池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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道連れ

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長期休暇が明け、特に何もないまま季節はすっかり冬になった。冷たい風が頬を撫でる。空気が冷たくて花が痛い。気を抜くとぶるぶる震えてしまいそうだ。だというのにどうして今私は外でお弁当を食べているのだろうか。

私の隣に座って楽しそうにお弁当を食べているクリスを見ると、クリスは私の視線に気が付いて、もぐもぐしながら首を傾げた。


「……寒くないの?」

「うん、ちょっと寒いね」


ですよね。上にもう一枚羽織りたい。


「どうしてわたくしたちは外で食べているのかしら?」

「今までだって外で食べてきたじゃん?」


何を今更、といった表情で私を見るクリス。本気で言っているのか冗談で言っているのかいまいちよく分からない。


「……今まではここまで寒くなかったでしょ。明日からは中で食べましょう」

「えー、エレナのお弁当は外で食べた方が美味しいんだけどな」


寒くて味なんていまいち分からないというのが本音なのだが。そういう風に言ってもらえるのは普通に嬉しい。


「また春になったら外で食べたらいいわ」


そう言った私をクリスはじとっとした目で見た。


「な、なによ……」

「……二年生になったらエレナは忙しくなるからゆっくりご飯を食べる暇もなくなるよ」

「……え?」


忙しくてゆっくりご飯を食べれない? うん? なんで? クリスは何の話をしているの?

きょとんとしている私を見てクリスはため息を吐いた。


「エレナは全部の科を取るんでしょ。お昼休みがあると思ってるの?」

「え? ないの?」


先ほど正式に出した科選択の調査票。私は嫌だったけど、ちゃんと全部の科を取ると書いた。おそらく陛下から学校にその話は既に言っているだろうし、ほぼ決定事項だ。

だけどそれと昼休みが何の関係があるんだろうか。


「美味しそうだね」


突然後ろから声をかけられ、私は驚きでお弁当を落としてしまいそうになった。振り向くとそこにいたのはヨハンだった。まだ心臓がばくばくいっている。全然気が付かなかった。

ヨハンは私を見て笑うと、私たちの前へと回り込んだ。


「ごめん、びっくりさせたね」

「ほんとだよ。声をかけるなら前からにしてよ」


クリスが文句を言うのにのっかって、私もうんうん、と頷いておく。ほんと後ろからいきなり声をかけるのは心臓によくない。

ヨハンは、ははっと笑う。


「それより、エレナちゃん全部の科をとるんだってね。さっき調査票見てびっくりしたよ」

「あら、ヘンドリックお兄様に聞いておられるのかと思っておりましたが」

「聞いてはいたけど半分くらい冗談だと思ってたんだよ。まさかこんな馬鹿なことする子がいるなんてね」


それを聞いてはは、と乾いた笑みがこぼれた。本当に馬鹿以外何者でもないと自分でも思う。こんな無謀なこと、賢い人だったら絶対にしない。だけど馬鹿なのは私ではないと思う。


「心外ですわね。お馬鹿なのはわたくしではなく、ヘンドリックお兄様と、最初に言い出した陛下では?」


ちょっと刺々しく言っておく。私は嫌なのだ。本当に嫌なのだ。勉強漬けの日々なんて送りたくないのだ。この話がヘンドリックお兄様のいないところでされていたら私は断っていた。確実に断っていた!


「もう陛下にお返事をした以上、今更無理だなんて言えませんもの。ヨハン様にはぜひとも魔法科の補習授業をお願いしたいですわ」


と言って、気が付いた。……そういうことか。先ほどのクリスの言葉。昼休みも補習で埋まると言っていたのだ。あああ、昼休みに放課後に、場合によっては休日も。私の楽しい学生ライフは一年で終わってしまうようだ。


「うん、もちろん」

「頑張ってね、エレナ」


クリスの言葉に「ええ」と頷く前にヨハンが言った。


「他人事か?」

「え、うん」


二人のその様子を見ていて私は気が付いてしまった。この感じは今までも何回か見たことがある。


「あの、ヨハン様? 今回ばかりは、その……」

「大丈夫だよ、エレナちゃん。一人だけ大変な目には遭わせないから」


ヘンドリックお兄様とはどこか違う、ヨハンの黒い笑顔が見えた。それを見てクリスの顔が青ざめていく。あー、今回は本当に笑えないのに。卒業パーティーとはわけが違うのだ。これは道連れにするわけにはいかない。が、ヨハンはもう既に決めたようだった。


「クリスは文官科と魔法科だよ。もちろん、殿下にも声はかけて来たから」

「はい!?」


今すごくとんでもないことを聞いたように思える。なんか、殿下がどうのって……。


「陛下は科の複数選択の前例を作りたいんだよ。それならエレナちゃん一人よりも何人かいた方が良いだろう? 殿下だってエレナちゃんが全部の科をとるって言ったら頷いてくれたよ。文官科と騎士科だって」


それはそうかもしれないけど……。そんな大変なことが分かり切っている道に友達を連れていくことなんてできない。前例は私一人で十分だって! 私も無事に卒業できるか分からないのに!


「まあいいよ」


静かな声が聞こえた。クリスがため息を吐いてヨハンを見ている。


「いいよ、私やる。エレナがすごい忙しそうなのに私一人のほほんとなんてしたくないし」

「クリス、悪いことは言わないわ。止めておいた方が……」

「大丈夫」


慌てて止める私を見てクリスは笑った。


「エレナと一緒なら怖くないよ。それに兄様がこういう風に言うってことはもう逃げられないんだよ」

「よく分かってるね。じゃあ後で調査票持って行くから」


ヨハンはそう言って笑うと、どこかへ歩いて行ってしまった。クリスは何もなかったかのようにお弁当を食べる。


「兄様ってにこにこしていて優しそうなんだけど、退路は絶対に残さないんだよ。今ここでどんなに嫌がってもどうせ最後はやらないといけなくなるんだから、最初に頷いておいた方が賢明なの」


……なんと。ヘンドリックお兄様とは違った攻め方だけど、ヨハンも勝てない勝負はしない人なのか。知らなかった。ヨハンとヘンドリックお兄様を取り換えて欲しいと思っていたけど、どっちもどっちかもしれない。あれだ、類は友を呼ぶってやつ。


「……お互い大変な兄を持ったものね」


私は考えた挙句そんなことしか言えなかった。クリスは心なしか、元気のない声で「うん」と頷いた。
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