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貴族とは
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女の子と別れた後、宿へと歩きながら、私はアリアに聞いた。
「ねえ、アリア。平民と貴族の違いって何?」
今まで考えたことがなかった。平民も貴族もない日本で育った私。こうしてはっきりとした差を目の当たりにして、初めてそう思ったことがとてつもなく恥ずかしい。
「爵位を持っているのが貴族、ですが、エレナ様がお聞きになりたいのはそういうことではありませんね」
そう言って微笑むと、アリアは「貴族とは」と続けた。
「平民を守り、国を良い方へ導いていく者です」
「平民を守り国を良い方へ導く……」
アリアの言葉を口の中で繰り返す。
「その為に整った環境と十分な教育が与えられます。ですのでエレナ様が罪悪感を抱く必要はございません。卒業後に国の為、平民の為に働くことが一番です」
簡潔なその言葉ですっと心が軽くなった気がした。
平民の為に働くこと。それがこの恵まれた環境の代価。
多分私が思っている以上に重いその役目。綺麗な服を着る代わりに、ふかふかのベッドで寝る代わりに厳しく躾けられ、知識を頭に詰め込み、たくさんの命を背負って生きる。
それなら納得ができる。
「……そう、そういうことなら頑張らないといけないわね」
「おかえり、エレナ」
宿へ戻り、部屋へ案内されると、クリスがソファに沈んでお茶を飲んでいた。私の部屋だって案内されたはずなんだけど。
「もしかしてクリスと同じ部屋に泊まるのかしら?」
「ううん、違うよ。私は別。エレナの帰りを待っていただけだよ。お散歩はどうだった?」
クリスの隣に座り、同じようにソファへ沈む。『背筋を伸ばして座りなさい』と今まで言われてきたので、とてもいけないことをしているようだ。……ようじゃなくて、いけないことをしているのか。
「ええ、勉強になったわ」
やっぱりだらだらするのは慣れない。人の目がないからと言ってごろごろだらだらできないのも貴族か。……ここに例外が一人いるけど。
クリスの方を見ると、クリスはジトっとした目で私を見ていた。
「な、何よ……」
たじろいでそう聞くと、はあ、とため息を吐かれる。何、私別に何もしてないんだけど。
「別に、エレナはどこにいても勉強してるんだなって思って」
ぶすっとしてそう言うクリスのほっぺを突いてみる。勉強するのはいいことなのにどうしてクリスはこんなにも不満そうなのだろうか。
「あ、もしかしてクリスも一緒に行きたかったの?」
「違うよ!」
クリスは背もたれから飛び起き、ベシッとほっぺを突いていた私の手を弾いた。
「エレナに休んで欲しくてフロレンツに頼んだのにそんなんじゃ全然息抜きにならないじゃん!」
驚きで咄嗟に言葉が出てこなかった。クリスがフロレンツに頼んだの? 私の息抜きの為に? クリスが遊びたいからじゃなくて?
きょとんとしてクリスを見ると、クリスは小さい声で「私も来たかったっていうのもあるけど……」と付け加えた。うん、だよね。
「旅行ってなったらエレナも少しは休めるかなって思ったのに」
唇を尖らせてそっぽを向くクリス。思わず笑ってしまった。可笑しくて、嬉しくて、可愛くて。
「ありがとう、クリス。十分ゆっくりしているわ」
「嘘でしょ。私みたいにもっとだらだらしないと」
そう言ってクリスは再びソファに沈んだ。本気か冗談かよく分からないけど。私もばふっと背もたれに体を沈める。違和感が半端ない。だけどだんだんと体から力が抜けていく。このまま寝てしまいそうだ。そう思った時、扉がノックされた。
ぱっと体を起こして手で髪を整える。ついでにクリスのぼさぼさになってしまった髪も整え、「どうぞ」と言うと、入って来たのはアリアだった。
「お夕飯の支度が整ったそうです。食堂で召し上がられますか? こちらに運びましょうか?」
「いえ、行くわ。ありがとう」
食堂と言う響きに想像したのは、漫画で見たことがあるがやがやした人がたくさんいるところだ。たまにはにぎやかなところも良いでしょ、なんて思っていたが……。
行ってみるとそこにはフロレンツとカミラがお行儀よく座っている静かな部屋だった。
はい、残念! よく考えると私が想像したあれは酒場みたいなところだったかもしれない。大体そんなところに行くなんて、今のちょい甘なアリアでも許すはずがないか。
「待たせてしまったかしら? ごめんなさいね」
私はカミラの隣に、クリスは私の前、フロレンツの隣に座る。机の上には既に一人前の食事が置かれていた。
よっし! 取り分け方式よりもこっちの方が食べやすいし、寮ではこれなので最近はこっちの方が慣れている。良かった良かった。
「ごちそうさまでした」
四人で手を合わせて、私は立ち上がった。
「フロレンツ、こちらのお風呂はどうなっていますの?」
外を歩いて汗をかいたからか、体がべたべたざらざらする。早く洗い流してしまいたい。
「ここは温泉が湧いているんだ。他のお客さんも一緒なんだけど……。 もし嫌なら小さいお風呂だったら用意できるけど、どうする?」
温泉! この世界にもあるの!? やった! めっちゃ嬉しい!
「温泉入りたいわ! 他の人なんて気になりませんもの」
「お姉さま、わたくしもご一緒させてくださいませ」
「ええ、ぜひ!」
となったらクリスも一緒だよね。私がそう言おうと口を開く前に、フロレンツが言った。
「クリスには別で用意してるから、そっち使って」
「うん、ありがとう」
「あら? クリスは別なの?」
どうせなら一緒に入りたかったのに。ちょっと残念。
「うん、私は一人で入る方が落ち着くから。エレナとカミラは楽しんで来て」
まあ温泉は好き嫌い別れるもんね。私も愛玲奈の時は人と一緒にお湯につかるなんてすごく嫌だったし。仕方ないか。
「じゃあわたくし達は早速温泉に行って参りますわね」
久しぶりに入った温泉はとても熱かったけど、それ以上に気持ちよくて、リラックスして疲れなんてどこかに吹き飛んで行った。
「ねえ、アリア。平民と貴族の違いって何?」
今まで考えたことがなかった。平民も貴族もない日本で育った私。こうしてはっきりとした差を目の当たりにして、初めてそう思ったことがとてつもなく恥ずかしい。
「爵位を持っているのが貴族、ですが、エレナ様がお聞きになりたいのはそういうことではありませんね」
そう言って微笑むと、アリアは「貴族とは」と続けた。
「平民を守り、国を良い方へ導いていく者です」
「平民を守り国を良い方へ導く……」
アリアの言葉を口の中で繰り返す。
「その為に整った環境と十分な教育が与えられます。ですのでエレナ様が罪悪感を抱く必要はございません。卒業後に国の為、平民の為に働くことが一番です」
簡潔なその言葉ですっと心が軽くなった気がした。
平民の為に働くこと。それがこの恵まれた環境の代価。
多分私が思っている以上に重いその役目。綺麗な服を着る代わりに、ふかふかのベッドで寝る代わりに厳しく躾けられ、知識を頭に詰め込み、たくさんの命を背負って生きる。
それなら納得ができる。
「……そう、そういうことなら頑張らないといけないわね」
「おかえり、エレナ」
宿へ戻り、部屋へ案内されると、クリスがソファに沈んでお茶を飲んでいた。私の部屋だって案内されたはずなんだけど。
「もしかしてクリスと同じ部屋に泊まるのかしら?」
「ううん、違うよ。私は別。エレナの帰りを待っていただけだよ。お散歩はどうだった?」
クリスの隣に座り、同じようにソファへ沈む。『背筋を伸ばして座りなさい』と今まで言われてきたので、とてもいけないことをしているようだ。……ようじゃなくて、いけないことをしているのか。
「ええ、勉強になったわ」
やっぱりだらだらするのは慣れない。人の目がないからと言ってごろごろだらだらできないのも貴族か。……ここに例外が一人いるけど。
クリスの方を見ると、クリスはジトっとした目で私を見ていた。
「な、何よ……」
たじろいでそう聞くと、はあ、とため息を吐かれる。何、私別に何もしてないんだけど。
「別に、エレナはどこにいても勉強してるんだなって思って」
ぶすっとしてそう言うクリスのほっぺを突いてみる。勉強するのはいいことなのにどうしてクリスはこんなにも不満そうなのだろうか。
「あ、もしかしてクリスも一緒に行きたかったの?」
「違うよ!」
クリスは背もたれから飛び起き、ベシッとほっぺを突いていた私の手を弾いた。
「エレナに休んで欲しくてフロレンツに頼んだのにそんなんじゃ全然息抜きにならないじゃん!」
驚きで咄嗟に言葉が出てこなかった。クリスがフロレンツに頼んだの? 私の息抜きの為に? クリスが遊びたいからじゃなくて?
きょとんとしてクリスを見ると、クリスは小さい声で「私も来たかったっていうのもあるけど……」と付け加えた。うん、だよね。
「旅行ってなったらエレナも少しは休めるかなって思ったのに」
唇を尖らせてそっぽを向くクリス。思わず笑ってしまった。可笑しくて、嬉しくて、可愛くて。
「ありがとう、クリス。十分ゆっくりしているわ」
「嘘でしょ。私みたいにもっとだらだらしないと」
そう言ってクリスは再びソファに沈んだ。本気か冗談かよく分からないけど。私もばふっと背もたれに体を沈める。違和感が半端ない。だけどだんだんと体から力が抜けていく。このまま寝てしまいそうだ。そう思った時、扉がノックされた。
ぱっと体を起こして手で髪を整える。ついでにクリスのぼさぼさになってしまった髪も整え、「どうぞ」と言うと、入って来たのはアリアだった。
「お夕飯の支度が整ったそうです。食堂で召し上がられますか? こちらに運びましょうか?」
「いえ、行くわ。ありがとう」
食堂と言う響きに想像したのは、漫画で見たことがあるがやがやした人がたくさんいるところだ。たまにはにぎやかなところも良いでしょ、なんて思っていたが……。
行ってみるとそこにはフロレンツとカミラがお行儀よく座っている静かな部屋だった。
はい、残念! よく考えると私が想像したあれは酒場みたいなところだったかもしれない。大体そんなところに行くなんて、今のちょい甘なアリアでも許すはずがないか。
「待たせてしまったかしら? ごめんなさいね」
私はカミラの隣に、クリスは私の前、フロレンツの隣に座る。机の上には既に一人前の食事が置かれていた。
よっし! 取り分け方式よりもこっちの方が食べやすいし、寮ではこれなので最近はこっちの方が慣れている。良かった良かった。
「ごちそうさまでした」
四人で手を合わせて、私は立ち上がった。
「フロレンツ、こちらのお風呂はどうなっていますの?」
外を歩いて汗をかいたからか、体がべたべたざらざらする。早く洗い流してしまいたい。
「ここは温泉が湧いているんだ。他のお客さんも一緒なんだけど……。 もし嫌なら小さいお風呂だったら用意できるけど、どうする?」
温泉! この世界にもあるの!? やった! めっちゃ嬉しい!
「温泉入りたいわ! 他の人なんて気になりませんもの」
「お姉さま、わたくしもご一緒させてくださいませ」
「ええ、ぜひ!」
となったらクリスも一緒だよね。私がそう言おうと口を開く前に、フロレンツが言った。
「クリスには別で用意してるから、そっち使って」
「うん、ありがとう」
「あら? クリスは別なの?」
どうせなら一緒に入りたかったのに。ちょっと残念。
「うん、私は一人で入る方が落ち着くから。エレナとカミラは楽しんで来て」
まあ温泉は好き嫌い別れるもんね。私も愛玲奈の時は人と一緒にお湯につかるなんてすごく嫌だったし。仕方ないか。
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