池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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魔力の提供

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奥の部屋も似たようなものだった。どころかもっと散らかっているような気もする。


「足の踏み場がないじゃん……」


クリスが隣でぼそっと呟いた。私はため息が抑えられなかった。

本当に忙しいんだろうけど……仕方がない。

私は部屋の中を見回した。床や机の上に散らばっている紙類を綺麗に積み上げて、よく分からない器具や試験官は似たような物をまとめて机の上に並べる。

もちろんすべて魔法で、だ。やっぱり魔法って便利! 愛玲奈の時にも使いたかった。これがあったらベッドから出ずに漫画の続きが取れたのに!


「す、すごいですわ!」


マルゴット様がそう言って、片付いた部屋の中を見渡した。

なんで初めて来た私が片づけをするようなことになっているのか分からない。


「何か規則性が合って並べられていた物も重要な物も分かりませんので、とりあえずまとめました。不便があっても勘弁くださいませ」

「ええ、大丈夫ですよ。それより」


マルゴット様が私をキラキラとした目で見ているような気がする。何かを言おうとしたその時、カイがゴホン、と咳払いをした。


「魔力を提供するための道具があると父上から聞いているんだが、マルゴット、持って来てくれないかい?」

「はい、ございますが、もしかして魔力を持って来て下さったのですか?」

「ええ、一晩寝て回復してしまったので減らしておきたいのです」


私の言葉にマルゴットは目を見開き、「一晩で……」と呟いた。もしかしたら魔力は一晩で回復するものではないのかもしれない。だけど今更驚きはない。エレナの体がすごいことはもう十分わかっている。今更一つくらい特異性が追加されたところで驚かない。

マルゴット様は「お待ちください」と言うと、鍵のかかった棚を開けた。

おお、あの中はめっちゃ整頓されている。もしかしたらすごく大事な道具が入っている場所なのかもしれない。


「こちらです」


目の前にごろごろとたくさんの石が置かれた。つるんと丸くて黒くて、大小様々だ。

うん? 石? もしかして魔石!? 小説とか漫画とかゲームとかで出てきた魔石?


「この魔石へ魔力を入れることで保管ができます」


一つ手に取ってみる。冷たい。けど黒い以外は普通の石と同じような気がする。試しに魔力が石へと流れるイメージをしてみる。

……おお、吸い取られている! すごい! ……あれ、止まったよ。

しかし改めて見てみると、今魔力を込めた魔石はキラキラと虹色に艶が見える。なるほど、目で見て見分けられるっていいね。

それを置いてもう一つ。これも十秒ほどで魔力の流れが止まった。


「マルゴット様、上手く魔力を込められないのですけど、」


魔石から顔を上げて、マルゴット様へと視線を向け、言葉が途切れた。マルゴット様は目を見開いていた。


「マルゴット?」


カイが不思議そうに名前を呼ぶと、はっとして私の手から魔石を取った。

それを色々な方向から眺めている。


「……こちらへ」


マルゴット様が棚を開けてその棚の正面を私に譲った。中を覗いてみると、そこには直径三十センチほどの魔石が置かれていた。

でか……っ!

これ触ってもいいのかな。でもここに連れてこられたってことは、これに入れろってことよね。

そっと触れて魔力を流し込んでみると、今度は一向に止まらなかった。すごい、すごい、どんどん入る!

体を覆っていた魔力が薄くなっていくのが分かる。実際は変わらないのに軽くなった感じ。もう少し、というところで、私は止めた。全部使いきってしまうと、もしもの時に使えなくなってしまう。


「終わりました」


マルゴット様は少しの間、魔石を見つめていたが、顔を上げるとにっこりと微笑んだ。


「これはすばらしいです。学校を卒業したらぜひ魔法省へ就職をお願い致します」

「ええ、考えておきますわ」


そうは言うが私は魔法省へ就職する気なんてさらさらない。だってこの環境で働くなんて嫌だし、皆寝ていたということは、きっと家に帰ってもいないのだろう。ブラックすぎる。


「マルゴット、明日からはもう少し片付けていてくれ。毎日こんなところに来るのはエレナも嫌だろう」

「え、ええ、もう少し片付けていただけるとありがたいですわ」


向こうの部屋をちらっと見てみる。数人が紙に何かを必死に書き込んでいるのが見えた。その間にジャムもバターもついていないパンをかじっている。

研究熱心なのはいいんだけどねぇ……もう少し人間らしい生活をして欲しい。


「ではまた明日、伺いますわ」

「エレナ様、無理はしなくていいのですよ。毎日じゃなくても……」

「いえ、わたくしできれば常に魔力を減らした状態でいたいのです。特に皆一緒にいる時は。ですので、毎朝来させていただきますわ」


それだけ言うと、私たちは部屋を出る。そしてまた足の踏み場もない床をどうにか歩き、ようやく魔法省の外に出た。


「色々とすごかったね」

「ええ、本当に」


クリスはあの床を歩くのが大変だったようで、とても疲れているように見える。まだ朝だというのに、とても朝だとは思えない景色を見た。

カイが「あそこはいつもああだよ」と言ってため息を一つ落とした。きっとあれは皇帝陛下にもどうしようもないのだろう。

だけどあの人たちのおかげで魔法の技術が発達するんだよね。あれ、じゃああそこは魔法に囲まれて生きるにはとても最適なのでは? いかにもファンタジーな研究室だったし。

ふむ、あの環境さえどうにかできれば魔法省への就職も悪くはない。私はあの部屋をどうにかする方法を考えながら、いつもの部屋へと向かった。
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