池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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口答え

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「とりあえず場所を変えるぞ」


お兄様はそう言うと私を抱えたまま部屋を出た。そしてそのまま歩く。あー、怒ってるー、怒ってるよー……。できればヨハンにチェンジして欲しいんだけどな。後ろを歩いているヨハンへと視線を向けるが、まさか肉親でもないヨハンに抱っこしてくださいなんて言えない。

あー、嫌だ。怒られたくない。でもこの状態じゃ逃げることもできないし、逃げれたところで説教がなくなるわけでもない。次の時に二倍怒られるだけだ。

頭の中でドナドナが流れる。


「歌う余裕があるのか」


と、冷たい声が聞こえてきて、私はハッと口を押えた。う、歌ってた……? 無意識だ。だけどヘンドリックお兄様はそれが気に入らなかったらしい。

あー、さらに空気が冷えた。ヨハンの隣を歩くクリスもすっかり小さくなってしまっている。……ごめん、クリス。



「それで?」


前にお兄様と話した部屋につき、お兄様は私をソファに下ろすと、自分も私の正面にボフンと座った。

ヨハンが魔法陣を貼っているのが見える。クリスは私の隣に座った。


「と言いますと?」


笑顔でごまかそうとにっこりとして見るが、お兄様は私を睨んでごまかされてはくれない。


「何か申し開きはあるのか、と聞いている」


大体私達に何も教えてくれなかったヘンドリックお兄様も悪いんじゃない? 今何を考えていて、次は何を調べる、とか細かく教えてくれていたら私はこんな最短距離を突っ走ることはなかったと思う。……多分。


「ございません」


ポソッとそう言うと、お兄様は「聞こえん」と一言。それで、何かがプチッと切れた気がした。


「申し開きなどありませんわ。ヘンドリックお兄様はわたくしが何か悪いことをしたとおっしゃるのでしょうか!?  あの本を読めたのも、ユリウス殿下の行方を探し当てたのも、連れて帰ったのもわたくしではありませんか! お兄様は何も教えて下さらなかったのに、わたくしが勝手にすればネチネチ言うんでしょう!?」


突然叫び出した私を、クリスとヨハンがぎょっと見る。だけど止まらない。ずっと不満はあったのだ。お兄様は一人で何でも勝手に決めてしまうのに私にはあれしろこれしろあれダメこれダメと。口うるさいお母さんかっての!


「もういいですわ! 今後は何かあってもお兄様に相談など致しません! 全てわたくし達で勝手にやりますわ!!」


そう言い終わったと同時だった。突然冷たい何かが降って来て、私は一瞬でずぶぬれになった。そして何かが鼻に入ってむせる。

な、なに……冷たっ。水?


「頭は冷えたか」


ひややかな声。それで察した。これはヘンドリックお兄様の魔法だ。……今魔力が切れているというのにどうしてくれるんだ。乾かすこともできないじゃん。


「エ、エレナ……? 大丈夫?」


大丈夫ではない。服や髪がひっついて気持ち悪い。そしてすっごい寒い。真冬の池にでも落っこちた感じだ。……真冬の池には落ちたことないけど。


「連れて帰ると言ってもその手段は確実なものではなかったんだろう。『神様に会う手段もよく分かってないのに一人で行って帰って来られなかったらどうしよう』とクリスが私に泣きついて来たが」


クリスへと視線を向けると、クリスはゆっくりと私から視線をそらした。垂れ込んだのはクリスか。……私が帰って来るのか不安で仕方がなかったのだろう。そのくらい心配してくれたと思うと責めるに責めれない。

私がため息を吐くと、ふっと体が軽くなった。ヘンドリックお兄様が水を消してくれたのだろう。服も髪もカラカラになっている。


「とりあえずこれを飲んで温まって」


ヨハンがコトリと私の前にカップを置いた。こ、これは、もしかして……。


「あの、もしかしてヨハン様が自ら入れてくださったのですか?」

「あまり美味しくはないかもしれないけどないよりはマシかと思って」


あー、やっぱりヨハン特製のお茶か。クリスの前にもお兄様の前にも置かれる。二人とも顔にははっきりと「ない方がマシだ」と書いてあった。……うん、せっかく入れてくれたんだしありがたくいただこう。

一口飲むと口の中に苦味が広がった。どうやったらこんなに苦味が出るのかが不思議でたまらない。でもあれだ、あの魔法薬に比べるとまだマシ。そう思うと自然と二口目も運ぶことができた。味はどうあれ、胃からじんわりと温かさが広がってくる。


「ありがとうございます。温まりましたわ」


カップを置いてヘンドリックお兄様を見る。全くお茶に手を付ける気配がない。さすがに口を付けるふりくらいはしようよ……。


「ヘンドリックお兄様がわたくしを心配して言ってくださったことは分かっております。だけどわたくしにしかできないことだと思ったのです」


闇魔法で作られた空間であることは分かっていたし、私以外が入れないとなると、他の人にどうにかできるものではないと思った。


「闇属性に対抗できるのは光属性。そう相場が決まっているのです。ですからわたくしが行きました」

「そうだとしてもそれは最終手段のはずだ。私たちが調べていたのだからお前は待つべきだった。危険を冒す必要などなかったかもしれぬ。……何も言わなかったことは申し訳ないと思っているが」


……謝った! あのヘンドリックお兄様が「申し訳ないと思っている」って! 信じられない。隣でクリスも息をのんだ気配がした。


「お兄様達の調べ物が終わるのはいつの予定でしたの? それからあの空間を壊す方法を見つけて、そしてその後にユリウス殿下の救出? その頃には国民はおろか、陛下ですらも存在を忘れてしまっているのかもしれませんよ」


だから私は強行突破したのだ。私の言葉にヘンドリックお兄様は冷たい声で「それがどうした」と言った。
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