。エーリッヒ様がさっと立ち上がり、支えてくれる。
「すみません、今日はもう下がります」
「そこを使えば良い。今のあなたを1人にするのは心配だ」
その言葉に返事をする前にエーリッヒ様にそっと背中を押された。いいのだろうか。エーリッヒ様を見上げると、
「広いから問題ない」
と言われた。確かに広いベッドではあるが、気にしているのはそこではない。少し考えたが、もう今更だと思った。
「ではお言葉に甘えます。ありがとうございます」
正直に言うと、エーリッヒ様のベッドは心地よい。静かで温かくて、安心する。
「眠くなるまでもう少し話をしよう」
エーリッヒ様はベッドの横に椅子を移動し、そこに座った。
またため息が出た。
「どうするかはあなたが決めるといい。必要なら私の手も貸そう」
「……ありがとうございます」
手紙を封筒に戻す。
ファルラニアは今やバルテル侯爵の手の中にあるらしい。王が幽閉され、王妃も行動が制限され、ヴィルヘルムはまだ操られている。表に出る政務をしているのはフリッツ様。だけど実権はバルテル侯爵だ。
ヴィルヘルム派の貴族たちの声は抑制され、中立だった貴族たちもフリッツ派に流れている。ヴィルヘルム派の重要ポストにいた人たちの中にはありもしない罪で投獄された人もいるらしい。
そして雪が溶けたらユルンへ侵略する予定。とのこと。
「ファルラニア王は第一王子を正気に戻すことをあなたに望んでいるようだが、それで全て解決するのか?」
「……全てが解決するとは言えませんが、大体のことは解決するでしょうね」
「なぜ?」
それはバルテル侯爵もフリッツ様もおそらく知らないだろう。もしも彼らに伝われば切り札はなくなる。エーリッヒ様に言っても大丈夫なのかと考える。エーリッヒ様がファルラニアの誰かと繋がっている可能性。大いにある。
唇を結び、エーリッヒ様を見る。エーリッヒ様も真っ直ぐに私を見ていた。
「エーリッヒ様。ファルラニアに知り合いはありますか?」
「前の訪問で顔を合わせた貴族くらいだ」
「私が言ったことを誰かに伝えますか?」
「誰にも。イェンスにも言わないでおこう」
「……信じても、いいですか?」
心臓が早鐘を打っている。口の中がカラカラだ。別に言う必要はない。言えないと言え。やめておけ、と心が言っている。
それでもこの人を信じてみたいと思っている。エーリッヒ様は静かに頷いた。
「私はファルラニアの次の王が第一王子でも第二王子でもどちらでも構わない。ただあなたの味方でありたいだけだ」
嘘ではない。エーリッヒ様の目を見たら分かる。口を開く。吐き気がした。
「フリッツ様を投獄するに値する証拠を、ヴィルヘルム様が持っています」
声は掠れていた。胃の中のものが出てしまわないよう、手で口元を抑える。
「リーゼロッテ」
エーリッヒ様が私を呼ぶ。心配そうな声音に少し安心した。
「大丈夫か?」
頷く。まだ吐き気がする。
「……人を信じることとは、こんなにも難しいのですね」
無理して笑うと、エーリッヒ様は「笑わずとも良い」と言った。
「私の前で無理に笑う必要はない。辛いなら辛いと言いなさい。私はあなたを苦しめたいわけではない」
だけど私は笑う以外に感情を隠す方法を知らない。心を守る方法を知らない。もう一度笑みを浮かべるとエーリッヒ様は何か言いたそうな顔をしたが、何も言わなかった。
「……第一王子は無事なようだが、あなたは最初からそれを分かっていたな。理由を聞いてもいいか?」
お茶を一口飲む。爽やかな香りが鼻に抜けた。少し吐き気が落ち着く。
「ファルラニアの法の中に、王の他に成人の王族が2名以上いないといけない、というものがあります。これは現在、王と、王妃様、ヴィルヘルム様で条件が満たされています」
ふむ、とエーリッヒ様が頷く。
「もしもこれが崩れてしまったら、王族から除名された人を戻さなければなりせん。今で言うと現在公爵になっている王弟が戻ることとなります。王弟の継承位は王の子よりも上です。そして王弟はフリッツ様のことを嫌っておいでです。もしも王に不幸があった場合、王となるのは現在の王弟。あのお方は王となるとすぐさまフリッツ様を除名するでしょう」
「そんなことができるのか?」
静かな、だけど驚きを含んだ声だ。私もその気持ちはわかる。ファルラニアとユルンは在り方が違いすぎる。私はユルンに来て驚いた。
「王は未成年の王族の除名を行うことができます。今の王がそれをしない理由は聞かなければ分かりませんが、必要ないからかもしれませんね」
王は実力を重視している。ヴィルヘルムとフリッツ様が争い、勝った方が王になればいいと思っている。愚かな方は負ける。それだけ。
「フリッツ様は素直で単純で経験不足で交戦的、それからヴィルヘルム様への強い劣等感を抱いています。そこをバルテル侯爵に利用されているのでしょう」
ヴィルヘルムは優秀だ。幼い頃から彼と比べられて育ったフリッツ様はどんなに辛い思いをしただろう。
「一度王に伺ったことがあります。フリッツ様がバルテル侯爵を利用できるようになる日が来れば、次の王にはフリッツ様を指名すると」
「第一王子ではないのか」
「ええ、ヴィルヘルム様は、」
そこで言葉が止まった。どうして気が付かなかったのだろう。
「リーゼロッテ?」
不自然に言葉を切った私を、エーリッヒ様は怪訝そうに見る。
「……ヴィルヘルム様は、王となることを望んでいませんから」
声が震えた。そう、ヴィルヘルムは望んでいない。王になりたいなど思っていない。私が助けに行かないのは、王となるヴィルヘルムは自力でどうにかしないといけないことだと思っているから。
だけどヴィルヘルムが王とならないなら?それなら私がヴィルヘルムを助けに行かない理由はない。むしろヴィルヘルムはそれを望んでいるのだろうか。私はどう動くべきなのか。
固まってしまった私を見て、エーリッヒ様は言った。
「ゆっくり考えるといい。雪が溶けなければこちらも動けない。時間はまだある」
そう言うと同時に机の上に小瓶が置かれた。
「必要ならあげよう」
この話が終わるのを待っていたのだろう。途中で寝てしまってはいけないから。甘い香りの魅惑的な蜜。それを含めば一夜だけは楽になれる。
心が揺れたが、首を横に振った。
「とても魅力的なものですが、その香りはあまり好きではありません」
「それならせめて横になりなさい。顔色が悪い」
自覚はある。また倒れたらリヒャルトに怒られる。立ち上がると眩暈がした。エーリッヒ様がさっと立ち上がり、支えてくれる。
「すみません、今日はもう下がります」
「そこを使えば良い。今のあなたを1人にするのは心配だ」
その言葉に返事をする前にエーリッヒ様にそっと背中を押された。いいのだろうか。エーリッヒ様を見上げると、
「広いから問題ない」
と言われた。確かに広いベッドではあるが、気にしているのはそこではない。少し考えたが、もう今更だと思った。
「ではお言葉に甘えます。ありがとうございます」
正直に言うと、エーリッヒ様のベッドは心地よい。静かで温かくて、安心する。
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