池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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驚きの出会い

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ドアを開けて部屋の中に入って行くクリスに手を引かれ、私も部屋に入る。

……え?

思わず足が止まってしまった。自分が間抜けな顔をしているのが分かる。だけど、驚かずにはいられない。

待ってよ、これはやばいって……。

驚きすぎてむしろ冷静になった頭で、必死にこの部屋から出て行く方法を考える。が、何も浮かばない。


「紹介するよ。私の友達、エレナ」


クリスが呆けた私の背を押して前に出す。私はそれに抗う気力もなく、されるがままに彼らの前に立った。

嘘でしょ……なんで私が会うことがあるの。私モブだよ。ゲームの進行に関わる気なんて全くないのに。

少年の声が響く。


「クリス、彼女すごい驚いているみたいだけど、何も言わずにつれて来たのかい?」

「うん、せっかくなら驚かそうと思って。エレナ、大丈夫?」

「……大丈夫じゃないわよ」


顔を覗き込まれて、私はやっと言葉を発することができた。

なんでこんなことに……!

そう思いながらも私はいつもよりも細心の注意を払って跪礼した。そして、動揺を隠すためにできる限り綺麗な笑みを浮かべる。

……取り繕うにはもう遅すぎる気がするけど。


「フィオーレ家長女、エレナでございます。今日のこの出会いに祝福があらんことを。皆様にお会いできて光栄ですわ」


いくつもの視線を感じながらそう言うと、ほお、と感心したような声が聞こえた。

気持ち的には皇后陛下にしたように膝をついて頭を下げたい。だけどできない。なぜならエレナが彼を知っているのはおかしいから。

顔を上げてにっこりと笑みを深めると、先ほどの少年が口を開いた。


「こちらこそ会えて嬉しいよ。……クリス、紹介を」


いいから私をこの部屋から出して。……だって知ってるし! 皆まだ子供だけど私の知っている顔だもん! そもそもクリスの名前を聞いた時点で気が付くべきだったのよ。だって、クレヴィングって……!

だけど私の気持ちを知らず、クリスは一人一人指しながら紹介を始めた。


「まずカイ・アルベルト」


先ほどの少年がにこっと私に笑いかける。私も顔が引きつらないように気を付けて笑いかける。

クリスはそのまま続ける。


「レオン・ディターレ、マクシミリアン・シュルツ、フロレンツ・ネスラー、それから、私の兄様、ヨハン・クレヴィング」


ですよねえぇぇぇぇ。実はそっくりさんでしたっていうオチを期待していたけど、淡い期待はあっという間に粉々だ。

知ってるよ、だって皆攻略対象だもん。

ヒロインは三年生で学校へ編入して攻略対象と出会う。だから私も入学してからは会うと思っていたけど、まさかこんなに早くに会うことになるとは思ってもみなかった。

ゲームのエレナはここで皆と出会っていたのか、それすらも分からない。

さて、どうするべきか。と考えたってどうしようもない。頭を抱えたいのをこらえて、背筋を伸ばして皆を見た。

カイ、レオン、マクシミリアンはヒロインと同学年。つまり私と同じ八歳、もしくは九歳。フロレンツは二つ下だから六歳。ヨハンは五つ上だから十三歳、か。

この中で私よりも身分が高いのは皇族のカイ、公爵家のレオン、侯爵家のマクシミリアンだ。

まあ私は女だから身分以前の話かも。この世界は男尊女卑の意識があったかどうか。……分からないからいっか。

私は考えることを止めた。


「それでね、カイは実は第二皇子なんだよ!」


クリスが大発表とばかりに私に言うが、私は既に知っている事実を聞いただけで驚くことはない。

が、ここは驚くべきところだったようだ。クリスが、あれ、と首を傾げている。

……知らなかったら絶対に驚くところだもんね。言い訳をしないと。


「ここはお城ですもの。この中のどなたがここに住んでいるのかとさっきから考えていたところでしたの。わたくし、もう十分驚いたというのに、クリスはまだ足りないとおっしゃりますのね?」


驚かされた恨みをちょっとこめてクリスに笑顔を向けると、クリスの表情が強張った。

……失礼な。ちょっとしか恨みはこめてないよ。

そんな私たちを見たカイは可笑しそうに笑って言った。


「それにしてもエレナがこんなにも可愛い子だとは思わなかったよ。出会えてよかった」


きらきらとした笑顔でそんなことを言われてときめかない女子はいない。私は特に愛玲奈の時からカイにガチ恋している。

……だけどなんか違う。

あんなにも夢に見ていたカイなのに、あんまりときめかない。もちろんかっこいいとは思う。だけど、違う。……だって子供だもん。どんなにかっこよくても子供相手にガチ恋はできない。

そんなわけで、私は冷静なまま、カイと話ができた。


「ありがとう存じます。でもわたくしよりもずっと可愛い方がおられますもの。お世辞は結構ですわよ」


クリスに視線を向けてそう言うと、部屋の中の空気が微妙になった。

え、何、クリス可愛いじゃん! 黙っていたら不思議な雰囲気をまとった美少女って感じで。

皆がクリスを見て、ため息を吐く。

あ、やっぱり喋っちゃったらちょっと残念だから顔だけが良くてもポイントは低いのかな。なるほど。

なんてさすがに口には出せない。どうやって話題を変えようかと迷っていると、レオンが口を開いた。


「こいつは論外。可愛い可愛くない以前の問題だ」


おお、あの女の子大好きなレオンがそんなことを言うなんて……あれ、八歳の今も女の子大好きなのかな。それともまだ女の子に興味はないのかな。

私がそんなことを考えている間にマクシミリアンが小さな声で言う。


「エレナ、クリスは女の子に数えたらだめだよ」


その女の子に言うにはとても酷い言葉に私はほぼ無意識に言葉を発していた。


「あら、マクシミリアン様、失礼でしてよ。クリスだって黙っていたらとても可愛いのですから、女の子として扱って差し上げないと」

「エ、エレナ……?」


戸惑ったようなクリスの声が聞こえて私はハッとした。

やってしまったあぁぁぁぁ! 今のは全くフォローじゃないじゃん!

どうしよう……。動揺を隠せずにおろおろとしていると私の名前を呼ぶクリスの声が聞こえた。だけど申し訳なくて顔が見れない。

偽物の私と違って本物の令嬢に向かって私はなんてことを……!


「エレナちゃん」


途端、後ろから二の腕を掴まれ、顔を覗き込まれた。ハッとすると同時に超絶綺麗な顔が近くで見える。

ぬおぉぉぉ! これはやばいよ! カイにときめかなかったのにまさかのヨハンにときめくなんて! やっぱり年齢か! ヨハンはそこまで子供っぽくないからなのか! いやそれでもまだ十三歳だ。私はショタにはときめかないっ!

自分に言い聞かせて、改めてヨハンの顔を見る。うん、だいぶ落ち着いた。


「エレナちゃん、クリスのことは大丈夫だからとりあえず座ろうか」


私が落ち着きを取り戻したのに気が付いたのか、ヨハンが爽やかな笑みを浮かべた。

そして私は勧められるままに席について、部屋から逃げ出すことはもはや不可能になってしまった。
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