池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

文字の大きさ
115 / 300

帰宅

しおりを挟む
「はい、今日はこのくらいで大丈夫です。ありがとうございました」


マルゴット様のその言葉で、私は椅子から立ち上がり、残った魔力を大きな魔石へと移した。今まで体に満ちていた魔力が少なくなったのが分かる。

さて、帰るか。もうすぐお昼になりそうだ。帰ってお昼ご飯を食べたい。


「クリス、帰りましょうか」

「うん」


お昼からは何をしようかな。ああ、クルトお兄様も家に帰ったよね。剣を教えてもらおうかな。うん、そうしよう。騎士科の朝練に混ざって訓練はしているが、未だにクルトお兄様に勝ったことはない。

こっそり魔法で身体強化しても絶対に勝てないのだ。クルトお兄様はすごい。


「では、わたくし達は帰りますわ。また来ます」


カイ達とお城で会うこともできないし、そうなったら私は他に行くところもない。かと言って家に籠っているのは退屈だ。カミラと一緒に過ごせるのは嬉しいけど。


「ヘンドリックお兄様はもたまにはお家に帰ってくださいませ。アリアから帰って来ないと聞いておりますわよ」


魔法省の人たちに比べるとだいぶましな顔をしてはいるがうっすらと隈ができているのは見える。つまりお兄様も安定の魔法省生活をしているのだ。やっぱり今日もお弁当を作ってくればよかった。


「お前が夕食を作るというなら帰る」


私が夕食を? そんなことで帰って来るの?


「カラアゲだ」


ああ、唐揚げ。なるほど、本当に気に入ってくれているんだ。この世界にはない料理だもんね。でも私は本当は味噌汁が飲みたい。味噌がないから作れないけど。まさか味噌の作り方なんて知らないし。

そう思って、ふとひらめいた。魔法で作れないのかな。魔法で作ったものって食べられるのかな。


「あの、ヘンドリックお兄様。先ほど魔法で作ったお水を飲んでられましたが、魔法で作ったものも食べることができるのですか?」

「食べることはできるが、栄養として摂取することはできない。水なら喉の渇きは収まるが、腹に入るわけではない」


じゃあ味噌を作った場合、味噌の栄養はないけど、味噌汁の味は再現できるってこと? ……これはちょっと面白いかも。帰ってやってみよう。


「お兄様が帰って来られるのでしたら、わたくし毎日でもお夕飯を作りますわ。ですので、どうか人間らしい生活を送ってくださいませ」

「先生たちに比べると私はまだましな方だが」


お兄様は「善処する」と言うと、さっさと手元にあった書類へ視線を落とした。こうなってしまえばもうダメだ。何を言っても返事がないのは今までで学んでいる。さっさと帰ろう。


「ではマルゴット様、ごきげんよう」

「ええ、またお待ちしておりますわ。ヨハンにも顔を出すように言ってくださいませ」

「はい、兄様も一緒に来られそうなときは一緒に来ます」


会話を終えてクリスと二人で魔法省を出る。お城に来てこんなにも早く帰ることはあまりないのでちょっと違和感がある。大体お昼ご飯はごちそうになるもんね。ああ、お城のご飯は美味しかったな。陛下の所で食べるお菓子も美味しかったな。たまには陛下が呼んでくれないかな。なんて、そんなわけないよね。

クリスと一緒に馬車へ乗り込むと、いつも通り馬車は動き出した。



「おかえりなさいませ」


クリスの家の馬車に送ってもらい、屋敷へ入ると、満面の笑みを浮かべたカミラがいた。ほわっと心が温かくなる。ああ、本当に可愛い。すごく久しぶりに会った気がする。


「ただいま帰りました。暑い日が続いているけど体調は大丈夫かしら?」

「はい、元気いっぱいです」

「それならよかったわ。後でお部屋に行ってもいいかしら? お話ししたいことがたくさんあるのよ」

「はい! お待ちしております!」


頷いたカミラの頭を軽くなでて私は自分の部屋へと向かう。そういえばアリアの姿が見えない。いつもだったら真っ先に出てくるのに。どこにいるのだろうか。きょろきょろしながら歩いていると、私の部屋の横の部屋の扉が開いていることに気が付いた。

あれ、あっちの隣がカミラの部屋よね。それで、こっちがクルトお兄様のお部屋。私とクルトお兄様の部屋の間は誰も使っていなかったはずだ。気になってちょっと覗いてみる。


「……アリア!」


中にはアリアがいた。アリアは何かをしていた手を止めて私を見ると、はっとして駆け寄って来た。


「おかえりなさいませ、エレナ様。申し訳ありません、お出迎えもせずに……」

「いいのよ、忙しそうね」

「先ほどヘンドリック様よりお部屋を整えるようにとの指示が届きましたので。明日帰って来られるそうです」


な、なんですと! ヘンドリックお兄様帰って来るの!? っていうか部屋すらなかったの!? そう言えば去年一緒に帰ってきた時は客室に泊まっていたような気がする。

なるほど、学校にいる間はほとんど帰って来なかったから部屋がなくなっているのか。うん? それっておかしくない? いくら寮にいるからって部屋がなくなるって……。

そりゃ帰りたくもなくなるわ。


「忙しいところ申し訳ないのだけど、お昼ご飯を食べたいの。お義母様に挨拶してくるからその間に準備をしておいてくれるかしら?」

「あ、はい、準備は致しますが、ご一緒します」

「大丈夫よ。ひとりで行けるわ」


忙しそうなアリアの邪魔をしてはいけない。私はさっさとお義母様の部屋へと歩いた。お義母様と会うのも久しぶりだな。ああ、最初の試験で一番だったことを報告したら褒めてもらえるだろうか。

ノックをして扉を開けると、お義母様は私を見た。


「失礼いたします。エレナ、ただいま帰りました」


中に入って礼をする。お義母様もきっと喜んでくれているはずだ。ほら、顔を上げたら笑顔のお義母様が……え!? 何怒ってるの!?

私の想像とは違い、そこには明らかに怒っているお義母様がいた。


「エレナ、わたくしあなたに教えましたよね? どうして一人で入ってくるのかしら?」


……はっ! しまった! 一人で歩いたり自分で扉を開けたりしたらいけないんだった。学校ではメイドさんなんていなかったからすっかり忘れていた!


「おかえりなさいを言う前に説教が必要なようですね。そこに座りなさい」


こうして私は帰宅一番、お義母様に令嬢としての振る舞いについてこんこんと説教されたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...